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少し筋肉痛の脚を動かし、ようやくベッドへ倒れ込む。
高校の入学式、商店街への買い物、ハイペースのランニング、お父さんの暴露話……。
今日のハイライトは暴露話だ。間違いない。
今までのお母さん像が崩れ去ったような感じさえした。
お母さんは僕が小学校1年生時に交通事故で亡くなった。
裕也を保育園へ迎えに行く最中、誤った運転をした車に轢かれたらしい。
当時の記憶はほとんどない。
ただ、お父さんの、涙を流すほどの哀しい表情だけはしっかりと覚えている。
それ以外に泣いた姿を見たことが無い。
僕も裕也も、お母さんにすごく甘えていて、いつも取り合いをしていたと思う。
遊んでもらう時とか、膝の上に座るとか、一緒に寝るとか。
お母さんは、いつもニコニコ笑っていて、怒ったことは一度も無かったと思う。
思う思うって殆ど忘れかかっているからかな……。
裕也は僕の年子だけど、僕より力が強かったからいつも負けていた。
裕也に勝った記憶は一度も無い。
取り合いに負けては、お父さんの方へ逃げていたのはしっかり覚えている。
お母さんは笑いながら僕の頭を撫でてくれていた。
何か言われてた気がするけど、覚えていない。
僕には、そんな優しい記憶しかないお母さん。
まさかの、押しかけ女房?いや、略奪愛?どっち?
お父さんって良い所の家出身だったって聞いたことが有るけど、なんで?
しかも姉御肌。
……うわぁ、信じられない。造り話じゃないよね?えぇ……。
続きがあるって言ってたけど……、ベッドに~の件で大体わかるよ!?
想像しちゃったよ!?したくなかったよ!!
多分、裕也も同じ感じになってると思う……。
えぇ……。
「流石にさ~、冗談……ってことは無いよね。お父さんが言える筈無いもん。」
ベッドから起き上がり、部屋に置いてある姿見で今の自分を見る。
お母さんそっくりだって、太鼓判を父からもらった。
髪型、体格、体型。
喋り方とか、そういう細かいところまでは同じではないけれど、似ているって。
嬉しいのやら恥ずかしいのやら……。
今日の話を聞くまでは、嬉しい100%だったんだけど……。
う~ん。この顔で男性にしがみ付く……出来ない。無理。
はぁっとため息をつき、再びベッドへ身を投げる。
女性の身体へ変化して、約5年。
女性の仕草は真由美とおばさんに叩きこまれたし、演じれているとは思う。
けれど、心は……未だ男のままだ。
誰か女性を好きに事が無い。勿論男性も無い。
だから、恋心というものが理解できない。
お父さんは好きだ。裕也も好きだ。亡くなったお母さんも好きだ。
でも、他の人を好きになったことが無い。
「どういう気持ちになるんだろう。……わかんないや。」
早い人は幼稚園の時で初恋をしたと聞いた。
遅くても小学生の間で初恋をするって言ってた。
僕は途中から女性に変わったから、分からなくなったのかな……?
「今更だけど、幸か真由美辺りに聞こうかな。奈々は……想像できない……。ごめん。」
何だか……奈々の好きは違う意味があるんじゃないかって、常々思ってしまう。
理由は分からないけど……。何となくそう思う。
片方が、お互いが好きになり付き合い始める。交際関係。そして結婚。
初手で躓いてしまう僕は何なんだろうか……。
悶々と考えこむところに、スマホに着信が入る。
「高瀬 幸」と表示され、電話を取る。
「もしもし、まだ起きていたか?」
「うん。まだ20時半だよ?」
「美容は睡眠が大事なんだって真由美は言っているぞ?」
「まあね。口酸っぱく言われてるよ。最近は言われないけどね。」
「はは。もう大丈夫って信頼されてるんだろう。」
「だと思うよ。それで、どうしたの?」
「ああ、いや。今日の顛末をさ、一応話しておこうかと……。」
「?どういう事?親睦会の事だよね?」
「ああ。東先生と話を付けていただろう?」
「うん。裕也の不利になることを広めないように周りに言い利かせて、って約束しただけだよ?」
「ああ、それでな。結構、東先生にダメージが入った言い方を要がしたみたいでな。「要たんに逆らわないように!!」って念押しされたんだよ。半泣きで……。」
「……そこまで酷い事言ってないよ?」
「ま、受け取り方によってはキツかったんだろう……。」
「その言い方だと、続きがありそうだね?」
「……東先生の取り乱し具合に……真由美と奈々が触発されてな、結構な惨事になってたぞ?」
「さんじ?あれかな?誉め言葉の方の賛辞かな?」
「……残念ながら、大惨事の方の惨事だな。」
「…………。」
「あ~、ある程度フォローはしたぞ?そこまで怖い奴じゃないぞ?って。」
「受け取り方によってはさ、怒ったらヤバい奴ってことでしょ?」
「……。」
「僕にもフォロー欲しいな~。今日さ、お父さんに友達増やせるように頑張る、って言っちゃったんだ~。」
「なぁ、要。」
「何かな?」
「諦めは心の養生って言葉、知ってるか?」
「不運でも無いと思うし、失敗もしていないと思うよ?」
「……勇往邁進の心で、頑張れ……。」
「諦めんなよ?」
「なぁ、諦めが肝心って言葉があるじゃないか。」
「ん?何かな?その言葉を僕に贈って何をさせたいのかな?」
「ん~。クラスメイト外の同級生で友達を作る?」
「難易度が跳ねあがってるよ?僕は人見知りを発症しているんだよ?」
「ん~。」
「中学校では奈々が友達になってくれました。3年間で一人だよ!?」
「ごめん。」
「謝らないでよ……。結構ダメージ入ったんだけど……。」
「大丈夫だ。要のメンタルは俺たちが保証できる。」
「う~ん。違う。そうじゃない。」
「ぬぅ。そうだな。まぁ、明日にならんと分からんし……。何より東先生をまず何とかしないといけない気がするんだ。」
「まぁ……そうだね。」
「後は真由美と奈々だ。戦犯はこの二人だろうし……。」
「そうだね。お仕置きも忘れてたし。」
「やめてあげようね。余計に拗れるぞ?」
「はぁ……、分かったよ。明日この二人を何とかする。東先生は様子を見てからだね。」
「そうしてあげてくれると助かる。」
「気が重いよ……。」
「まぁまぁ。なるようになれ……だな。」
「破れかぶれみたいな言葉はあまり好きじゃないよ。まぁ、励ましの時には僕も使うけど……。」
「はは、そういう事だ。また明日。いつもの時間に行くか?」
「うん。二人には先に行ってもらったからね。明日は奈々が起きてると良いけど……。」
「まぁ、その時は今日みたいにしよう。それとも全員で起こしに行くか?」
「それも良いかも。」
「まあ、いつもの時間で。お休み。」
「うん。お休み。ありがとう。」
幸が着信を切ってから、スマホを片付ける。
「気が重いよ~。何それ~。」
明日はどうしようかと考えながら、布団に潜り込む。
ハイライトが、暴露話から友達増えないに変わりそう……。