19 借金89,823,000ゴル
マイルズとドルフのマッサージを終えて二人を見送るために玄関ホールへ一緒に向かった。前回の時はドルフが突然部屋を飛び出しマイルズもそれを追いかける形で帰ってしまったので出来ていなかったから初お見送りだ。
「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
久しぶりにお客様にマッサージ出来てまた予約もしてもらって人心地ついた。
この数日、掃除と厨房の手伝いはしていたものの何も稼ぎがない日が続いて心の中にブリザードが吹き荒れていた。
爽やかな気持ちで部屋にもどろうと振り返るとお客様の出迎えをしているドアマンの黒服が私に声をかけてきた。どうやら私がマイルズ達をマッサージしている間にジョバンニという方からご指名が入ったらしい。
やった!
今は前室で待っていると聞いて慌てて部屋の準備をして迎えに行った。
「お待たせして申し訳ありません、マッサージをご所望のジョバンニ様」
前室には数人の紳士と娼婦がいたが一人でポツンと座る太やかな男が私に視線を向けて来た。
「君がアメリか、私がジョバンニだ。よくわからないがこの前キャロから勧められたんだ」
どうやらキャロはさっきだけでなく約束通り自分のお客に宣伝してくれていたらしい。人懐っこそうな中年のジョバンニはちょっと恥ずかしそうに立ち上がり、私は営業スマイルでこちらへどうぞとマッサージ室へ案内した。
作務衣風ガウンを渡し間仕切りの向こうで着替えを済ませたジョバンニをベッドに導く。
「えぇ!?ここに寝るの?」
なんだかちょっと勘違いしてそうなジョバンニにマッサージの事を説明しておこう。
「これから行うマッサージというのは、主に肩や腰など普段の生活で疲れがたまってしまった部分を揉みほぐす事で痛みや張りを軽減させるものです。ですが私は医者ではありませんから完全に治す事は出来ません」
ジョバンニはそれでもキョトンとした顔をしている。あんまり理解出来ていない感じだ。
「お体には触れますが娼婦ではないので性的なことは行いません」
ここは娼館だし勘違いされても仕方ないけどハッキリと言っておかないと後でもめてお金を払わないと言われたら困る。カードにもちゃんと記載してるんだけどね。
「あっ、あぁそれはいいんだ。キャロに勧められて来ただけなんだ」
ジョバンニは戸惑いながらもベッドにうつ伏せになった。
「では失礼します」
ベッドに乗り込み体を跨ぐとちょっとポッチャリした体を波打たせて驚いたようだが構わず背中を肩から順に押していく。
「力を抜いて楽になさって下さいね、痛かったら遠慮なく言ってください」
「あぁ、大丈夫だ」
背中全体を探るとやっぱり体重があるだけあって腰にキテいるようで結構張ってるようだった。
「腰が辛いですよね?」
そう言うとまたポッチャリした体を波打たせる。
「えっ!?わかるの?仕事上、重い荷物を持ち運ばなくてはいけないときがあるからね」
「何のお仕事かお尋ねしてもいいですか?」
「生地問屋だよ、昔は大変だったけど最近上向き出して少し余裕が出来たところなんだ」
で、いざ、超高級娼館へ!ってか。男の夢なんだろうねぇ、紫苑の館へ通うのは……
「それはおめでとうございます」
ベッドから降りて頭元にまわり肩を緩ませた後、腰を重点的に解していく。
「ハハッ……別にめでたくなんかないよ、無我夢中でやって来たらいつの間にかここまで来たって感じだ」
私もある種同じ様な感想を持ってるよ、無我夢中でやって来た結果が同じ『娼館』でした、なんて。やっぱりやり方が悪いまま突き進んでも結果が伴わないってことなのか……身に沁みるよ。
「努力の結果が実を結んだってことでしょう?素晴らしいですね」
ホントに羨ましい。
「でも、苦労かけっぱなしだった妻を三年前に亡くしてね、子供もいないから立派な家を持ってたって裕福になったって虚しいもんさ」
体が緩むと気持ちも緩む、ついでに口も緩んでついつい話し込んでしまう。これぞマッサージマジック!
