第三話 『少女、震撼ス』
(1)
三破月は、今日は朝から機嫌が良かった。それは補習からの解放と友人との遊べることへの期待からだ。さらにはなんと、無事に補習を終えたことで今まで没収状態だった小遣いまでも返ってきた。
なんだろう、今日はいいことありそうだ。そう胸を踊らせていた。
「行ってきまぁす」
「気をつけて、なんか繁華街の方で騒動があったみたいだから」
「んー」
「あと皆に迷惑かけないように」
テレビから目を離して小さい子を見送るような母の言葉を背中に、家を出た。
待ち合わせは間違いってない。何度も時計と携帯のメモ画面を確かめながら花野祝はそわそわとしていた。夏休みになってからしばらく、誰かとの待ち合わせは久しぶりでなんだかドキドキする。しかも、昨日出会ったばかりの女の子とその友人とだ。無理もない。
けど、なぜだか不安はなかった。昨日出会った女の子は、自分の命のない友人との話を、しっかりと聞いてくれてくれるような女の子だから。そして、その子の友人だというのなら、楽しみの方が勝るからだろう。
「ちょっと早すぎたかな」
もう一度時計を確認する。三十分前になったのを確認出来た。
祝は楽しみに待っていた。そんな祝に声をかけたのは。
たったか走ってたどり着いた三破月は見てしまった。仁王立ちのカルカが出迎えようとしているのを。開口一番に言われるだろう言葉を予想して、思わず苦笑いが浮かぶ。
「ごっめぇん、待った」
「待ったな」
「待ってたよ」
カルカだけでなく、後ろに控えていたチエリも顔を覗かせ言う。
へへへ、と笑い、三人のそんなノリにどうしようかと迷っている祝を見て三破月はニッと笑った。
「祝ちゃん、お待たせ」
祝もそこで笑い返してくれた。
「ううん。私、楽しみすぎて早く来ちゃってたから」
「ほんとっ?楽しみだった?良かったっ!」
「いやいや、良くない」
嬉しそうに言ってくれる祝に三破月も顔を綻ばせたが、カルカは腕を組み合わせ、目を据えて言ってくる。
「あのな、先輩との待ち合わせのときくらいもう少し早めに来いってば」
ぶぅ、と頬を膨らませる三破月。こういうとき、体育会系の性と言うか、カルカと三破月は反りが合わないときがある。それでも放っておけば一時間程度で互いに忘れたようにまた仲良く話し出すのだが、それを短縮する役目をチエリが担っていた。
「まぁまぁ二人とも。今日はその祝さんも居るんだよ?もてなすって言うのは変だけど、そんな態度とかの方が失礼じゃない?」
「……だな」
「……だね」
そうして、
「すいません、祝先輩。せっかく楽しみにしてたって言ってくれてたのに始めからこんなで」
「ごめんね、祝ちゃん。私ももう少し早く来れば良かったんだけど」
二人してチエリにたしなめられるように謝罪した。
「え、ううん!ぜ、全然。むしろありがとう、三破月ちゃん。二人にも私のことをちゃんと話していてくれてて。二人とも一人で待ってた私をちゃんと見つけてくれたし、良くしてくれてたよ。三破月ちゃんのことも…たくさん聞けたし」
そこまで言って祝はカルカとチエリを見る。つられるように三破月も二人を見るが、二人は三破月から目をそらした。
「ほぉ…私のことを?」
「別に大したことはイッテナイゾ」
「そうそう。普通のことしかイッテナイヨ」
「何で途中から片言になってんの?」
明らかに二人はしらを切るつもりだ。はぁ、と大袈裟な溜め息。すると祝が楽しそうに笑っていた。
昨日出会ったときはしどろもどろに話していた祝が、今はこんなにも普通に話している。それだけ三破月に、ひいてはこの二人にも心を開いてくれている証拠だ。なら仕方ないな。三破月の気分はもう切り替わった。
「よっしゃぁ!なら行こうか、皆っ!」
威勢よく走り出した。着いてくる者は、呆れと困惑と優しさを引き連れて歩き出した。
三破月は、とても楽しかった。
(2)
少女は二日間、大人しくしていた。
