ガチャで召喚された俺はゴブリン以下のハズレだった!?
合格発表当日、俺は掲示板に張り出された自分の受験番号を発見して躍り上った。
「やった、のか。マジか。……やったァ!!」
赤門の前で見物していた学生に拍手を貰う。俺の周りにはさまざまな制服姿の男女、歯を食いしばって涙を流したり跪いて地面を殴りつけている。
一番に合格した俺は祝福のため駆け寄ってきた在学生たちに胴上げをされ、天に高く放り投げられたそのとき。ちなみに俺の体重は平均的な60kgとする。
その最高到達点:v0^2/2gに至った瞬間、不意に……。
空中に魔法陣が浮かび上がり、俺は召喚された。
※※
薄暗い部屋、よくわからない器具がごちゃごちゃ背景にある小部屋の中心に、魔法陣。
俺は地面に叩きつけられた。
V=√2ghの速度で(なおのちに実験した結果g、重力加速度は地球と同じ9.8/s^2)高さは2m50cm、魔法陣の書かれた固い石畳は減速に0.1secしか掛からない。
F=(mv)/tの衝撃を受けた俺は悶絶した。
気絶したりどこか骨折しなかったのは奇跡だ。
この確率をラプラスの定義P(骨折しない)=k/nでいえば幾つになるのだろう。きっと次はないな。
「くそっなんだこいつ」
ビキニ戦士の格好をした少女が俺の姿を見て口汚く罵った。
彼女は痛みで転げ回っている俺に駆け寄って、容赦なく蹴りを入れる。
「おい、落ち着けお前。とりあえず早くステータス見せろ」
「!?」
と手に持ったスマートフォンのカメラを俺に向け、画面タップする。シャッター音のすぐあとに少女は大きく落胆した。
「くぁーまたゴミか。コボルトよりVIT低いじゃねーかクソ」
とスマホを投げ捨てようとしてふと手を止める。
「まて、こいつ異様にINT高……」
と言いかけて、
「何でINTこんなに高えのに魔力ゼロなんだよ、嫌がらせかっ!」
とやっぱりスマホを投げつけた。
「??」
「即デリだッ!!」
俺は不穏な空気を感じ、痛みに耐えながら口を聞いた。
「ちょ、ちょっとまって!」
即デリって何だろう。勉強ばかりでゲームなんてしたこともない、それどころかスマホも買ってもらわなかった俺だったが、友達から話を聞いたことくらいはある。
デリってきっとなにかの略語だ。デリバリーではないだろう。世の中にはデリバリーヘルスという女の子を派遣してくれるサービスがあると聞いたことがあるがもちろん利用した事はない。俺はガリ勉だけどムッツリなのだ。知性は痴性を含むのだ。
この場所にデリバリーされたのは俺だろうが、彼女は俺に否定的な感情を持っている以上、きっとその意味ではない。
デリが頭につく単語はほかにはデリート、Delete:削除する、抹消する/(erase):後期古期英語、ラテン語deletヨリというものが思い当たる。即デリとはきっとこれだ。
俺は何もわからないうちに抹消されてしまうということか。
そんなのはイヤだ。
せっかく希望の大学に合格したところだっていうのに!
この間わずか0.5sec。高速に頭を回転させ、(落下時に無意識に守ったのが幸いした)無事に正解らしき答えを導き出した俺は少女に命乞いした。
「よくわからないけど役に立つから!」
少女は目を丸くして驚いている。
「お、お前喋れるのか?」
「えっ?」
「ワタシの言葉が分かるのか?」
「そ、そりゃあまあ」
「なんなんだお前は」
こっちが聞きたい。
お前こそなんなんだ。
ここはどこで、俺は何をされてここに来たのか。
疑問しかない。
だがこの状況でそれを俺から聞いて素直に教えてくれるとも思えない。相手の意向を捉えた回答を出さなければ点数は取れないのだ。◻︎肉◻︎食という穴埋め問題で焼肉定食が正解になるのはジョークの中だけだ。
「俺は水前寺洋琴、高校生だ」
起き上がって少女に自己紹介をする。
ともあれ名前を書かなければどんなテストも0点なのだ。
この変なキラキラネームは親が第三の男とかいう映画のファンだったせいでつけられたそうだ。本名があだ名みたいだと小さな頃はからかわれたが俺は常に勉強一筋だったので気にした事はない。
「コーコーセー?」
「ああ、受験生で、最高学府の現役合格者でもある」
「ジュケッセーのグフのゴーガッシャだとう?」
「ああそうだ」
「変なモンスターだなあ。まあいいや、消えろ」
拾ったスマホのデリートボタンを表示させて少女はすかさずタップしようとする。
「ちょ、まっ!」
とっさにスマホ画面と人差し指の間に掌を割り込ませ、その指を、止める。
「何すんだようっとーしーな」
「消したら消されちゃうんだろ? それは困る」
「知らねーよ無能。このステで残すわけ無いだろゴミ虫が」
今までこんなに人から罵倒された事はないので、ちょっとゾクゾクしてくる。
ステというのはきっとステータスStates(略。
「ステータスに見えない部分で有能なのかもしれないよ? 試してみて?」
「ん? なんだ? そういうクエなのか?」
クエというのはきっとクエストquest(略。
「もしかして、そうかもしれないって事さ」
断言はしない方がよさそうだ。
もし間違っていたとして、それがバレたら赤点どころではない。いや停学、いや留年、それともまさかの退学どころではない、か
「喋るモンスターなんておかしーと思ったんだよ、召喚石無駄に使わせやがってクソ運営が!」
荒れる少女をなだめる事にする。
「とにかく、状況を説明してくれないか。
問題文を明らかにしなきゃどんな解も得られないぜ」
「何言ってんだお前、マジメか。うぜえ消したい。見た目も悪いし」
見た目は関係ないだろう。……あるのか?
