16 借金89,935,000ゴル
借りた金を返すというのは並大抵の事じゃない。そもそも自分で用立て出来なくて借りたのだから返す時は必死にならなくては返せないのは当たり前だ……と、わかっているつもりなのがだ、命が脅かされる事態は容易には受け入れられない。そもそも私の借金じゃないし!!ここじゃ子供は親の所有物扱いだから仕方ないけど。
「奴隷制度復活とディアス侯爵とどういう関係があるんですか?」
ディアス侯爵は言わずと知れた我が国有数の大金持ちで国内での地位も高く伝統ある家系だ。領地でも評判が良いと聞くが……確かミスカと隣接しているのはディアス領だ。
「顔色が悪いな、察しがついたか?
ディアス侯爵は奴隷の取引でミスカと秘密裏に提携し私腹を肥やしてたんだ。長年、小競り合いをする陰で取引を行っていたが現国王ザカライア陛下が即位した事をきっかけに不毛な争いに終止符を打つため王都から援軍を出し一気に終結させた。
そもそも小競り合いの発端は奴隷の取り合いをしていたミスカの商人達のせいだったからその際に国内での奴隷制度を完全撤廃させ今後奴隷持つことを禁じ罰則も定めた」
そうだった、数年前に急に奴隷制度が廃止になりこの国にいる奴隷達が一気に解放され一時パニックになっていた。
奴隷を使うなんて裕福な平民か貴族くらいしかいなかったから一般人である大多数の人には無縁の事だったが、劣悪な環境で働かされていた奴隷の中には報復する者も出て確か平民の富裕層に数人の被害が出たはず。
国王が直ぐに報復者にも厳しい処罰を与え、奴隷達には解放に際し一定の賃金を与えることを指示して何とか事態を収めたと聞いた。
「奴隷がいなくなって数年が経ち情勢は落ち着いて来ているがそれでもまだ貴族達の中には奴隷制度復活を口にする者が少数ながらいるのが現状だ」
「ディアス侯爵がそう言っているんですか?」
「そう簡単な話じゃない。ディアス侯爵は表立ってはそういう貴族を抑えている側に立っている」
「あぁ、こっちの味方のフリしてあちら側をまとめてらっしゃると」
どちらにも入り込んでいざという時は自分に非がないように振る舞うつもりか。
シャーリーに仰向けになってもらい頭を揉みながら伯爵を見上げた。
「そんな巧妙な人の所へ行っても直ぐにバレるんじゃないですか?」
出来るだけ行かない方向へ持ってかなきゃ、そんな胃袋がいくつあったって足りなさそうな所絶対に行きたくない。
早速痛みだしそうなお腹の違和感に耐えていた。
「だが奴隷制度が復活すればお前だって売られるかもしれないぞ?」
ドキッとしてマダム・ベリンダを振り返った。マダムは妖艶な笑みを浮かべたまま私をじっと見てる。
「マ、マダムはそんなことなさいませんよ。現に私は返済を始めていますし」
自分に言い聞かせるように伯爵話す。でないと怖くて耐えられない!
「私がお前の債権を買い取って弄んでから奴隷商人に売り渡すさ」
伯爵が口の端を上げながら私の顎に手を添えクイッと上向かせる。間近に迫る端正な顔に思わず頬が熱くなり動悸がする。このままじゃ心臓が止まりそうだ。一瞬弄ばれたい気もしたがここでそういう妄想を展開している場合じゃない。
「行けば侯爵に斬られて死ぬかもしれないんですよ?」
命あっての物種ですよ!
「そこは上手く護衛を潜ませるさ、私も自分の手先が死ぬのは夢見が悪い」
伯爵は更に顔を近づけ鼻が触れそうになる。これって色仕掛か!?前世では結婚してたもののイケメンに縁が無かった私は簡単に落ちちゃうぞ!
体を後ろに引いていくが既に腰をガッチリ掴まれている。
「へ、平民で難しい話は理解できないんですから指示通り出来ないですよ!」
「お前の馬鹿のフリはもう通じない」
ヤバい、クラクラしてきた……
「別に、フリじゃないです!どうしてこんなか弱い平民をイジメるような事をなさるん……」
「これ以上ガタガタいうな、うまく行けば報酬を上乗せで払う」
へ?
