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天の涯、地の涯  作者: 雨咲はな
第二部・地
34/73

過去からの脱却



 自分自身も知らない何か、と言われても、ファルは当惑するばかりだ。

 大体、今まで、「人にはないが自分にはある」能力についても、正面切って考えたことがほとんどない。確かに変わっているかもしれないが、ファルが口にしなければ誰にも気づかれない程度のもので、それによって何かに影響を及ぼすようなこともなければ、取り立てて何かの役に立つようなこともない、と思っていたからだ。

 人の色を見るのも、動物と意志を通わせるのも、ファルにとっては物心ついた時から自然にしていることで、それらを邪魔だと思ったことも、特別だと思ったこともなかった。

 同様に、ファルは「自分について」を考えたことも、まったくなかった。


「……おまえ、捨て子だったって言ってたな」

 キースが口許に拳を強く押し当てたまま、ぼそりとした口調で言った。


 まっすぐファルに向かってきている碧の瞳はぴくりとも揺れない。そうやって、一心に何かを考えているようだった。

「うん。冬の、さむーい日にね、橋の下にバスケットが置かれて、そこに赤ん坊が入れられていたんだって」

 天界において、通りと通りを結ぶ「橋」の下にあるのは、河川などではなく、上流にも中流にも属さない人々が居住する低層地区である。貧民窟、と表現するほど荒廃してはいないが、ファルが働いていたお屋敷とは比べるべくもない小さな家が、ひしめくようにして建っていた。

 白い壁で統一された建物が立ち並び、誰もが感嘆するほどに整然とした景観を作り上げている天界。しかし、目には見えない一段低い場所では、それらから弾きだされた人々がひっそりと暮らしているのだ。

 すべてが美しく清浄であるとされるあの世界でも、身分の上下はあって、そんなに激しくはなくとも、貧富の差も確実に存在していた。


「そんな寒い日だから、わざわざのんびり外を散歩するような物好きな人もいなくって、ずいぶん長いことそのままだったらしいよ。やっと見つけた時には、赤ん坊はすっかり冷え切っていて、しかも、ものすごく真っ黒に汚れていたって」


 ファルにはその時の記憶がないので、すべて後になって教えてもらったことだ。だからどうしても他人事のような口調になってしまうのは致し方ない。

「赤ん坊の時から、わたしってそんな感じだったんだねえ」

「…………。手紙とかは入ってなかったのか」

「あったよ。『ファル』って名前だけが書かれた紙がね」

 それがおそらく、実の親の唯一の手がかりらしきものだったかもしれない。だがそんな紙切れは、あっという間にどこかに捨てられてしまった。残っていたとしても、ファルがそれに意味を見いだすことはなかったかもしれないが。

「……で、おまえを拾って育てたのは、どういう人物だったんだ」

「どういう人物と言われても」

 キースに訊ねられ、ファルは正直に首を捻った。

 どういう人物だと言われても、一人や二人ではない上に、ファルにも覚えがないのだから答えようがない。

 バスケットに入れられ放置されていた「汚い赤ん坊」は、次々に人の手に渡りながらたらい回しにされて、どうにかこうにか生を繋いでいた、らしい。慢性の栄養失調状態が続いていて、おまけに手荒い扱いも受けていたようである。その時の傷は残っていても、記憶がないので定かではない。自分にとって幸いだったと思っている。

 とにかく、四歳か五歳か、一応自我のようなものが芽生えてきた頃には、ファルは低層地区のどこかの家の世話になり、そこの赤ん坊の面倒を見ていた。抱っこをしたりおんぶをしたりしてあやそうにも、なにしろ自分もまだ小さいし、手足も棒切れみたいで力もなかったので、非常に大変だった。


 ──そういえばあの頃もよく殴られたっけ、と思いながら、ファルは無意識に自分の後頭部を撫ぜた。

 キースがその様子を、眉間に皺を寄せて見ていることにも気づかずに。


「赤ん坊が育ってくると、別の家に行ってそこの子の面倒を見たり。その年頃で出来ることって、子守りくらいしかなかったんだよね。でも、そうこうしているうちに、あれこれと問題も起きるようになってきて」

