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家の鍵を差し込む前に、ドアノブに手を掛けてみる。開いてるね。
「ただいま。」と声を掛け、靴を脱ぐ。
「おう、おかえり。」
気怠げに返事をしてくれる声の主。
僕の弟で、今日は……株価暴落の裕也。ごめんね。
リビング兼キッチンにあるソファーに寝転がり、欠伸をしている。ごめんね。
「お腹空いた?何かリクエストある?」
「ん~?特にこれと言って……無いな。」
「直ぐにできるのは……カレーうどん、特盛トッピングラーメン、かな?お米無いや……。」
「んじゃ、特盛トッピングカレーうどんで。」
「そう来たか……。わかった。」
鞄を食卓に使うテーブルの傍に置き、椅子に掛けているエプロンを付ける。ごめんね。
まあ、冷蔵庫からカレーの残りとか取り出すだけだし、楽で良いね。うん、ごめんね。
「浮かねぇ顔してるけど、何かあったのか?」
「え!?な、何でも無いよ!?」
ごめんね?今日の晩御飯はサービスするから……、その後に話すから……。ごめんね。
ソファーに寝転がりながら、悪い目つきで僕を睨んでくる。ごめんね。今は話せないんだ。
「嘘だな。わずかに目が泳いだぞ。」
「え?ほんとだよ?何でも無いよ!?」
嘘です。ごめんね。今は追求しないで欲しいな。
慌てて睨む弟から目を逸らす。
「あれ~、おかしいな~。あっ、あったあった。」
「わざとらしすぎるだろ!!言え!!どうせ碌でも無い事なんだろ!!」
「そそ、そんなこと無いよ~?」
止めて!!僕は裕也に嘘を付くの苦手なんだよ!!ごめんね!!
「兄貴よぉ。俺に嘘つくの苦手なのは分かってるんだよ。柄にも無い事すんな。」
「ほ、ホントだよ~。何でも無いんだよ~。」
知ってる。はい……、ごめんね。
「どうせ真由美と馬鹿女だろ!?何を言いやがった!!あれか?昨日の事か!?」
「ごめんね!?何でも無いよ!!」
「謝ってんじゃねぇか!!マジかよ!?」
あぁ!!やっちゃった!!謝っちゃった!!
「おい!!嘘だよなぁ!!冗談って言えよ!!」
裕也がソファーから勢いよく立ち上がり、直ぐにこちらに寄ってくる。
背、高くなったね~。多分……30センチの定規くらい身長差があるね。
両肩を掴まれてゆさゆさと揺らされる。うおぅ……脳が揺れる!!
裕也はお父さんに似て力持ちだ。強すぎるくらいに……。
き、気持ち悪くなってきた……。あと、胸が痛い……。物理的に……。
「兄貴!!嘘だって言ってくれ!!頼む!!」
「ご……ごめ……、ま……って……。」
急に揺さぶるのを止めてくれた。うぁ……きっつぅ……。
手に持っているタッパーを落とさずに済んで良かった……。
落としたら辺り一面にカレーの匂いが染み渡っちゃうよ……。
裕也は咳払いをして僕に向き合う。何で顔赤いの?
「んっんん!!兄貴、俺の目を見て答えてくれ。逸らしたら肯定ととる。」
「へ、あ……え?」
「真由美か馬鹿女。どっちかが昨日の出来事を誰かに話したか?」
どっちもです。というか、新しいクラスメイト達の前で……なんて言えるはずも無く……。
自然と……その、目が……。ごめんねって感じで……。
「おい!!くそっ!!」
少し叫んで裕也がスマホを取り出し、誰かに電話している。
おそらくは親友たちの誰かにだ。多分……幸かな?
罪悪感を胸のうちに抱きつつ、お昼御飯の用意をする。
そう言えば、昨日の晩に揚げた天ぷらが残ってるね。
オーブンで焼いてから出してあげよう。後、ミートボール。あ、角煮も残ってたかな?