「上乗せ……お幾らですか?」
ぼうっと仕掛けた意識が急速に戻って来た。
そうか、マッサージ師として派遣されるんだからその報酬が入るんだ。おまけに上乗せか……
「マダム、貴族様のマッサージをしたお代ってお幾らですか?」
一応、スイートの時間だからその代金を基本にしているはず。
「スイートはひと晩二百万ゴルからよ。そこから人気が上がればどんどん単価は上がる。シャーリーで今はひと晩五百万ね」
「ごっ!?……」
叫びそうになりながらさっきから頭を揉み続けているシャーリーを見下ろした。手の中の美しい夜の蝶はすっかり眠ってしまい静かに寝息を立てている。
ちょっとやり過ぎたかな。でも気持ちよく眠れたなら良いことだよね。と思ったけどふと隣りに居る伯爵を見た。
「あ、すみません。シャーリーさん寝てしまいました」
これからお愉しみになる予定だったはず。直ぐに起こそうとして止められた。
「あぁ、構わん。ベッドへ運ぶよ、ここじゃ危ないだろう」
マッサージ用のベッドは幅が狭く寝返りをうてば落下してしまう。伯爵はそっとシャーリーを抱えると起こさないようにベッドへ寝かせた。まぁまだ時間はあるか。
改めてソファに座ると金額の確認を続けた。
「マダム、それで私の報酬は?」
お客様の前で内々の金額の話をするなんてあり得ないが伯爵は内情を知っているようだから構わないだろう。
「今回はシャーリーの一番客を紹介してもらった形だから基本はシャーリーと同等の単価」
「ご、五百万ですか!?」
「から、マッサージとして一時間料金なので、ひと晩九時間計算で割って一時間およそ五十六万として、斡旋料が全体の三分の一だから十九万はうちで頂いて、シャーリーにも紹介料の三分の一だから、差し引き返済に当てるのは十八万ゴルね」
「え?あ、な、なんか五百万って聞いてからの十八万って少ない気がするけど……良かったんですよね、うん、良かった」
何だ腑に落ちない気がするがまぁ良しとしよう。
「普通ならね」
「え?」
嫌な予感が……
「今回はリーバイ様が来ているけどこの方はそもそも貴方が密偵として使えるかどうかを見に来ただけなの。だからお代は頂いてないから……」
困ったわね、なんて可愛らしいく小首を傾げたってシャーリーさんの方が可愛いですよ!この悪魔!糠喜びさせるなんて酷い!って叫びたかったがそんな恐ろしいことは口に出来ない。
「でも私はちゃんとマッサージしました。そうだ、閣下!払って下さいよマッサージ代!」
隣に座る美丈夫に頂戴って感じで手を出し目があった瞬間に我に返った。ヤバい!馴れ馴れしいとはいえこのイケメンは貴族だった。
「あ、いえ、その……」
無かった事にしてもらえないかと願いながら気づかれないようにゆっくりと出した手を引っ込めていく。
「そうだな、良い働きには報酬を与えなければな」
伯爵はスッと立ち上がり上着が置いてあるところへ行き内ポケットからジャラリと革袋を取り出した。そこへ手を入れ袋を戻してソファに座る私にそれを差し出した。
「あっ、ありがとうございます!」
お礼を言いつつ受け取ろうとするとマダム・ベリンダが素早く横からかっ攫っていった。
「報酬とおっしゃいましたね。では私が預かります」
グハッ!報酬はマダムを通す。チップなら全額私のもんだったのに。でも少しでも返済に当ててくれるはずだから有り難くお受けしましょう!
「お幾らですか?」
マダムがニッコリと微笑む。
「スイートの最低金額が二百万、そこから計算して一時間は約二十二万が今回の報酬。三分の一の七万四千は私、三分の一はシャーリー、だから貴方の取り分は七万二千ゴルよ」
こんなに心身共に疲労したのに結局七万二千ゴル。はじめに五百万とか喜ばせておいて七万二千ゴルとか落差ありすぎて内蔵が浮きそう。こんな事で本当に地道に借金返していけるんだろうか……
ガックリと落ち込む私に伯爵が優しく手を取る。
「そう気を落とすな。私の仕事を手伝ってくれれば一千万払う、やるか?」
「やります!!伯爵の手足となって働きます!!」
一千万だよ、一千万!!やるでしょ!……あっ!
「マダム、この報酬って……」
「リーバイ様から直のお仕事だもの。今回は私はタッチしないわ、全額返済に当ててあげるから頑張りなさい」
「ありがとうございます!!」
やった!借金を一気に減らせるチャンスがキターッ!!
……なんか変だな、断るつもりだったのに……




