愛のカタチは無量大数
俺の通うクレセントアカデミー(crescent academy)、別名三日月学院は主に、ブレイブ(Brave)科、マジック(Magic)科、ヒール(Heal)科の3つにわけられ、主にブレイブ科には勇者や戦士、マジック科には魔戦士や魔術師、ヒール科には施療師、薬師などを目指す若者が集う超名門校である。
訓練生達は日々それぞれなりたい職業を目指し鍛錬と努力を怠らない。俺の名前はルイス(Louie)。ブレイブ科2年だ。同じ科の皆が血反吐を吐くような努力をしている中、俺はいつも通りジュースを片手に屋上のベンチからその様子を眺めていた。要するにサボりだ。
こんな素行の悪い俺だが常に成績はトップで技術テストはいつも最優秀枠。小さい頃からずっと神童って呼ばれてきたくらいだ。自分で言うのもなんだが、俺には才能があるのだろう。
「ルイス君みっけ」
後ろから声をかけられ振り向いた先にはマジック科の教師であるノア(Noah)が立っていた。
雪ような白い肌に赤い髪が目立つ彼は通りかかった人が度々振り向くほどの美貌の持ち主で、加え誰にでも平等に優しく笑顔を絶やさないノアは誰からも愛されるような存在だ。こんな俺を何かと気にかけてくれるし、本当に優しい人だと思う。
実は俺はこの人に絶賛片想い中なのである。昔から、女より男が好きないわゆる同性愛者であるということは俺自身自覚している為、いまさら驚くことではないがこんなつまらない学院にわざわざ通い続けているのはこの人に会いたいから…なのかもしれない。
「ノアか」
「先生をつける!アルフィー(Alfie)先生が探してたよ」
そう言ってノアは俺の隣に座った。
ちなみにアルフィーはブレイブ科の教師で無駄に熱血のある男だ。俺の1番苦手なタイプ。
「どうでもいい」
「またそんなこと言っちゃってさ」
ふふっと笑うその横顔はとても綺麗で、とてもキラキラして見えた。余程俺を探し回ってくれたのか、ノアはほっぺのあたりがほんのり赤くなっていて、理由は知らないが、常につけている赤いマフラーを少し緩めた。
「珍しいな、ノアが暑がってんの」
「暑くはないよ、でも探してる時階段昇り降りしたから体温あがったかも」
「そこまでして探す必要ないだろ…」
俺が可愛げもなくそう言うとノアは俺の頭をわしゃわしゃしながら、なんだかルイス君の顔、見たくなったのと天使のような笑顔で言った。
この人はどこまで俺を本気にさせるんだと頭を抱えてしまう。するとこの幸せな空間をぶち壊すかのように、バァンッと勢いよくドアがあいた。
「ルイスーー?いるかしらーーー???」
バカでかい声とともに入ってきたのはヒール科2年の俺の幼なじみ、カロリーナ(Carolina)だ。名前が長いという理由でみんなにはリーナと呼ばれている。ずば抜けてヒール能力に長けていて、ヒール科では結構名の知れた生徒らしい。偉そうなのと口調はともかく明るく男勝りな性格からか、周りから頼られることが多い。
「…リーナお前今授業中だろ?なんでここにきた」
「あらチャイムの音聞こえなかったのかしら?耳が悪いのねかわいそうに。…もうとっくに昼休みですわ」
上からな態度に少々イラッと来るものの、昔からの付き合いでもう慣れているのもありいちいち指摘するのも面倒なので大抵はスルーだ。ただ声の大きさは未だに慣れない。もう少しおしとやかに出来ないものか。
「あら、ノア先生こんな所に!さっき校長が呼んでましたわよ!放送で!」
「校長が…?なんだろ、ありがとう!リーナちゃん」
そう言うとノアは急いで校舎に入っていった。最後ドアからひょこっと頭だけだして俺とリーナに小さく手を振った。その姿にかわいいなぁと見惚れていると、横でノア先生相変わらずお可愛らしいですわ〜♡とかなんとかキャーキャー言ってるリーナの声量のおかげで我を取り戻す。
「…それでなんの用だ」
「そうでしたわ、1ヶ月後の学院総合技術審査、あなたも当然参加するわよね?」
学院総合技術審査とは、クレセントアカデミーの一大イベントで、簡単に言うと学院の中で技術を競い合い、学院の先生方が個人のアビリティを見極めるといったものだ。普通の技術テストと違うのは、名の知れた勇者や御偉方がギャラリーとして迎えられる為、その目に止まればその場でスカウトされることもある。なので訓練生達は死ぬ気で自分をアピールしなければならない。
「あぁ、それがどうした?」
「今回の審査、各学科3人1組のチーム戦って事は知っていて?」
…まて、何か嫌な予感がする。というかそもそもその話を知らなかった俺からすればその話もかなり衝撃の事実だが、
「あなたどーせ友達いないでしょうし、私とチーム組みなさい!」
茶色く長い髪が風になびいた。リーナは相変わらず上からで仕方ないから誘ってやると言わんばかりに手を差し伸べる。
どうやら、俺の嫌な予感は的中したようだ。
「…それで、あと一人はどうすんだ?」
俺は図書室の端っこの席に座り、隣に座って作戦とやらを考えているリーナに質問する。
