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松田先生視点。
今日のHRも無事に終わり、東先生と共に職員室へと向かう。
「東先生、松田先生、さよなら~。」
「はい、さよなら~。明日からの小テスト、頑張れよ~。」
「さようなら。また明日ね。」
すれ違う生徒たちと挨拶を交わす。
東先生は明るくハキハキと、対称的に私は物静かにしか挨拶できない。
すこしだけ、羨ましく感じる。
「実センセー、松田センセー。また明日~。」
「はいよ~。勉強しなさいよ~。」
「また明日ね。」
まただ。
自分にも、もう少し踏み出すだけ勇気が欲しい……。
去年は大平先生に迷惑を掛けっぱなしだった。
明るく振舞えるようになりたいから……教頭へ頼み込んだのに……。
「松っちゃんやい。なにか悩み事でもあるの?」
生徒でなく、不意に東先生から話しかけられる。
「あ、その……。」
「言ってみなさいな。抱え込むのは悪い癖だよ。」
「……はい。その……。」
なんと言えば良いのだろうかと、少し言葉を選んだ……。
「あら?東先生、松田先生。そこで何をしているのですか?」
背後から誰かに声を掛けられ、振り向く。
そこには魚崎先生と後藤先生が立っていた。
私の隣から「げっ。」と変な声が聞こえたけど、いつものことだ。
「何かお困り事ですか?」
「あ、はい。困り事と言いますか……、ちょっとした……相談事です。」
「そうそう。ただのお悩み相談だからね。こっちで解決するよ。」
「あら、私も何か力になれるかもしれないし。お聞きしますよ?」
「いやいや。詩乃が聞かなくても問題無いわよ。」
「私は松田先生に尋ねているの。実の許可を求めてないのだけど?」
「私が相談されたんだから、詩乃には関係無いんだって。」
「関係はあるわよ。同じ教員で、同じ職場で働く仲間。それに、後輩を見てあげるのも、先輩の役目でしょう?」
「担任・副担任の関係である私が聞いてあげるから。詩乃には関係ありませ~ん。」
始まってしまった……。
東先生と魚崎先生の言い争い。
職員室前の廊下でされるのは少しだけ困るのですが……。
生徒たちに見られたらどうしよう……。
「あの……東先生、魚崎先生。職員室で話しませんか?」
後藤先生、ナイスです。
ですが、もう少し大きい声でお願いします。
「言ってるでしょ?関係ないって。」
「それを実が決める事ではないでしょ?」
「相談されたのは私なの?詩乃ちゃん、理解できまちゅか?」
「(イラッ)松田先生が深刻そうに話していたからでしょ?実と松田先生は性格が違い過ぎるのよ。まともに解決できるとは思えないのよ。」
「はぁ!?性格なんて誰でも違うでしょうが!!」
「あんたが雑過ぎるって言ってるのよ。理解できないの?あ、出来るわけないわよね。だって、実ですもの。」
「しとるわ!!だからこそ、私の方が適任なのよ。というか、詩乃の方が出来ないでしょうが!!」
「出来るわよ。あんたとは違うのよ。」
「はぁ~!?あんたみたいなヒス女に出来るわけ無いでしょ。」
「なっ!?だ、誰がヒス女よ!!セクハラ上等女のくせに!!」
「だ、誰にもしてないわよ!!いらない噂が立つでしょうが、馬鹿!!」
少ししか時間が経ってないのにヒートアップしている。
いつの間にか後藤先生の姿が見当たらない。
職員室に避難したのだろうか……。
私も避難しよう。
このまま続いたら、巻き込まれてしまう……。
「何を騒いでいるのですか?」
「「……。」」
只の一声で、白熱していた東先生と魚崎先生が静かになる。
二人の指導役、もとい教頭先生が現れた。
東先生と魚崎先生の仲が悪いのは周知の事実で、諫めるのはいつも教頭先生。
そして諫めた後は必ず説教。近くにいた教員も含めて……つまり、今回は私もだ。
「東先生、魚崎先生。新学期が始まって、まだ日も浅い。それなのに、何故言い合いとなってしまったのか説明しなさい。」