夕暮れ時に聞こえてきた声に耳を傾けたのが二日前。その声の意味に気がつくのに五分もかかった。行動に出たのは二分後。力を試してみたのは約一時間ほど。
冷静に、大胆に、簡潔に、精密に、何が出来るのかを試してみた。思っていた以上だった。
昨日は、何もしなかった。ただ時間が来るのを待っていた。夕暮れ時、もう声は聞こえなかった。
そして今日。
陽がまだ高いうちから外に出て、時期を待つ。夕暮れ、世界が橙に染まり昼から夜に変わるとき、彼女は動き出す。
「あっはっはっ!こぉんなイカれたものを作ったのが神様や悪魔じゃないのならなんなんだろう…やっぱり人間が一番いかれてるってことかなぁ」
巡り巡って自分の元に辿り着いた石を、片手で弄びながら。
「楽しみだなぁ。こぉんなイカれたイベに参加するような人間の、表と裏を覗き見るのは」
浮かぶ笑みは年相応。彼女は本当に楽しみにしていたのだ。
願い事を叶えてくれる石、などと言う夢物語のような非現実を現実たらしめる力を得て、それらを本当に使い『戦おう』とする存在に出会うことを。
彼女は自分にたいして真実を知りたかったし、嘘をついてほしかった。虚勢を張ってほしかったし、自信を見せてほしかった。誤魔化してほしかったし、真摯になってほしかった。
誰かには正しいこと抱えながら悪いことに支えられ、弱さを蔑ろにしたまま強さを求め、賢い選択肢のなかで愚かな答えを導き、綺麗なものの中こそに醜さを見いだしてほしかった。
世界には不平等な上で平等さを説き、公平な条件で不正を働き、真理のなかで不条理を見せつけてほしかった。
しかし、それらを求める上で残念なことに彼女には力が圧倒的に足りなかった。
だから。
だから、こんな素敵な環境を作り出してくれた狂気じみた現実に感謝していた。
「さぁて、今宵、囗司々ちゃんが参戦だぁ!」
願い事を叶えてくれる。上等じゃないか。そんな人の表裏一体をさらけ出すようなイベントに参加しないわけにはいかない。
彼女は、暮月囗司々はカウントダウンと共に、呪文にも似た言葉を呟いた。
獲物はすぐに見つかった。
さぁ、どこまで出来て、どこまで魅せてくれるのか。実戦と実験の始まりだった。
(3)
二日前、幼すぎる彼女は泣いていた。
両親が死んだからだ。
言葉にすれば数文字だが、彼女にとってはそんなものでは足りなかった。
異国から転居してからのたて続く環境の変化も、知った顔を遠い場所に置いてきてしまった感情も、全ては絶対に一緒にいるだろうと信じていた両親が居居てこそ保てていたものだ。。
それが崩れた今、彼女の周囲も、とにかく泣き崩れる姿を見つめるしかなかった。
昨日。泣き続けるには体力が足りなかった。枯れてしまった涙を証明するように、その瞳は赤く染まりながらも現実を見た。一人で部屋に取り残され、大人たちはバタバタと外で動いている。それが自分の両親が死んだことによるものだと言うことを、なんとなく悟っていた。
涙は枯れたが、それ以外は変わらなかった。ただ、座っていた。
時間は経つ。
窓からオレンジ色の光が差し込むとき、ふと、声がした。その声が昨日からしていたことも知らずに、耳傾けた。
願いを叶えてくれる、らしい。
それは彼女の悲しみを知り、親戚が気休めに置いていった石だった。オパール。彼女の誕生石であり、願い事が叶うなどと言う謳い文句もあり用意したのだ。
そんなことを彼女は知らないが、願い事が叶うかもしれないことは、すぐに知ることになった。その、声によって。
彼女は石を手に持った。
小さな両手で、大切な物を抱えるように。
「どうすればいいの?」
どうすればいいのか、石が教えてくれた。意味はなんとなく伝わった。
「…うん、やってみる」
彼女は必死でその意味を理解した。幼い彼女が全てを理解するのに丸一日ですんだのは執念だろう。
