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こってますね、マッサージ致しましょうか?  作者: 蜜柑缶


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23 借金89,603,000ゴル

ブクマありがとうございます


これで今日を頑張れます。

 私の口滑らせ事故はあったものの、滞りなく契約は済みウェスト様は帰ることとなった。

 

「ありがとうございました、ウェスト様」

 

 色々な意味合いを込めてお礼を言った。

 

「いや、こちらこそ。ロードリックで構わないよ、アメリ」

 

 貴族様から名前呼びオッケーなんて初めて……

 

「あ、ありがとうございます……ロードリック様」

 

 やだぁ、照れちゃう。好きになっちゃうぅぅ。

 

 ドアが閉じられた瞬間にマダムに釘を刺された。

 

「惚れちゃ駄目よ」

 

「わかってますよ、そんな訳ないじゃないですか」

 

 ちょっと夢見ただけなのに、ぶぅーぶぅー。

 心の中だけでブーイングしたが勿論貴族に本気で惚れたりしない。前世で言うところのアイドル的な感覚だ。

 

「わかっているならいいわ。それより今回ロードリック様からお墨付きを頂く事によってこれから貴族のお屋敷へあなたを派遣することになるからそのつもりで」

 

 いよいよスパイ活動が始まるのだと知らされ、嫌過ぎて顔を歪ませてしまう。

 

「貴族の前でそんな顔は駄目よ、笑顔と無表情だけを使いこなして」

 

 営業スマイルは慣れているが無表情か……

 お貴族様は基本的に感情を顔に出すのは未熟とされ、特に女性は品がないとまで言われることもあるらしいが私には絶対に無理だと思う、営業中は頑張るけど。

 

「それから、貴族の中にはマッサージだけでは済まない輩も出てくると思うから念のため対処法を教えておくわ。これで駄目なら諦めて言いなりになるか後で斬られる覚悟で必死に逃げといで。一応出来るだけ庇ってあげない事もないから」

 

 弱気な助け舟でも無いよりましかな。仕方無いよね、紫苑の館以外の場所で起きたことまでマダムが貴族に逆らえるわけない。マダムだって平民だもんね。

 

「わかりました……」

 

 私の落ち込む姿を見てマダムがくすっと笑う。

 

「心配しなくても付き添いはつけるから滅多な事は起きないと思うわ」

 

 多少は助ける気があると知らされちょっと安心した。

 

「ちなみにどなたが付いて来てくださるのですか?」

 

 マダムが執務机の横に立つ無表情の男に視線を向けた。

 

「ユリシーズさんですか……」

 

 顔は歪まなかったと思う。

 

「私では不満か?」

 

 勿論不満です。

 

「いいえ、そんな事は……ですけどユリシーズさんの手を煩わせるのが心苦しくて」

 

 愛想笑いは上手く出来たと思う。

 

「ユリシーズは執事としても優秀だけど、腕っぷしもなかなか良いのよ。だから護衛と助手を兼ねてついて行ってもらう事にしたの」

 

 他の黒服が良かったなぁ、なんて言える訳もなく有り難く受け入れた。

 

「ではユリシーズさん、その時は宜しくお願い致します。全てはマダム・ベリンダの為に(・・)

 

「いい心掛けだな」

 

 絶対にマダムに惚れてるユリシーズにはここから攻めていくのが効果的だろう。

 

 

 

 貴族のお屋敷へ派遣が始まると言われてから数日は根回し中なのか、全く進展しなかった。

 私は時々来るおじいちゃま方の予約や飛び込みをこなし、早朝の掃除に厨房の手伝いとブラックな毎日が過ぎていく。

 あれからはロードリック様も顔を見せず、やはり時々利用したいと言ったのは社交辞令だったのかと思っていちょっとガッカリ。

 

 スタンダードの時間が終了し、今日はマダムのマッサージを行う日だったので執務室へ向かい部屋へ入るとそこに爽やかなイケメン貴族、ロードリック様……では無く、圧が強めのハント伯爵が来ていた。

 はぁ、こっちかぁ。

 

「何だその顔は、久しぶりに会えて嬉しいだろ?」

 

 心の内を読んだくせにからかってくるハント伯爵はちょっと苦手。

 

「はい、お元気でしたか?」

 

 なんだかんだと一ヶ月ぶりくらいだろうか?一応礼儀を保つよう気をつけながら挨拶をした。

 ハント伯爵は何故か自分が座っているソファの隣をポンポンと叩きまるで隣に腰掛けるように言っている風に見える。

 私は気づかないふりをしてマダム・ベリンダの後ろへ回ろうとした。

 

「早くここへ座れ」

 

 やっぱり逃げられないか。

 マダムを見ると仕方無さそうに頷くので仕方無さそうに座った。

 

 ハント伯爵が隣に座った私を見て満足そうに頷くと話し始めた。

 

「最初の客が決まった。ジョンソン子爵だ」

 

 ジョンソン子爵?どっかで聞いた事あるようなぁ……

 

「フルールの指名客のトマス様のお父上、カール・ジョンソン子爵よ」

 

 イマイチ思い出して無さそうな私を見かねてマダムが補足してくれる。

 

「あぁ、あの……」

 

 小芝居で憂さを晴らす特殊性癖のご令息、と言いかけて口をつぐんだ。

 危なかった!