「問題、っていうと」

「わたしもその頃はよくわかっていなかったから、思ったことをそのまま口にしてたんだよ。あの子の色が薄れてきているから病気だと思う、とか。あのおじさんが『儲け話』をする時はいつも色がドロドロしてる、とか」

「…………」

 その結果、ファルは周囲から疎外されるようになった。

 「気味の悪い子供」と眉を顰められ、怯えられ、あるいは、さらなる暴力を浴びせられて。

 こんなのに自分の大事な子供を近寄らせるわけにはいかないと、仕事も住む場所も失った。

 それでファルは低層地区を出て、お屋敷の下働きをはじめたのだ。その時、まだ、十歳になっていなかったと思う。

 大人に混じって働いているうち知恵もついてきて、余計なことは話さないに限る、という教訓を得るようになったが、それでもファルの立ち位置にさほどの変化はなかった。

「それで──ねえ、この話、まだ続けたほうがいい?」

「……いや、もういい」

 キースにそう言われて、ホッとした。どうやらキースが大事なことだと思っているようだったので話したものの、口を動かしながら、こんな面白くもない内容を晒すことになんの意義があるのかと、ずっと疑問を感じていたのだ。

「──つまり」

 さっきから難しい表情を保ったままのキースが呟く。


「おまえの出自については、まったく判らない、と」


 ファルは口を曲げた。

「だから出自も何も、ただの捨て子だってば」

「捨て子といっても、親はいたはずだろ。木の股から生まれたわけでもあるまいし」

「いっそそっちのほうが、わかりやすくてよかったかもね」

 ファルにはどうしても、キースが事を複雑に考えすぎているのではないか、という疑惑が拭いきれないのである。だからつい放り投げるような言い方になってしまう。

 そんなファルを、キースはじろりと睨んだ。

「ファル、もう少し真面目に考えろ。ユアンがなんらかの理由でおまえを狙っているんだったら、また同じことが起きるかもしれないんだぞ。それに対抗するためには、こちらも少しでも事情を知っておく必要があるんだ」

「…………」

 真剣な口調で言われ、さすがに能天気なファルも言葉に詰まらざるを得ない。

 また同じこと。


 また、天界から誰かが堕とされるかもしれない──と、キースは言っているのだ。


「でも……」

 ファルは気まずく口ごもった。

 もしもまたあんなことがあったら、それは確かに重大な問題だとは思う。イーセンが辿った悲惨な結末が、また繰り返されるようなことがあってはならないとも思う。

 それになにより、もう一度キースがキースでなくなる恐怖を味わうのはイヤだ。

 ……でも、真面目に考えるといっても、何をどう考えたらいいのだろう。

 これまでずっと、「考えても判らないことは、考えない」という主義信条でやって来たファルにとっては、どこからどう手をつけていいのかも、さっぱり判らない。

 イーセンはあの時、なんて言ったっけ?

「わたしが、イーセンを天界に戻す方法を知ってる、って言ってたね」

 なんとか頑張って頭をひねくり回し、思い出しながら言葉を出すと、キースは冷静に訂正した。

「いや、正しくは、おまえがイーセンを天界に戻してくれる、と言ったんだ」

「同じことじゃない?」

「同じかもしれないが、違うかもしれない。ユアンがあいつに与えた『仕事』っていうのは、おそらく地界に行っておまえを取り戻せ、という内容だっただろう。普通に考えて、地界から天界に戻る方法なんて、あるはずがない。そんなことが出来るんだったら、罪人を追放する、という罰に意味がなくなるからな。でも、ユアンはそれがおまえには出来ると考えた。だから嫌がるイーセンを強引に地界に堕としたんだ。そこにどんな理由があるのか……」