「し、詩乃が言いがかりをつけてきたんです。」
「ち、違います。教頭先生。私は、松田先生の相談事に力を貸したかったのです。それを、実が妨害してきたんです。」
「それこそ違います。私が松っちゃんから相談されたのを、横から割って入ってきたんです。」
「深刻そうな表情をしていたんですよ?尋ねない事の方が無理ですよ。」
「だから、私が聞こうとしてたんでしょうが!!」
「実に繊細な話は無理難題でしょうが!!」
「できらぁ!!」
「出来ないわよ!!」
教頭先生の介入で落ち着いたと思ったら……。
教頭先生の様子を窺うと、頭を押さえている。
「喧嘩するほど仲が良い。そういう諺を生徒には教えたくないものだ……。」
教頭先生……その発言はせめて、聞こえないように言ってください。
「まず二人とも、落ち着きなさい。魚崎先生、貴女の言い分は理解できます。同僚を案じる心遣いは評価に値します。」
「はい。当然の事です。」
「ですが、今回の件では些か横槍を入れる行いとなります。それは、東先生でなく、松田先生の迷惑になることを視野に入れなさい。」
「は、はい……。申し訳ありません。」
東先生が絡まなかったら素直に謝れるのが、魚崎先生で……。
「ざまぁ。」
「東先生。貴女も言動に注意しなさい。いらぬ諍いを生んでいるのはその言動だと、教えたのはつい最近の出来事だと記憶していますが?」
「…………。」
「理解できていないのであるなら、もう一度事細かに説明しましょうか?それとも、理解できるように提出物として課した方が良いですか?」
「だ、大丈夫です。覚えています、はい。」
「であれば結構。今後とも、良き同僚として仲良くしなさい。出来なくても、少しは努力と誠意を、私に見せてください。良いですね?」
「「ええっ?こいつ(これ)と?」」
「……良いですね?」
「「……はい。」」
優しい人ほど、笑顔は恐れを含むものだと思います。
目で威圧し、言葉で釘さし、笑顔で納得させる。
説く側として、私には出来ない芸当だと理解できます。
「さて。松田先生は東先生を頼って相談してくれたのでしょう。東先生は真摯な対応でお願いします。」
「は、はい。」
「松田先生。」
「はい。」
「東先生で解決、あるいは納得できないのであるならば、魚崎先生を頼って下さい、宜しいですか?」
「はい。魚崎先生、その時はご指導のほどよろしくお願いします。」
「え、ええ。分かりました。どうか悩まずに、私を頼って下さいね。」
「では、これでこの話は終わりです。貴女たちは教職者である事を十分に理解してください。先程の言動が生徒に教えられるものであるのかを、深く考え、反省しなさい。良いですね?」
「「はい。」」
教頭先生は踵を返し、職員室へ入っていく。
大人であり、教師という職に就く人が説教されている光景は、やっぱり慣れないですね。
いや、慣れる以前に見る方が可笑しいとは思いますが……。
「くっそ……。詩乃のせいじゃない。」
「実のせいでしょ。」
「あんたが口を挟まなかったら、教頭のお小言も無かったでしょうが。」
「あんたじゃ、話にもならないからでしょうが。」
また、言い争いが始まろうとしていた。
早く職員室に先に避難しよう。
そう思って、職員室の方に目を向けると、教頭先生が頭だけを出してこちらを見ていた。
その目にはさっきよりも細められていて……。
後の、教頭先生の説教で……私は相談できなかった。
反省文を、この年になって書くなんて……思いもしなかった。
何故、私まで巻き込まれたのだろうか……。
後藤先生が帰り際に、同情の言葉と共に缶コーヒーをそっと手渡してくれた。
同情よりも、何故あの時に私を連れて逃げてくれなかったのだろうか……。
職員室で再び言い争う二人を尻目に、反省文を手書きで書く。
最後の文章には、こう書こう。
「誰かに頼る前に、自分で行動してみます。」っと。




