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6(クリス視点)

 全力でサクラさんを手に入れると決意した日から、私はサクラさんへの愛情を隠さなくなった。 いや、隠せなくなった。


 山熊亭の弁当も無理やり私の分をねじ込むようにしたり、街の見回りを部下ではなく私自身が出るようにしたり、とにかくサクラさんと会う機会を作り、会えた時は誠心誠意優しく接して愛情を示すようにした。


 ただ闇雲に「好きだ」と伝えるだけでは自分を好きになってもらえない。 行動でも愛情を伝える努力をすべしと、過去の花守たちの手記にも書いてあった。

 

 だから私はサクラさんと会えた時は自分の言葉以外の全てで好意を伝え、名前で呼んでもらい少しでも距離が縮まる事を願い、会える時間を増やすために積極的に食事に誘ったりもした。その場に居合わせた部下や同僚たちからは珍獣を見るような目で見られたような気もするが、私にとって大事なのはサクラさんからどう見られているかの一点だけだった。


 ただ女性と深く付き合った事のない自分にはサクラさんの気持ちを推し量る事は難しく、何度も食事に誘って全て断られる事が全く眼中に無い事の意思表示だと同僚に指摘された時には驚愕した。


 まず自分を好きになってもらうにはお互いを知る事から始めなければならない。 そのための第一歩として食事に誘っているのだが、そこからして躓いている。

 だが他にやり方が分からない。また今回も断られるのだろうかと思いながらも愚直に七回目の食事へとサクラさんをお誘いしたら、初めて是の返事をもらえた。


 それだけで天にも上るような幸せに包まれた。


 頭の中で何度もシミュレーションをし、上手くいく事を願いながら山熊亭にサクラさんを迎えに行った日、私は天国から地獄に落とされたのだった。


 「まだ帰ってない?」

 「そうなんだよ。 昼に弁当を届けに行ったっきり戻って来ないんだ」


 心当たりがある場所は探してみたが見つからないと心配そうに話すおかみさんの声が遠くに聞こえる。

 サクラさんがいなくなった事実に足元が崩れていくような感覚に襲われた。


 その後はなりふり構わずサクラさんを探した。

 仕事も辞め、ただただサクラさんを探す事に全力を注いだ。


 少し前に私が夢中になっている女性がいると聞きつけた父が相手は花人なのかと確認に来た事があったが、その時にその可能性が高いと伝えていた事で父も侯爵家の権力を使って探してくれた。

 だがサクラさんの痕跡はどこにも見つけられなかった。


 それから二年、私は親兄弟に心配されながらサクラさんを探す毎日を送っていた。


 もしかしたら元の世界に帰ってしまったのかもしれない。だがこの痣がまだ自分の身体にあるのなら、サクラさんはこちらの世界に戻ってくるかもしれない。


 その些細な希望に縋りながら、本日も捜索を終えて自分の家に戻って来た。

 今夜もきっと眠れないのだろうと暗く重たい気持ちで家に入ると、二階から人の気配を感じたのだった。


 瞬時に気配を探り、殺気がない様子に警戒しながら扉を開けたら、そこで私は信じられないものを見た。


 「サクラ…さん?」


 そこには夢にまで見たサクラさんがいたのだった。


 「本当に、サクラさんですか…」

 「はい。突然で驚かせてしまいましたが…」


 二年ぶりに聞くサクラさんの声に、私は無我夢中でサクラさんを抱き締めた。


 「……もう二度と会えないのかと思いました」


 そう呟く自分の声は情けないほどに震えていた。


 サクラさんが自分の腕の中にいる。それだけで今死んでもいいとさえ思えた。


 (サクラさん。……サクラさんっ!)


 二度と離れたくないとつい腕に力を込めてしまいハッとして腕の中のサクラさんを見下ろす。

 するとサクラさんの項が真っ先に目に入ったのだった。一瞬にして鼓動が速くなり、そういえば先ほど見たサクラさんの姿はとても他の男には見せられない扇情的な姿をしていたのを思い出した。


 「髪がこんなに短くなってしまって…。 それにこんなあられもない姿で。 異世界の女性は皆この様な格好をされているのですか? 」

 「なーーー! 」


 つい口をついて出てしまった言葉にサクラさんが絶句する。 もしかしたらこの姿はあちらの世界でも人前に出るような格好ではないのかもしれない。

 だから私は自分の上着をサクラさんの肩にかけてあげ、話をするために隣の部屋へとエスコートした。


 そこで花人と花守について話すうち、サクラさんの目に薄らと涙が浮かび焦点が合わなくなっていくことに気づいた。

 慌てて名前を呼び、サクラさんと目を合わせる。だが私を拒絶する瞳の揺れを感じてどうにかこの世界を──私を拒絶してほしくなくて情けなくもサクラさんに縋り付いてしまった。


 間近で見るサクラさんの瞳に私の必死な顔が映る。

 こんな時だというのにそれが無性に嬉しいと感じた瞬間、さらにサクラさんの顔が近づいてきて──


 「──っ!」


 唇に柔らかな何かを感じた。


 「あ……っ、ご、ごめんなさい、」


 その感触が何なのか理解する前にサクラさんの顔が離れ、慌てた様子で謝罪を口にする。


 「今、のは……」

 「ごめんなさい! いきなりキスするなんて……」


 …………キス。 今のがキス。


 誰が? サクラさんが。

 誰に? 私に。


 サクラさんが私にキスを…………。


 途端に顔に熱が集まるのを感じてサクラさんの唇を凝視してしまった。


 コノ唇ガ私ノ唇ト。


 よくよく理解が追いついてくると、もう一度きちんと確かめたくなってくる。今のはあまりに衝撃的でよく分からなかった。なんてもったいない。


 何か大事な話の最中であった事も忘れて私は今一度サクラさんの唇を味わいたくて顔を寄せた。


 「ちょ、ストップ! 待って! 今のなし! 」


 無しになど出来る訳がない。

 ささやかな抵抗を見せるサクラさんの頤を持ち顔を固定する。

 とにかくもう一度口づけを。 私の頭の中はそれだけになった。


 「あれ、さっきまで物凄く草臥れた感じだったのに急にツヤツヤというかギラギラし出したよっ?」

 

 あれほど聞きたかったサクラさんの声を無視して私はしっかりとサクラさんの唇に自身の唇を重ねたのだった。


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