今日、幼い彼女、ノーヴァ・龍泉はふらりと外に出た。すぐにどうすれば良いのか理解できたのが、彼女にとって幸か不幸かまだ、このときはわからなかった。
(4)
二日前、退屈だった彼女に変化が訪れた。声が聞こえたのだ。願い事を叶えたければ戦えと。
彼女にとってそれは、とても魅力的だった。
願い事が叶うこと、ではない。戦うことがだ。
本人も、暴力こそがすべてだとは言わない。生きてきた上で、それ以外の必要性を感じたことがないわけではないから。しかし、それ以上に暴力、あえて言葉を変えるなら戦うことが彼女にとっては必要だったのだ。
退屈で退屈で平穏で。窮屈で窮屈で平凡で。平和そのものを否定せずに生きるにはそういった刺激が。
因縁のない、しがらみのない敵を作るのは簡単だった。ただ、案外その関係を持続するのは難しかった。
振るう拳は敵を打つ。彼女は戦うには強すぎたのだ。強すぎる力は、敵だった者を二通りに分けた。彼女の強さに恐れをなし遠ざかるか、彼女の強さに憧れて遠巻きに慕うか。
しかし、そんなものは要らなかった。必要なのは、継続的に自分の前に現れる敵だ。
それをこの石の言う通りにしておけば、勝手に向こうから現れてくれるらしい。
願い事を叶えるために。
退屈過ぎて虚ろだった瞳に僅かに光が点る。期待だ。窮屈過ぎて鈍りかけた体に力が流れる。高揚だ。
彼女は、戦うために石の言葉に従った。
しかしこの日、残念なことに石の力を得た彼女の前に敵は現れなかった。
昨日は絡んできた一般の人間を相手にした。石の力を使えば圧倒的だった。思う。圧倒的過ぎる力は退屈だと。それを抑えることなど窮屈でしかないと。そして確信する。やはり、石の力を同じように持つ人間と戦うことこそが今の望みだと。
「ぶらつけばひょっこりあえるか」
片付けた相手をあとにして、彼女は呟いた。
「探すのはだるいが…しょうがねぇか」
そして今日。初めて敵を見つけた。
まだ自分よりも年下の少女だ。彼女もまた、石の力を象徴するような武器と装飾を持っていたから一目見てわかった。
声をかけるよりも早く、自分の武器、棍棒を振り下ろした。
とりあえずそうすれば良いと思ったからだ。
「きゃぁ」
間一髪のところ、少女が避ける。
「なにナニ何っ!」
彼女ははずしたことに驚きを感じた。やはりこの不思議な石の力は一見普通の少女にも戦士のごとき力を与えるらしい。
「ちょっ、ちょっと待って、待ってよ」
「…はは、当てるつもりだったんだけどな」
口元がにやける。
相手の出方を伺うとかそんなものは必要ないだろう。だってこの姿でいることこそが、この願いを叶えられるという戦場に立つ者の決意なのだから。
例えそれが年下の少女であろうともだ。その能力は、自分がよく知っている。
「流石に昨日ヤった奴らとは違うな。楽しませろよ」
「はぁ?ヤっ…ヤったって何?ヤったってまさか、殺したってことじゃないよね」
「…死んでないはずだ…多分」
「多分って何よぉ!ってか、本当になんなのよ!」
ちょこまかと避ける少女に彼女はひたすら攻め続ける。本気とはいかないが、それでも自分のを避け続けるのは難しいだろう。普通の人間には。
最初の一撃といい、それからの身のこなしといい、申し分ない。戦う相手として。
「もうっ!やっぱりこの力を危険なことに使う人はいるんだ!」
間合いを計っていると、少女は地団駄を踏むように怒り出した。キッと睨みつけてくる。幼いながらもその「危険な人」を口にした少女の鋭い目付きにぞくぞくした。
そして、
「そんな危険な悪い子は…この魔法少女カギリーがお仕置きしちゃうぞ」
ポーズを決めた。
「……………は?」
自分でも間の抜けた声だと思った。しかし、その声こそが真実だ。気を取り直して少女と対峙する。少女も構えた。
「覚悟してくださいね、お姉さん!私、とっても強いんで」
「それはいいね…願ったり叶ったりだ」
笑みがこぼれる。
