独往
食膳を下げに来たエレネは、テーブルの上に置かれたそれがまったく手をつけられないままでいるのを見て、案じるような目をファルに向けた。
クイートが部屋を出て行ってから、ファルはベッドの上で膝を曲げて座り込んだきり、まったく動かない。口も開かず、視線も虚空に据えつけて、じっとしている。
ここに入れられて以来、萎れてしょんぼりすることはあるものの、こんな風に置き物のようになることは一度もなかったためか、エレネの瞳に深い懸念の色が浮かんだ。
「ファルさま、何かお食べになりませんと、お身体が弱ってしまいますよ」
腰を屈めて目線を同じ高さにし、そっと声をかけてくる。
食べなければ、弱ってしまう。それはファルにもよく判っている。だからこそ、何の味もしないと思っても、これまで無理やりのように食べ物を口に入れてきたのだ。弱って死んでしまっては、キースに会えなくなるからと。エレネもそれが判っているから、こんなことを言うのだろう。でも。
……でも、ファルにはなんだかもう、よく判らない。
自分のその行動は、果たして意味のあるものだったのだろうか。ファルが食べようが食べまいが、何も変わりはしないのに。ファルの存在そのものが、今もキースを危険に晒すことになっているのかもしれないのに。
だけど、じゃあ、どうすればいいの。
──わたしに出来ることって、なに?
「エレネさん」
膝を抱えた態勢のまま名を呼ぶと、エレネはすぐに「はい」と優しい声で応じてくれた。
「クイートは、エレネさんにとっての、何?」
「クイートさまは、私がお仕えしている方、私のあるじでいらっしゃいます」
エレネの返事には、一瞬の躊躇もなかった。迷いも揺るぎもない声は、どこか誇りさえ含んでいた。
彼女の主人は、ファルにとっては、得体の知れない誘拐犯である。勝手にこんなところまで連れて来て、そのことに罪の意識も謝罪の気持ちも一片たりとも持ち合わせていない、冷酷な人物だ。こちらの心情なんてまったく汲んでくれる気もなくて、詳しい説明もしてくれなくて、おまけに「子猿ちゃん」なんて呼び方で人をバカにする、本当に腹立たしい男でしかない。
──しかしそんな男でも、エレネにとっては、尊敬し信頼し、心を込めて仕えるべき「自分のあるじ」なのだという。
「エレネさんは、クイートから命令されたら、なんでもするの?」
「はい。私に出来ることでしたら」
「どうして?」
「少しでもクイートさまのお役に立てることをするのが、私の務めですから」
「仕事だから、っていうこと?」
「それもございますが、私がそうしたいから、というのが、最も大きな理由です」
「…………」
エレネを見ると、彼女はまったく変わらない、落ち着いた穏やかな微笑を浮かべている。
彼女の中にある芯は硬くて丈夫で、何があってもブレることはないようだった。
「……わたしには、わからないな」
何もない宙に目をやりながら、ファルはぽつりと言った。
天界にいた頃、下働きの使用人としていくつも屋敷を転々としたファルには、「ご主人様」と呼んでいた人も複数いた。居丈高だったり、よく怒鳴ったり、煤や泥で汚れたファルを見るたび嫌悪で表情を歪めたり、いろんな人がいたけれど、ファルはその誰に対しても、「忠誠心」などというものを持ったことがなかった。
ファルにとって、彼らはただの「雇い主」、それ以上でも以下でもなかったからだ。
働くのは、自分の日々の糧と寝場所を確保するため。ご主人様と呼んで頭を下げるのは、それが仕事だったため。今となってはもう顔を覚えている人もほとんどいない。