 キースは虚空にじっと視線を据えている。ファルも同じ場所を見つめてみたが、もちろんそこに解答が浮かんでいるはずもない。


 地界から、天界に誰かを戻すこと。


 いくら考えたところで、ファルにはそんなことが可能であるとはまったく思えなかった。

 以前キースが言っていたように、天界の礎を築いたという始祖がもともと地界の人間であったなら、この場所から雲の上のあの場所まで行ける方法は、もしかしたら存在しているのかもしれない。

 しかしそれが、ファルに出来るのかと問われれば、そんなわけないと思うしかないではないか。

 もしも、ファルにそんなことが出来たなら──

「…………」

 思考が別方向に逸れた。というより、ずっと頭の隅に引っかかり続けていたことが、むくむくと大きくなった。考えても判らない目前の謎よりも、ファルにとってはそちらのほうがよほど重要なことであったのだ。

 唇を引き結び、少し考えてから、「キース」と呼びかける。

 自分の思考に沈んでいたキースが、我に返ったようにこちらに顔を向けた。

「なんだ?」

「今は無理だけど、もしもいつか本当に、わたしにそんなことが出来たら」

「うん」

 ファルの目線がやや下に向かう。

「その時は、キースを真っ先に、天界に戻してあげるからね」

「…………」

 その言葉に、キースは無言になって、まじまじとファルを見返した。

 しばらくの間、暗闇を沈黙が支配する。じじ、と炎の揺れる音だけが耳を打った。

 やがて、キースは深く大きなため息をつくと、

「──おれは、戻らない」

 ときっぱり言った。



          ***



 ファルは目を瞬いた。

「え……だ、だって」

「戻れない、戻る場所がない、と言ってるんじゃなくて、戻らない、と言ってるんだ。よく聞いておけ」

 念を押すように言われて、ますます混乱する。

 いつか訊ねた時には、キースは明らかに動揺していたはずだ。彼の周りの色が自信なさげに揺らめくのも、ファルは確かに見た。

 それが今、こんな風に正面切って明言されるとは、思ってもいなかった。

 天界には戻らない──と。


 一体、何が彼をここまで変えたのだろう。


「だって、キース、天界に戻りたいんでしょ?」

「『戻りたいか』という問いも含めて、おまえがそれを言うのは三度目だが、おれが一度でもそれを肯定したことがあるか」

「こ、言葉にはしなくても」

「言葉ではなくて何を判断の根拠にしたのか詳細に説明してみろ。大体、『色』なんていう曖昧かつ大雑把なもので人を判別しがちで、おれの顔すら忘れていたおまえという無神経な女が、複雑な内面を理解できるほど細かな表情や態度を観察しているはずがない。いくらこのキノイの里が似たような連中ばかりで溢れているからって、思い込みで先走り過ぎだ」

「…………」

 キースは一気に言った。口が悪いのは前からだが、ここまで流れるように滑らかに罵倒されると、ファルには口を開くヒマもない。いやむしろ、開いた口が塞がらない。しかもまだ根に持っているのかと、そのしつこさに呆れてしまう。

 言いたいだけ言うと、キースは一旦口を噤んだ。

 それから再び、ふー、と大きな息を吐きだす。

「おれはな、ファル」

 今度は、さっきよりもずいぶんと穏やかな声だった。

「う、うん」

「おまえと違って、天界では親もいたし、住む場所もあった。衣食住で言えば、不足していたものはない。そういう意味では、おまえよりもずっと恵まれていたんだろう。だけど、いつも一人だったという点では、おまえとそれほど変わりない。おれは、ずっと」

