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仕事

「リン! 姫はまだいけるか?」

「だ、だい、じょうぶよ」


 意外な事に姫が答える。しかし全然大丈夫な感じはしない。


 背後から魔力を感じ、障壁を展開しようとするも、リンが対処する姿勢を見せたため任せる事にし周りを警戒する。


 ーードゴォン!


 リンが障壁を展開し防ぎ切ると、声を張る。


「クソっ! 敵は3人だ、私達で食い止める! お嬢様はお逃げください」


 そう言って敵に向かって駆けていく。


 ついに姫と二人になってしまった。次襲われれば終わりだ。


 息が絶え絶えの姫の腕を掴み、逃げ始める。一瞬こちらを睨もうと顔を上げるも力無く下を向く。流石に体力の限界なんだろう。


 少し走ると、姫の足が止まる。


「背中に乗れ、もう走れないだろ」

「はぁはぁ……」


 何も言わずに寄りかかってくる姫を背中に乗せて走り始める。兎に角今は距離を稼ぐ。相手も距離さえ離れれば森の中を追うのは難しいだろう。


 少し時間が経つと姫が回復したのか耳元で声をかけてくる。


「あんた名前は?」

「アルス」

「……」

「こう言う時はねあんたも私の名前を聞くのよ」

「あんたの名前は?」


 ーーバシ


 頭を叩かれる、何故だ。


「あんたにあんたなんて呼ばれたく無いわよ」

「姫の名前は?」

「まぁいいわ、リリー・ヴェルクスよ」

「そうか」

 

 ーーバシ


 また叩かれた。


「次はなんなんだ?」

「もういいわ、それで逃げ切れるの?」

「どうだろうな、なんとも言えないな」

「そう……。それにしてもあんたどんな体力してんのよ」

「このぐらい誰でも走れる、姫が貧弱すぎるだけだ」

「信じ難いわね」


 その時、進行方向から人の気配がする。立ち止まり、姫を下ろし警戒する。草木をかき分けて五人姿を表す。その顔には仮面がついている。


 姫の顔を伺うと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。初めて見る表情だ。


「ここまで逃げられるとは。あいつらとんだ失態だ、念の為待機していて正解だったな」


 真ん中の仮面が声をあげる。声音から察するに中年の男てとこだろう。


「あんた達何者よ!」


 姫が声をあげると、仮面の男達はケラケラと笑い始める。下品なやつらだ。


「元気なこったぁなぁ!」

「黙れゼブラ」

「へいへい」


 真ん中の男が周りを静止さる、どうやら彼がリーダー格のようだ。


「申し訳ないが死ぬ相手であろうと話すつもりは無い」


 俺はすぐさま姫様に提案する。


「姫。報酬次第では、こいつらを殺してやるぞ1000万でどうだ?」


 どうせこいつらは俺を逃がしはしない。殺さなければならないなら報酬のある仕事の方がお得だ。


 暗殺者達は先程以上にケラケラと笑い始める。薄汚い案内人がトチ狂ったとでも思っているのだろう。


 肝心の姫は驚いたように目を見開きこちらに顔をむける。


「いいわ。この状態を抜けられるなら、もっと高い褒美をあげるわ」

「契約成立だ。ここを動くな」


 左腰から愛剣を引き抜くと瞬時に魔力を這わせるせる。呼吸を「スゥゥー」ときく吸い込むと共に、体の熱が遠のいていく。


 一気に距離を詰め懐に入る。狙うはリーダー格。


 胴体に刃を滑り込ませる。接触する一瞬、魔力抵抗を感じたが、刃は鋭く敵の腹を切り裂く。血飛沫をあげ倒れ込む男の首筋を念のため切り裂く。


 ーー1人


 一瞬の出来事に周りはろくに反応出来ていない様子。


「くそっ!テメェ何もんだ!」


 剣先を向けられ怒号の様に問うてくる。


「ただの案内人だ」

「テメェ!馬鹿にしてんのか!!」


 3人が囲むように位置取りし襲いかかってくる。


 3本の剣筋を捉える、無駄な動きを省きギリギリで回避し自らの剣を敵の心臓に突き刺す。


 ーー2人


 得物から手を離し、態勢を下げ胴がガラ空きな男に蹴りを打ち込み吹き飛ばす。


 勢い良いよく飛んでいった暗殺者は地面を何度もバウンドし木に激突し「バギィ」と音をあげる。


 魔力の反応が消えた事から意識は刈り取れたようだ。


 ーー3人


 後ろに控えていた暗殺者は焦ったのか姫に慌てて駆け出す。


 左手に魔力を集め右手は腰のナイフを抜く。


 すぐさま魔力弾を撃ち出す。射線は目の前の標的と後ろの標的が被るように撃ち出す。


 目の前の敵は状況を察したのか防御魔術を展開しようとしてるが構築速度が遅く魔力弾が身体を貫く。


 ーー4人


 すぐさま右手のナイフを手首のスナップだけで投擲する。ナイフは今にも姫に斬りかかろうとしている暗殺者の首に突き刺さり絶命する。


 ーー5人、終了


 姫に死体がドサリと寄りかかる。


「キャ」


 出会って初めて女らしい声をあげた。


 俺はすぐさま死体を持ち上げ放り投げる。


 姫は悲鳴を聞かれたのが恥ずかしかったのか少し顔を赤らめている。


 起き上がるのに手を貸したい所だが、まだ死んでいない者が一人いる。油断大敵だ。すぐさま愛剣とナイフを回収し、最後の暗殺者に近づくと、仮面が割れ顔があらわになっている。若い男だ、俺とさして歳は違わないだろう。