 個人情報をばらしそうになった私をマダムが針で突き刺すような目で睨んでくる。

 

「客商売は口を滑らせたら終わりよ」

 

 この前もやらかしたばかりの私は反省しきりだ。無言で頷き口をきゅっとすぼめる。

 

「知っているけど口にはしない、って態度は駄目だ。知っていても知らない、聞こえていても聞こえていない素振りが出来なきゃ生きていけないぞ」

 

 ハント伯爵が笑顔で助言してくれているが目が笑ってない。

 ここで言う生きていけないとは本気で死んじゃうってことだ。勿論殺されてね。

 改めて貴族様相手にスパイ行為を働く事の恐ろしさを実感してきた。

 私が緊張している事を感じ取ったのかマダムがじっと見つめてくる。

 

「初めての事は誰でも恐ろしいと思うでしょう。だけど今回の相手はただマッサージをするだけの練習よ。何度か無難な相手を選んで慣らしてから事を進めるから、あまり心配しないことね。いつでも、見守っているから」

 

 マダムは自らの耳たぶを指で突いて、私の耳についている発信器(GPS)の付いたピアスの存在を示した。

 それを見て少し落着く。

 スパイ活動のメインターゲットはディアス侯爵とその周辺。ジョンソン子爵は関係者じゃ無さそうだから落ち着いて、マッサージをしくじらない様に気をつける。良し!

 私は深呼吸し腹を決めた。

 

「はい、わかりました」

 

 決行は明日、頑張るぞ!

 

 

 

 

 

「で、アメリの働きぶりはどうだ?」

 

 リーバイ様がソファから立ち上がりながら聞いてくる。

 

「思った通り素直で真面目。借金返済の為に必死にやるでしょうね」

 

「なんだ、同情しているのか?」

 

 ニヤリとして面白がっているリーバイ様は人をからかって遊ぶ悪癖がある。時々イライアス様相手にもしているからかなり問題ね。

 

「借金を抱えている娘には慣れてるわ。だけど引っかかるのを黙って見ていた身としては少し、ね」

 

 アメリの父親が詐欺師に嵌められそうだったことは事前に把握していた。彼女の父親が所有していた物件は王都でもこれから伸びる地区の中心部に位置し水面下では人気の場所だった。

 平民の富豪が何度か売るように交渉していたようだが話はまとまらず。痺れを切らした富豪が高利貸しのダントンに依頼し、ダントンがディアス侯爵の助けも借りてあっさりと店を奪うことに成功した。

 

「まさかアメリの父親が一人で逃げ出すとは思わなかったからな」

 

 リーバイ様が苦虫を噛み潰したような顔でマントを羽織る。

 私達は追い詰められたアメリの父親に話を持ちかけアメリをこちら側に引き込んでどうにかスパイとしてディアス侯爵を探らせるつもりだった。

 ダントンがディアス侯爵と繋がっていることは既に承知していたが私達が調べを進め、彼らが絡む様々な小悪の中、一人で商店を切り盛りするアメリに最初に目をつけたのはリーバイ様だ。

 父親が信じられないような失敗を連発するなか地道に商売をやり繰りし、時には父親の先手を売って巻き返すなど、臨機応変な対応が目についたのだ。

 

「娘の利口さは母親譲りだったんでしょうね」

 

「娘を置き去りにする親は親じゃなくて畜生だろう」

 

 逃げ出した父親を慌てて追いかけたが既にダントンの手の者にかかって街外れの森で殺されていた。少しは責任を感じたのかリーバイ様の手配で無名のまま墓地へ葬られたようだ。

 

「いずれ知らせるのですか?」

 

「アメリへ?『お前の父親は娘を置いて逃げたが殺されて金も奪われた大馬鹿だ』ってか?」

 

 娘を見捨てた父親に対してリーバイ様が嫌悪した気持ちを隠しもせずに言う。確かに黙っているほうがあの娘の為だろう。だけどもし、何らかの形で知られてしまうなら前もって話したほうがいいのでは無いだろうか?私達が事前にアメリ達が詐欺に合うことを知っていて放置していたと分かれば信頼関係が崩れる恐れがある。タイミングによってはこちら側にかなりの被害が及ぶかもしれない。

 まぁ最悪は私が真っ先に死んであの方だけは護れればいいけれど。

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