10 借金89,955,000ゴル
ギャアギャア騒ぐ男共にマダムが静かにふっとため息をつくとピッと人差し指を上げた。その瞬間、まるで魔術を使ったかのように二人の動きが止まった。
「静かに……出来るわよね?」
少し後方にいたせいでマダムの表情が見えなかった事が悔やまれる。
二人の男は顔を引きつらせると大人しくなりお行儀よく執務机の前に並んで立った。
「コホンッ……大変失礼致しました。ご機嫌ようマダム・ベリンダ。本日、依頼されていた品が完成いたしましたのでご報告にあがりました」
改めて紳士的に礼儀を持って振る舞うマイルズにマダムは頷くとユリシーズにお茶の用意を頼んだ。ユリシーズは少し不満そうに眉をピクリとさせたが直ぐに部屋を出て行った。私も出たほうが良いかとドアへ向かいかけたがマイルズに呼び止められる。
「君は居なくちゃ話にならないじゃないか」
え?私が居ていいってことは、もしかしなくてもアレですか!?
「出来たんだよ、マッサージ専用ベッド『マッサ君、第一号』が!!」
あぁ可哀想、ネームセンスは無いタイプね。
マダムと私が苦い紅茶を口にしたような顔になっているのに構わずマイルズは廊下から誰かを呼び荷物を持ち込ませた。荷物は布に包まれていたがそれを解いて持ってきた若い男とマイルズが二人で折りたたまれた足を引っ張り出しベッドを執務机の前に置いた。
「どうです!」
「わぁー凄い!思ってたより豪華な出来栄えですね!!」
目の前のマッサージ専用ベッド『マッサ君、第一号』はダサい名前とは違い、表面を高級そうな皮で覆われ艶やな光を放っている。サイドは金色のツルリとした鋲で等間隔に打ち付けられ高級ソファのような仕上がりになっていて、腕置きも同じ仕様だ。ベッドを支える四本の脚は猫脚で美しい曲線を描き黒光りして機能性重視だった前世でのマッサージチェーン店の物とはまるで別物だ。
ベッドの上部のくり抜かれた顔をはめる部分の手触りや全体のクッション具合を確かめる。
「試してみてもいいですか?」
マイルズに聞くと勿論と頷く。早速靴を脱いてベッドに上り顔をはめて腕置きに腕を置き感触を確かめ起き上がる。
「どうだい?」
ワクワクした目でマイルズが近過ぎるほど顔を寄せてくる。私は身を引きつつも頷いた。
「素晴らしい出来ですね。一緒に頼んでおいたクッションも出来てますか?」
マイルズに言うとベッドを運んで来た男がスッと渡してくれた。
「あの……これは何に使うんですか?」
男は尋ねていいのかどうか様子を窺いながらという感じで私を見ている。
「これはここに置くのよ」
うつ伏せになった時に胸の下に来る部分に傾斜がつけられたクッションを置いて見せた。前世でもここにクッションをあててうつ伏せの施術を受けていた。
「だったらここの部分のクッションを初めから厚くすればいいのでは?」
使い方を見た男がすかさず聞いてくる。
「でもマッサージの後半は仰向けに寝てもらうから取り外せる方が便利なのよ」
そう言ってクッションを退かせてもう一つ用意してもらっていた枕を穴が空いた部分に置いて仰向けに寝てみせた。
「なるほど!」
納得いったような男に比べて何故か驚きを隠せないマイルズ。
「マッサージにはまだ続きがあったのですか……」
「えぇ、まぁ、そうですね」
前世では足を揉んだりちょっとしたストレッチは仰向けでやってた記憶があるもんね。
「では早速お願いします!」
マイルズは言うなり靴を脱ぎだし私をベッドから追い出すと自分が上がろうとする。
「ちょっと!まだ話が済んで無いわよ、それに今度からは正式に予約を取ってもらわないとね。いまアメリには他の客がつきかけてるんだから」
マダムの話にがく然とするマイルズ。
「本当ですか!?でも私が一番客ですよね?」
「十日も梨の礫で一番客と言い張るのはどうかしらね?」
マダムが意地悪そうにマイルズを見ている。
「梨の礫じゃないですよ!これを作っていたからじゃないですか?」
「作っていたのは職人でしょう?それに紹介すると言っていた人も全然来ないし。その間アメリは無収入だったのよ、可哀想に」
首を振りながらわざとらしい態度で同情を引こうとするマダム。
これってその間にシャーリーやジュリアンが既に指名してくれているって事は話しちゃ駄目ってことだよね、了解です!
