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一日の授業は大体6回。
授業開始の初日という事もあってか、それほど勉強は進んでなかった。
異質だったのは、1限目の東先生と2限目の魚崎先生。
他の先生は特に問題も無く、粗方自己紹介したら授業に進んだ。
「ほいほい、皆の衆。なんか疲れてるね~。」
6限目にあった松田先生は、自己紹介も無く淡々と授業していた。
それに加えて、明日ほとんどの教科で小テストをするって言われたからね。
今から予習やら復習やらしないといけないからね。
「あ、小テストか~。頑張んなさいよ。目を付けられないようにね。」
始めが肝心、という事なのだろう。
まぁ、入学試験の範囲らしいから……なんとかなるかな?
後ろの席から、執拗に背中を突かれてるのが気になるけど……。
「進学校ってところが売りだからね。明日に向けて勉強しなさい。解散!!」
パンッと東先生が手を叩き、教室を出ていく。
はて、英語も小テストがあるのだろうか……?
帰り支度をしながら考えていると、頭に柔らかい感触がのしかかる。
「要たん、今日泊まりに行っても良い?」
どうやら奈々が胸を僕の頭に載せているらしい。
よく胸の大きい人はスイカやメロンって言うけど……。
確かに重い……。
「奈々、重いんだけど?」
「ふふん、載せてるからね。」
多分、奈々は今、どや顔をしているだろう。
「はいはい。で、勉強会でもしたいの?」
「モチのロンで御座いますです。真由美んもする~?」
帰り支度をして近づいてきた真由美が傍にやってきた。
「良いわね。その話、乗ったわ。」
「俺も良い?」
幸もやってきた。
この二人がいたら、ほとんど問題なんて無いだろう。
中学時代では、幸と真由美はトップを争っているくらい優秀だったからね。
「よしキタ!!幸たんと真由美ん、要たんがいたら怖いものなしだね!!」
「ははは。奈々も理解力はあるんだから、毎日予習しなよ。」
「そうそう。遊ぶのも良いけど、少しくらい勉強に回しなさいよ。」
「え~?どうせなら遊びたいもん。バイトもしたいし~。」
奈々が喋る度に、頭の上で重しが掛かる。
「奈々、退いてくれない?」
「い~よ。」
やっと頭から重さが無くなった。
頭が軽くなったよ。
「園部さんだっけ?バイトに興味あるの?」
「ほえ?あるある。お金ほし~の。」
「良いバイトがあるんですが、興味はある?」
奈々に話しかけてきたクラスメイト。
名前は確か……梨本さん、だったかな。
「およよ?どんなの?」
「茶店だよ。ウェイターとか、レジ打ちとか。皿洗いもあるよ?」
「お~。因みにお時給はいかほど?」
「時給800円。場合によってもう少し上がるよ?」
「ほほう……、中々よろしいですな~。」
「しかも、学校から近いし、結構融通も利かせられる。良いバイトですぞ?」
「そこに行こっかな~。あ、口利きしてくれるの?」
「モチ。面接で変な事言わなきゃ問題無いよ。」
「よっしゃ。えっと……。」
「あ、私は梨本朱莉。朱莉で良いよ。」
「じゃ、朱莉んでいこう。あたしは奈々で良いよ。」
「オッケ、奈々。早速今日から行く?」
「お義母さんに許可貰わないとね。それに、明日から小テストじゃん?それ終わってからかな?」
「確かに。あ、大間さんと妹尾さんもどうかな?高瀬くんも需要有るよ?」
需要って何だろう?