機嫌の良し悪しを測ることはあっても、自分の「主人」がどういう人物か、どんな内面を持っているのかについては、興味を持ったこともなかった。
ファルの行動は、いつだって常に自分のためだった。自分一人の食い扶持分だけを稼ぎ、自分一人の寝床だけを得る。それ以外のことを考えたこともない。
……誰かのために何かをする、という発想が、そもそもなかった。
大事な人のために働く、その人の役に立てるよう自分に出来ることを考える。エレネは自分がそうしたいからそうするのだと言う。きっと、天界にいた時のキースもそうだったのだろう。キースにとってユアンはどんな性質を持っていようともやっぱり大事な存在で、だからこそ、その人のために自分の手を汚すのも厭わなかった。
今のファルにとって大事なのはキースだ。だから一緒にいたいと願ったし、引き離されてこんなにも心が苦しい。キースのところに帰りたいから、ここから逃げ出すことばかりを考えていた。
でもその行動は、今のところひとつも実を結んでいない。ファルがここに連れられてきてから、状況はまったく変わっていない。キースはすでに動き出しているというのに、ファルには彼の手助けになるようなことは何も出来ない。
このままこうしてただ時間が過ぎゆくのを眺めながら、キースが来てくれるのを待っているだけでいいのだろうか。
「……キース、というのはどういう方なのですか」
エレネが静かな声でそう言って、ゆっくりとベッドの端に腰かける。キシ、という音はひどく微かなものだったけれど、外からの音が遮断されているこの部屋の中ではよく聞こえた。
「キース? キースはね」
そういえばキースについて、エレネに話したことは一度もなかったなと思い出した。何度も名前は出していたから、彼女は「キース」というのはファルの家族だとでも思っているのかもしれない。
家族ではない。じゃあなんだ、と言われても困る。キースはファルの何か、という質問に、エレネのようにきっぱりと回答を差し出せない。上下関係があるわけでもないし、友達というのとも、仲間というのとも、恋人というのとも少し違う。ファルはそれに対してつける名前を今のところ思いつけない。
キースはキース。
天界は広く、地界はさらに広いけれど、そのうちの誰も代わりにはならない、たった一人の人だ。
「キースはね、すごく強くて頭もよくて、いろんなことが出来るんだよ」
「はあ」
「無表情で無愛想で、無口なように見えてよく喋るけど、わりと口から出すのはひねくれたことばっかりで」
「はあ」
「性格がいいとはお世辞にも言えないし、怒ると怖いし、けっこう執念深くいつまでも同じことでねちねちと責めるようなところもある」
「はあ」
「おまけに胸とお尻の大きい女の人が好きなんだって」
「……はあ」
途中からかなり私怨の混じりだしたファルの人物評に、エレネは困惑しているようだった。
「──でも、すごく優しい」
ぽそりと呟くように付け加えて、ファルはまた視線を空中へと向けた。
「キースはいつも、わたしを助けてくれた。ギルノイ屋敷から出して、いっぱい美味しいものを食べさせてくれて、牢に入れられた時も『必ず助けるから』って言ってくれた。そして実際、助けに来てくれた。それまでにキースが持っていた、何もかもを投げ出して」
あってもなくても変わらないような、指で弾けばそのまま吹き飛んでしまいそうな小さな小さな命を、キースだけは守ろうとしてくれた。
いつも。
それに対して、ファルは何をしただろう?
