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「それじゃあ、東先生の私怨で勝つように心掛けようか。皆それで良いかな?」
1-A。真面目ではあるがやる気はでなさそうだ。
「え~?」って心の声が聞こえてきそうなくらいには……。
「そうだよね。勝ったら何かご褒美が欲しいよね。そう思わない?」
「分かる!!」
「確かに!!」
「それ良いね!!」
と、好評のお声を頂いた。
この声を聞いた東先生は少し吃驚したご様子。
タダで働くような事はしないよ?
八木くん、その視線は少し辛いから止めて欲しい。
「東先生。何かご褒美はあるのかな?」
ニコッと笑って聞いてみる。
引き攣った表情の東先生。さあ、どう出るかな?
「ん~。ん~。じゅ、ジュースを奢る……とか?」
「皆、何か意見は無いかな?常識の範囲内でこれが欲しいとか?」
「はいはい。飯を奢るとかどうだろ?」
「食べ放題だね。八木くん、板書良いかな?」
「……ああ。」
不服……ではなく要領を得ないといった感じの八木くん。ごめんね。
「他には無いかな?」
「はいはい。中間の問題開示とか。」
「奈々、それはやり過ぎじゃないかな?ちゃんと勉強しようか。」
「…………。」
悲しそうな表情で僕を見る奈々。カンニング行為は許しません。
「良識のある範囲でお願いするね。他には?」
「カラオケ奢りとか。」
「お疲れ様会でもしない?先生負担で。」
「基本何かのおごりになるでしょ。何でもいいんじゃない?」
と、何かを奢る関係の話しか出なくなってしまった。
クラスメイト30人。お財布は結構……どころじゃない痛手になるね。
東先生の表情が段々と曇りだす。
まぁ、僕らを出しにするんだから、それ相応の覚悟はしてね?
「あの、要たん……ゴメン。D組に勝つだけでいいんです……。」
「ん?東先生、僕に言われても困るよ。皆やる気を出してくれてるんだし。」
「ジュース!!皆さん、ジュースでご勘弁ください!!」
東先生は立ち上がって90度、綺麗な腰の角度でお辞儀をする。
クラスメイトの反応は三者三様。けど、戸惑う人が大半。
「妹尾さん。とりあえず、先に出場者を決めないか?」
「そうだね、そうしよう。先ずは「ソフトボール」からにしようか。」
お辞儀をしている東先生は放置して、皆に向き合う。
松田先生は何やら口元を押さえて少し笑ってるご様子。気付かない振りをしよう。
「誰か出たい人はいるかな?まずは男子から。」
手が挙がらない。ご褒美がジュースだから、やる気が無くなってしまったのかな?
参加してもらわないと話も進まないね。これは大変だ。
「野球の経験有るって人、いるのかな?」
そうしたら、何人かが手を上げる。
「えっと、飯田くんと、加藤くんと、西くん……かな?ソフトボールでも良いかな?」
「俺は良いよ。って言ってもあんまり戦力にはならないぜ?」
「まぁ、いいかな。って言っても、高校から再開しようって思ってるからブランクあるけど……。」
「俺も良いぜ。」
飯田くん、加藤くん、西くんの順番で合意を得れた。残り6人。
「幸、出たら?」
真由美が幸を名指しで指名する。
幸は運動神経が良いせいか、スポーツなら大抵こなせる。
「ん?フットサルに出ようとしてるんだけど?」
「重複有りって言ってたじゃない。勝ったらご褒美あるんでしょ?」
「高瀬くんって運動できるんだ?」っと周辺の女子は真由美の声を皮切りに囃し立て始める。
おぉ、イケメン効果はここでも発揮されているね。
女子の黄色い声は少しずつ増えていく。
真由美はしてやったり、と嬉しそうな表情だ。
幸は対局で、困ったって感じの表情だ。
「あ、あ~出ても良いなら……出るけど。」
「じゃあ、お願いするね。あと、少しだけ静かにしてもらえると嬉しいかな。周りの教室に迷惑になっちゃうよ?」
八木くんが幸の名前を記入してくれる。残り5人。
「他にはいるかな?」
またしても手が挙がらなくなる。どうしようかな?
「西くん、良いかな?」
「?」
隣の生徒と喋っていた西くんが僕を見る。
「なんだよ。」
「西くんなら、ソフトはどういった人が入ると良いと思う?」
「あ?そうだな。運動神経良かったり、経験者だったら良いんじゃないか?」
「じゃあ。他の競技を含めて考えて、全員参加で考えるとどうかな?」
「どうって言われてもな……。」
「例えば、運動が苦手な人が入るとどうなる?」
「ん?別にいいんじゃね?打てる奴が何人かいれば何とかなるだろう。」
「うん。西くん、ありがとう。今、西くんが言ってくれた事を踏まえてもう一度。ソフトボールに出たい人はいるかな?苦手でも良いんだって。それに、必ず勝つ必要は無いんだよ?他の競技もあるんだからさ。」
何人かが手を上げてくれる。良かった……先へ進めそうだ。
「合場くん、小清水くん、辻くん、深石くん、渡部くん。じゃあ、男子のソフトボールは決定するね。」
良かった良かった。やっと決まった。
と、HR終了のチャイムが鳴り、続いて始業前のチャイムが鳴る。
これからは英語の時間という事で、松田先生が退出する。
「トイレに行きたい人とか大丈夫?今のうちに行っておいた方が良いと思うよ?」
かくいう僕も行きたかったりする。
言い出しっぺの僕はすぐさま教室を出ていく。
何人かが続いて出てきた。そこには奈々の姿もある。
「要たん、ナイス。」
「うん。僕も結構行きたかったんだ。」
仲良く女子トイレへと駆け込む。
空いてて良かった……直ぐに利用できた。洋式で乙姫さんも付いてるぞ?
パパッと済ませて、教室へと戻る。
HRから一限目までは10分の時間がある。余裕はあるね。
少しざわつく教室に入ると、東先生の懇願する姿が見える。
「何卒ジュースでご勘弁!!」って言ってる。
「いいよ~。」って声も返ってきている。
果たして、東先生のお財布からいくら出るのだろうか。
100円の紙パックで済むのか。
はたまた、150円のペットボトルを選ばれるのだろうか?
最大で5万近くは飛んじゃうね。可哀想とは思えないけどね……。
東先生が僕に気付くと萎れた表情をした。僕は笑顔で返そうかな。
生徒を賭けの対象にしてはいけません。