17 借金89,863,000ゴル
ブクマありがとうございます
「早く起きな!仕事だ」
突然の声に泥のように眠っていたベッドから慌てて飛び起きた。
私を起こしたのは掃除婦の三婆の内の一人ルーだ。顔も洗えないまま箒を持たされ庭に連れて行かれる。
「なんだ寝てないのかい、ちゃっちゃと働きな」
昨夜、いや、今朝は結局四時まで起きていたせいで睡眠時間はここに来て最短の二時間、頭がフラフラとしてしまう。
「新しい客でもついたか?アタシも全盛期の時には徹夜で稼いだもんだ」
寝不足なのに構うことなく働かせるルーをちょっと睨みながら頷いた。
「シャーリーさんの一番客のハント伯爵をマッサージしたらお気に召されたようで、他の貴族に紹介してやるって言われた」
昨夜の四人以外の人にはあくまでマッサージの仕事だという事で通さなければいけない。まさかルーがディアス侯爵と繋がっているとは思わないがその辺は徹底的に秘密にしておかなくては私の命が危ない。
「いきなり伯爵か。良かったじゃないか!貴族に気に入られれば借金もアッという間に片付くさ」
確かに貴族相手なら稼ぎは良くなるだろうが、今はマッサージに付随するものが厄介過ぎる。ん?違うか、マッサージが付随でスパイが本筋になるのかな。どちらにしても私の危険度がパねぇ。
庭の掃除を終えて前室の掃除を一人でしていたら誰かが部屋に入って来た気配がし振り返ると一人の女がそこにいた。女は機嫌の悪そうな顔で私に近づき頭の先から爪先まであからさまに見たあとフッと鼻で笑った。
「どんな手を使ったが知らないけど掃除婦のフリして指名を取るとか抜け目ないじゃない。でも一回指名されたからって次もあると思わないことね。物珍しさだけで呼ばれただけなんだから勘違いしないことね」
えっとぉ……
「だれ?」
こんな娘知らないんだけど。
暗に私の容姿を蔑んでくるってことは娼婦で間違いないだろうけど、ここに居る全員の顔なんてまだ覚えてない。
「はぁ!?ふざけてるの?昨日私が先にマイルズ様に話しかけてたのに後から来て盗ったくせに!」
なんだかお決まりのイジメっ子のセリフにちょっと感動。ここは眠気マックスな私としては穏便に済ませて少しでも仮眠が取りたい。その為には確かな情報が必要だ。
「えぇ……初めまして、でいいですか?アメリと申します。お名前伺ってもいいですか?」
勢いよく文句を言った相手からいきなり自己紹介されて女はイラついた顔した。
「はぁ?何言ってるの?」
「簡単に言えばマイルズ様をお客として迎えたいと言うことですよね?だったらお名前を教えて頂かないとお伝えする事も出来ませんから」
「……キャロよ」
私の提案に呆気に取られながらもキャロは素直に名前を言った。
「キャロさんですね、わかりました。では次回マイルズ様がお越しの際はキャロさんをオススメしておきます。あと、勘違い為さっているようなので訂正させて頂きますけど私は娼婦ではないのでキャロさんのお客も他の方のお客も盗ることはないので出来れば他の方々にも話して頂けると助かります。では失礼いたします」
これだけ丁寧に言っておけば大丈夫だろう。
一応キャロに軽く頭を下げると私はまた掃除に戻った。ちゃんとしておかないとルーに叱られる。
「な、何言ってるのよ……客を盗らないってどういうつもり?だったらアンタはココで何してるのよ!」
面倒くさいな、こっちは眠いってのに。
思わず振り返ってキャロを睨んでしまう。
「私の仕事はマッサージです」
「マッサージ?」
ポカンと口を開けてはぁ?って顔してる。そりゃ聞いたことも見たことも無いんだから仕方ないけど説明するのも面倒臭い。
「そこに座って下さい。マッサージしてあげますから」
キャロを無理やり側にあったイスに座らせると後ろにまわり肩を揉み始めた。肩はそれほど凝ってる感じはしないけどちょっと背中が張ってるかな。さっきの立ち姿を見てたけど猫背なのが原因のようだ。
「ちょっと何すんのよ」
「いいからちょっとじっとしてて下さい」
