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2/17

始まり

 聖地マルセン。


 この場所は『聖地』と呼ばれている。それは歴史的な遺跡があるからだ。なんでも神話の時代のものらしく、大層大切に管理している。


 人が集まるのも遺跡関係の仕事が多く存在するからだ。かくゆう俺も仕事を求めてここに来た一人だ。


 幸いにも戦闘技能の心得があった俺は直ぐに仕事を得られた。聖地周りの魔獣共と遺跡荒らしの駆除だ。


 かれこれニ年ほど続けている。最初こそ遺跡周りの森で道に迷う事もあったが。今となっては懐かしい思い出だ。今では地図を見る事すら無くなった。


 それだけ続けていれば人間慣れるものだ。


 今日も朝起きるとパンをかじり、昨日の夜に作ったスープを飲み干す。出来ればもう少し美味しいご飯を食べたいが、残念ながら贅沢するほど稼いではいない。


 腹を満たし一息ついた後に愛剣の状態を確認する。隈なくチェックした後にローブを羽織り小走りで仕事に向かう。


 ついたのは特段変哲の無い石造りの建物だ。ここは遺跡管理者達の詰所だ。大きさこそ目を見張るものがあるが、豪勢な造りでも無く、実用性を重視したそんな建物だ。


 入り口の扉を開き中に入ると、受付嬢がカウンターで待機してる。


「アルスだ、今日の持ち場はどこだ?」

「アルス様は……本日、特別な仕事が入っておりますね」


 受付嬢は資料をめくりながら話し始める。


「成人の儀です。遺跡への案内が依頼された仕事です。かなり報酬のいい仕事です」


 成人の儀は一般人には縁の無い儀式だ。未だに古き伝統を継承している名家のみが行う儀式。儀式と言えどもそんな王業なものでは無い。簡単に言えば遺跡で祈りを捧げるだけの簡単な行司だ。


「了解した」


 ここで働いている以上拒否する事は出来ない。仕事を回して貰えなくなれば困るのは俺だけ、雇用主との世知辛い関係図だ。それにこんな美味しい話は年に一度あるか無いか。

遺跡まで案内するだけで悪くない金が入る簡単な仕事だ。名家様々だ。


「本日の9時より正門前で集合になります。こちらが依頼主の資料です、持ち出しは禁止なので読み次第返却してください」

「あぁ」


 資料を受け取り隣の談話室に入ると、資料を眺める。依頼主は公爵家の姫らしい。


 公爵家など存在こそ知っているがそれだけだ。それ以外の知識は俺の頭の中に一切ない。正に天上人、きっと食べるものは金ピカに輝いてるに違いない。


 そんな下らない事を考えながらペラペラと資料をめくる。


 歳は俺と同じ15。特徴は腰まで伸びた金髪とだけ記載されている。流石に容姿などは抽象的だ。防犯の面を考えれば、この情報が正しいかも怪しいもんだ。


 まぁ。あれこれ考えても仕方ない、ただ淡々と道案内すれば良いだけだ。


 適当に流し見した資料を返却し詰所を出る。時間まで少しあるが、特段やる事も無いし正門に足を運ぶ。




 正門につくと立派な鎧を纏った者達が十人いる。間違いなくこいつらだろう。しかし森を踏破すると言うのに、こんな動きずらそうな格好で来るとは。よほど体力に自信があるのだろうか。 


 とりあえず声をかける。


「道案内で呼ばれたアルスだ、ここの責任者は誰だ?」

「私だ、私の名はリン、護衛隊長を務めている。よろしく頼む、と言いたいがその言葉遣いはどうにかならんのか?」


 どうやらお気に召さないらしい。ただそんな事言われても無理なものは無理だ。


「すまんが我々平民にはそんな習慣は無い、だが仕事は完璧にこなす、それでも無理ならば他を当たれ」

「……わかった、ただ何か有れば私に言ってくれ、間違っても我が主人に話し掛けないで欲しい」

「その程度わかっている、安心しろ」


 こっちとしても好き好んで関わりたくはない、有難い提案だ。


 納得したのかリンは元の場所に戻って行く。


 意外に美人だったな、そんな下らない事を思いながら、道の端で腰を下ろして時間を待つ。


 予定時間を少し過ぎると護衛の者達の姿勢が一斉に正された。鎧の擦れた音が一瞬で静まり静寂が訪れる。


 視線を来たであろう依頼主に向けると、そこには光を反射しキラキラと輝く黄金の髪を携えた少女がいる。目つきは少し鋭いが顔は整っており、男なら誰もが魅了されるであろう。


