14 借金89,935,000ゴル
評価、いいね、ありがとうございます!
伯爵のマッサージを無事に終了し、お褒めの言葉も賜った所で機嫌良く引き上げようとしていた。
「本日はご用命ありがとうございました。またお声がけよろしくお願いします」
ベッドを片付けルンルン気分で部屋を出ようとした時、ソファで寛いでいた伯爵が私を呼んだ。
「アメリといったか。これからも君を指名しようと思う。勿論、シャーリーとは別で出来ると聞いているから問題は無い」
シャーリーさんの一番客のハント伯爵がこれからもマッサージで指名してくださるとは。
「それはありがとうございます」
慌てて持っていた荷物を置くと丁寧に礼を取った。
「そこでだ、君に少々頼みがあるのだが聞いてくれるか?」
貴族からの頼みは勿論命令ってことで、聞いてくれるかなんて優しく言ってるけど断ったら即死だろう。
「勿論でございます」
作り笑いを浮かべたが心臓をきゅうっと握られたような気がするが気の所為では無いだろう。シャーリーさんは私と伯爵が話し始めるとすっと部屋の奥に用意してあるお茶の準備を始める。お邪魔は致しませんよって事なのだろうが私的には傍にいて欲しかった、一対一なんて貴族怖い!
「頼みというのは難しい事じゃない、これから君を私の友人に紹介していくからそれぞれの屋敷へ出向いて欲しいんだ」
これって一見ただの紹介に聞こえるけど……
「それは有り難いお話でございます」
「その支払いの事なんだが……」
キタキタ来ましたよ!
「私を通して支払う事にしてもらえないか?」
つまり……
「手数料を閣下がお取りになるという事ですか?」
ありがちな要求だけど何だか胡散臭い。この伯爵がそんなケチな事するタイプには見えないんだけど。
チラリとシャーリーを見たけど全くこちらを見てくれない。
「そのお話はマダム・ベリンダとされるべきかと……」
基本的に支払いはマダムに直接払われているはず。
「いやだから、それはこちらで上手くやっておくから君が客から現金を受け取り、そこから私が指示した分を差し引いてからマダムに渡してくれればいい」
それを後から伯爵に渡せってか。ウザっ……折角のイケメンが台無しだよ。
「閣下、申し訳ございませんが私は金勘定が苦手でして。上手く金額をごまかせるか自信がありません」
取り分の計算が出来ないから駄目だよってことで諦めてくれ。
「いやいや、元は商人だろう。簡単な計算くらい大丈夫じゃないか。それに勿論、君にだって取り分を渡すつもりだよ。多額の借金があるのだろう?」
グハッ……痛いとこ突いてくるねぇ。めちゃくちゃ心がグラグラに揺れるよ。だけどうまい話に簡単に乗ると痛い目に合うことは前世、今世通じて経験済みなんだよね。まして私の借金を握っているのはマダムだ。
「閣下、大変有り難いお話しなのですが私には荷が重すぎます。
私は商売をしくじったせいでここにおります。本来ならこの様に新たに仕事を請け負うことも出来なかったはずがマダム・ベリンダの計らいにより新しく仕事を始める事になりました。マダム・ベリンダにはその御恩がございます。それに私の債権を握っているあの方を裏切ることは出来ません」
あぁあ、言っちゃった。だって伯爵ウザいんだもん。死んだかな、私、まさかね。
「そうか……断るのか」
伯爵はそう言って立ち上がり、寝具のそばへ行って何かを手に取った。結構あっさり諦めてくれたのかな?
「私に逆らう、ということで間違いないな?」
私って砂糖がけの蜂蜜くらいなんて甘い考えだったのでしょう!!
伯爵は左手で鞘を持ち右手で剣をスラリと抜きゆっくりとこちらへ歩いて来る。
いやぁーー!!ヤバいヤバいヤバいって殺されちゃう!!「死んだかな」なんてカッコつけちゃったけど本気で死にたくない!!
「かかかか閣下!お待ち下さい!落ち、落ち着いて下さい!!」
脱兎のごとく逃げだしたかったけど膝が言う事をきかない。
こんな修羅場は初めてだ。冷や汗が背中をジェットコースターのように滑り落ち、気がつけば震える足が高級絨毯に縫い止められその場にヘタリ込んでいた。
馬鹿バカ馬鹿バカ!早く逃げるなり騒ぐなり言い訳するなりしなきゃ命が死んでしまう!!