やはり良い。願いを叶えてくれると言うのは本当のことのようだ。自分よりも幼い少女でさえもこんなにも戦いを良しとするのだから。
「さぁ、私とヤろうか」
少女の名前は冬木限。今年小学校の二年になる。一年の頃から始めた空手でこの間昇段試験を合格したばかりだ。
強くなることは彼女にとって憧れであり願望だった。それはテレビで活躍するアニメの世界を自分で表現できるからだ。強くて可愛い。そんな素敵な存在に近づける。そう信じて。
だから彼女のもとに石が巡ってきたとき、彼女は歓喜した。本当の本物の正義のヒロインのようになれると。
強さ、能力、使い方。少々時間はかかったが、そろそろ良いだろう。
彼女にとっても今日は初めての実戦日だった。
「もう終わりか?」
少女の武器は弓だった。ところがどうにも使い方がなっていない。少女の得意分野はどうにも肉弾戦の方であり、弓の応用の仕方がなっていないのだ。動きそのものは確かなものがあるのだが。
自分なら弓で相手の行動を制限させながら一気に間合いを詰めて得意の肉弾戦に持ち込むだろう。
そう考えると、強さと言うのは経験もものを言うのだろうな、と思った。目の前の少女は強さを知りながら使い方を知らないのだ。
対等だったの最初だけ。あとはみるみる自分がおしていくのがわかる。
「…」
涙目を堪えながらまだ戦う意思を投げ捨てないのは、誉めてやりたい。
「まだ戦えそうだな」
「あ、当たり前!…お姉さんは、怖い人です!だから、やっぱり、ここで、私が、止めないと」
感心した。ここまで骨の据わった少女だったとは。
強さを認めながら、逃げ出したい恐怖と戦い、ここで私を止めるなんてことを言ってきた人物は、自分よりも年上の男を含めてでもいなかった。
笑みが溢れる。
やっぱり良い。この力を得た者たちはやっぱり戦うことを覚悟している。
少女もそうだ。戦う理由は違うだろう。だが、戦うための手段は共通できるし、戦わなければならない決意は共感できる。
ならばもう言うことはない。
戦おう。
「っ!」
少女の言葉にならない声。二人がぶつかり合う。
寸前に間に入った人物がいた。それは、
「ちょっとあんた。流石にもういいんじゃないの?一方的じゃん」
三破月だった。
(5)
今日はとてもいい気分だった。
昼間は友人たちを含めて普通の日常を。面白いものを見て、美味しいものを食べて、どうでも良いことで笑って。
夜だって秘密のような非日常を共有できる友人との密会。綺麗なものを見て、変なことを企んで、不思議なことを経験して笑って。
こんなにいい気分なのは久しぶりだ。
三破月は祝との密会を終え、帰路についていた。
今日は祝の力を見せてもらっていた。彼女はどうやら防御に特化した石の力のようだった。
「祝ちゃんらしいなぁ」
思い出して顔が綻ぶ。
戦わなければならない力の使い方で、まさに祝は祝らしい能力を得ていた。自分のじゃじゃ馬のような力とは違う、個性が表現されたというべき力。そんなことを考えていると、
「ん?」
今日は時間にも余裕があり町を見下ろしながら跳躍していた。すると二人の少女の姿が見えた。その二人は決して姉妹には見えないし、それどころか友人関係にも見えない。
予想は絶対に当たっている。だってあの二人は自分と同じように石に選ばれた姿をして対峙していたからだ。
少し離れた場所で様子をうかがう。
見ていると小さい少女の方が圧倒的に圧されている。まぁ、年の差だろうと楽観していると、どうにも収まる気配がなかった。
一方的にやられている状態で小さな少女の方が壁にぶつけられた。自分とそう年の変わらなさそうな少女はと言うと、
「あいつっ」
三破月は飛び出した。
止めを差すように小さな少女の方に突進したからだ。いくらゲームだからってやり過ぎだ。そんなものは面白くない。
例え二人の間でゲームとして成り立っていたとしても、三破月は我慢できなかった。
