15 借金89,935,000ゴル
シャーリーさんの仕事用の部屋の応接セットで優雅に四人でお茶してる。
超高級娼館のオーナーのマダム・ベリンダ、そこの稼ぎ頭、超高級娼婦シャーリーさん、その一番客のリーバイ・ハント伯爵、で私。
「あのぉ……」
温かかったカップのお茶を飲み干すとやっと人心地つき、私以外の三人が和やかに世間話をしているところへおずおずと問いかける。
「少しは落ち着いた?」
マダム・ベリンダが私の向かいの席で微笑みカップを置いた。
「驚かせてしまってごめんなさいね。さっきのは貴方を試させてもらったの」
「試す……とは?」
まさか接客の態度、ではないですよね。
「この先色々な所へマッサージに出向いてもらうつもりだけど、何か不都合な事が起きたときに貴方がどう対処するかを知りたかったの」
それがアレですか?試験にしてはちょっと過激すぎない!?前世で見たテレビ番組の渾身のドッキリみたいだったよ。
「それで伯爵様を巻き込んでのひと芝居ですか?っていうか、伯爵様とシャーリーさんの芝居が上手過ぎませんか?シャーリーさんの私の見捨て方が怖すぎて夢に出そうなんですけど」
少し恨めしげにマダムの隣に座っている彼女を見た。
「アッハハハハッ!ごめんなさい、そんなに怯えた顔しないで。私だって嫌だったのよ、でもお二人に頼まれて仕方無く」
肩をすくめる姿も美しいシャーリーさんが笑い過ぎて涙目になっている。こっちはもう死ぬんだと思って涙目になったのに。
「兎に角、合格したんだから喜べ」
伯爵は最初の印象とは違い、私の隣でカラカラと笑うと肩をバンバンと叩く。
痛いっつーの!
その後も馴れ馴れしくワシワシ頭を撫でてくるし完全に子供扱いだ。
子供ちゃうっちゅーねん!
「何を喜べばいいのかわかりません」
まだ頭を撫でようとする伯爵の手を防ぎつつ、改めてマダムを見る。なんだか良い意味で豹変した伯爵の勢いにのまれ抵抗してしまうがお咎めはない。結構良い奴かな。
「実は私達は事情があって、高貴な方のために働いているのよ」
なんかぁ、嫌な予感しかしない。高貴な方ですか、それって勿論ここにいる伯爵よりも上の人ってことですよね。ということは、侯爵、公爵、王族のいずれか……
「すみませんお腹が痛いので下がらせて頂いてもいいですか?ここで見聞きしたことは決して誰にも今後一切口にせず墓場まで持って行くとお約束致しますのでご安心を」
と言って立ち上がろうとしたけど勿論隣りに居る伯爵にガッチリと肩を組まれ阻まれた。
「まぁそう言うな。面白い奴だな、お前……」
「閣下、いけませんわ。それ以上は」
ハント伯爵が何やら不穏な言葉を口にしようとした時、マダム・ベリンダが鋭い目をして口を挟んだ。
「おっとこれは失礼」
伯爵はニヤリとしてマダムに笑みを返す。マダムは平民のはずだが貴族である伯爵は無礼を咎めない事でかなり親しい間柄だということがわかる。
マダムは改めて話を始めた。勿論私に拒否権は無い。
ここに居る三人がとある高貴な方の命によりこの国の貴族達を調べているらしい。貴族の事を調べるには基本的には貴族でないと入り込めない場所や人間関係がある為それなりの地位が必要だ。
だがそれでわかるのは主に公的な場所で起こした行動のみに関してだけ。その実際の人となりや秘密裏に行う個人的な行動、もしくは家庭内での事を調べるなら平民の方が入り込め易いと言えるらしい。
例えば国の中枢で評判の良い子爵も領地では屋敷内の侍女に手をつけまくるクズ夫だとかはよく聞く話だ。
「勿論、漠然と来る客を全て調べるわけじゃないわ」
マダムが勿体ぶるように話すけどあまり話が耳に入って来ない。さっきから伯爵が私と肩を組んだままだし間近に視線を感じる。
クソ〜、イケメンのくせにこっち見るなよ。
「リーバイ様、シャーリーと席を変わりますか?」
邪魔でしかない伯爵をマダムが睨むが全く気にしていないようだ。
「いや、ここでいい。それよりまだるっこしい話をしないでハッキリと言ってやればいいじゃないか。というか大体感づいてるんじゃないか、さっきの代替え案の事を鑑みてもこいつ見かけより結構頭が回る、だろ?」
さっき私が瀕死の状態で絞り出した言い逃れがお気に召したらしい。
