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こってますね、マッサージ致しましょうか?  作者: 蜜柑缶


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20 借金89,803,000ゴル

 キャロからの紹介で指名してくれたジョバンニからのチップはお礼も兼ねて半分ずつにした。するとそれを切っ掛けに他のスタンダードの娼婦たちも数人マッサージを勧めてくれると言い出した。こういう横の繋がりは大事だから私も誰からの紹介のお客か確認しチップをもらえれば半分ずつ、その時に彼女たちの名前を出すことを約束し、お得意様名簿をつけることにした。マダムが作っていた娼館のお客様の記録のように性癖を載せるわけではないけれど、紹介者や来館日、体の特徴、チップの額、誰を紹介してくれたなど覚えておきたいことを書き留めておこう。

 

 ジョバンニの指名から二日後、前室で営業活動をしていると良いところの御隠居って感じの方が入って来て私を指名した。

 

「ジョバンニの紹介で来たんじゃ、マッサージとやらを受けられると聞いたんじゃが」

 

 白髪白髭で身なりがよくニコニコとし好々爺という感じだ。

 

「はい、ジョバンニ様のお知り合いでしたか。ご指名ありがとうございます、ではこちらへどうぞ」

 

 御隠居様はモージズといって薬剤問屋を営んでいたらしいが、今は息子さんに譲って悠々自適らしい。

 羨ましいこってす、私にもそんな日が来るのでしょうか……

 

 モージズに着替えてもらいうつ伏せに寝るように説明すると珍しそうにベッドを眺めたあと素直に従った。マッサージを開始すると私が上に跨った事で初めは少し戸惑っていたが段々とリラックスしだしやがて和やかに話し始めた。

 

「そうですか、それはお寂しいですね」

 

 彼は連れ合いを二年前に亡くし、以前から商人組合で知り合いだったジョバンニとはお互いに慰め合う仲のようだ。

 

「儂はもう年寄りだからいいんじゃがアイツは若いくせにちょっとお硬いやつでな、少しは女遊びもすればいいと言っておるんじゃが聞かなくての」

 

 どうやらモージズは若い頃はそこそこ遊んでいたようだ。こっちの世界じゃ高級娼館に通うことは一種のステータスで、商売上も必要な事らしい。私と父がやっていた程度の雑貨屋じゃ必要無いが大きな商いをする上の接待で客を娼館へ連れて行くことはしばしばあるようだ。

 

「真面目一辺倒だったジョバンニにここを紹介してやったんだが、アイツは接待相手に勧めるばっかりで自分は一度も遊んでおらんようでな、変わったやつじゃ」

 

 確かに娼館に足を踏み入れて何もせず帰るなんて聞いたことがない。

 普通の娼館の場合、基本的にはスタンダードの娼婦は一見の客でも買える。

 しかしスイートの客は何度もスタンダードに通って頂きその人となりをマダムが見極めた時、またはスタンダードでずっと指名していた娼婦が昇格した時にやっとスイートの指名をする事ができる権利を得る。

 だけどこれにも抜け穴があって、元々スイートの指名権を持っている二人が身元を保証すれば一見の客でもスイートの指名ができる『仲立ち紹介』がある。これによって時々クセの悪い客が入り込むことがあるが何か事が起きれば紹介元に賠償してもらい紹介者共々出禁となる。

 高級娼館を出禁となれば世間に恥を知られることとなり商売上もかなり良くないだろうから『仲立ち紹介』はお互いに気をつける、という仕組み。

『紫苑の館』はずば抜けて高級な娼館だからスタンダード利用でも一人でいいが紹介が必要で、ここに行った事があるというだけでも自慢になる。

 

「儂にはスイートの紹介権もあるのにスタンダード利用だけでいいというし」

 

「ご迷惑をおかけしてはいけないと思ったんじゃ無いですか?スイートの紹介権を持っていればお得意様から『仲立ち紹介』しろと言われるでしょうし、その方が粗相をすればモージズ様にも迷惑がかかると思われたのでしょうね」

 

「商人には悪どい輩も多いからの、恐らくそうじゃろ。アンタはここに居る娘にしては話がわかるようじゃな」

 

「私も前は父と小さいながらも商売をしておりましたから」

 

 そう話すとなんとなくここで働く理由も察しがついたのだろう。

 

「父親に振り回されたか、気の毒にの」

 

 ははっと乾いた笑いでごまかし暗くなりそうな雰囲気をかわそうとジョバンニの話に戻した。唯一の共通の話題だからね。

 

「ジョバンニさん、再婚なさらないんでしょうか?」

 

 モージズに仰向けになってもらい皮が厚い皺のある手を揉み始めた。長年商売を続け、大きくするためには机に座っているだけでは無かっただろう。薬剤問屋といえば遠方から荷を運ぶこともあり、盗賊や魔物も出るこの世界では仕入れの旅も並大抵の苦労では無いだろう。 