ファルは、「そこにいる」、それだけだった。確かにクイートの言う通りだ。キースがいなければ、ファルはもう何度死んでいたか数えるのも難しいくらいだというのに、ファルがキースを助けたことなど一度もない。
キースはファルのために、彼の大事なあるじも、それまでの人生も、すべて失ってしまった。過去にも、天界にも、大人の身体にも、「戻る」ことを放棄して、彼はファルと一緒に地界での「これから」を生きようと手を差し出してくれた。
ファルはただ、その手を取っただけ。
ファルは目の前の出来事に対処することは出来ても、その先のことを考えるということが出来ない。そういう習慣が備わっていなかったし、そのための能力も持っていなかった。だからキースがずっとその役目を負っていたのだ。ファルの代わりに、ファルの分まで。
いつも、助けられ、守られるだけ。ファルは、自分がキースのために何が出来るのかということを、考えたことがなかった。貰うばかりで、こちらから与えられるものが何もない、ということにも気づかないままだった。
それを「依存」と呼ぶのなら、そうなのかもしれない。
一人でいた時には、自分のことだけを考えていればよかった。
けれど今のファルは一人ではない。
だったら、自分のほうも変わらなければならないのではないか。
ただの荷物になりたくないのなら。
「…………」
ファルは口を引き結び、懸命に考え続けた。
考えたって判らないことはある。
けれど、判らないことでも、考えなければならない時があるのだ。
***
扉をドンドンと叩いて、「ゴウグさん、ゴウグさん」と大きな声で呼ぶと、錠の外れる音がして、あちら側から慎重に扉が開けられた。
「……なんだ?」
分厚くて頑丈な扉と壁の間から、ゴウグの厳つい顔が覗く。用心するような目がファルとその向こうの室内を探るように動いているのは、今度はどんなロクでもないことを思いついたんだと警戒しているためらしい。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「俺にか」
ゴウグの目がますます訝るように、ぐりぐりと動く。
「ただでさえ怖い顔なのに、そういう目つきをするとますます女の子に怯えられちゃうよ、ゴウグさん」
「余計なお世話だ。言っておくが、俺をハメようとしても無駄だぞ」
「疑り深いね。そんなんだから、女の子に……」
「やかましい、口の減らねえガキめ」
威嚇するように歯を剥き出して、ゴウグは唸った。
ゴウグが意外と自分の強面を気にしているのも、それが原因で女の子が寄ってこないとしょっちゅう嘆いているのも知っている。そういうことはファルに話しても問題ないらしくて、エレネがこっそり教えてくれるのだ。
「なんだ。聞くだけは聞いてやる」
「こんな扉越しじゃ話しにくいよ。こっちに入ってきて」
「そうはいくか。また何か企んでやがるんだろう。お前は油断がならねえ」
「あのねゴウグさん、顔だけでなく根性まで歪んじゃったら、女の子に」
「うるせえ!」
とうとう我慢が切れたらしく、ゴウグが怒鳴りつけながら荒々しく扉を開いて部屋の中に入ってきた。さあ何をするつもりなんだ、と疑心暗鬼をべったり貼り付けたような顔をして、周囲に目をやっている。
「……まったく、しばらく大人しくしてやがったと思ったら」
ちっと舌打ちしてから、ファルをぎろりと睨むように見下ろした。全身が筋肉に包まれたようなゴウグは背も高いので、前に立たれると、非常に圧迫感がある。
「お前、ちったあメシを食うようになったのかよ。エレネが心配してたぞ」
「うん。今朝は食べたよ」
二日ほど続けて最低限の水分くらいしか摂らなかったファルが、今朝の食膳はぺろりと平らげたので、エレネがひどく安心していた。
「そうか」
短く素っ気ない返答だが、ゴウグの目にも安堵が浮かんだ。言葉遣いは乱暴でも、悪い人物ではないのである。
「これからもちゃんと食べる。……それでね」
「ん?」
「ゴウグさんに、効率のいい運動の仕方を教えてもらおうと思って」
「はあ?」
ゴウグが目を見開いて、驚くような声を上げた。そんなことを言われるとは、予想外であったらしい。
ファルは顔を動かして、部屋の中をぐるりと見回した。
