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逢沢桜がこの世界に来たのは会社の同僚たちとのお花見の帰り。
上にも下にも桜がいるぞとお約束なオヤジギャグを聞き流しながら解散し、ホロ酔いで一人家路を歩いていると目の前に満開の桜の木。
それは見事な大木で、こんな立派な桜の木が近所にあっただろうかと不思議に思っていると……
ザァァァァァァァァァァ
強風で視界は桜の花びらで埋め尽くされた。
桜は咄嗟に顔を腕で庇い、風が納まりそっと腕を退けてみると……草原が広がっていた。
今までいた場所とは全く違う場所。そもそもさっきまで夜だったのに、どう見ても昼間。
呆然と立ちすくむ桜に声を掛けたのは、薬草取りに来ていた山熊亭という食堂を営む女将さん。
面倒見が良い彼女に怒涛のように質問を浴びせられるが名前以外答えようのなかった桜を不幸な生い立ちな子だと勘違いされ、あれよあれよと言う間に食堂で住み込みで働かせてもらえるようになった。
運が良い。
ただただその一言に尽きた。
それから約一年。はじめの頃は異世界に来たとは信じたくなかったが、こちらの世界の事を知れば知るほど違う世界だと思い知らされた。だが桜の気持ちとは裏腹にその生活は順調だった。
食堂は女将さんと熊の様な見た目の旦那さんの二人で営んでいたが、そこへ桜が加わった形での生活。
ちょうど一人娘が嫁に行ったところだから部屋は余っていると言われ、それに甘えて転がり込んでしまったことには常に申し訳ない気持ちが付き纏う。
だから少しでも食堂の経営が潤えばと思い、こちらの世界にはない調理の仕方を教えて新しい料理を作ってみたり、弁当文化を持ち込み事前注文された分を届ける出前も始めてみた。
結果どれも好評で、食堂の経営は黒字続きだそうだ。
さてこの出前。最初はご近所向けにやっていたのだが、食堂の常連客に騎士団の従者たちがいた事で事態が変わる。
噂を聞きつけ、それを話の種として先輩騎士に話したら興味を持った先輩騎士から注文が入った。
さらにそれを聞いた上官からも注文が入り、今では一般隊士の間で山熊亭の出前を知らない者はいない。
だが知名度が上がり人気が出ても、作れる数には限りがある。
そこで一回の注文の個数を決め、騎士団の人たちにも隊ごとに順番で注文を入れてもらうようにしてもらった。
そして桜はこの出前を任されており、毎日両肩に弁当を詰め込んだバックを担いで騎士団まで届けているのだ。
本当は熊の様な旦那さんが運ぶ予定だったが、腰を悪くして運べなくなり、それなら桜が行くと言うことで決着がついた。
出前の弁当は騎士団の門番に渡して終わりだ。
ちなみに今日の門番は最近入った新人くんだった。
「こんにちはー! 山熊亭でーす! 」
「こんにちは。今日もご苦労様です」
「はい。これが今日の分です」
「ありがとうございます」
「こちらこそいつもありがとうございます! ではまた宜しくお願いします 」
「気をつけてお帰り下さい」
門番くんと挨拶を交わし、桜は軽くなったバックを肩にかけ直して歩き出す。するとーーー。
「サクラさん! 」
ーーきた。
今日は何事もなくこのまま帰れると思ったのに。
桜は引き攣りそうになる頬を引き締め、笑顔を貼り付け振り返った。
「ク、クリスさん。こんにちは」
クリスと呼ばれた男性は柔らかな金色の髪をなびかせ、キラキラとした笑顔を浮かべ小走りで桜の元へとやって来た。
「良かった。今日は会えないかと思いました」
ーー会えない方が良かったです。
思わず口から出そうになる言葉を、笑みを深めることで封じ込む桜。
「今日のお昼は私の隊は食べられないので残念です。ですがその代わりと言っては何ですが、今日は早く終わるので夕食をご一緒にいかがですか? 確か今日は山熊亭も夜はお休みの日ですよね」
ーー嫌です。
そう言えたらどれだけスッキリすることか。
そもそも代わりって何の代わりだ。
本音を言えば断りたい。だが今回断ったらもう七回目のお断りになる。
脈は無いと、そろそろハッキリさせた方がお互いのためだろう。
「いいですよ」
「……え? 」
桜の返事に驚いた顔をするクリス。だが次の瞬間、破顔するクリスの周りには花が飛んでいた。イケメンはこんな特殊技能を持っているのかと感心し、そしてやっぱり笑顔もイケメンだと思わず見惚れた。
「でも私、高級なお店に着て行くような服は持ってないので、そういう場所に行きたいなら他の方と行って下さいね」
貴族であるクリスに連れて行かれる店はとんでもない高級店な気がするから、一応クギを刺す桜にクリスは笑って頷いた。
「ええ。分かっています。部下に教えてもらった店があるので、そちらにしようと思っています。では仕事が終わりましたら山熊亭まで迎えに行きますので」
「はい。ではお待ちしてます」
そうしてクリスに背中を向けて今度こそ山熊亭へと歩き出す。
(これってデート……? )
そういえばデートなんて何年ぶりだろう。ただ厄介な相手に引導を渡してやろうという気持ちだったのが、デートという言葉に狼狽えてしまう。
(いやいやいや。ただ食事するだけだから)
動揺してつい止めてしまった足をもう一度動かし、桜は足早に帰路を歩く。
だがその姿を最後に、再び桜の姿を見た者はいなかった。
令和初日に新連載スタートです。
宜しくお願いします!