自分とそう年の変わらなさそうな少女が小さな少女に一撃を加える寸でのところで間に入ることに成功した。自分はやはりじゃじゃ馬を現すようにスピード特化の能力らしい。
それがこの時は誇らしかった。
間に入られたことで彼女の標的は自分に向いたようだ。なんとも冷たいと言うか、戦うことになんとも思わなさそうと言うか。とにかくあの瞳の先をこちらに移せたので良しとしよう。
「え、あれ」
視線だけで確認したもう一人の少女の方は、何が起こったのかわからないように三破月と彼女を交互に見ていた。
壁にヒビを入れるほどの一撃。その一撃を受けてなお外傷のほとんどがないのは流石は不思議な力といったものか。しかしだ。
「やっぱりやり過ぎでしょ?もう勝敗は決まったようなもんだしさ、あんたどう見ても年上っしょ?見逃したげなよ。それでもまだやろってんなら」
刀を構え直す。
「あたしが付き合ってあげるよ」
「……ふーん」
彼女は攻撃の手をやめて、気のない返事をしながら三破月を物色するように眺めた。何処か冷たい眼。その眼に宿る瞳に見つめられながらも三破月は怯むことは無かった。
「へぇ、いいね、お前」
彼女は笑った。
来るか。三破月は反射的に体を強ばらせる。だが、
「だけど今日の相手はお前じゃないよ。そっちのちっちゃい方だ」
あくまでも少女との決着を望んでいるようだ。三破月は悪態を付きたいがそんな暇はないだろう。彼女が突っ込んできたからだ。後ろには少女がいる。避けるわけには、
「えっ…」
三破月は後ろから押されて体勢を崩した。そのまま自分を置いて黒い影が飛び出した。あの少女だ。
「ちょっと、あんた」
そう言うのがやっとだ。
二人は止まらない。
「そうでなくっちゃなぁ」
「このお姉さんはいい人です。巻き込むわけにはいきません!」
「あんたたちっ」
三破月はまた二人の間に割って入ろうとしたが、無理だった。少女が三破月が思ってた以上に強く、それ以上に彼女の強さが、動きが本物だったからだ。
「ガチバトルじゃん」
自分がこの間戦ったことを思い出して、目の前の二人のすごさがよくわかる。少女の方だって圧されてるだけで、完全な負けではなく、三破月が相手なら正直十二分に戦えているように見えたからだ。
「だんだん慣れてきたみたいだな」
「無理にこの弓を使おうとしたのが間違いでした。私の本領は、空手。接近戦です」
気合いのこもった正拳突きが繰り出される。不思議な力と相まって、その波が三破月にも伝わる。
「なかなか」
彼女が難なく防いだかと思うと、少女は今度は屈み下蹴りを繰り出した。そこに注意を引かせると、続いて持っていた弓を立てて自身を無理矢理に持ち上げた。そのまま二の足で蹴りをいれる。彼女も防ぐが、少女の猛攻は続く。
「がっ」
ついにまともな一撃を少女は彼女にいれることが叶った。
少女も満身創痍であり、一度切れた動きは少し鈍っていた。ここで続けなければと思うのだが。すると、
「く、くははははは…やっぱいいなぁ、これ」
彼女は天仰いで笑いだした。
「な、きも」
「……」
二人の視線を一身に浴びて、彼女は笑いを納めた。
「悪い悪い。久々でさぁ、こんなに楽しいの」
あの冷たい瞳が確かに笑っていた。狂喜を含んで。
背筋に走るものがある。それは少女も同じようだ。
「お前の本気は確かに受け取ったよ、ちっちゃいの」
そして狂喜は体現される。彼女が動いた。
「ちっちゃいの、お前の本領は、空手なんだって?接近戦?当たり前だろう」
武器ではなく、己の拳を使った乱打。その一撃一撃は、少女の防御を確実に崩していく。
「私たちは、この石の力を使う前まではこの拳こそが武器だったはずだからな。少なくとも、私はそうだっ!」
懸命にも反撃に打って出た少女だったが、彼女の痛恨の拳撃にその小さな体を浮かされた。もはや防御など意味のないように思えるほどだったが、これではあからさまだ。また少女は壁にぶつけられた。
