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着信の掛かっているスマホを見る。
それだけで、一の表情が今まで以上に強張っていた。
何故なら、着信相手がその元凶だから。
「……出ないの?」
首を左右へ振ることで、私に答えてくれる。
「じゃあ、無視しようか。鳴り止むまで待とう。」
着信時間は2~30秒ほど。
けれど、直ぐにリダイヤルが掛かる。
今20時を回っているから、普通の家族なら心配しての事だと理解できる。
けれど、一の家庭では、少し異なるだろう。
さっきより少し前に、着信履歴を見せてもらっていたから。
見事と言えるほどに、お母さん以外の着信が無かったのだ。
それどころか、家族以外の登録が無かった。
「そういえば、友達の連絡先って分かるの?」
「……いつも家の電話から連絡してて、それに、今は友達が、その……。」
「その、ごめんね。」
「あ、いえ。ちょっと前まで遊んでたんですけど、習い事とか、部活とかで疎遠になっちゃっただけなんです。僕も家事とかしなくちゃいけなくなったし……。それに、友達はまだスマホを持ってなくて……。」
「あ、そうなんだ。友達は今の事知ってるの?」
「まだ、知らないです。中学校が違うので……。」
「そっか。……その事も踏まえて、紹介したい人たちがいるんだ。僕たちと同じ境遇の人たちで、力になってくれるよ。勿論、僕も。だから、僕の連絡先を登録してくれないかな?」
「あ、お願いします。」
と言っても、またリダイヤルで電話が掛かってきているので登録出来ない。
何度目なんだろうか?
「次に鳴り止んだら、お母さんに電話して。言い辛かったら僕が話すから。」
「お、お願いします。」
まだ鳴り止まない電話。
一体、一のお兄さんはどういう心境で掛けているのだろうか。
純粋な心配なら……それに越したことは無いけれど。
そうでないなら、まず間違いなく一に悪影響を与える。
まだ発症して一ヶ月しか経っていない。
だからこそ、少しでも安心できるようにしないといけない。
家族と話し合い、安息の場所を少しでも増やすようにする。
特に実家で寛ぐことが出来ないというのは、かなり負担になっている筈。
お、やっと鳴り止んだ。
直ぐにスマホを操作する一を見て、真剣さが滲み出ている。
「繋がって、お願いだから……。お母さん、お願いだから。」
コール音がこちらにも聞こえてくるくらい、部屋の中は静かだった。
皆を帰らせたのは英断だったと、そう思おう。
長いコールを経て、とうとう電話が繋がる。
どうやら少し慌てていた様子だ。
『一?今帰ってる最中なのに、どうしたの?晩御飯は済ませたの?正にお金は渡してるでしょ。』
「お母さん、あのね。今日さ、泊まっても良いかな?その、家に帰るのが怖いんだ。だから、ちょっと……。」
『家に帰るのが怖いって、お化けが出る訳でも無いんだし。急にどうしたのよ。それに、誰の家にお邪魔になってるの?今から迎えに行くわ。』
「えっと。いや、だからね。泊めてくれるって言ってくれてるんだ。だからね……。」
『時間も時間だから言ってくれてるのかもしれないけど、そもそも、誰の家に泊めてもらうの?大前君?それとも、吉田君?』
「違うよ。えっと、ほら、加藤先生に教えてもらったでしょ?」
『加藤先生……ああ、あのお医者さんね。妹尾さんだったかしら。でも、急にどうしたの?訳を話しなさいよ。何が何なのかさっぱり分からないわ。』
「訳って、ええっと……。」
一は困ったように僕に視線を向ける。
電話を代わってもらうために、僕は手を差し出す。
「もしもし、初めまして。妹尾要と申します。宜しければ今から言う住所へ来てもらえませんか?少し、込み入った話があるんです。これは一に深く関わる話なんですよ。」
『ご丁寧に。私は一の母で舞と言います。その、今ここでは話せないのですか?』
「構いませんが、長くなりますよ?舞さんは仕事終わりで何か食べられましたか?」
『……手短に話せる?』
「手短に話すならば、一を家へ泊めても大丈夫ですか?」
『その訳よ。流石に今の一を見知らない人へ預けるわけにはいかないわ。』
「そうですよね。良いお母さんで、良かったです。では、今から話しますが、全て聞いた上でお返事ください。」
僕は舞さんへ、一自身の現状の不安要素、僕が感じる不安要素を事細かく、順を追って説明した。
最初の内は舞さんも疑っていた。
それはそうだろう。
だって、普通の家族ならあり得ない話だからね。
しかも、確証の無い話。
それも、一の下着が盗られたって言っても……ねぇ?
