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我が家から西へ10分歩けば商店街。
昔ながらの雰囲気で活気はあるが目に見えて寂しくなっている。
大型のショッピングモールが近場に出来て、お客さんはそっちへ流れていく。
ちょっとした小売店や跡を継ぐ人がいないお店にはシャッターが閉じられている。
風潮……って、いうのかな。
「兄貴。何を買うんだ?」
「えっとね。お米は明日に届くから……。おかず全般だね。今日はハンバーグにします。」
「良し。」
裕也のガッツポーズが見えます。お肉類と甘いものが好きな父と弟。分かり易い。
「他に何かリクエストはある?」
「?大盤振る舞いだな?」
「今日の埋め合わせだね。……うん、ゴメンね。」
「まぁ、良いさ。いや、良くねぇな……。そんなら、ステーキが良いな。牛で。」
「んん!?ぎゅ、牛か~。う~ん。」
「駄目なら豚でもいいぞ?」
「駄目って訳じゃないんだ。大和田さんの所で今日は何が安いか分からないから……。」
「行ってからのお楽しみか。良いぜ。」
「うん。出来るだけ希望に沿うようにするよ。」
「よっしゃ。言ってみるもんだな。」
先ずは一番遠い大和田精肉店。お肉はいつもここで買ってる。常連さんだね。
小さい頃は僕も裕也も、店長さんの顔を見て泣いていた。強面だから。
そんな店長さん、50歳を過ぎているんだけどね。昔よりも元気だ。
「大和田さん。こんにちわ。」
「おう。今日は鶏が安いし新鮮だぞ。」
低い地声で脅すように聞こえるけど……至って真面目だ。
鶏か~。
「裕也。もも肉を思いっきり齧り付きたくならない?濃厚なたれと一緒に……。」
「……なる。」
「良し。大和田さん、骨付きのもも肉5つと合い挽きを1キロで!!」
「毎度あり!!」
隣に座っていた奥さんにお金を渡し、裕也がお肉を受け取る。
「何時もありがとね。要くん。いや、ちゃんか。」
「くんで良いよ。僕はそっちの方に慣れてるから。」
「いやいや。こんな小さい頃から知ってるのに、こんなに別嬪さんになったんだよ?うちの馬鹿息子の嫁に来て欲しいよ。」
奥さんの言葉に、裕也が少しだけ反応する。落ち着いてよ。奥さんのいつもの冗談だよ?
「ははは。年の差15歳ですよ。僕なんかじゃあ釣り合わないよ。」
「そんなことないよ。あれだ。相手がいなかったら何時でも言っとくれ。」
「うん。その時はお願いしようかな。僕もなるべく頑張るし、ジロちゃんも頑張ってお嫁さん捕まえてねって言っておいて。」
「ははは。分かったよ。ありがとうね。またおいで。」
「うん。多分明日も来るかも。」
「ははは。裕也もっとでっかくなりなよ。」
「うす。」
他愛のない会話だけど、昔の……男の僕を知っている人との会話は楽しい。
学校が休みの日に、商店街主婦主催の井戸端会議に混ぜてもらう時もある。
凄い笑える話が多い。誰誰が~何々で~って。
偶に話題を振られて、つい、お父さんや裕也の事を話すと大うけする。
見た目とのギャップが凄いって。確かに……。
「兄貴、変なこと考えてないよな?」
「何も無いよ?次は馬場さんの所だね。」
鮮魚店馬場。鮮魚は少なめで活魚が多い。う~ん……。
でも偶に卸してもらう鮮魚がすごく美味しい。
回らない寿司ごっこをしたりする。僕が食べる分が少なくて少し悲しいのは秘密。
「馬場さん。鰤か真鰺はある?」
「おお、要ちゃん。すまねぇ、真鰺はあるが鰤は無いんだ。」
「あ~。じゃあ真鰺を三尾貰えるかな?」
「毎度!!あ、ちょいちょい。」
「何なに?」
これは鮮魚を入手できるかもしれない合図だ。
「活きの良い鰹が入ったんだがな。半分ならいけそうなんだが……。」
「買う。買います!!」
「良し。またいつもの時間に来てくれ。」
「うん。いつもありがとう。」
「良いってことよ。お得意さんだからな。ほらよ。裕也持ってくれ。」
「おう。」
鰹を含めたお会計を支払い次の目的地へ。
後は、内藤さんの八百屋だ。良い野菜残ってるかな?
「何を話してたんだ?」
「ふっふん。後でね。」
「何だよ。勿体ぶりやがって……。」
「お父さんの好きな魚だよ。たたきにします。」
「オッケ。分かった。」
「うん。裕也、重くない?」
「こんなもん軽い軽い。」
「ありがと。あ、内藤さ~ん。」
60過ぎのお婆ちゃんがお店番をする八百屋さん。
近くに娘さんが帰ってくるそうで、譲るそうだ。
「毎度。要ちゃん。今日は何が欲しいんだい?」
「人参、玉ねぎ、男爵とピーマン。後、キャベツが2玉と~。エンドウ豆ってある?」
「あるよ。一袋かい?」
「二袋で。それとアスパラガスを2束貰える?」
「うんうん。それじゃあ、持ってっとくれ。」
お婆ちゃんは少し前に足を悪くしちゃって、重いものを持って動けない。
裕也がさっき聞いた野菜を、持ってきた袋に入れていく。
「あ、お婆ちゃん。玉ねぎの分入ってないよ?」
「あらあら。ありがとね。」
未だに算盤で勘定をするお婆ちゃん。凄い……。
偶に間違うんだよね。だから先に暗算して算盤の玉を見てる。
間違ってれば僕はもう一回暗算し直す。という具合だ。
止めに、お婆ちゃんのメモ用紙に書いておく。
日の清算は息子さんがやってるらしい。お願いします。
「ありがとうね。お婆ちゃん。」
「うんうん。明日も来るかい?」
「うん。」
「欲しいものは?」
「トマトかな。プチトマトでも良いんだけど。」
「うんうん。由美に聞いておくよ。」
「ありがと。お婆ちゃん。また明日ね。」
「またね。」
「どうも。」
「うんうん。裕ちゃんもまたね。」
商店街からの帰路に着く。
今日の夕飯は何を作るか決まっている。帰ったら下準備だね。
「足、良くならねぇのかな?」
「……うん。この前由美さんに聞いたから……。」
「そっか……。」
「あと、アルバイトならいつでも歓迎するって言われたよ?」
「……機会があれば……。」
「裕也は今年受験なんだから、駄目だよ?……どこの高校へ行くの?」
「……秘密。」
「願書が来る前に教えてよ?分からない事があるならいつでも聞いてね?」
「あぁ。そこらへんは任せろ。」
「う~ん。不安だ……。」
「それよか、飯だ飯。今日の事は忘れねえからな。」
「あ、ごめんね……。」
今日の商店街のお買い物は終わり。
今日買った分が、明日にはほとんど消えてしまう。
我が家のエンゲル係数は高い。違う意味で……。
幸い、米農家にお母さんの知り合いがいる。
直接お米を仕入れているので……それが唯一の生命線だと思う……。
お父さんも裕也も……大食漢だから……。