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 あんなに前のめりでキスを迫ってきたクリスだったが、いざ唇を合わせてみると痛いくらいに唇を押し付けてくるだけのキスだった。


 とんでもなく濃厚でどエロいキスでもかましてきそうな雰囲気だったのに、桜は肩透かしをくらったような気分になる。


 (いや別にどエロいキスを期待した訳じゃないけど)


 「……はぁ」


 やがて唇を離したクリスからはとても色気のある溜め息を頂戴した。

 少し赤くなった顔でこんな色っぽい溜め息とか、なんだこれ。襲っちゃいたい。とか思ってしまった桜だが、自分にそんな趣味はなかったのにそう思わせるクリスのお色気。恐ろしい子。 と考えてしまったり、まぁ、桜も軽く混乱していた。


 「クリスさん……」

 「っ! す、すみません! 私は一体何を……」


 我に返ったクリスが慌てて身体を離すが、勢いが良すぎてソファから落ちてローテーブルに頭をぶつけて蹲ってしまった。


 「……死にたい」


 一瞬の静寂のあとにクリスから漏れた呟き。それを聞いた桜は「ぶふっ、」と噴き出して笑いが止まらなくなってしまった。


 「そんなに笑うなんて酷いです」

 「ご、ごめ、でも、あんな王子様みたいなクリスが、ソファから落ちて、頭ぶつけるとかっ、」


 笑いすぎて涙が出てきて痛くなったお腹をかかえる桜に拗ねた顔を向けるクリス。

 そんなクリスも可愛くて、桜はこの人が好きだなと改めて思った。


 「ゴホンっ。 それでですね、サクラさん」

 「はい」

 「サクラさんが花人であり、私が花守である事は理解していただけたでしょうか」

 「はい」

 「花人は国をあげて守るべき存在でもあるため、サクラさんの存在は国に報告をしなければなりません」

 「はい」

 「国の要人となるサクラさんには前までのように山熊亭に住み込みで働く事は難しくなります」

 「はい」

 「そして花人には花守である私がお傍でお守りしなければなりません」

 「はい……」

 「花人であるサクラさんにはこの家で私と一緒に暮らしていただきたいのです」

 「は、い、」

 「一緒に暮らすのであれば夫婦として暮らしましょう。 結婚してください」

 「は……いぃぃぃぃぃっ!?」

 「受け入れてくださって良かった。 そうと決まれば一刻も早く式を」

 「ち、ちょ、ちょっと待って! 違うから! 今のは了承の返事じゃなくて、疑問の返事だから!」


 よしきたとばかりに立ち上がるクリスを桜は必死になって止めた。


 「では結婚してくださらないんですか?」

 「そんな捨てられた子犬みたいな目して見ないで! とにかくいきなり結婚だなんて無理!」

 「でも口づけまでしてくださったのに。あれは私の事を好いてくださったからではないのですか?」

 「うぐ……」


 確かに最初にキスを仕掛けたのは自分だ。それにクリスが好きなのも本当だ。だからってキスしただけで即結婚とはいかないだろう。

 あれ? でもこの世界ってキスした人と結婚する決まりとかある? いやいやいや、確か山熊亭の斜め向かいに住んでた女性は月ごとに彼氏の変わる恋多き女性だった。その女性が街のあっちこっちで彼氏たちとチュッチュしてる姿は何度か見た事がある。

 だからこの世界にキスしただけで結婚する決まりなどない。そう結論付けた桜は強気で反論しようとした。が、


 「私はサクラさんを愛しています。 初めて会った日からずっと気になっていたんです。 貴女を愛しているとはっきり気づいたのは、サクラさんが暴漢に襲われていたのを撃退したのを見た時からです。恐怖に震えながらもこんなに細い身体で暴漢を倒し、泣きそうな顔で気丈にも大丈夫だと笑った貴女の強さに惹かれました。 誰かに縋りたい状況でも異世界からやって来た貴女は今までもこうやって一人で耐えてきたのだろうと思うと胸が張り裂けそうでした。 私はそんな貴女の心の支えになりたかった。 一人で辛さに耐えるのではなく、一緒に辛さを分け合える存在になりたいと思ったんです」


 クリスの告白に桜は雷に打たれたように固まった。


 その言葉を自分はどれほど欲しかっただろうか。


 桜はずっと孤独に耐えていた。

 誰も自分を知らない世界。自分が何も知らない世界。そこにたった一人で放り出された恐怖。

 沢山の人たちに助けられてきた。みんなには当然感謝をしている。でも心の奥底では拭いようのない孤独が巣食っていた。


 そんな自分の気持ちに気づいてくれた。


 真摯な瞳で真っ直ぐに気持ちを伝えてくるクリスの言葉は桜の心にすっと入っていった。


 「私、元の世界の事を忘れる事はできません」

 「はい」

 「もし戻れる機会があれば迷わず戻ってしまうかもしれません」

 「はい」

 「元の世界が恋しくて泣いてしまうかもしれません」

 「はい」

 「でも、もう一人で立っているのは辛いです」

 「はい」

 「私と一緒に立ってくれますか」

 「勿論です」

 「私と、結婚してくれますか」

 「サクラさん……!」


 感極まったクリスがまた桜を抱き締める。


 「ありがとうございます! 一緒に幸せになりましょう」

 「はい。 よろしくお願いします」


 嬉しさで涙を滲ませるクリス。それを見て笑みを零す桜。 

 やがて二人の視線が絡み、二人はまた合わせるだけのキスをした。


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