他人が話すこんな話、信用できる?
けれど、竹田雅史さんの話を聞いて舞さんは少し怒りだす。
その内容は、自身を息子を疑っているという内容だから、当然だね。
赤の他人が、舞さんの息子さんを疑っているなんて話を聞いたら、普通は怒る。
けれど、世間には伏せられている話を、僕は詳細に話す。
「舞さんが怒るのは当然です。でも、これは紛れも無い真実で、メディアでは語られていない話なんです。私見ではあるんですが、正さんの可能性はゼロでは無いですよ。」
『だからと言って、正を疑って見るなんて出来ないわ。そりゃあ……家族で話す機会が少ないのは認めるわ。けど……』
「確かに、そんな事案にならないとは限りません。ですが、雅史さんはこういった話を僕たちにしてくれました。亡くなられるほんの数日前に……。たった、数日でしたよ?」
僕は一を今日、家に帰らせるつもりはない。
その体で舞さんに話をしている。
実際、隣で同じ話を聞いていた一の顔色は良くない。
高校生の僕でも、こんな話は聞きたくない部類だろう。
『でも、そんな話……』
「信じられないのも、分かります。けれど、雅史さんのお母さんは、今も……いえ、ずっと後悔しています。話してみませんか?きっと、親身になって聞いてくれると思いますよ?」
『……。』
「僕は一と同じ【性転換症】の患者です。そんな僕ですが、一からの勇気を振り絞ったこの相談を、無視する事はできません。どうか今日は、お願いできませんか?」
『もう少し……話したいわ。ええと、妹尾さん。その……今からでも、良いかしら?夜遅く、失礼だと思うのだけれど……。』
「分かりました。」
舞さんに住所を伝えると20分ほどで来れるそうだ。
電話を切り、舞さんが来れる様に準備をしよう。
「ごめんね。もう少しだけ掛かりそうだけど、眠くはない?先にお風呂入る?」
「いえ、お願いします。お風呂は……その、後で、良いですか?」
「うん。今は多分、お父さんが入ってるから。それと、お父さんにも裕也にも話しても良いかな?正直僕だけじゃあ、限界あるからね。」
「お、お任せします。」
「分かった。お父さんも裕也も、君を悪く言ったりしないし、思ったりもしない。言いふらしたりするような性格じゃ無いから、安心してね。」
「は、はい。」
電話した時間は少し長かったけれど……。
また一の電話が鳴った時は少し驚いた。
だって、またお兄さんからだったから。
一にメールだけでもするように言っておくと、直ぐに送っていた。
「友達の家に泊まります。」とだけの一言。
それでもまだ電話が掛かってくるから、一は困っていた。
流石に、僕でも困ると思うよ。
「舞さんが来てから返事しようか。それまで鳴っててもあれだし、マナーにしておいて。」
「兄さん、いきなり留守電になった方が心配しませんかね?」
「一応メールで返事はしているし、もし必要ならメールで返すと思う。晩御飯要らないのか?とか。」
「ああ、確かに。」
「晩御飯とか、それ以外で何か約束事とかあるの?」
「無い……ですね。世間話とか全くしないですし。」
「そっか。それじゃ、下に行こうか。」
「はい。あの、要……さん。お願いします。要さんに話せて、良かったです。」
「僕も、そう思ってもらえて良かったよ。ありがとう。」
もう、そろそろ、仕事、落ち着いても良いんじゃありませんかね。
一週間に休み有り。
一週間で休み有り。
日本語って難しいです。