あの後すぐにチャイムが鳴り、俺の答えも聞かぬまま、リーナは自分の教室に戻って言った。俺は、最初から最後まで騒がしいやつだと呆れながら床に寝そべり青い空を見つめていたのだがそのまま屋上で眠りについてしまったらしく、気づけば午後の授業終了のチャイムが鳴っていた。重い体を持ち上げ帰ろうとしたその時、作戦会議ですわ!と息を切らして屋上にやってきたリーナに捕まり、今に至る。
「…どなたかお知り合いの方はいませんの?」
「いると思ってんのか?俺に」
「聞いた私が馬鹿でしたわ」
マジック科の生徒はあまり他の学科と交流をもたない事で有名で、変わったヤツらが多く、ブレイブ科やヒール科の生徒たちもマジック科の校舎には用がない限り行かないし余程の事が無ければ話しかけない。さらに魔法使いが被るようなとんがり帽を目元まで深く被っている為、校舎はなんというか、不気味な雰囲気に包まれている。友達の少ない俺が言えたことではないがマジック科の先生方は割と明るいのに、生徒はどこかとっつきにくい。友達の多いリーナですら知り合いがいないらしい。
「ノア先生に、誰かを紹介してもらう事はできないかしら」
「…もう俺ら2人でいいんじゃないか」
「3人いなければ、審査を受ける事も出来ませんのよ、そんな事も知らないんですの?」
「…」
「そうと決まればさっそく行きますわよ!善は急げですわ!」
2.Layla
勢いでマジック科の校舎に来たはいいのだが、すれ違いざまジロジロと見てくると思えばヒソヒソと何かを話されて少し気分が悪い。違う学科の人間がいる事がとても珍しいのだろうが、これでは誰も近づかないのも納得がいく。
「…ったく、これだからマジック科の連中は何を考えているか分からないんですのよ。失礼極まりないですわ」
リーナもこの状況にイライラしているのか機嫌が悪い。睨みを聞かせながらドスドスと廊下を歩いている。すると、1番奥の教室の前でノアがその周りを囲んでいる生徒と話をしているのが見えた。不気味な雰囲気とは裏腹にとても楽しそうだ。生徒達も心を許しているようでとても盛り上がっている様子だ。しばらくリーナと二人でその様子を眺めていると、ノアがこちらに気づいたようで、話を切り上げてこちらに小走りで向かってきた。
「リーナちゃんルイス君!2人揃ってどうしたの?」
「ノア先生!実は相談事が…」
と言いながらリーナがノアに近づいたその瞬間、何者かに背後から電撃魔法を繰り出され、閃光とともに走る稲妻が矢のごとくこちらに向かってくる。いち早くそれを察知したリーナが俺とノアを守るように素早くシールドをはってくれたお陰で、直撃は免れた。
「…校舎の中での他者への攻撃は、校則違反ではなくて?」
リーナは風圧で少し崩れた制服を直しながら魔法が繰り出されたであろう方向を睨む。
魔法とシールドがぶつかった衝撃によって辺りは煙くなっているがその先に目を凝らすと、そこには1人の少女が立っていた。制服から見て、マジック科の1年生と思われる。幸い、周りに生徒がいなかったのでけが人は出なくてすんだが、狭い空間で魔法を繰り出すのはかなり危険な行動であることは間違いない。その少女はリーナをじっと見つめ、何かを考えた末に舌打ちした。
「…っ、リーナ!大丈夫か!?」
「この位なんともないですわ。…それよりあなた、どういうつもりなのかしら。こんな狭い所で、しかも初対面の相手に攻撃魔法をぶっ放すなんて。」
すると、こちらに睨みを聞かせながら、さっきまで俯いていた少女が口を開いた。
「…に………いで…」
「は?なんですの?聞こえませんわ」
「私の…にいさまに…近づか、ないで…!」
に…にいさま…?俺とリーナが呆気にとられていると、ノアがあわてて少女の前に立ち、ごめんなさい!と俺たちに頭を下げた。あまり状況を掴めず固まっていた俺たちは、ノアにこの少女は自分の妹である事を説明された。その間その少女はノアの腕を掴みぴっとりとくっついて、ムスッとした顔で頬を膨らませながらそっぽを向いている。
「…レイラ、校舎内で魔法を使うのは危険だから駄目だって何回も注意したよね?」
「あの女が…!兄様に、近づこうとしたから…どうせ、兄様に媚び売って…とりいろうと…してるんでしょ…」
レイラの目には涙が浮かんでいた。リーナは心底面倒くさそうな顔をしながら、なるほど。ただのメンヘラブラコン女だったわけですのね、と大きなため息をついた。
「ノア先生に話しかけたのは次の総合技術審査の事でご相談があっただけの事。後ろにいる冴えない男も一緒にいるのが何よりの証明ですわ。」
「誰が冴えない男だ」
レイラは相変わらずノアの後ろでこちらの様子をじっとうかがっていた。しかし、ノアに謝ってと注意されると俺たちの前にでてきて、…ごめんなさいと頭を下げた。あら、案外素直ですのねと言いながらリーナは笑顔を浮かべている。機嫌はすっかり治ったのだろう。
「リーナちゃん、僕に相談ってなんだったの?」
「そういえばそうでしたわ、でもノア先生、もう解決の糸は見えてしまったようですの。」
…ちょっとまて、何を言ってるんだとリーナの方を見やるとニヤリと笑った。嫌な予感しかしない。何を言い出すかと思えばリーナはレイラを指差して
「私とチーム組みなさい、レイラ!」
と叫んだ。
相変わらずのバカでかい声は狭い校舎に響いて、相変わらず俺の悪い予感は当たるのであった。