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5(クリス視点)


 私が花守に選ばれた。


 もう何代も現れていない花人を守るために存在する花守。その存在すら世間が忘れて久しい頃、私が花守の証である痣を持って生まれた。


 花守が生まれるという事は近いうちに花人が現れるという事で、私は昔から花人のために生きろと教育されてきた。

 そして花人を嫁に迎えられるようにと、女の扱いを覚えさせられた。

 

 実地は一度も経験がない。なぜなら花守は花人にしか異性を感じないからだ。

 理由は分からない。でも歴代の花守は全員、花人と出会うまで異性に対して欲を感じた事がなかったらしい。

 私も今までどんな女性を前にしても心を動かされる事はなかったし、触れたいと思う事もなかったので本当なのだろう。


 歴代の花守には女性もいたが、その場合花人は男性であり、花守と花人はいつも異性同士だった。

 花人の中には元の世界に恋人や伴侶がいた者もいたが、帰れない事実と花守による寂しさを埋めるかのような愛情に絆されて結ばれるという代もあったようだ。


 今まで誰にも恋心など抱いた事がない自分が、花人を相手にそんな想いを抱けるか疑問ではある。

 だが公爵家の書斎には歴代の花守たちによる手記が残されており、それによるとどの花守たちも同じように花人に出会ったことで愛を知ったと書かれていた。

 

 だからいつか、私も花人に出会ったら愛を知る事が出来るだろうか。薄情だと言われるこの心に、誰かに傾けるほどの情熱を抱く日が来るのだろうか。


 今までの自分ではなくなってしまうようで、正直その日が来るのが怖い。だが国からしてみたら国の安寧を約束してくれる待ち焦がれる存在だ。


 サクラさんと初めて出会ったのは、そんなまだ見ぬ花人に期待と不安を抱いていた頃だ。


 それは当時の隊長がご執心だった女性へのプレゼントを代わりに買いに行かされたときの事。

 とある食堂の前で同じ隊の従者たちと顔を合わせ挨拶をしていると、後ろに見慣れない女性がいる事に気づいた。

 一目でこの国の者ではないと分かる顔立ちに珍しいと思ったのと、何故だか目が離せないと思ったのが第一印象だった。

 

 サクラと名乗ったその名前も聞いたことがない響きだったが、どうしようもなく自分の脳裏に焼き付いた気がした。


 それ以来、彼女の事が頭から離れない。


 私は公侯爵家の四男だ。加えてこの顔は女性受けがとてもいい。自分からどうこうしなくとも、女性の方から次から次へと寄って来る。

 それでも私は誰にも手を出した事はない。

 同じ状況の兄たちは適度に遊んでいるようだが、私はそんな気にはなれなかった。花守だから当然と言えば当然だ。

 逆に積極的なご令嬢方に身体を触られる事が多く、気持ち悪くて仕方なかった。

 それらの経験から必要以上に女性からの接触を避けるための言動とあしらう術を覚えた。

 そんな自分が気になってしょうがない存在。


 まさか。という思いが頭をよぎる。


 当代の花守である私が気に掛かる存在。それは花人以外いないのではないか。

 もしかしたらサクラさんが花人ではないか。

 でなければ花守である自分が、これほど気になる理由がない。


 確かにサクラさんの容姿はこの国の者ではない事が一目で分かるが、だからと言って「異世界から来ましたか?」と安易に聞くのは躊躇する。

 本当に異世界から来たとして、一度挨拶をしただけの相手に素直に事情を話してくれるか分からない。変に警戒心を与えるような真似だけはしたくなかった。

 おそらく無意識に嫌われたくないという意識が働いたのだろう。


 それからの私は慎重にサクラさんを見守り、サクラさんの身辺調査をした。


 どうやらサクラさんは山熊亭を営む夫婦の遠縁の娘で、両親が亡くなった事により引き取ったと周囲に説明しているようだ。


 弁当という新しい試みをやり出した山熊亭。それはサクラさんからの進言で始まった事だと聞き、異世界の知識なのではないかとほぼ確信を持ってサクラさんを見るようになった。

 

 なんとかサクラさんと接点を持ちたいと考えを巡らせていた頃、街は女性を狙った暴行犯が出没するようになった。

 街の見回りが増え、私も部下たちと共によく街に出るようになり、ついでにサクラさんに会えないだろうかと気にかける日々を送っていたあの日、最悪なタイミングでサクラさんと再会を果たした。


 目の端に捉えた黒い髪。探し求めていたその色が路地裏へと消えていくのを見た瞬間、私は何も考えずに後を追って路地裏へ入った。

 

 「サクラさ……」

 

 そけにいるであろうサクラさんの姿を思い浮かべ、名前を呼びかけた私は目の前の光景に言葉を失う。


 何者かにのしかかられ、顔を歪めたサクラさんの姿。それがどういう事なのか理解するより早く身体が動いた。

 が、私の手が届くよりも前にサクラさんの肘が相手の顎に入り男が倒れる。 その隙にサクラさんが素早く立ち上がるが、倒れた男も何か叫びながらサクラさんに向かって手を伸ばした。


 「サクラさんっ! 」


 今度こそ助けに入ろうとしたが、サクラさんは次に蹴りを相手の頭に入れて男を気絶させてしまった。


 一瞬の出来事に、私は何も出来ず固まっているだけだった。


 だがすぐ我に返りサクラさんに駆け寄ると、サクラさんの身体が震えているのが分かった。


 「バックランド…さん? 」

 「大丈夫ですか!? 怪我は? 」


 男に触られた以外の被害は無かったはずだ。

 今になってサクラさんが押し倒されていた光景、それがどういった事だったのか理解が追いついた。と同時に今足元に倒れている男に強い殺意が湧いた。


 サクラサン二触レタ。

 私以外ノ男ガ。


 一瞬で目の前が真っ赤に染まったような怒りに支配されたが、サクラさんが震えの収まらないまま気丈にも大丈夫だと言う姿に一気に頭が冷えた。

 落ち着いてサクラさんを見ると、胸元の釦が無くなりはだけており、腕には細かい擦り傷ができていた。

 すぐに自分の上着を肩にかけてやり、サクラさんを家まで送って行った。

 

 それからだ。本気でサクラさんを手に入れようと動き出したのは。


 サクラさんが花人かどうかは分からない。だがそんな事もうどうでも良かった。

 花人であろうとなかろうと、私はサクラさんが欲しい。


 勇敢に暴漢に立ち向かう姿、震える身体でも気丈に立っていた姿がどうしても忘れられない。


 私が一人で懸命に生きているサクラさんの拠り所になりたい。

 私がサクラさんの安らげる場所でありたい。

 私が震える身体を抱き締めてやりたい。

 その笑顔を私だけに向けてほしい。

 ただひたすらに、サクラさんが愛しい。


 そんな私の想いが止めようもないほど溢れたのだった。

 


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