最初は不審がっていたキャロも段々とホコホコしているであろう背中に気持ちよくなってきたのか肩甲骨から背骨にかけてグリグリとマッサージしていくと無言になってきた。
「背中が丸まってますね、姿勢が良く無いせいです。出来ればストレッチをオススメします」
「ストレッチ?何よそれ」
キャロに前世で少しかじったヨガの猫のポーズを教える。
「まず両手、両足を肩幅くらい開いて床に手をつき、背中を床と平行に顔は前を向く。三回くらい深呼吸してそのままの体勢で三十数える」
は?って顔してキャロが見ているが構わずお手本を見せつつ続きを教える。
「次に背中を丸めておへそを見るように顔を向けてまた三回深呼吸して三十数える、出来る?」
「で、出来るわよ。簡単じゃない」
「これを続けていると段々と体の中が鍛えられて便通が良くなったり体重の減量にも効果的です」
「えっ!?そうなの、こんな簡単な事で?」
日頃から姿勢も意識して背筋を伸ばすことを追加で話すとキャロは急に笑顔になると喜んだ。
「さっきのマッサージってやつもなんか気持ちよかったし、また今度お願いしてもいいかな?」
どうやら敵ではないと認識出来たらしくホッとした。
「マッサージは三十分で一万五千ゴルだからお高いんです。今のところシャーリーさんとジュリアンさんには何度か呼んで頂いてますが……」
そう話すとキャロは驚いて困った顔をした。ここで働いているって事は基本的に借金があるってことだ。自由になるお金はチップだけだから個人的なものに使う余裕は僅かしかない。その僅かなお金も家族に仕送りしている娘もいると聞く。
「そんなに高いの?もしかして今やったのもお金払わなきゃいけない?」
「いや、今のは私が勝手にやったんだから良いです。でも価格はマダムが決めたから私にはどうしようも出来なくて。出来ればこのお店内の人達だけでも安く出来ればいいんだけど」
キャロはふ〜んって感じで仕方なさそうに肩をすくめる。
「だけどアンタも借金があるんでしょう?だったらマダムの言う事を聞いておいたほうがいいよ。ここは他よりマシだから」
確かに他の娼館よりマシかもしれない。でなきゃマッサージという未知のもので借金を返済させてくれるわけないだろう。それにとある高貴な方とも通じているようだから、そこまで汚い事は表立ってはしてないはず。
そもそもどの時点で私をスパイとして使おうと思っていたのだろう?ここへ連れてこられた時は下請けに流されそうになってた気がするし。
「でも折角いい事教えてもらったから今度私の客にも勧めといてあげる。これでも結構人気あるのよ」
得意気にキャロは言ってくれる。根は良い娘なのかもしれないけど口約束だしそもそもマイルズを盗ったと文句を言いに来たくらいだからあまり期待は出来ないだろう。
「ありがとうございます、一応これに説明が書いてあるのでお願いします」
前室にはテーブルの上の目につく所に昨夜からマッサージの事を書いた名刺サイズの説明カードが物を置いてある。流石に初日で誰も興味が無かったのか一枚も減ってない様子だけど後でここに伯爵様御用達って追記しておこう。ハント伯爵がマッサージを気に入ったってことは嘘じゃ無いからね。
やっとキャロを追い払い、掃除を終えるとフラフラと厨房へ行った。ライラとモニーは私の顔色の悪さを見るなり朝食を食べたら夕方まで寝て来いと言ってくれた。
「寝ぼけて鍋の中に指でも切り落とされたらかなわないからね」
なんて小憎らしい言い方されたけど心配してくれた言葉だとわかるからちょっと嬉しいです。
もう、ツンデレなんだから。
ライラとモニーの好意を有り難く頂戴し自分の部屋で爆睡した。
夕方にユリシーズに叩き起こされマダムのマッサージに向かった。マダムの鉄板の様な肩も毎日マッサージを行っているだけあったかなり緩んできてる。
その後は前室でマッサージの宣伝をするように言われたが全く誰にも相手にされず。キャロが自分の客を探しながらチラチラと私を見ていたが皆自分の事で精一杯なのが現状だろう。
この日からマイルズの予約がある日まで一件もマッサージの仕事は取る事が出来なかった。




