27 借金89,213,000ゴル
ロードリック様がお帰りになりシャーリーさんがマッサージを依頼してくれ、彼女の部屋で背中を解しながら話を聞いた。
シャーリーさんは孤児だった。両親の顔も知らず、ロードリック様のお父様であるブラッド・ウェスト様が私財を投げ売って貴賤問わず診察をしている診療所にほど近い孤児院で育ったそうだ。
孤児ならずとも子供はよく熱を出すのでブラッド様は定期的に孤児院に訪れ無償での診察をしてくれていた。ロードリック様もそれを手伝いよく一緒に孤児院へ来ていて二人は子供の頃からの知り合いらしい。
「そうだったんですね、で?」
私はシャーリーさんの足を揉みつつ話の先を促す。
「で?って何よ。それだけよ」
ふぅ〜ん、そんな事言うんだ。
「わざわざ会いに来てくださっているのに?」
そう言うとシャーリーさんは顔をあげて振り返りキッと私を睨みつけたが、その頬はほんのりと赤染まっている。
「別にあの方とはなんにも無いわよ。ただ昔からの知り合いなだけ、それに……」
「それに?」
急にまた顔をマッサージベッドの穴に戻した。
「私は娼婦だもの」
……あぁ、やっちゃった。いくら親しいとはいえロードリック様は貴族で、シャーリーさんは平民で、娼婦で……
「あ、あの、わたし余計な事言ってしまって……」
「いいのよ、これは私が選んだ道だし後悔はしてない。この稼ぎのお陰で孤児院にいる妹や弟達がご飯を食べていけるからね」
シャーリーさんは成人した瞬間に『紫苑の館』の門を叩いたらしい。
孤児院は僅かな寄付で賄われていていつも困窮していた。子供達も必死に近所のお手伝いをして食べ物をもらって皆でわけていたらしいが、それでも栄養失調や病気で亡くなる子供が相次いだ。子供の頃から容姿が美しかったシャーリーさんはそんな孤児達を憂い、意を決し娼婦になり収入を孤児院の運営費にあてることで今は成り立っているらしい。
「ブラッド様からも沢山援助して頂いていたけど、診療所の経営も大変でね。だったら私が、ってね。どうせやるなら一番になってやるって思って今に至るってこと」
紫苑の館で働くのは借金がある者だけではない。自らの為、誰かの為にこの仕事を選ぶ者もいる。平民で学校にもいけず誰にも頼れない、そんなシャーリーさんの決心の裏にはどれほどの気持ちが隠されているんだろう。
自分の軽はずみな発言に猛省していると突然シャーリーさんの部屋のドアがノックと同時にガチャリと開く。
「あぁ〜疲れたぁ。アメリ、私もマッサージしてぇ〜」
紫苑の館ナンバーツーの可愛らしいアニメ声のジュリアンさんが乱入するとシャーリーさんのベッドにバタリと倒れ込んだ。
「もぅ〜やっと帰ったよ、あいつ」
えぇっと、お客様をあいつ呼ばわりかな、大丈夫?