「だって、何もしないで食べてばかりじゃ、わたし、ぶくぶく太る一方だよ。こんな生活、たぶん身体にもよくないと思う。クイートがなんの目的でわたしをここに連れて来たのか知らないけど、まさか太らせて食べようってことじゃないんでしょ?」
「クイート『さま』だ。お前、俺やエレネに対してはさん付けなのに、なんでクイートさまだけ呼び捨てなんだよ」
「エレネさんやゴウグさんにとってはご主人様でも、わたしにはそうじゃないもん。わたしにとって、あの人はただの性格の悪い、人攫い」
つん、とそっぽを向いて答えると、ゴウグが渋い表情で口を曲げた。反論したい気持ちは山々なのだろうが、クイートについて余計なことは言えないからと、ぐっと耐えているようだ。
「クイートの思惑がなんであれ、健康体のわたしを望んでいるのなら、適度な運動は絶対に必要だと思うな。でもこの狭い部屋の中で何をどうすればいいのか、わたしよくわからないし。筋肉ばっかり喜んでつける変な趣味のゴウグさんなら、そういうことも詳しく知ってるんでしょ?」
今まで、「運動」などというものをせずとも、摂取した栄養分以上のものを労働で使い果たしていたファルは、その手のことに対する知識がない。しかし、闇雲に走ったり手足を動かすだけでは、おそらく意味はないのだろう、ということは判る。
「なにが変な趣味だ」
喰ってかかるように言ってから、ゴウグは顔をしかめた。
「……で、そんなことをして、どうするつもりなんだよ。体を鍛えて、俺を倒す方法でも考えようってか」
「わたしがちょっと鍛えた程度で、ゴウグさんって簡単に倒せちゃうんだ」
「そんなわけあるか!」
ゴウグが憤慨して眉を吊り上げる。
それから口を噤んでまじまじとファルの全身を眺めまわし、考えるように顎に手を当てた。
「……まあ、確かに、このままだと病気になりそうだよなあ。クイートさまにも特にそれについては言われていないし、変な真似をしないってんなら、教えてやるけど」
「しないよ」
ファルは真面目な顔をして、はっきりとそう言った。
今はね。
その二日後、再びクイートがやって来た。
「やあ」
相変わらず、軽々しい挨拶と笑顔である。ファルは持っていたペンを投げつけてやろうかと思ったが、なんとか我慢をした。
「勉強中かい?」
そう言いながらすたすたと近づいてきて、勝手に向かいの椅子に座り、テーブルの上に置いてある本や紙の束を面白そうに見る。ファルは無視してまた下を向き、文字を綴るのを再開させた。
「エレネにたくさん本を頼んだというから、どんなものかと思ったら、ずいぶん初心者向けの内容だなあ」
大きなお世話だよ、と思ったが、黙ってペンを動かし続ける。
「学校に入ったばかりの子が習うようなレベルじゃない? あんまり頭は良くなさそうだと思ってたけど、本当にそうだったんだねえ」
「…………」
そんなこと思ってたのか。否定はしないが、腹は立つ。
「こんなことじゃ、いつになったら俺と対等に会話が出来るようになるんだろう」
「…………」
「ひょっとして、今までぜんぜん教育とは縁がなかった?」
「…………」
「子猿は子猿でも、野生の猿だったか」
「…………」
「あ、そこ、綴りが違ってる」
「うるさいよ!」
辛抱が切れて、とうとう怒鳴ってしまった。クイートはファルを掌の上でころころと転がすすべに長けている。しかも、いとも容易く。
ぷんぷんしながら文字を書き直すファルを見て、クイートが声を立てて笑った。
「──とりあえず、君に何が出来るかを考えはじめた、ということかな」
その言葉に、ファルは無言を通した。別に最初から返事は期待していなかったのか、クイートが続けて口を開く。
「迂遠な道のりだね。それは判ってる?」
「……わかってる」
目線を下に向けてぼそりと返す。
そこに置かれている本が、子供向けであることも知っている。こういったものからずっと遠ざかっていた自分が、今さらになってこんなところからちまちまと勉強をはじめても、到底キースやクイートと同じ場所まで追いつけやしないだろう。
本から知識を得るのは本当に意味があることなのか、という疑問もファルの中にはしつこく根付いているし、これが正解なのかどうかも判らない。
だけど。
「……キースなら、きっとこれが必要だと言うと思う」