「あんたねぇ!」
三破月はこの時すでに動いていたが、
「なっ」
三破月の振り下ろした刀の刃を彼女は素手で掴んだ。いくら怪我を負いにくくなっているからといって、反射的に避けたくなるのが普通のはずだ。それを彼女は掴んだのだ。
そもそもそんなものを人に対して振り下ろすこと事態が間違いなのだが、今はそんなことは棚にあげる。彼女の感覚が麻痺しかかっているのか。そう思うが、
「悪いな、今はあのちっちゃいのとの戦いが楽しいんだ。お前はさ、引っ込んでろっ!」
瞳に宿る色は確かに彼女の意思だ。彼女は素手で掴むことに躊躇いがないだけ、それだけだったのだ。
そんな彼女に三破月は力任せに投げられた。
その隙に彼女はついに少女の前に立ちはだかった。
「さて、どうしたもんかね。どうしたら、その瞳と決着がつけられるんだろうな」
少女と視線を交わしながら、彼女は呟いた。外見からわからないが、少女のダメージは大きいらしく、睨み付けるその両目以外は返事はない。
「あんまり痛め付ける趣味はないんだよ。強いやつと戦いたい。それだけでさ…お前は強かったよ、ちっちゃいの。本当に、な」
「ぐ…」
漏らした声と共に少女の眼から涙が溢れる。自分は自分の正義を貫くことが出来ないのだ。その事実が、体を蝕むからだ。
「あー、そうだな…お前がすんなり諦められるように…」
そして彼女は少女の武器に輝く石を砕いた。
「これでお前は…」
すると少女の体が光に包まれ始めた。駆け寄ろうとした三破月も動きを止めた。光はだんだんと強くなり、逆に少女の体が薄らいでいった。
まるでそれは、何か飲み込まれるように。
二人して黙してその光景を眺めているだけだった。呆然と、漠然と。
全てが終わる頃には、少女の姿はなく、代わりに砕いたはずの石が綺麗な形で残っているだけだった。
つまり、
「ああ、そういうことか…この変身を解かすつもりだったんだがなぁ」
そういうことだった。
「え?は?嘘?なんで」
「これだけ変な力だ。よくよく考えればそういうことだってあるんじゃ…」
「どう言うことだってのっ!」
三破月は反射的に叫んだ。片耳を塞ぎ、面倒くさそうに彼女は言う。
「だから、石を砕かれたら負けなんだろ?」
「っ!な、なんで…なんであんたはそんな、平気な顔して…」
「戦うってのは…そういうことを含めてだろが」
溜め息までつくような素振り。三破月は感覚が冷たくなってきた。
「…あぁ、なるほど。お前…自覚なくて体験済みか」
彼女の言葉が突き刺さる。激しく動く心臓とは裏腹に、体を流れる血液は、どんどん冷たさを帯びていく。
もし、もしだ。彼女の言う通りだとしたら、自分は。
そうだ、一人を消してしまったことになるのだ。
「これは、だって、ゲームで」
「ゲーム?ゲームなんて誰が言ったんだ?石はこう言ったろ?」
タタカエ。
その響きだけで三破月の体は震えた。
「さっきまでのお前とだったら、戦うのも面白そうだったんだがな…まぁ、今日は満足したし、あたしは帰るわ」
彼女はそう言って背を向けて夜の町に溶け込んでいった。最後に、
「戦いに残れたら、願いを叶えられるらしいぜ。お前の戦う理由になるんじゃねえの?私の名前は神在神無。挑戦者を求めるもんだ」
そう、笑って。
三破月にとって、今日は楽しい一日になるはずだった。
新しく出来た友人と、楽しく遊んで。
いつも通り、振り返ってみれば、なんのことのないようなことで笑って、怒って、また笑う。そんな、楽しい一日に。
だが、今はどうだ。この、胸の内側から来るような苦しさは。
この手が、友人と繋いだこの手が、汚れて見えた。自分の姿が、楽しそうに笑ってた自分の姿を思い出すと、吐き気がしてきた。
嗚咽が抑えられなかった。
「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ」
三破月は、泣くことしか出来なかった。