時計を見ると今は昼過ぎだから泊まり延長にしては少し長過ぎる感じだ。
「また長かったわね、クライスラー侯爵ご子息のエバン様?」
「そうなの、帰りたくないってごねられちゃって。地声が出そうになったわよ」
おぉぅ、ジュリアンさんの極太の地声は不味いですね。お客様が逃げちゃいそう。
「それって追加料金は出るんですよね?」
「「もちろんよ!」」
お二人の声が揃う。
丁度シャーリーさんのマッサージが終わり起き上がると、それに気づいたジュリアンさんがこちらへやって来た。
「もうこのままで良い?」
作務衣風ガウンに着替えるのも面倒なようで自前の手触りすべすべ高級ローブを着たままマッサージベッドに腰掛けた。可愛いピンクのローブは座った瞬間にするりと滑り色気のある白い手入れの行き届いたおみ足が太腿半ばまであらわになる。
ん〜、たまらんっすねぇ〜
「別にいいですよ」
私がほえ〜っと足に見惚れているとシャーリーさんが慌てた声をあげた。
「ちょっと、また髪が濡れたままじゃない!」
ジュリアンさんはお風呂に入ってそのままここへ来たらしくまだ髪から雫が滴っていた。
「もう、いつも言ってるでしょう!ベッドが濡れるから止めてって!」
シャーリーさんは文句を言いながらタオルを持ってくるとジュリアンさんの髪をワシャワシャと拭き始めた。
「全く何度言っても聞かないんだから!」
口では文句を言っているが優しく髪を乾かしているシャーリーさんからは見えてないかも知れないけれどジュリアンさんが嬉しそうに笑んでいる。
「だってぇ、面倒なんだもん」
アニメ声で可愛い娘ぶるジュリアンさん。これってわざと甘えている感じなのかな。
髪を乾かしたジュリアンさんのマッサージ始めるとシャーリーさんはさっきジュリアンさんがダイブして濡らせたシーツをため息をつきながら取り替え始めた。
当のジュリアンさんはマッサージを始めた途端スヤスヤと寝息をたて始め仰向けになってもらう前に熟睡してしまった。
「ジュリアンはこうなったら絶対に起きないのよ」
シャーリーさんが眠っているジュリアンさんの
顔を穴あきベッドの下から覗き込んだ。
「ぷはっ、こんな顔してるの?」
つられて同じ様に覗き込むとそこには口を半開きにし楕円に開いた穴に縁取られたちょっと独特なオブジェのようなジュリアンさんのお顔があった。
「わ、ホントだ。意外とお間抜けな顔になっちゃうんですね」
私も一緒になってジュリアンさんの恥ずかしい寝顔を見て笑ってしまった。二人でひとしきり笑ったあと、シャーリーさんが今度はジュリアンさんの髪をそっと撫でた。
「仲が良いんですね。いつもご一緒なんですか?」
私がそう言うとシャーリーさんは肩をすくめた。
「どうかな、そんなに頻繁に行き来してるわけじゃないの。だけど……今日みたいに私がロードリック様と会った後はよく部屋に来るの」
「それは……ご心配なさって、ですよね」
叶わぬ恋心をロードリック様に抱くシャーリーさんの気持ちをジュリアンさんは知っているのだろう。
でも本当に叶わないんだろうか?ロードリック様はシャーリーさんの事をそんな理由で拒否したりしない気がする。彼女を好きになれないなら仕方が無いけどさっきの様子を見ても結構いい雰囲気だった。
平民と貴族。昔はともかく最近は色々と手をまわせば結婚もなくはない。ましてロードリック様は爵位持ちじゃ無いからどうにかすればいけるはず。
「ジュリアンって普段は自分の利益の事だけ考えるクセに時々妙におせっかいというか、気を使ってくれる変な娘なのよ。
さぁ、コイツは私が見ておくからあなたはもういいわ、行きなさい」
シャーリーさんの部屋を後にし、自分の部屋で仮眠を取ることにしベッドに倒れ込んだ。
ここへジュリアンさんが来たばかりの頃、色々と面倒を見たのがシャーリーさんのようだ。その過程でロードリック様への気持ちを知られたのだろう。私には二人の気持ちは少し行き違っているだけに見えるけど他にも事情があるのかも知れない。
あぁ……疲れたぁ。
他人の事を構っている場合じゃ無い事を思い出し目を閉じた。
「起きろ、アメリ!」
人が気持ち良く僅かな睡眠を貪っているというのに耳元でユリシーズの怒鳴る声が響いた。
「わっ!な、なんですか!?火事ですか?地震ですか?」
慌てて飛び起き部屋を見渡した。
「いいから準備して直ぐに来い!」
「準備って、どこへ行けば良いんですか?」
ユリシーズは何を当たり前の事を聞くんだという顔で私にねずみ色のマッサージ用の仕事服を顎で示した。
「客だ」
「客!?」
「馬鹿みたいに繰り返すんじゃない。貴族からの派遣依頼だ。馬車の準備は出来てるから早くしろ!」
バタンと乱暴にドアを閉めユリシーズが出て行った。
客、貴族、馬車……高額報酬!!
やっと頭がハッキリとして体が動く。時計を見るとニ時間ほど眠っただけだったが素早く支度を済ませて馬車へ急いだ。