「それは、申しわけありません。紹介すると言っていた人もこれを作った職人の事だったので無理だったんですよ。今度連れて来ますから」
「あら、そうだったの。それじゃあ仕方が無いかしらね?」
最初からそう言うだろうと予測していたかのようなマダムが妖艶な微笑みを浮かべる。やり手の悪女のようなマダムって味方のうちはとっても頼りになりそうだ。
私はマダムとマイルズの話を聞きながらもベッドを確認していた。
「どうして足をたためるようにしたんですか?」
私の頭の中ではベッドが出来れば与えられた部屋でマッサージを行うのだと思っていた。折りたたみ出来るようにするなんてそりゃ製作に時間もかかるわ。
「それはマダムからの追加の依頼だよ。軽くて持ち運びが出来るようにしてくれって」
マイルズの話に驚きマダムの方を見た。でも考えてみればシャーリーもジュリアンも訪問マッサージ形式だったからその方が便利か。
「おいおい説明するつもりだったけど、貴方にはマッサージをここだけではなく貴族の屋敷で行なってもらうからそのつもりでね」
「はぁ?出張マッサージってことですか?」
マダムの提案に少なからず驚いた。私のような借金の為に売られてきた者は基本的にあまり自由に外を歩けない。逃げる可能性があるし、怪我をしたり犯罪に巻き込まれたりして仕事に支障をきたしてもいけないからだ。娼婦が一人で街をうろつけば頭の悪い輩に絡まれやすい。
私は娼婦ではないが借金は人一倍あるため出歩く自由なんて皆無だと思っていたが、出張ならいいのか。誰か付き添いをつける気かな?
「心配しなくても追跡出来る魔術具を用意するから大丈夫よ」
おふっ、そんな事聞いても喜べな〜い。まぁ勝手にヤバい誰かに攫われるよりいいのか?ここは働き方はキツイけど命の危険は今のところ無いし何よりご飯が美味しい。
すぐにマッサージを受けたがったマイルズだったが明日の予約だけ受けて一旦返すとマダムが改めて私と二人切りで話を始めた。
「今からする話は他言無用。余計な事を言えばすぐに口がきけない状態にして例の所へ行かせるから肝に命じておきなさい」
例の所って想像を絶するっていうアレですか!?口をきけないってどうやるのか知りたくもない!
「勿論です!誰にも何も言いません」
急な恐ろしい話に自然と背筋が伸びて首がちぎれそうなほど頷く。
「貴方にはさっきも行った通りいずれ貴族のお屋敷へもマッサージで行ってもらい、その際に私が命じた指示に従ってもらう」
「はい!」
「しくじると貴方の命はもとより私も無傷では済まないだろうからミスは絶対に赦されないからそのつもりで」
何かあった時、マダムは助けてくれなくて自分の命は自分で守らなきゃいけない感じ?ヤバいと思われたら切り捨てられちゃう感じなのかな、もうすでに泣きそうだけど……
「はい!!」
って言うしかない感じ!!!
マダム・ベリンダはそこまで話したあと引き出しから小さい箱を取り出し机の上に置いた。
「これからは常に何処に行くにも誰と会うにもそれを身に着けておきなさい」
私の方に押し出された箱の中身は少し安っぽい感じの緑の石のピアスで私が身につけていても違和感が無さそうな品だ。自分で言っててちょっと悲しくなるけど直ぐにそれを耳につけた。きっとこれが追跡装置なんだろう。
「結構似合ってるわね、それは簡単には外せないようになってるから」
なんか怖い事言ってる。
「それから明日の仕事だけど、マイルズが予約をしていったからスタンダードの開始時間から一時間ずつ二人。その後、スイートの時間にシャーリーの仕事用の部屋へ行ってもらうからそのつもりで」
「シャーリーさんの予約ですか?」
彼女は明日の指名は入って無いのかな?でもなんで仕事部屋?
「シャーリーの一番客にマッサージしてもらうわ。絶対にしくじらないでよ」
マダムのいい笑顔にちょっと足が震えるけど、いよいよ本格的に外部のお客様を迎えるようだ。




