18 借金89,863,000ゴル
いやぁ〜暇ですわ。
ハント伯爵が貴族を紹介してくれるとは言ってくれたものの中々話が進んでいない。急に『マッサージ』なんて得体の知れないを話しをもちかけると返って変な注目を浴び過ぎて怪しまれる恐れが有るからだろう。
この十日間は全く誰からもお呼びがかからずマダムの専属マッサージ師のようだった。今夜はマイルズがまた職人のドルフを連れて来てくれるはずだがその後の予定はない。地道に前室で宣伝活動も行っているが色っぽい娼婦達の横で地味なねずみ色の私には誰も目もくれない。そもそもここにくる男達はハッキリした欲望を持ってきているのであって体が辛くて来ているわけでは無いから仕方が無い。
いつものように掃除に始まり厨房での手伝いを終えて仮眠後、スタンダードの時間に合わせてマイルズ達をむかえる準備を進めていた。
準備を終えていつものように透明人間になっている(誰も私を見ないから)前室へ入ろうとすると中からキャロの声がした。
「私もちょっとだけマッサージを受けましたよ。すっごくポカポカしてきて背中が楽になって気持ち良かったです」
どうやらキャロが約束通り宣伝してくれているようだ。後でお礼を言っておかなくては。
「そうなのかい?今まで娼婦には仕事以外で目もくれなかったマイルズが来ているから変だと思ったんだ」
聞いたことがない男の声にチャンスの匂いがする!!ここは出番でしょ!
「失礼致します」
素知らぬ顔で前室へ入ると一人の紳士と話しているマイルズとその隣で俯くドルフの方へ行き軽く膝を曲げて礼を取る。
「お待たせ致しました、マイルズ様、ドルフ様」
の声を聞き終わらないうちにドルフが何やら大きな荷物を抱え部屋から先に出ていった。
「コラッ、ドルフ待ちなさい!あぁ、バート様、失礼致します」
マイルズも慌ててそれを追いかけたので私だって行かないわけにはいかない。
ちょっとドルフ!今、絶好の宣伝チャンスだったのにぃ!!
「し、失礼致します」
チラッとだけその紳士視線を向け、慌てて二人の後を追って前室を出て隣にあるマッサージ室へ行った。
開けっ放しにされていたドアから入るとドルフは床に荷物を広げ袋から道具を取り出している。
「何しているんですか?」
後ろ手にドアを閉め側へ行くとドルフが既に準備してあったマッサージベッドのタオルとクッションをはぎ取り床に横倒しにした。
「何してるんですか!!」
驚いた私を制止するようにマイルズが間に立った。
「すまない、こうなるとドルフはもう止まらないんだ」
困った顔のマイルズの隣でドルフの手元を見ていると袋から最後に取り出した二つの細長い物。まるでソファの腕置きのような形で少し長め、見た目はマッサージベッドと同じ仕様で、それをベッドの側面に当てて位置を確認しているようだった。そしておもむろにベッドへそれを取り付け始めた。
「……改造ですか?」
ちょっと呆れつつマイルズと並んで作業を眺めていた。マイルズも脱力した感じでその様子から度々ドルフが同じ様な事をしでかしていることがわかる。
「前回のベッドの使い方を見て自分の作った物に納得が出来なかったようでね。ドルフは優秀な魔術具職人なんだがこだわりが強くて他の工房ではまわりに馴染めなかったんだ、でも腕は確かだからそこを見込んで事業を始めたばかりのうちへ来てもらったんだ」
なるほど。頑固一徹、職人気質と言えば多少は聞こえはいいが要するに融通が聞かない変人親父だったか。
前世でも町工で働いていた頃に時々見かけたよ。そんな人達は一時は時代の波にのまれ絶滅しかけてたけど確かな腕がある職人は細々ながら生き残り、次代へうまく引き継がれた技術は一流の物を作り出し世界で認められる品物を作っていた。ドルフもそういう人種なんだろう。
「こういう人達はマイルズさんのような見る目を持つ親方に出会えれ素晴らしい品を世に送り出していけます。ドルフさんは幸せですね」
