11 借金89,955,000ゴル
ブクマありがとうございます。
昨夜はあの後キッチリと厨房で働かされ、今日も早朝から掃除婦として働いた。
でも今夜は初めてベッドを使用しての施術だから、念の為マダムで試してみることになった。
流石に執務室では出来ないだろうとマダムの私室へ初めて足を踏み入れた。シャーリーさんやジュリアンさんなどそれぞれお金がかかって華やかだったがマダムの部屋は一見シンプルでさっぱりとした物だった。
だけどよく見ると置いてあるものは全て高級で一流の物ばかり。執務室でも同じ様な感じだったので華美な物を好まないのか娼館など経営しているわりに実はあまりキラキラしたものに興味が無いらしくまるで紳士の部屋のようだった。
「じゃあ、お願いね」
マイルズに用意してもらったマッサージ用の服をマダムに着てもらう。今世にはスエットのような伸び縮みのある生地が無い為、うつ伏せの時に邪魔にならないようにガウンを短くした感じの、前合わせで脇で結び止める上衣とゆったりとしたズボンを作った。ほぼ作務衣のような形だが勿論肌触り抜群の高級仕様だ。
マッサージベッドにバスタオルを敷いた所へうつ伏せに寝転んでもらい、穴が空いた所へ顔を出して頂く。
「なるほど、よく出来てるわね。ここに腕を置くのね」
珍しそうにベッドの感触を確かめているマダムのマッサージを開始した。
背中、腰、足と揉み解し肩や首も緩めていく。前世で受けた施術を頭の中に思い浮かべ腕に施術したあと仰向けになってもらう頃にはマダムはうとうとしていたのかちょっと目がとろんとしていた。
大変失礼かもしれませんが大変お可愛いです、はい。
仰向けで足を揉みほぐし少し体をひねる等のストレッチをして、再び肩や首、最後に頭を揉んで一時間たった。
「ふぅ……終了です」
そっと声をかけたが、反応が無い。
あれ?寝ちゃったかな。
「……ねぇ、延長出来る?」
良しっ!もろたで!!
マッサージを受けていると一時間なんてあっという間なのよね、わかる、わかるよ!
「私は大丈夫ですけど、マダムの時間が……」
このあと人と会う約束があるって言ってたような……
「そうよね、わかってる」
渋々という感じでマダムが起き上がる。
「ゆっくりと動いて下さいね。少しの間ふらつくかもしれません」
仕上げに伸びをしながら深呼吸してもらい水を飲んで頂く。
マダムは気ダルそうにベッドから下りた。
「ちょっとこれは想像以上だったわ。油断したら完全に眠ってしまいそうだった……気持ち良かったわ」
いつものキリッとした顔ではなく柔らかく微笑むマダムに最大限のお褒めの言葉を頂き私も満足した。
「この調子で夜の営業も頼むわよ。特にシャーリーの所では気を抜かないようにね」
マッサージベッドを片付け部屋から出ようとするとサクッと注意され、廊下に出た後で改めて緊張し始める。
最初が肝心!頑張ろっと。
いよいよスタンダードクラスの営業開始時間が来た。
私がマッサージを行う場所は前にマイルズに施術したマダムの執務室の隣とは違い一階の部屋をあてがわれた。
そこは娼婦達がお客様を最初に迎える前室の隣で簡素だが清潔感のある普通の部屋だ。
勿論自分で掃除をしてベッドなど営業に必要な物を持ち込む。マッサージベッドは足を折りたたむと私一人でもなんとか持ち運びが可能な重さで出来ていて、セットするとガタついたりギシギシいったりしない優れものだ。
バスタオルを敷いて準備をし、一人目のお客様のマイルズを迎えに前室へ向かった。
ある意味ここでのデビュー戦の為かなり緊張してきた。
既に何人かのお客様がいるのかザワついた声がするが、思い切って前室のドアをそっと開く。
私はマダム・ベリンダの指示によって少し変わった制服を与えられそれを身に着けている。
動きやすさを追求し、この世界の女性には珍しいゆったりしたパンツスタイル。お客様に用意している作務衣風の物と同じで色違いだが、私が着ているのは地味な灰色だ。
マダム曰く、部屋に二人きりになるとはいえお客様が私には欲情せず、万が一の時は別で料金を払って娼婦と楽しんで頂く為ということらしい。
私としても大変有り難い限りです。