後ろで裕也の怒り狂った声が聞こえる。凄い怒鳴り散らかしてる。
「おい!!聞いてんのか!!あっ!?誰だテメェ!!」
おや?誰かに変わったみたい。誰だろ?
「東!?だから何だ!!誰だよ!!」
先生!?東って先生だよね!?何で生徒主催の親睦会にいるの!?
「あ゛あ゛!?だからなっ…………待て、いや、待ておい。」
あれ?裕也の勢いがなくなった……。
そんなことできるのお父さん位だよ!?
「いや、待て。待て…………くだ……さい。」
敬語!?もう少し流暢に言えたらいいのに……。んん?
「や、止めろ……くだ……さい。」
ある程度仕上がったカレーうどんマシマシスペシャルを横目に、裕也の表情を窺う。
真っ青だ。かつてないほど真っ青だ……!!
さっきまでの赤い顔はどうしたの!?
「いやっ、なんで……そこ、いや、まて!!ま……くだ……さい。」
心配になってきた。
「裕也。変わって。」
「で、きる訳ないだろ!!」
「良いから。変わって。」
「ツッ……。」
「ご飯は出来てるから。先に食べてて。」
「…………。」
本当に渋々といった面持ちで僕にスマホを渡してくれる。
もう少し素直さも必要だね。要教育。
「お電話変わりました。東先生ですか?」
「おぉ。要たん。さっきぶりだね。」
「業務範囲外だからですか?」
「そだよ~。話しが分かるね~。」
「先程は弟に何を吹き込んでいたのかな?」
「ん~?んふふ。あれやこれやそれとこれってね~。」
「成程。つまりは弟にあらぬ事柄を吹き込んでいたんだね。よくもまあ、そう言うことが出来まるね?教育者の鏡だ。因みに公務員は今週は変形労働かな?」
「え?違うけど?」
「ならば先生がそこにいるのはおかしくないかな?就業規則はどうしたの?日に何時間の労働かな?ただの休憩時間?それとも早退?届出は提出した?事前提出?」
「え、あ、はい。その……。きゅ、休憩で……。」
「では、松田先生に確認を取っても良いかな?」
「あ、それは……、待って、待って。」
「何故、今王院高校の事務所に連絡しているんだ。」
「んんん!?ご、ごめんなさい!!すいません!!許して!?」
「何故?許すも何も無いんじゃないかな?」
「言い、言い過ぎました。すいません。だから許して!!」
「罰則は付くのかな?お小言だけで済むのかな?」
「ごめんよ!?許して!!」
「……、じゃあ、弟に謝罪をしてもらえる?後、約束を一点。出来る?」
「します!!できます!!」
「まずは約束。そこにクラスメイト全員いるかは知らないけど。弟の、裕也の不利になるような発言内容の口止め。出来る?」
「できます!!」
「うん、ありがとう。じゃあ、変わるね?」
はい。と裕也にスマホを返す。
ん……。と水を飲みこみ喋れるようにする。
3玉くらいあったのに……食べるの早いよ……。
「あ?なんだ……ですか?」
食べるのに夢中だったようで、僕の会話は聞こえてなかったみたい。
怪訝そうな顔になってる。謝罪でも聞いてるのかな?
僕も食べようかな……。というか、何で仕事を放置してるんだろ?
今でやっとお昼の11時半くらいだよ?早めの休憩かな?
にしては様子が変だったね。松田先生に知られたくないのかな?分からないや。
懲りないようなら別角度で攻めようと思ったけど、問題無いみたい。
うどん1玉を茹でつつ、僕は素うどんにしようと思う。
とろろ昆布を入れての薄い出汁しようかな。
「なぁ、兄貴。何言ったんだ?」
「さぁ。何だろうね?」
「?」
「うどん……。お代わりいる?」
「後1玉くれ。」
「うん。後、午後から買い物の手伝いをお願いしても良いかな?」
「いいぜ。」
「ありがとう。いつも助かるよ。」
裕也はまだ不思議そうしてる。もう少しで茹で上がるよ。
この後、僕が東先生を脅したとクラスメイトから呟かれることをまだ知らないでいる。