「私にも負担がなく、マダムにも迷惑をかけず、閣下にも利益がもたらされる妙案だと思っただけです。シャーリーさんもマッサージする方にも興味があるようですし」
そう言って斜め前に視線を向けると彼女はちょっと驚いたように瞳を見開いた。いつもは綺麗系な感じだけど今夜はなんだか可愛らしい。
「お前には多少の負担があるだろう。シャーリーにマッサージのやり方を仕込まなければいけないんだから」
伯爵が私の肩をやっと解放すると自分の腕の感触を確かめるように撫でながら言う。
「いえ、私は初めからマッサージを自分だけの仕事にしようとは思っていませんから出来る人を増やす事はある種計画通りと言えます」
いずれマッサージを指導する立場になって店を構え従業員を雇ってチェーン展開するのも良いかも、なんて浮かれ妄想をしながら気がつけば伯爵が自分で撫でていた腕を奪い取りまた揉んでいた。さっきの時間内ではほぐし切れなかった部分があったのだ。少しダルさが残っているのかもしれない。
「熱を持っていない場合なら温めることをお勧めします。腰や肩も冷やさないことを心がけてくださいね」
伯爵の太い二の腕は片手では掴みきれず両手でもみもみしていくとシャーリーが可愛らしい声をあげた。
「アメリ、次は私の番でしょう!リーバイ様ばっかりズルい」
美男美女が私を取り合うなんて夢のシチュエーション。
「あら、シャーリーはまだアレを体験していないの?可哀想に……」
マダムってば真っ先にベッドでのマッサージを受けたからってそんな上から目線な。
「もしかして私だけのけ者なの!酷いアメリ!」
いや私は酷くないですよ、もう、可愛い人達ですね。
結局マッサージベッドを再び設置し、シャーリーにマッサージをしながら話が続けられた。
「つまり周囲の目をごまかす為にいくつかの貴族の屋敷に出向いてもらうが本命は一つ、コンスタント・ディアス侯爵だ」
気分良くシャーリーの背中をほぐしていたのに伯爵の言葉に胃が絞られる。ディアス侯爵家といえばこの国の中枢で働く外相のような立場の方。そんな方に探りを入れるなんて可能なんだろうか?
「貴方にはそこまで危険なことはさせないわ。コンスタント様の個人的な領域入り込んでその人間関係を探って欲しいだけよ」
マダムがさらりと後を続ける。
「十分危険なことだと思いますが?」
絶対に逆らえないと感じつつも本音が零れてしまう。
「だがこの話の根本はお前にも無関係じゃないぞ。これは数年前に我が国から葬り去った奴隷制度の復活がかかっているからな」
奴隷という単語に私の手が止まった。
このアーバスキング国が数年前まで永らく小競り合いを続けていた隣国バシュクート連邦国家。
そこは多数の民族がそれぞれ自主権を持ち自分達の領地を首長が治めている。そのうちの一つ、我が国と隣接しているミスカでは未だ奴隷制度が根強くはびこりそこでは日常的に人身売買が行われている。他国や他領から色々な手を使って奴隷となる人を集め売りさばく奴隷商人も大きな顔でのさばっておりミスカは奴隷によって成り立っている部分が大きい。
「この国では既に廃止されている制度を何故復活させる必要があるのですか?」
数年前までミスカの奴隷商人が卑劣な手を使ってこの国の貧民層の人達を無理やり連れ去る事件が相次いでいた。貧民層の人達の中で借金を盾に家族を奪われるということが横行し、子供を奪われた親達から領主へ助けを求める嘆願が相次いだが契約書が交わされており中々手が出せなかったと聞いた事がある。
タイミングが悪ければ私も借金の形に奴隷として問答無用で売り飛ばされていただろう。ここへは半ば強制的に連れて来られたが書面上は父親(私)の債権をマダムが買ったという形で言わば返済の為の職の斡旋だった。
一応は借金を自力で返せるなら体を売ることを強いられてはいない。この微妙に選ぶ権利があるというところが奴隷と違うところで、返済さえ終われば晴れて自由の身になるのも奴隷とは違う。
実際に私は娼婦にならずに借金を返し始めている。奴隷となっていれば環境は格段に悪く、胸に誰のモノかわかるよう印を押され鎖で繋がれながら労働を強いられ生涯家畜扱いだ。