ドアを開けると中にいた人達が一斉に視線を向けて来た。部屋には数人の紳士達とその方々をお誘いする華やかな夜の蝶たち。地味な灰色の私はかーなーり浮いた存在だ。
「マイルズ様、お待たせ致しました。こちらへどうぞ」
営業は始まったばかりでまだ誰もお客様を部屋へご案内していないらしく名指しでマイルズを呼んだ私に娼婦達の視線が突き刺さる。
よく見るとマイルズには二人の娼婦達がそれぞれ腕を取り薄く透けそうなドレスから覗く柔らかであろう白い胸を押し付けられていた。
へぇ〜、マイルズ人気者じゃん。
「あぁ、待ってたよアメリ!君たち悪いね、さっきも言ったけど今日はあの娘に会いに来たんだ」
そう言って名残惜しそうな顔をする娼婦達を振り切り、近くにいた頑固一徹を絵に描いたような厳ついオッサンを連れてこちらへ来た。
どうやらこの厳ついオッサンが言っていた紹介してくれる職人らしい。
スタンダードクラスの娘達が私の事を訝しむように見ている。ここに来てまだ数日、掃除したり厨房で働いたりしている下働きだと思っていた私が指名客を掴んでいた事に驚きを隠せない娘もいた。背中に突き刺さる視線を感じつつ、前室の隣にあるマッサージ室へお客様を連れて行った。
「どちらから致しましょうか?」
作務衣風ガウンを渡し間仕切りの向こうで着替えてもらうとマイルズが連れて来た新しい客の様子を窺う。ガタイがよくマイルズよりは背が低め、年は六十代というところか。白髪頭を短く整えた職人然とした目つきでマッサージベッドを見ている。
「もしかしてこれを作って下さった方ですか?」
なんとなく察していた事を口にするとマイルズがベッドに腰掛けながら頷いた。
「そうなんだ。コイツはドルフといってうちの魔術具製作の責任者なんだ」
ドルフはマイルズが顔を穴にあわせてうつ伏せになり腕置きに手を置いて準備をしたのを確認すると、ベッドをぐるっと一周したり屈んだり美しい曲線を描く猫脚の強度を確かめたりしているようだ。自分が作ったものの出来が気になるのはよくわかるがこれでは施術が始められない。
「ドルフ、いい加減にしないと実際に使っているところを見れないぞ」
私が戸惑っていることに気づいたのか、マイルズが声をかけてくれた。
「あぁ……」
チラリと私の方を見ると少し後ろへ下がっていったドルフに営業スマイルを向けた。
「ベッドを作って頂きありがとうございす。今から使いますので何かご質問があれば聞いて下さいね」
今後もお世話になるであろう職人にはいい印象を持ってもらえる方が良いに決まってる。私は早速ベッドに上がるとマイルズの体を跨いで背中を押し始めた。
「むぅっ……」
ドルフが私の行為に驚いたのか眉間のシワを深め一瞬目を泳がせていた。マッサージを知らないドルフから見れば、ちょっとハレンチに見えたのかもしれない。
マイルズも一度座った態勢でマッサージを受けていたものの、このやり方は知らなかった為、最初は驚きもあり体にも力が入っていたが進むにつれゆっくりと力を抜いていった。女性が男性を他人が見ている前で跨ぐなんてこの世界ではありえないことなのだろうが、私が必死にマッサージしているとやがてドルフも落ち着き黙って見ていた。私も少し緊張が解けマダムにしたのと同じ様にマイルズに施術していった。
「はい、時間です」
最後に頭を揉んで終わりをつげるとマイルズが唸りながら起き上がった。
「マズイな……やっぱりハマりそうだ」
ぼんやりした顔でベッドから起き上がりグンと伸びをする。水が入ったグラスを渡しながら次のお客様のドルフの着替えが済んでいることを確認した。
マイルズと交代し、ベッドに上がるドルフはなんだか少し緊張して見えた。
「気を楽にしてくださいね。マッサージは体を楽にするものですが気持ちもゆったりと持って頂くほうがより良いですから」
年嵩のドルフからすれば孫と言えるくらいの私が自分の背中を跨いでいるのはかなり居心地が悪いのか体に力が入っているしモゾモゾと落ち着きがない。しかもドルフの背中はマダムに負けず劣らずの硬さだった。長年職人として働いていた成果と言えるがこのまま働くのはかなり辛そうだ。