「ずっと?」

「……ずっと、生きることの意味が、判らなかった」

 そしてキースは、彼が天界にいた頃──ユアンの許で何をしていたのかということを、訥々と話し出した。




 ユアンを次代の天帝とするために、キースがライリー家の「影」として、どんなことをしていたか。過酷な訓練を経て身につけた技術は、何を目的としたものであったか。

 十六の齢ではじめて人の命を奪い、それから何度同じことを繰り返してきたか。

 キースはそれらのことを、ほぼ無表情で、淡々と語った。

「…………」

 彼の口から出される壮絶な過去に、ファルは凝然と固まるしかない。

 天の一族の暗い領域を担うとは、そういう意味であったのかと、今さらながらに背中が寒くなる思いだった。

 天帝の座を巡って五家が争う、という話はまだ判る。しかしその争いの汚い部分醜い部分を、「影」と名付けた家の人々に押しつけているという点は、まったく理解できなかった。

 自らの手を血で濡らし、秘密を胸に押し込め、人の人たるものを失っていくことに、なんとも思わないでいられる人間なんて、いるはずがない。

 天の一族は、常に彼らの背後にある「影」の存在を知っていながら、なおかつ自分たちは、眩しく輝く光であると信じているのだろうか。

 一点の汚れもなく、美しく清浄であると。

 それはまるで天界の景色と同じだ。いくら白一色で綺麗に整えられ、燦々と陽の光を浴びていても、一段低い場所にはちゃんと薄暗く光の射さない場所がある。決して切り離すことなど出来ない。どれだけ見ないフリをしようとも、それらをすべて合わせてひとつの世界が成り立つというのに。

「影の家に生まれた人間は、『最も自分が憎む相手』との婚姻しか認められないんだそうだ。おれの父親も母親も、互いを憎み合っていたんだろう。その間に生まれたおれも、当然のように憎悪の対象にしかならなかっただろうから、二人から見向きもされなかった」

 そんな内容を話しているとは思えないほど、キースの口調は穏やかだった。

 もう気持ちの整理がついているというよりは、それはすでに彼の中で、針で引っ掻くほどの乱れも生じさせないくらいの扱いになってしまっているのだろう。

「使用人はいたから、生活に不便はなかったがな」

「…………」

 付け加えられたその言葉に、なんの救いもないことを、ファルは知っている。

 ライリー家を主家とする使用人たちが、アストン屋敷において当主であったキースにどんな態度をとっていたか、この目で見ていたのだから。


 ──あそこはまるで、氷の牢獄のような場所だったよね。


「親は親という立場を放棄していたし、使用人は必要最小限以外はおれを避けていたし、友達なんてものもいない。子供の頃から、おれが唯一心を許せる相手は、ユアンだけだった」

 たった一人、自分に笑顔を向けてくれる人。

 それが、ユアンだったのだという。

「生まれながらの、自分のあるじだ。おれにとっては、二重の意味でかけがえのない相手だった。おれはユアンに忠誠を尽くそうと決めていた。……それがたとえ、歪んだ性質の持ち主であろうと」

 ほんのわずか、キースの口角が上がった。可笑しくて笑っているわけではないらしい。

「天の一族はそれぞれ娘を天帝に妻として差し出す。その結果生まれた子供の誰かが次の天帝になるわけだ。そんなことを百年も二百年も繰り返すってのはつまり、同じような血と血がぐるぐると廻るようにかけ合わされる、ってことさ。近親婚を重ねた果てに、強く濃くなった血が、常人からは外れた異端児を生み出すことも少なくない。……ユアンは、たぶん、それだった」

 ファルは思わず息を呑んだが、キースの表情は変わらない。

 ただ、ほんのわずか、碧の瞳に影が差しているだけだ。


「──狂人か(・・・)異常者(・・・)。ユアンは、そのどちらかだ」

 あくまでも凪いだように静かな声で、キースは自分のあるじであった人物のことを、そう言った。


 ユアンの周囲を覆っていた、底知れないほどに深い闇色をファルは思い出した。

 あの真っ黒な色──じゃあ、あれは。

「それに気づいていたのは、おれだけだっただろう。ユアンは自分が人とは違うことを自覚して、他人の前では巧妙に隠し続けていたからな。おれがそのことに気づいていたからユアンはおれに執着していたのか、それとも逆だったのかは、判らない。──だけど、おれは」

