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少しだけ立ち止まり、空を眺める。
良く晴れた青空。良い天気だ。
桜も満開で、心地よい風も吹く。
桜の花弁を巻き込む風が頬を撫でて髪を揺らす。
少し離れた場所から、小さな悲鳴がいくつか聞こえる。
風が強かったのだろうか、スカートが捲れたのだろう。
隣にいる友人も小さな悲鳴もその内の一つだ。
「うっわ、マジ最悪~。要たん、あたしの見た~?」
「ん?見てないよ。」
「ホントに~?」
「うん。だって、僕は奈々の隣にいるし、振り向いていないでしょ?」
「ん~、こ~さ、横目でチラッ的な感じで~「見てないよ。」……。」
友人、奈々のちょっとしたお小言を早々に切り上げる。
何かしら時間を稼ごうとする時の奈々は、大体は何かで動揺か緊張している。
この感じだと……。
「クラス分けが気になる?」
「ん゛ん゛!?」
同性であっても、少し驚く表情がとても可愛いと思う。
僕の隣にいる園部奈々は可愛いタイプの女子高生だ。
「一緒のクラスになれると良いね。」
「……うん。」
「幸や真由美とも、同じクラスだと嬉しいね。」
「そだね。」
「行こうよ。」
立ち止まった足を進め始める。
釣られた奈々も歩き始める。
「あ~も~、要たんは緊張しないの~?」
「緊張はしてるよ。ただ、成るようにしかならないよ。」
「さっすが要たん。おっとな~。」
「まだまだ子供だよ?15歳だし。」
「ちょっとした嫌味だったんだけど?」
「知ってる。」
「揶揄い甲斐がないな~。も~。」
「ふふ、少しは解れた?」
「ん~。微妙。」
通りを左に曲がり、目の前の緩やかな坂道を眺めると見えてくる建物。
今日から通い始める高校が、挨拶をするように見え始める。
県内でも有数の進学校で、人気のある高校だ。
成績が優秀であれば、ある程度の自由が認められている。
髪の染色とか、制服の改造とか。
本当に良いのか?って思ってしまうけど……。
ただ、成績が伴わないと許されないけどね。
「奈々。ちゃんと勉強しないと駄目だよ?」
「あいあい~。」
問題無いって受け答えだけど、目が泳いでいた。
色々やりたいって意気込んでいたけど、大丈夫かな?
「難しくなって僕じゃあ教えられないかもしれないよ?」
少しだけ揺さぶってみる。
目に見えて動揺する奈々がそこにいた。おやおや。
「駄目!!ダメ!!要たん!!ちゃんと教えてよ~。」
いきなり抱き着かれて懇願される。
ここまで追い込む気は無かったんだけど……。
周りの人の視線が気になるなぁ。
「冗談だよ。僕も頑張るから、奈々も頑張ろ?」
「ホントに!?ほんとに!?」
「うん。ホント。」
「絶対だよ!?約束だかんね!?」
「うん。約束するよ。だから、離れてくれると嬉しいな。」
「よぅし!!言質取った!!」
「よっしゃ!!」ってガッツポーズをして離れる奈々を見て、少しだけ今後を憂いてしまう。
「奈々。分かってると思うけど、授業は寝ないでね?」
「……がん、ばる。」
「もう一声。」
「が、んばる。」
「からの?」
「頑張ろう、っと思います。」
「寝ないとは言えないんだね。」
「……うん。」
「正直だね。クラスメイトになれなかったら大変かもね?」
「すっごい不安になってきた……。どうしよぉ。」
更に追い込んでしまった感じがする。
抱き着かれないように、少しだけ、奈々から距離を取る。
距離を取った僕を見て、奈々は構え始める。
僕は、鞄でガードするように胸の前で構える。
にじり寄ってくるから、少しだけ後ろに下がる。
車の通らない道だから良いけど、危ないんだよなぁ。
「奈々。落ち着いて。」
「要たん。あたしは冷静。だから平気。」
「う~ん。少し平静を欠いてるかなって思うよ?」
「大丈夫。大丈夫。」
「……早く行こ?幸も真由美も待ってると思うよ?」
「大丈夫。大丈夫。」
「3人もいるからさ、誰かしら同じになると思うよ?」
「大丈夫。大丈夫。」
じりじりと、少しずつだけれども確実に寄ってくる。
う~ん、これは駄目だね。大分と参ってるみたい。
鞄を下してこちらの構えを解く。
もうね、「逃がさない!!」って感じでしがみ付いてくる。
胸同士が潰れて少し苦しいんだけど……。
「大丈夫。大丈夫。」
壊れた録音機みたいになってる。
「大丈夫。大丈夫。」
僕も壊れた録音機みたいに言ってみる。
……変な感じになるね。
頭を撫でて落ち着かせる。よーしよーしってね。
お、少し落ち着いてきたかな?
がっちりホールドがゆったりホールドになった。
「大丈夫だよ。大丈夫。」
「……ホントに?」
少しだけ、奈々の瞳が潤んでる。ガチだコレ……。
「うん。ホント。」
とりあえず落ち着かせよう。ギャン泣きされたら流石に困る。
撫でていた手をポケットに入れてハンカチを取り出す。
大分緊張していたのかな?
「奈々、昨日ちゃんと寝れた?」
「……寝れてない。」
「緊張してる?」
「……してる。」
ゆったりホールドから解放されたので、ハンカチで涙を拭ってあげる。
普段はこんなに涙脆くないのに……。
「僕の知ってる奈々は、こんなに弱くないよ?」
「……うん。」
「今日は何でこんなに弱いのかな?」
「……なんでかな~。わっかんない……。」
「昨日まですごく元気だったでしょ?」
「……うん。」
「真由美と一緒に裕也を弄り倒してたでしょ。」
「ふぷっ。」
思い出い笑いしてる。我が弟を散々弄ってたからね。可哀想なくらい。
「よくもまぁあそこまで弄れたものだね。可哀想だったよ?」
「ぷふッ。」
あ~、笑ってる笑ってる。口元押えてまぁ~。
ごめんね、裕也。今日は甘いもの買って帰るから。
「部屋の探索だけは止めてあげてね。エッチな本見つかった時はホントに……。」
「ぷふふッ。裕たんのッ、くふッ!!」
あ~、うん。うん。
俯いて震えている奈々を見て、昨日の出来事を僕も思い出す。
2冊見つかった内の両方のネタがね……。うん。
真由美はキャーキャー言いながら中身見てるし……。
奈々はそれを帰ってきた裕也に見せて笑い転げてたし……。
幸は居た堪れない、何とも言えない表情をしていたし……。
僕は台所からその騒ぎを見ていたけど……。
裕也の怒り方は過去最高クラスだったね。あの後大変だったよ……。
「元気出た?」
「くふッ、ウん゛ッ。」
悲しそうな涙目が、笑いの涙目に変わって何よりだね。
後で掘り返さないように釘を刺しておこう。
昨日の二の舞だけは、本当に勘弁してほしい……。
「行こっか。二人とも待ってくれてるよ。」
「ヴん゛ッ……。」
これ、大丈夫かな?入学式の最中に噴き出さないでね?お願いだから……。