43
どこまで書いてよいのだろう。
もう少しオブラートに包みたい。
41話をちょっと修正。
「痛みは無い?消毒はしたけれど、気になるなら病院へ行こっか?」
「痛みは……はい、ありますけど、大丈夫です。」
一の手に包帯を巻き終わり一段落。
「後で爪を切っておこうね。少し……伸ばし過ぎだからね。」
「はい。」
「さて。話せそう?」
一の表情はまだ硬いながらも、先程よりは落ち着いている様に見える。
「……どこから、話せばいいのか。」
「う~ん。さっきみたいに質問形式で行く?ただし、さっきよりも踏み込んだ内容になるけども。」
「……いや、わたしから、言います。」
「じゃあ、お願いするね。どこからでも良いよ。」
「その……ぼ、わたしの家って二人兄妹で、両親が共働きしているんです。父は単身赴任中で家を出ていて、帰ってくるのも年に数回程度でして……。母も、その……家族を大事にしてくれてはいるんですけど、仕事も好きなので、帰ってくるのも遅いんです。」
「うん。じゃあ、お兄さんは?」
「はい。その、兄は……今他県の大学生で、まぁ、家から電車で通っているんです。年も離れているから、喧嘩とかは無くて、でも、余り話さなくて……こういうの、疎遠になるって言うんですかね?」
「そう言うね。何歳は慣れてるの?」
「7歳です。今、大学3年生です。昔っから、あんまり関わることも無くて、遊んでもらったことも……無いんです。挨拶とか、必要最低限でしか話さないですね。」
「寂しい?」
「いえ。正直言うと、兄さんの事、あんまり好きじゃないです。小学校の頃、友達を家に誘って遊んでた時、少し騒いじゃったら思いっきりドア叩かれて怒られまして……。気難しいって言うか、なんていうか……。」
「なるほど。」
「えっと……。後はまぁ、あんまり家事とか手伝ってくれないんですよ。洗濯物取り入れたりとか、食器洗いとか。」
「お母さんとは話したりする?」
「はい。お母さんから何度も言ってもらってるんですけど……その後でぼ、わたしが怒られるんです。チクるなとか、お前がやれって。」
「そう言う人なんだね。僕も嫌いになりそうだ。」
「です……よね。」
「……本題に入る?何となく察せちゃうんだけど……。」
一は俯きながら沈黙してしまう。
僕が知るあの人も、似たような事を言っていた。
「露骨になるんだよね?今まで見向きもしなかったことを、急にし始めるんだ。」
僕の言葉を肯定するように、一は軽く頷く。
僕は一が持ってきていた鞄の中身が何なのかを、理解してしまう。
「その鞄の中身って……もしかして下着類?」
一の身体が怯える様に、少しだけ震える。
その反応で中身が正解だと判断できる。
でも、それ以上の何かを一本人から聞きたいので、少し黙っておく。
束の間の沈黙の後に、か細い声で一が話し始める。
「わ……たしが、この身体になっちゃって……。お父さんもお母さんも……心配してくれてるんです。特に……母さんは。でも、兄さんは違うんです。……怖いんです。」
「うん。」
「兄さんは、急に……僕に話しかける様になってきたんです。大丈夫か?心配するなって。でも、目が……笑ってないんです。急に優しくなって、最初は……嬉しかったんですけど……何かが、違うんです。」
「…………。」
「一昨日、僕が……洗濯物を取り入れた時に、現れて、畳むから置いとけって。最初は、いつもこうしてくれたらいいのになって、思ってたんですけど。お風呂掃除を終えた後、畳まれた洗濯物から、消えてたんです。ぼく……わたしの下着が……。」
うん。あの人も言ってた。
「可笑しいと思って、兄さんに聞きに行こうとしたら、兄の部屋の扉が少し……開いてたんです。それで、覗いたら……その……。僕の下着を、握りしめて……笑っていたんです。気持ち悪かった!加藤先生が、言ってた事を……その時思い出したんです。家族としっかり向き合って話せって……。」
加藤先生は、みんなの経験談を元に話してくれている。
きっと、あの人の事も含まれている。
「怖かった……。兄さんが、何を考えているのかを、想像してしまって……。いや、流石にそんなことは無いと思って……。でも、その日、寝る前に部屋の鍵を掛けたんです。いつも掛けてなかったのに……。怖くて、寝れなくて。眠くなるまで、スマホで小説を読みながら時間を潰していたんです。そしたら、鍵の掛かった扉が動いて……。」
「入ってきたの?」
「いえ……。慌てたような足音が聞こえてたので、入っては来ませんでした。でも、兄さんが開けようとしたんだって、確信できました。」
「…………扉の鍵って、簡単に開く?」
「……爪で簡単に開きます。」
「お母さんにはちゃんと話してる?」
「……まだ……です。」
「もう帰ってるのかな?」
時計を見ると、19時半を回っていた。
「多分、まだです。」
「…………。」
何かを想像した一の顔色が悪くなっている。
多分その想像は、間違いではない。
「お母さんに電話できる?ハッキリというけど、危ないよ。」
「……そう、思いますか?」
「うん。加藤先生から、竹田さんの話、聞いた?」
「竹田さん……?」
「うん、竹田雅史さん。一昨年に亡くなった……。」
「え?あれ、作り話じゃ……。」
「違うよ。加藤先生の言い方はきついけど、本当の事しか言わない。事実、有った話なんだよ。作り話でも、嘘でも無い。僕は竹田雅史さんと面識があるし、お葬式にも参列した。そして、あのメディア事件があった。」
「…………。」
「一。今すぐに、お母さんに連絡を取って。僕は竹田さんの二の舞だけは、二度と見たくない。」
「でも、いや、さすがに……。」
「正直、君のお兄さんがそんな事を考えてるなんて思いたくはない。けれど、有り得なくない状況なんだ。」
「うっ……。わかり、ました。」
「大丈夫。僕も話すから。それと、今日は家に泊まっていかない?お母さんに許可貰ってさ。」
「……はい。」
一はスマホを取り出して連絡を取ろうとする。
その時、一のスマホが音を立て始める。
「うそ……。」
一の驚く顔が、理由を物語る。噂をすれば何とやら……。
着信相手は、一のお兄さんからだった。