まわりと馴染めず落ちぶれる人も多いだろう。マイルズと出会えてドルフは運が良かった。
隣でひゅっと息をのむ気配した。
「……アメリさんは変わった方ですね」
「その言葉はそっくりそのままお返ししますよ。私にはこんなヘンコツの手綱を取る勇気は無いですから」
そう言ってまだ続きそうな作業を見守るマイルズにお茶を淹れるためにその場を離れた。後ろでクスクス声を殺してマイルズが笑って、ドルフが何か文句を言いたげな顔をしていたが見ないふりだ。関わったら疲れるに決まってる。
やっと改造が終わりドルフがベッドを起こして私に見るように言ってきた。
追加工されたベッドには側面に新しく幅を付け足した形で前回ドルフが気にしていた体格が良い客にも対応出来る形となっていた。
「あぁ、これ覚えていてくれたんですね。この前早速少し狭いと感じていたんですよ」
ベッドの上で客の体を跨いで施術するのはかなり気遣う。ただでさえ触れないようにしているのに幅が狭くてもし膝が滑ったりしたら大変だ。
「最初のは持ち運べるよう軽量化に特化したせいでとにかく横になれればいい最低限の幅で製作した。使い方をちゃんと聞いてくれていなかった奴のせいだ」
ドルフがジロっと視線を向けて、マイルズが苦々しそうな顔をする。
「いいえ、私もそこまで話して無かったんです。それに持ち運びが出来るように依頼したのはマダム・ベリンダのようですからマイルズさんだけのせいでも無いですね」
前世、マッサージを受けるだけのプロの私は施術側の事情に疎くて迷惑をかけてしまった。だが問題はここからだ。
「あの、改造は大変有り難いのですが代金はどうすればいいですか?私には手持ちが一万ゴルしかなくて」
私の言葉にマイルズが絶句していたがその横でドルフがしかめっ面でフンッと鼻を鳴らす。
「コレは俺が勝手にやった事だ。だから俺持ちで当然だ」
うわぁ〜出た、出ましたよ、ヘンコツ親父の妙に男前なセリフ!!
「有り難いですが流石に全額は……せめて材料代だけでも払わせて下さい。勿論かなりお待たせしてしまうと思いますが取り敢えずこれを……」
と、なけなしの一万ゴルを差し出した。
「借金背負った小娘から金なんか受け取れるか!さっさとしまえ、目障りだ!」
「いえ、そういうわけには」
「うるせー、いい加減に黙ってろ」
あぁ、もう、始まっちゃったよ。こういう押し問答がホントに好きじゃないんだよね……仕方ない、ここは私が引いといていずれ何かの形で恩返しさせてもらおう、って思っていたのに。
「わかった、わかったよ、私持ちでいいからもう止めてくれ」
なんとマイルズが持ってくれることになった。これでいいのか?
「元々ベッドをプレゼントすると決めたのは私だ。それが不良品であっては送った私の責任だからな、もう不足はないか?」
マイルズはベッドをもらった私ではなくドルフに確認を取った。
「あぁ、簡単に説明しておく。コレは折りたたみ式だから必要なときにだけ広げることが出来る。それからいくら軽くても大きさが大きさだからな、車輪をつけておいたから今度からは転がせての移動が可能になった」
なんとマッサージベッドはかなりレベルアップして更に移動が楽になりそうだ。これなら貴族様の屋敷に行くときも安心だ……いや、貴族の屋敷に行って安心な事なんて一つもないか。
だがとっても便利になったマッサージベッドに大満足だ。
「ありがとうございます、マイルズ様、ドルフ様」
しっかりとお礼を言って、時間が来るまでマイルズを存分にほぐしてあげた。今回ドルフは作業に時間を取られ三十分だけになってしまったがまたマイルズがまた十日後に予約を入れてくれた。マイルズは最近年を重ねたドルフが腰を痛めた事が心配で一緒にマッサージを受けさせているらしい。
本当にいい雇い主だな。