 腹に蹴りを入れ叩き起こす。


「起きろ」


 男は薄らと意識が戻り目をゆっくり開ける。


「答えろ、お前らは誰に雇われている?」


 返答は返ってこない。意味の無い質問だが念のため聞いた。こういった類のやつらは基本的に何も知らない。組織の頭だけが依頼内容を把握し、下っ端が手足の如く働く。腐った世界の一つだ。


「お前の組織の名前を言え」


 俺は男の首筋に剣を突きつけるが、男は黙りを決め込む。さっさと殺したいとこだが依頼主のマイナスになる事は避けたい。


 ローブの内側から細い縄を取り出し縛り上げる。土産にはちょうどよいだろう。拷問なんて面倒くさい事は先方に丸投げするに限る。


 一仕事終え姫の元にもどる。


「終わったぞ」


 座り込んでる姫は顔をあげ口を開く。


「あんためちゃくちゃ強いじゃない! 今までの態度は不問にしてあげるわ」


 どうやら調子は戻ってきたようだ。


「そりゃどうも、立てるか?」

「えぇ」


 手を差し出すとその上に小さい手が重なる。体を起こしてやると姫は口を開く。


「今日の活躍に免じて特別にリリーて呼ばせてあげるわ、光栄に思いなさい」

「そりゃどうもリリー」


 まったく有り難みも無いが否定する理由も無い。


「相変わらずね、様ぐらいつけなさいよ……。まぁいいわ、今は気分がいいの」


 そう言って和かに微笑む。泥だらけの顔と服だがそれを感じさせない眩しさがある。


「それでアルス貴方、歳はいくつなの?」

「15だが、それがどうかしたか?」

「いえ何でもないわ」


 リリー笑顔でそう言う。


「気分の良いとこ悪いがさっさと戻るぞ。何があるか分かったもんじゃ無い」

「そうね、私も着替えたいわ。そういえばリン達は生きているのかしら?」


 悲しいかな、命を賭して守った彼等はついでの扱いのようだ。


「さぁな、一人ぐらいは帰って来て欲しいもんだ」


 帰ってこなければ俺があちこち説明しなければならないし常に護衛しなければならなくなる。それは断固として避けたい。


 自分のローブを脱ぎ、彼女に渡す。


「その格好では街を歩き辛いだろ、これを着ていろ」


 彼女は自分の格好を見ると少し顔を赤らめ、俯きながらローブを無言で受け取り羽織る。


 捕虜を肩に抱え森を抜ける様に歩き始めると。その後ろをリリーがついてくる。


「まったくとんだ災難だったわ、成人の儀がこんなんだったのは私ぐらいでしょうね。何が簡単な儀式よ……やになっちゃうわ」


 行きとは違い、違う意味で饒舌になっている。普通なら疲れて喋らない気もするが。俺の常識は彼女には当てはまらないらしい。


「過ぎたもんは仕方ない、成人の儀で暗殺者10人以上を退けたと自慢でもしとけ」

「そうね、そうしておくわ。ところでアルスあなた何者なの?」


 詮索は勘弁願いたいたい。


「ただの案内人だ」

「ただの案内人が暗殺者と戦えるわけないでしょ。その手の話に疎い私でさえわかるわ」


 どうやら誤魔化されてはくれないらしい。姫の好奇心をどう逸らそうかと考えるが、特段思いつか無い。諦めて彼女の耳元に口を近づける。


 リリーは嬉しそうに耳に手をやり、聞く気満々だ。


「秘密だ」

「何よそれ! 余計気になるわ! 教えなさいよ!」


 そう言って彼女はプンスカと文句を垂れ始めるが最後は根負けし諦めた。




 そんなこんなで街に戻って来た時にはちょうど日が落ち始めた。俺は捕虜を遺跡管理所の職員に押し付け、事情を説明しリリーを盾に逃げだした。これで彼等が護衛の探索や各機関への報告などをこなしてくれるだろう。


 そうして何する訳でも無く一日が終わっていった。結局あれいらい、暗殺者は姿を見せる事は無かった。


 リリーの護衛もこの街に戻って来れたのはリンの他に3人、そのうち1人は重傷ですぐに死んでしまった。


 捕まえた捕虜からも、ろくに情報も取れずに死んでしまったらしい。結局この事件はわからない事だらけで終了した。




 俺はリリーの護衛を続けながら王都に向かっている。報酬を受け取る為だ。


 公爵家からは追加の護衛を送ると連絡が来たが、当の本人は1秒でも早く帰りたいのか、それを無視して王都に向かいだした。リンは大変そうだが、部外者の俺は気楽なものだ。


 王都に行くのも久しぶりだ。観光なんていいかもしれない、などと考えながら今日も馬車を操り風をきる。

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