「いいねいいね。真由美んも要たんも幸たんも、一緒にしようよ。」
「待ちなさいよ、奈々。一気に5人も雇えるわけないでしょ?」
「そうだぞ。もう少し考えてからの方が良いぞ。」
真由美と幸は、奈々をたしなめる様に話し始める。
奈々はバイトをしたいとは昔から聞いてたけど、直ぐにし始めるのはちょっとね。
「あ、それなら大丈夫。ちゃんとシフトを回せるようにするよ。私がシフト組んでるし。」
「へぇ。梨本さんが決めれるんだ。」
「朱莉でいいよ。大間さんも高瀬くんもそう呼んでね。」
「じゃあ、私も真由美でいいわよ。」
「俺も幸で良いよ。朱莉も、そっちの方が呼びやすいだろ?」
「え、あ、うん。はい……。」
でた。イケメンスマイル。
何気に距離も詰めてくるからね。無自覚で。
これが漫画なら、幸の背景は輝いてたりするのかな?キラキラ~って。
「詳しい話は帰りながらでもしようか。」
「そうだな。」
「そうね。」
真由美と奈々には幸のイケメンスマイルは通用しない。
だが、朱莉には効果があったようだ。
幸と真由美が先に教室を出て、僕と奈々、朱莉で後ろから付いて行く。
「ね、ねぇ。」
朱莉からクイッと袖を引っ張られる。
「こ、幸くんって、誰かと付き合ってたりするの?」
これは良く聞かれる質問内容だ。
そして、模範解答も存在する。
「うん。真由美と付き合ってるよ。」
中学時代は大変なものだった。
裏で幸の彼女になる権利を賭けて、争奪戦が勃発していたらしいし……。
幸が真由美に頼み込んで偽装工作をするくらいだったからね。
「そっかぁ……。残念。なんかあの二人、距離近いもんね。納得しちゃった。」
「うん。そうだね。」
「そうそう。幸たんはあの見た目で大変な目に合ってたからね~。」
「そうなんだ。まぁ、かなりのイケメンだしね。」
更に性格も優しく、成績も良い。スポーツも出来るとなるから、余計にね……。
「あ、朱莉ん。バイトってどんな感じ?」
「簡単に説明するとね、コスプレ喫茶。うちの兄さんが経営してるの。」
「「コスプレ喫茶?」」
「そ。その日に好きな衣装でバイトするの。」
「へ、へぇ……。」
「おお!!いいねいいね。楽しそ~。」
「奈々は良い反応してくれるね~。」
「そりゃ、そうでしょ。楽しそうじゃん。要たんも行こうよ。」
「いや、僕はちょっと……。」
「僕っ子の要たんが来てくれたら百人力よ。是非にでも来て欲しいわね。」
「いや、ごめん。遠慮しとくね。」
「要たん家庭的だから、料理出来るよ?」
「え、本当!?なおさら来て欲しい。」
「いや、遠慮しとくね。」
「しかも手先も器用でね。裁縫とかも出来ちゃうよ。」
「マジで!?やっぱり来て。姉さん喜びそう。」
「いや、遠慮しとくね。」
「それにそれに、多分接客とかもできるよ。完璧!!」
「バッチ来い。」
「いや、遠慮しとくね。」
なんだかむず痒くなってきた。褒められるのは素直に嬉しいよ?
というか、奈々と朱莉って仲良くなるの早すぎない?
「随分はしゃいでたけど、何話してたの?」
「うん。まぁ……バイトに来ないかって言われた。」
下駄箱で靴を履き替えながら答える。
「まぁ、要なら大体のバイトはこなせそうだしな。」
「そうね。家事万能だし。料理美味しいし。」
「気も利くしな。母さん言ってたぞ。良妻になれるって。」
「ああ、うちも言ってたわね。私が男だったら嫁にって言ってるくらいだし。あ、要。今日にでも寄ってよ。お母さんが呼んでたの。」
「う、うん。」
「?」
「要、顔赤いぞ?照れてるのか?」
イケメン君は察してくれたようで……僕は察して欲しくなかったんだけどね。
褒められるのは素直に嬉しいよ。
けどね、恥ずかしくもあるんだよ……。
ニヤニヤと笑ってる幸と真由美。
仕返ししたいけど……良い方法が思いつかない。
後ろでは奈々と朱莉が何を着たいか話している。
ちょこちょこと僕の名前も出てきてるから、嫌な予感がする。
少しの間呆けると、頭に手を置かれ撫でられる。
「変な事じゃないんだから。要も、もう少し自信持ってよ。」
「そうだぞ。俺たちは要の幸せを願ってるんだから。楽しまなきゃ損だ。」
小さい頃からの付き合いで、僕の異変を身近で知ってる二人。
本当に軽く、なんて事の無い様に、僕を気遣ってくれる。
僕は恵まれている。
この体に変わってから大変だったけど……いつも助けてもらってる。
いや、助けてもらってばかりだね。
「ありがとう。」
こうやって笑えて、感謝出来る。
それだけで、僕は幸せなんだって気付ける。
二人の顔が赤くなっていると気付く。
僕はまた少しだけ、胸のすく思いになった。
仕返しって意味では、無いけれどね。