 服装は森に出るとは思えない艶のあるヒラヒラした衣服を纏っている。間違いなく帰る頃には汚れてるだろう。


「相変わらずむさ苦しいわね、まったくなんで私がこんな場所に来なくてはならないのかしら」


 あの美しい少女の口から出た言葉とは思いたくはないが幻聴では無いらしい、それを証明するかのように、隊長のリンは彼女に膝を降り頭を下げる。


「申し訳ありません、これもお嬢様を守る為であります。あと少しの間ご辛抱願います」

「ふんっ、ならさっさと出発しなさい」

「はぁ!」


 一番遅く来た女が堂々と言うセリフでは無い。俺が当事者なら額に一撃お見舞いする衝動を抑えきれないだろう。平民に産まれて良かったと思った日は今日が初めてだ。


 リンはすぐさま姫を馬車に案内し、俺に近づいてくる。馬を一頭指差し「先導を頼む」と一言告げてくると、彼女も隣で馬に跨った。


 流石は公爵家、案内人に馬一頭用意するとは裕福なもんだ。それも体格が良く、これだけでひと財産になり得るであろう事は想像に難く無い。


 この馬で逃亡したらどうなるかと不問な事を考えていると隣から合図が掛かる。


 馬の腹を軽く蹴り駆け出す。馬車に乗っている姫がいるため、スピードは出せないが久しぶりに乗った馬は気持ちがいい。


 のんびりと走行していると隣から声がかかる。


「森までこのスピードでどれほど掛かる?」

「1時間程だ、森からは徒歩で3時間ほどだ、姫の速度を考えればもっと掛かるかもな」

「……そうか、なるべく急いだ方がいいな、森で夜になるのは避けたい」

「そうだな、だがそんなに心配する事は無い、森とはいえ魔獣は常に駆除されている。でかい個体など俺達でさえお目に掛かる事は無い、仮に夜になっても危険度は薄い。それにここは聖地だ、祈りに来た者ぐらい守ってくれるさ」


 俺は思っても無い事を口に出す。だがこの国の人間ならば常識的な考えだ。


「了解した、引き続き先導を頼む」


 そう言って俺から離れていく。


 流石は名家の護衛だけあって常に警戒に注力している。俺ならばこんな見晴らしの良い場所は絶対に手を抜く、仕事熱心な事だ。恐らくみないい家の産まれなのだろう。あんな我儘な姫の為に必死に働くとは。いや自分の家の為に必死に我慢しながら働いてる可能性もあるか。


 まぁどちらにせよ俺には関係の無い話だ。同じ世界であって別の世界でもある。今日をもって微かな接点は途切れるだろう、そう思いながら目を閉じる。馬脚音とローブが風でなびく音が心地よく、涼しい風が全身をなでる。


 ……気持ちいいな。


 そこからは何事も無く進んだ。森に到着すると徒歩で遺跡に向かう。目的地まであと半ばといったとこだ。


 ただ一つ言うならば。鬱陶しい言葉が後ろからふりかかってくるだけだ。


「まだ着かないのかしら」

「暑い」

「服が汚れるわ」


 とりあげればきりのない小言の数々に、周りは大変だなと他人事のように思っていると、予想外に飛び火して来た。


「あんた、道間違ってるんじゃないでしょうね」


とりあえずリンとの約束もあるし聞こえなかったフリをする。しかし、それに気を悪くしたのか姫様は標的を俺に替える。


「聞こえてるの? 答えなさいよ」


 俺はリンに顔を向け助け求める。リンは姫と話さない約束を忘れていたのか、思い出したように急いで姫に向かい弁明する。


「お嬢様、案内人は礼儀を知らないので口を開けないのです、御容赦ください」

「知らないわよ! そもそも私の問を返さない方が礼儀知らずじゃない」


 傍若無人な姫にリンが困ってる姿を見て俺はついつい出さなくていい口を出してしまう。


「道に迷ってなんかない、文句を垂れずについて来い」


 その返答に気に食わなかったのか、お姫様の顔は苛立ちを更に深める。


 ……返答しない方がまだましだったな。

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