彼の布団は私の布団
「だから、寝るなというに!」
布団を引っぺがそうとしている健に、私は必死に布団を抑えて抵抗した。
「ううう! やだあ! まだ眠い」
それに、寒い。秋を迎え、もうすぐ冬が訪れようとしえいる今、布団から出るにはやる気と決意が必要だった。
「さむいーねむいー」
「だったら、自分の部屋に行って寝ろ! 毎回毎回、床に毛布ひいて寝る俺の気持ちになってみろ。かなり寒いし、全身痛いし、やってらんないっつーの」
確かに、私が占領してしまっているせいで、健はあまり良く眠れていないらしい。最近、目の下に居座っている隈が、更に際立ってきた。
ちょっと、かわいそうかもしれない。
でも、でも。
「もう少し寝たいよう」
「この怠惰娘が!」
「否定しないから、も少し寝かせて」
ああ、そんなに呆れなくても……。力なく、布団に倒れこんだ健を見て、やはり可哀想になってきた。
「ねえ、健」
「うん?」
顔を上げた健は、やはり眠そうで。
私はあることを思いつき、そのまま口に出した。
「じゃあ、一緒に寝ればいいよ」
寒かったが、掛け布団をめくり、手でおいでおいでをする。
健は私を目を見開いてみた後、「この怠惰馬鹿娘」とつぶやき、そのまま布団に顔をうずめた。
耳が染まっている気がするんだけど、大丈夫だろうか。
**
俺の幼馴染は、酷い奴だ。
どうしようもなく、幼く無邪気で、俺のことを男だとも思っていない。
それ故、俺はどうしようもない劣情にかられる。
「じゃあ、一緒に寝ればいいよ」
なんだそれ!?
俺はお前のお兄さんでもお父さんでも、ましてお母さんでもないんだぞ!
血のつながりは一切ない、しかも年の同じ男女が布団に入るという意味をこいつは本当に分かっていないのだろうか。
分かってやっていたら、それこそ悪魔か。いや、むしろ俺にとっては……なあ。
「実知留」
「何?」
首を傾げる様が可愛いとか、考えてなんかないからな。
「俺、しばらくお前と会いたくない」
もう、我慢の限界なんだよ!
寝不足で苛立ってくるし、それに加えて修行な夜を過ごしていたら、精神がおかしくなる。それだけだったら、まあいいだろうが。
目の前の可愛い幼馴染に何かしてしまったら、俺は一生土下座して過ごしても自分を許せないだろう。
「だから、帰んなさ」
「やだ!」
目に涙を溜めているとか、しかも布団の上とか、勘弁してほしい。
「健は私のこと、うざったい?」
いきなり何言い始めるんだ、実知留は!?
「そんな訳ないだろ」
確かに困ることは多いが、実知留に対して悪感情を持つことは皆無に等しい。実知留だって、割と我侭は多いほうではあるが、聞いてやれる程度のものであることが多いし、甘えたいだけ、らしいことが多い。
「じゃあ、どうして?」
「うん?」
「最近、一緒に遊んでくれなくなったし、帰りだって男友達と一緒だし」
「いや、それは普通だろ」
「でも、やっぱり、傍に居たいだもん! 周りの女の子、健のことかっこいいって言うし、ゆうちゃんなんて告白するって言うし」
「……」
「健の布団は私のだもん!」
いや、できればもう少し別の言い方をできないもんですかね。
嬉しいといえば嬉しいんだけど、内心複雑だった。どうしてこうも、実知留は普通の斜め上を行くんだろうか。
「なあ。ゆうちゃんって、磯崎だろ? あいつはさ、彼氏居るよ? ラブラブで彼氏のほうは俺の友だち。だから、告白は無い」
「ええ!? ゆうちゃん、自分で言ってた……のに?」
「はめられたの、実知留は。俺に対して素直になるようにって、友だちに」
そういうこと、なんだろ? 磯崎。
「何それ?」
実知留は、不思議そうにぱちぱちと瞬きを繰り返す。
っていうか、何かもう色々と耐えられない気がしますが、とりあえず直視しないようにして、と。
「なあ、実知留」
「ううう?」
友だちの行動がいまだに理解できていないのだろう。やはり泣きそうな顔をしている。
「俺と一緒に居たい?」
「もちろん!」
「じゃあ、一つだけ方法を教えてやるよ」
これだけは、我慢だ。
視線を合わせ、目に溜まった滴を拭ってやる。
「俺と付き合って。そうすれば、ずっと傍に居られる」
やわらかい頬が、だんだん赤く染まっていき、そして緩んでいく。くそっ、可愛い!
「ずっと、いっしょ!」
ぎゅっと抱きつかれ、胸の中に感じるやわらかい感触に理性をぶっ飛ばしそうになりながらも、優しく抱きとめる程度で我慢する。
俺、ほんとに頑張っているよな。
**
「……はあ」
結局、俺の睡眠は変わらず、布団を占拠されたままだ。
加えて、たいそうな事を聞いてしまったため、前以上に眠れない日々を過ごしている。
『何で俺の布団を奪うんだ!?』
『健の匂いがして、安心するんだもん』
いつか、この無邪気なお嬢さんが、大人になってくれることを願って、傍に居る。