俺は合格発表の時のまま普通の詰襟学生服だ。顔は普通と思いたい。
しばしば性能よりも見た目で選ぶという事を、若い女子はしがちだというのは俺も知っている。歳を食うとその基準が金や資産に変わることも。
「そうしたとして、その召喚石? って奴は戻ってくるのか? 俺ならそれを100倍に増やせるかも知れないよ」
でまかせだが、召喚石というものはたぶん貴重なもので、それを使って俺をここに招き寄せたのだろうと想像出来る。
今この少女の興味を引けそうな単語は、問題文にこれくらいしか出てきていない。
「なっ、ウソだろ?」
ほら、食いついてきた。
単純だ。
「状況を教えてくれ、それ次第では可能性大だ」
状況次第では可能性はゼロだが。
「ふう、わかったよ。変なモンスター」
「……ヒロキンだ。君は?」
「私はカノア。ここハウピアの領主をしている」
カノアか。たしかハワイ語で『自由』という意味だ。ここはテストには出ないが、勉強ばかりに縛られて自由に憧れて調べた時に覚えた。
「状況はヤバイ。ヤバイなんてもんじゃねえよ戦争だ」
「お、おう」
「ガチャで出てきた奴で戦うんだがそれはわかるよな?」
「ああ、それくらいはな」
状況を考えれば想像がつく。心底下らないとは思うが。
「隣のトライプから宣戦布告でよー。
で、ちょうどレアガチャ10%ギガフェスだったんだよ。だから受けてやった」
「それで引いた、と」
俺を。
ギガはgiga(略、フェスというのはfestival(略、トライプというのはよくわからないが隣の領地の名前と思われる。トライブ、tribe:部族・種族(時に侮蔑的なニュアンスを伴う)の言い間違いではないだろう。
「ああ、だから10回も引いたのに何でレア一個も出ねーんだよサギじゃねーか! 運営フザケンナ」
「ん? ちょっとまて」
「絶対レア出ると思ったのにゴブリンとコボルトばっかじゃねーか。これは死んだ」
「絶対って、お前まさかさ」
確率というものを分かっていないのか。
「10パーセントのレアガチャを10回引いて出せる確率が、いくつだと思ってる?」
「100パーだろ?」
「この子バカだ」
「何だって?」
10%、つまりは9割外れという事、それを10回繰り返すなら9^10/10^10≒0.3486……だから約65%しか当たらない。
10回引いたところで半分ちょっとの確率でしか当たりを引く事は出来ないという事だ。というか俺は外れなのかそれは。
「全ての可能性を足すと1だから、そこから外れの可能性を引けばいいんだ」
「全ての可能性が1ってなんだよ、火山が爆発するとか海が割れる可能性だってあるだろうが」
「そういう全てじゃないよ」
「ワタシの可能性は無限大だぜ!」
「あーもう」
それを懇切丁寧に説明するが少女は全然わからないようだった。
顔は可愛いんだが。
「紙ないの? 図に描いて説明するから」
しかもビキニアーマーで巨乳だ。
なんて格好をしているのだ、今さらだが。
「もうそんなのどうでもいいよ」
「だろうな。ようはカノアくん君はつまり明日の戦争に今の戦力で勝てればいいわけだ」
「まあ、そうっちゃそうだな」
「やってやろう。戦略の大切さというものを教えてやるぜ」
「じゃあ戦闘システム教えるよ」
「不要だ。そんなものは戦いながら覚えるさ」
この女に聞いたところで、まともな説明が受けれるとも思わない。
「ふん、お前見た目は最悪なのに口先だけはイケメンだな」
この女、口だけは汚い。
「で、戦力は?」
「ゴミばっかり5000体だ」
「一体いくら課金したんだ! いい加減キレろよ!」
「だからキレただろーが!」
俺か、それが。
この子結構……気が長い方だったのか?
単純な脳細胞をしていると思ったが、それは彼女の一面をしか見ていなかったのかも知れない。結構いい奴なのかもな、まあステータスとやらのLUC値はマイナスだろうが。ゴミ5000体ってどんな確率だ。
「とにかく、明日は任せてくれ」
翌日、滅殺包囲陣を仕掛けてくるトライプの猛者を各個撃破、敵1体につき16体以上のゴブリンコボルト混成軍を当て……。
具体的には相手を密集して取り囲んでブルブル震えて二酸化炭素濃度と体温を上げその敵の耐性を超える高熱で殺すという荒業で少しずつ時間をかけて倒し……。
辛くも勝利をもぎ取った。
「敵が阿呆で助かった!」
「レア敵を三行で……。お前意外と役に立つじゃねーか、今にして思えば最初に消さなくて良かったよ」
満面の笑みでカノアが笑いかける。
「そうだ。そういえば、あの時からずっと聞きそびれていたんだが」
「何だ?」
「消されたら俺はどうなるんだ?」
「知らねーよ、そんなの。多分、元いた場所に帰るんじゃねーの?」
「なん……だと?」
迂闊だった。俺とした事が、その可能性を失念していた。
「頼む、すぐ消してくれ!!」
「今更何言ってんだ、やなこった!」
「今帰ればまだ間に合うかも知れないから! だから!」
俺はカノアに気に入られてしまい、それからずっと使い回される事になった。
T大受験生、消える! 受験勉強の疲れか
×日早朝、T大学合格発表日、合格し胴上げをされた受験生が突如光り輝きながら消滅するという事件が起こった
合格者の名簿から水前寺洋琴(ようきん)君18歳と判明。その後どこにも見当たらず家族にも連絡がないため失踪として捜索願が届けられた
原因、怨恨関係、などは現在調査中(略)
東◯新聞三面より抜粋