小さな声でそう呟くと、クイートは目を細めた。また馬鹿にするようなことを言うのかと思ったが、微笑んだまま黙っている。
なんとなく居心地が悪くなって、ファルは顔を上げた。
「別に、本を読むのはダメじゃないんでしょ?」
「もちろん。好きなだけ、エレネに言うといい。エレネには俺から、君が望むだけのものを与えるように言っておく」
それに、と付け加えて、唇を上げた。
「俺が先生になって君に教えてあげてもいいよ」
「…………」
ファルは思わず、顔のパーツを中央に寄せた。クイートが噴き出す。
「そんなにあからさまにイヤそうな顔されたの、はじめてだ。だけど君にとってそれは悪い話じゃないと思うんだけど。本を読むのも、文字を覚えるのも、そりゃいいだろうけど、人の話を聞くのも大切なことだよ。君はもっといろんなことを知るべきだ。世界のこと、東の大陸のこと、このリジーという国のこと」
ファルは大きく目を瞠った。
このリジーという国。
クイートは確かにそう言った。ここはリジーである、と、ファルに教えたのだ。今までずっとこの場所についての情報を与えようとはしなかったクイートが、ようやく譲歩の姿勢を見せた、ということになる。
「俺の生徒になる気はあるかい?」
「…………」
ニコニコして訊ねてくるクイートは、明らかにファルの反応を見て楽しんでいた。本当に、悪趣味だ。他の誰に教えてもらってもこの男にだけは教えてもらいたくない、とムカムカする気持ちを、やっとのことで押さえつけた。
「……お願いします」
低い声で言って頭を下げると、クイートが笑った。この時ほど、ゴウグのような筋肉が自分にあったらと切望したことはない。そうしたら、思いきり蹴飛ばしてやれるのに……!
まだ、その時じゃないんだ、と必死に自分を宥めた。
今のファルがしなければならないのは、今のファルが最大限出来ることをすること。
自分の目でものを見て、自分の頭で先のことを考え、自分の手で着実に努力し、自分の足でしっかり立つこと。
そうでなければ、自分以外の誰かが倒れかかってきた時に、支えられない。
「だけど俺が教えるだけじゃ不公平だから、君も俺に教えなきゃいけないよ」
またそれか、とファルは呆れた。どうやら、与えた分だけの見返りを求める、というのが、クイートという男の考え方らしい。
とはいえ、ファルがクイートに教えるようなことなんて、何かあっただろうか、と首を傾げた。下働きの時に身についた知恵くらいなら教えられるかもしれないが、クイートにそれが必要だとは思えない。
「クイートはなにが聞きたいの?」
そう問うと、クイートは楽しげに「そうだなあ」と微笑んだ。
「……じゃあ、まずは、ファルの本当の年齢を教えてもらおうかな」
ファルは目を瞬いた。
本当の年齢、と言ったか。
「……大体、見た感じでわからない?」
「キースと同じで、十二、三くらいかな。見た目はね」
笑み混じりの目が、ファルの頭からざっと検分するように動く。しかしその言い方、「でも実際は違うんだろ」という含みがたっぷり持たせてある。
「エレネさんもゴウグさんも、わたしのこと、子供だと信じて疑ってないみたいだけど」
「うん、あの二人はそもそも、素直すぎるところがあるからね。部下があんなんだから、俺のほうが人の二倍も三倍も猜疑心を強くして腹黒くならなきゃいけないんだ」
クイートは、苦労するよと言いたげに肩を竦めた。彼の色に黒いところはないが、薄い靄のようなものがかかっている。よほど「自分」を見せるのがイヤな性質なのだろう。
ファルはひとつ息をついた。
「別に、子供だと思ってもらって構わないよ」
「本当の子供はね、自分のことを『子供』なんて言わないものさ、ファル。……それに」
思わせぶりに、唇の片端を上げる。
「キースって名を口にする時、君はいつも、『女』の顔をしていたよ。自分で気づいてないの?」
「…………」
顔が熱くなった。
しばらく沈黙していたが、あちらもニコニコしながら待っている。結局気まずさに耐えきれず、口を開いた。
「──十七歳」
クイートは目を丸くしてきょとんとしてから、勢いよく噴き出した。
テーブルを手でバンバンと叩きながら爆笑している彼の足を、今度こそファルは全力で蹴飛ばしてやった。




