17
「ふぅ。裕也、お疲れ様。重かったでしょ?」
大量に食料のはいったエコバックを玄関に置く。
「全然?」
裕也は全く疲れを見せず、平気そうに答える。
野菜のぎっちり詰まった段ボールを肩に担いで、空いた片手には鰹の切り身が入った保冷庫を持っている。
僕なら台車で持って帰るね。それでもしんどいと思う。
「力持ちだなぁ……。僕にも分けて?」
「無理だろ?気張らずに俺を使えばいいんだよ。」
「使うって言い方は嫌だなぁ。」
「別の言い方でも考えてくれ。台所に置いとけばいいか?」
「うん。お願い。」
裕也は靴を無造作に脱いでいく。
僕も靴を脱いで揃えておく。
買い過ぎたかもしれないけど、そうじゃない気もする。
我が家の出費の大半は食費だと思う。冗談抜きで。
料理をしていたらいつの間にか無くなってるし。
幸いにもお父さんの収入が多いから、食費の気苦労はない。
それでも工夫はするんだけどね。
一番助かっているのはお米。
お母さんの伝手で安く仕入れれる。米農家の辻さんに感謝だ。
今日もわざわざ運送してくれている。助かります。今度何かを持っていこう。
「今日は鰹のたたきがメインだけど、他に希望は有るかな?」
「ん~。中華系の何かが食いたい。」
「餃子にしようかな。タレは市販のものにするけど。」
「お、いいな。じゃあ、それで。」
必要な食材を台へと置いていく。
裕也が屈んで冷蔵庫に買ってきた食材を入れてくれている。
…………今、してみようかな?汗臭くないよね?
自分の匂いを嗅いでみる。多分、大丈夫。少しベンの匂いがするくらい。
裕也を背後からそっと抱きしめてみる。
ツンツン頭が少し刺さる。ちょびっと痛い。
「いつもありがとう、裕也。」
返事がない。
いつもお礼を言ったら「気にすんな。」とか「飯で返せ。」とか言ってくるのに。
ん~、流石に頬擦りは恥ずかしいから……撫でるくらいにしておこう。
ツンツン頭をなるべく優しく撫でてみる。
何でこんなに剛毛なんだろ?お父さんもお母さんも柔らかいのに……。
「裕也?」
まだ返事がない。一体どうしたんだろ?
「あ~……。もしかしてなんか臭う?汗臭いかな?」
抱きしめるのを止めて離れ、恐る恐る裕也の顔色を窺う。
真っ赤な顔になってる。
「ちょっ、やっぱり無理してたんじゃ……。」
「ち、違ぇ!!」
「顔赤いよ!?風邪?熱中症?」
「違う!!つか、いきなり何するんだ!!」
「え?……嫌だった?」
「え、いや、そうじゃ……ねぇよ。じゃなくて、いきなりどうしたんだって聞いてるんだ。」
「え、えっとね?」
今日の出来事を簡単に説明する。
「ただ単に、いいなぁって思ったから、やってみただけ。」
「あぁ、そういう事か……。」
「裕也が……嫌じゃ無かったら、たまにしても良いかな?」
「…………なんでだ?」
「ん?何かね、嬉しかったから……かな。」
「……俺以外にするなよ。」
「え?お父さんにもしようと思ってたんだけど……。」
「親父は良い。家族以外にするなよ。」
「え、まぁ。家族以外にはしないよ?」
「そうしろ……。たく……。」
頭を掻きながら裕也は立ち上がる。
裕也の背が大きくなったせいか、見上げなくちゃいけない。
「良いか。幸にもするんじゃねぇぞ?」
「幸に?」
「ああ。絶対勘違いするからな。」
「勘違い?何を?」
「そこは気にすんな。早く飯作れよ。腹減った。」
「あ、うん。分かった。待っててね。今日はお父さんも早く帰れるみたいだし。」
「おう。風呂洗っておくわ。」
「おや、助かるよ。けど、今日は珍しいね」
「……。」
「どうしたの?」
「気まぐれだ。気まぐれ。」
のっしのっしとお風呂場の方へ歩いていく。
ほうほう。抱きしめると気まぐれでお風呂を洗ってくれるんだ。
今日は良い事を知れたね。奈々に感謝しよう。
さて、ちゃちゃっと作りますか。
料理もほとんど終わって、18時を回った辺りでお父さんが帰ってくる。
「ただいま。」
「お帰りなさい。ご飯とお風呂、どっちにする?」
「風呂にしよう。今日も美味しかったよ。」
空っぽのお弁当箱を渡される。
朝はぎっしり詰まって重かったお弁当箱が軽い。
それが凄く嬉しくて、何だか自分の表情が綻んでしまう。
「それは何より。明日も頑張るね。」
「ああ。いつもありがとう。」
「どういたしまして。……お父さん。一つだけ良いかな?」
「どうした?」
お父さんの部屋で、脱いだスーツを受け取りながらハンガーに掛ける。
「ちょっとだけ屈んでもらっても良い?」
「いいぞ?」
お父さんの部屋は和室なので、畳に正座してくれる。
後ろに回って裕也にした様に抱き着いてみる。
お父さんの髪は猫毛のように柔らかいのでチクチクしない。
「いつもありがとう。お父さん。」
頭を撫でるのは止めておこう。流石にね……。
お父さんを子供扱いは出来ないし……。
「ああ。こちらこそ。いつも助けてもらっている。」
お父さんは、軽く答えてくれる。
「うん、僕もだよ。」
「今日はどうしたんだ?良い事でもあったのか?」
「うん。」
お父さんにも、今日の出来事を話す。
「それでね、裕也はさっきお風呂を洗ってくれたんだ。吃驚したよ。」
「そうか。裕也にも気苦労を掛けてしまっているな……、私は駄目だな。」
「そんなこと無いよ。裕也も、もう子供じゃ無いよ。」
「私にとっては、要も裕也もまだまだ子供だ。」
「ん~、僕だって頑張ってるけど……。」
「そうだな。だが、背伸びばかりは疲れるだろう。偶には……甘えなさい。」
「……うん。そうする。裕也にも言ってあげてよ、喜ぶと思うよ?」
「そうだな。言ってみよう。」
「うん。じゃあ、お風呂あがったら御飯にしよう。お父さんの好物もあるよ。」
「直ぐに入ろう。」
「お酒はいる?」
「いや、酒はいい。」
お父さんがスッと立ち上がると、僕は宙に浮く感覚になった。
吃驚して強くしがみ付いてしまう。
「すまない。忘れていた。」
「う、うん。僕もごめん。痛くなかった?」
「全く?要は軽すぎるな。しっかり食べなさい。」
「……結構食べてるほうだよ?」
「そうか?いつも少ないだろう?」
「……お父さんたちの食べる量が多いんだよ?」
「そうか?」
「そうだよ。」
そして今日のお父さんは、ご飯を2杯で食べるのを止めた。
理由を聞くと、僕が食べ過ぎって言ったように聞こえたらしい。
「そんなことないよ。いっぱい食べて。」って言うと追加で4杯食べた。
どうやら、会社の健康診断で体重の結果を同僚に「重い。」って言われたらしい。
もともと、お父さんは体重を気にしていた……らしい。初耳だ。
更には去年の体重計を壊してしまったのも、思い出したようだ。
食事制限で痩せようか悩んでいた時に、僕の今日の一言が効いたようで……。
ごめんね。
でも、確かに150オーバーは重いかも……。あ、冗談だよ、冗談だから……。
裕也は終始笑ってたけど、僕は裕也も重い事を知ってるからね。