 

「何度か勧めたがな、まだ決心がつかんようだ。好いた女も居ないようだし娼婦も買わん、もしかして不能かのぉ」

 

 おっとこれは聞いてはいけない話な気がする。でもおかしいな、ジョバンニさんはキャロの紹介でマッサージを受けてくれたのに。

 

「ジョバンニさんを私に紹介してくれたのはここの娘ですよ、その娘は自分のお客様だって言ってましたけど」

 

 詳しくは話せないがキャロにチップを半分渡した時に何度かお相手をしたと聞いた。

 

「そうなのか……ジョバンニは本当に(・・・)その娘と遊んだのかのぉ……」

 

 モージズはそう呟いた後、スースーと気持ちよさそうに寝息を立て始めた。頭を揉まれると寝てしまうのは自然の摂理です。

 だけどさっきの話じゃジョバンニは娼婦を買っておいて何もしてないって事?そんな事ある?前世で言うところの軽めのパパ活とか……いや無いでしょう。 

 

 時間いっぱいまで頭を揉み続け熟睡させたあと、驚かさないように静かにモージズ翁を起こした。ボンヤリしていたので水を飲ませ、足元がふらついていないか確かめながら玄関ホールへ見送りに行った。

 

「話に聞いていたよりずっと良かったぞ、また来るからこれから宜しくな、アメリ」

 

 おぉ、爺ちゃん名前を覚えてくれているよ、流石商売人。

 

「はい、お待ちしております。出来れば一月以内に通って頂く方が効果が持続しやすいです」

 

 そう話すと笑顔でこっくり頷きチップをくれた。ジョバンニさんからの紹介だからこれは誰とも分けなくていいよね。

 

 

 モージズ翁からご指名を受けてから日に日にお客が増えていった。どうしてモージズ翁からだと思ったかというとお客様の殆どがお年寄りの方ばかりだったから。きっと老人会でもあるに違いない。そこで私のことを宣伝してくれたのだろう。

 勿論、モージズ翁から話を聞いただけで簡単に紫苑の館に出入りは出来ない。みんな最初からここへの出入りが許されているかつて(・・・)のお得意様だった。寄る年波には勝てず、娼館遊びから退いた(いにしえ)の青年たちは久しぶりに紫苑の館に訪れ、前とは違い色気も美しさもB級の私をこぞって指名する。ここに来てモテ期、相手が年齢層がかなりお高めなのが玉にキズ。

 

 ちょこちょこ指名されるようになって数日が経ち、今日はリピーターのお客様だが要注意人物だ。大体のおじいちゃまはお行儀よくマッサージを受けて帰って行くが一人だけ手癖の悪いジジイがいた。

 

「イーデン様、私は娼婦ではありませんのでお触りは禁止です!」

 

 隙を見てさわさわとお尻に触れるジジイの手をバシンと叩く。

 

「ちょっとくらい良いじゃろ、ここは娼館だぞ」

 

「遊びたければちゃんとお金払って遊んでください」

 

「払っとるだろう?」

 

「マッサージ代だけでしょう、お遊び代はもっとお高いです」

 

「つまらんなぁ、触ってはいけないと言われるから触る楽しみがあるんじゃぞ」

 

 そんな事知るか!

 イーデン翁はモージズ翁と同じ位の歳で同じ様に事業は息子へ引き継ぎ同じ様に悠々自適。

 私の予想通り引退したかつての組合仲間で月に一度集まって四方山話を繰り広げる場があるらしく、最初にモージズ翁がここへ来た次の日がその集会だったようで早速話題に上り、そこで話を聞いた御隠居方が来てくださっている、これぞ口コミの力!

 

「イーデン様はなんのお仕事をなさっていたのですか?」

 

 うまく話に集中させてセクハラ行為をさせないようにしなきゃね。

 

「わしは元は鍛冶屋だ」

 

 鍛冶屋って鉄をトンテンカンするやつよね?手広くやって儲けたのか。

 この世界では生活に必要な鉄製品の他、武器や農具、工具などが鍛冶屋で作られ販売される。イーデン翁の鍛冶屋は腕が良い職人がいて他国にまで販路を持っていたらしい。

 

「やっぱり腕のいい職人は大事ですね」

 

 前世の町工で働いていた時もいくらオートメーション化が進んでたって腕が良い職人は重宝がられてた。細かい作業や単品と呼ばれる少数の品は職人に頼ることも多かったから。それでも若い職人は育ちにくかったけどね……

 

「昔は良かったよ、奴隷がいたからな。だが奴隷制度撤廃で腕のいい奴らはみんな国元へ帰ってったからそれからしばらくは大変だったな」

 

 イーデン翁の鍛冶屋でも奴隷が働いていたようだ。

 

 

 

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