「そうなんですか、それはお寂しいですね。でも三年も経ったんですから新しく奥様をお迎えなされてはいかがですか?」
話の流れではそう言うよね?だけどその途端、ジョバンニがなんだかあたふたし始めた。
「いや、私は別に、そんな事は考えてないよ!ちょ、ちょっとは、考えたことはあるけど、だけどまだ商売も軌道に乗ったばかりで……」
あたふたしてる所悪いんだけど仰向けになってもらう。
うわぁ……顔真っ赤だよ。
「誰かお目当ての方がいらっしゃるんですか?」
と、言ってしまったのは仕方がないよね?こっちも客商売なんだし相手に合わせた話をするのは当然かなと思ったけどちょっと踏み込みすぎかな?
「そそそそんな娘……い、いないよ……」
いるんだ。しかも娘?若い娘か……ジョバンニはどう見ても四十代半ば?でもポッチャリさんは老けて見えがちだからまだ前半かな。
「そうなんですね、もしいるなら思い切ってみたほうがいいですよ。ジョバンニ様はお優しそうですし、しっかりしていらっしゃるし、お金もありますから」
私には最後が一番大事!
「いや、私なんて太ってるし、年だし……それにお金目当てで来るような人はちょっとなぁ」
心根が良い人がいいのは勿論よく分かるが中年男が若い娘に懸想してる時点で金目当ての何が悪いんじゃいって思っちゃうよ。
「あらジョバンニ様、お金もその方の魅力の一つですよ。しかもジョバンニ様はご自分で稼いだお金じゃないですか。それだけの商才がおありなんですよ、それは才能です。尊敬出来ます」
「そ、そうかな……」
もじもじとするジョバンニはどう見ても女性とお付き合いした経験は少なそうだ。
「顔目当ての人もいれば、性格目当ての人もいる。お金だってその内の一つですよ。誰がなんて言ったって一緒にいる二人が幸せだったらいいんですよ」
性格悪いから幸せになる権利がないわけじゃない。貧乏だからって幸せじゃないわけじゃない。何を求めるかは人それぞれ、お互いが納得してればいいってことだ、人に迷惑さえかけてなければね。
金持って逃げたクソ親父のことを思い出しちゃったよ、ムカつく。
「なんだかそう言ってもらえると嬉しいよ」
ジョバンニは話を合わせてくれている感じでどう見たって頑張る決意はついていない様子。最初から諦めているのかな。まぁこれ以上は私もなにもいわないけど。
「はい、終了です。如何でしたか?具合の悪いところはございませんか?しばらくはぼうっとするかもしれませんからお水を多めに飲んでください」
体を起こすのを手伝いグラスに水を注いで手渡す。
「なんだか腰が温かい感じがして痛みが和らいだよ」
「それは良かったです。腰は冷やさないようにしてくださいね」
着替えを済ませたジョバンニを玄関まで見送る。
「本日はありがとうございました。キャロさんにもジョバンニさんがいらしてくださった事をお話しておきます」
今は他の客を取っているのかキャロは見かけないが、またジョバンニがキャロを気にかけてくれればいいと思いワザと名前を口にした。
「そ、そうだね。今度はキャロに会いにこなくちゃね。今夜はありがとう、随分楽になったよ」
そう言って、一万ゴルのチップをくれた。
チップでこんなに!?ジョバンニってば相当儲けてるな!
「ありがとうございます!!またのご指名をお待ちしております」
ついチップにつられて声が大きくなってしまう。ジョバンニは人懐っこそうな笑顔で帰って行った。
良い人だったなぁ……
ここでスタンダード営業は終了だ。マッサージ室へ戻り後片付けをして厨房へ向かった。スイートは基本的に予約客ばかりだから前室での営業は出来ないから本日のマッサージは終了だ。