「借金で首がまわらんと聞いていたがどうやら頭もまわらんらしいな?」
イケメンが人を斬り捨てる寸前の顔ってこんなに綺麗なの?って駄目!今は現実逃避しないで私!
「そそそうなんです。私は昔から馬鹿でして、気はきかないし、計算も早くないんです!」
ダラダラと額から冷たい汗が流れ落ちる。頭の中がフル回転し、今までの人生を過去から早送りで振り返っていく。
あらやだ、これが噂の走馬燈なの?前世からの過去を振り返っても鬱陶しい勧誘の電話は断れても騎士から斬り捨てられる事を回避するための知恵なんて浮かばないよ!
ゴクリと喉を鳴らしてハント伯爵を見上げる。剣を振りかぶるこの美丈夫が私の今世での最後の映像かと諦めかけたがその時、カチリと小さく音がし、反射的に視線を向けるとシャーリーが伯爵のすぐ後ろにある応接テーブルにティーカップを置いた音だった。
居た!この人が居たよ!!
「シャ、シャーリーさん……」
こんな状況に巻き込んでいいのか一瞬考えたが反射的に彼女の名が口から出てしまった。
お願いします!出来れば、何とか、もう切実に、助けて下さい!!
という気持ちを目に込めて念波を送ったがシャーリーはまるで私が見えていないかのように、優雅にソファに腰をおろしティーカップを美しい仕草で口元へ運んだ。
うわぁ……やっぱ死んだ…………いやっ!諦めちゃ駄目!!
「か、閣下!お待ち下さい!だったら私では無くシャーリーさんに頼めばいいのではないでしょうか?」
振り下ろそうとした剣の動きをピタリと止めてハント伯爵が私を見下ろしが眉を寄せた。
「シャーリーに?彼女はここの稼ぎ頭だ。今からそこへ入り込むスキは無い」
「はい、それはもう、そうですが」
止められるわけもない剣から少しでも遠ざかろうとジリっと後退りする。足に力が入らないから本当にちょびっとだけだけど出来るだけコイツから離れたい!
「ふむ、無駄な足掻きか。これ以上私の手を煩わせるな」
もう一度、剣を振り上げる伯爵に急いで続きを話す。
「ですから!聞いて下さい!私がマダムを裏切ることは出来ませんが、シャーリーさんがマッサージを覚えてそれから伯爵の思うようになされば問題は無いかと!今の状況を見ればシャーリーさんは伯爵と信頼関係が出来ていらっしゃるようですし、マッサージはシャーリーさんにとって新たな仕事ですからマダムを通す必要は無いのではないでしょうか?」
一気に話してしまうと後は野となれ山となれ!目を閉じじっと伯爵の判断を待った。
どれくらい時間が経ったのか……私には永遠に続くように感じられた無言の時。
「………まぁ、これくらいか」
伯爵の声が聞こえ薄っすら片目を開けて見上げた。剣を鞘に収めながら伯爵は私に背を向けベッドの脇へそれを置いた。呆然としてそれを目で追っているといつの間にか側に来ていたシャーリーさんが私の手を取りニッコリと笑う。
「もう大丈夫よ、立てるかしら?」
なんだか夢から覚めたような気分で口がきけない。シャーリーさんの声も遠くに聞こえる。
「怖がらせ過ぎたか、すまないな」
さっきまで百人は斬ったであろう恐ろしい顔をしていたハント伯爵も私の前に来て片膝をつき顔を覗き込んでくる。
「リーバイ様、取り敢えずソファへ運んであげて下さい」
何度話しかけても答えない私を心配したのかシャーリーさんがそう言い、伯爵がいきなり私を横抱きにする。
「うわぁ!!おろ、下ろして!」
やっと現実味を感じ、暴れたが直ぐにソファに下ろされ手に温かいティーカップを持たされる。
「ゆっくりと飲んで」
甲斐甲斐しく世話を焼いてくるシャーリーさんがとっても可愛いです……じゃなくて!
「これは……一体どういう事なんですか?」
「落ち着け、初めからわかるように教えてやるから」
私の隣へ腰を下ろし、さっきより砕けた話し方で伯爵がニヤニヤしてこっちを見てる。
なんだコイツ!偉そうに!……偉いけど!
「詳しい話は彼女から聞くといい」
偉そうな伯爵の視線の先に妖艶に微笑むマダム・ベリンダが立っていた。