 ここではじめて、キースの視線がふらりと揺れた。

「おれは、それでも、よかったんだ」

 ぽつりと呟くように言葉を落とす。

「狂人だろうが、異常者だろうが、どっちでもよかった。優しさも慈悲も良心も一切持たないユアンが天帝となった後、天界がどうなっていくのかも、正直、どうでもよかった」

 キースにとって、大事なのは天界の将来ではなく、あくまでもユアンの意志、それだけだったのだと。

「……どんな理由であれ、おれの命を必要としてくれる人間は、ユアンだけだったからな」

 声にも口調にも変化はないのに、その言葉はひどく哀しい響きを伴っているように聞こえた。



 きっとさ、人っていうのはみんな、誰かに必要とされたいものなんだ。

 誰かに、お前が必要だと思ってもらうことで、やっと、安心するんだ。

 ……ここで生きていてもいいってことを、許してもらえるような気がするんだろうなあ。



 デンのあの言葉は、確かに真理であったのだ。

 自分の命を惜しんでくれる人が一人でもいるのなら、その人のために生きていたいと思う気持ちは、ファルにも痛いほどよく判る。

 わかる。わかるよ、キース。

 ……わたしも、そう思った。

「ユアンがおれの生の存続を望むうちは、生きていようと思ってた。生きて、ユアンのために働こうと……でも」

 でも、と続けて、キースが下を向く。

「でもやっぱり、少しずつ、自分の中を何かが蝕んでいくのは止めようがなかった。ずっと、真っ黒い影に取り囲まれているような気分だった。前を向いても何も見えない。後ろを向けば屍ばかりが積み重なってる。時々、息をするのも億劫になることがあった」


 闇の中、ひそかにもがいて、苦しんで。

 本当は。

 ──もう終わらせたいと、ずっと願っていた。

 キースは小さく呟くように言った。


「おれはきっともう、限界だったんだ。ユアンへの忠誠心だけで自分の生命を持続させるのが、難しくなりつつあった。こんな人間は、影として失格だ。ユアンもおそらく、それが判っていたんだろう。……だからおまえという存在が現れた時、ユアンは喜んだんだと思う。これで正真正銘の影になれると、そう言っていた」

「あの……さっきからそのあたりの理屈が、よくわからないんだけど」

 ファルの控えめなその質問を、キースはまたしても無視した。なんなの、とちょっと憮然とする。

「ファル」

 いきなり名前を呼ばれて、頬を膨らましかけていたファルは慌てて姿勢を正した。いつの間にかキースは顔を上げ、まっすぐこちらを向いている。

「おれは、よく判った」

「うん?」

 なにが?

「ユアンが言っていたことは正しい。でもおれはもう、あんな思いは御免だ」

「う……うん?」

 あんな思いって、なに?

「おれはもう影にならなくてもいい。いや、なりたくない(・・・・・・)んだ。だから天界には戻らない」

「…………」

 今ひとつ、話の流れが掴めない。ファルの頭が悪いのがいけないのか。

 どう答えていいものか迷っていると、キースが不意に、ファルの手を取った。

 ぎゅっと握られ、心臓が飛び跳ねる。キースが「必要な時」以外、こんな風に身体的接触をしてきたことはない。

「ファル」

「は、はい」

 もう一度名を呼ばれ、どぎまぎしながら返事をする。キースの無表情に近い真顔はよく見るものなのに、なぜか正視できない。どういうわけか、握られた手だけでなく、頬までも熱を持ったように火照りだした。


「キノイの里を出よう」


「え」

 唐突なその言葉に、ファルはぽかんとした。

「里を出るって……」

 キノイの里を出る? 出て、それでどうしようというのだろう。天界に戻るつもりがないのなら、自分たちには他に行く当てなどない。

「キノイの里も、『ここ』も出て、東の大陸に渡ろう」

「ひ、東の? でも」

「東の大陸に渡って」

 目を丸くしたままのファルには構わず、キースは真面目な表情で続けた。


「……二人で生きていける場所を見つけよう」





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