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色々  作者: 千里三月記
9/19

異世界転生2

◆◆◆


 

 手を見る。

 人間の手。

 そうだ。これは自分の手。

 しっかりとした形こそが世界と私を区別する。

 コレよりこっちがわたしで、むこうが世界だ。

 創造主はとっくの昔に旅立って、時間だけが残された。

 ともすれば自分を見失って、茫漠としたなかに溶けてしまいそうになる。

 周りを光の速さで無数の言葉が飛び交っていた。

 

≪誰かとおはなししたい≫


 そう呟いてみる。このままでは言葉に引っ張られてわたしはバラバラにされてしまう。


 眼には何も映らない。

 手を伸ばすが、動かせそうなものはここにはない。

 虚空に浮かぶ自分の足を掴んで丸くなる。

 確かな触感。自分の形だけがリアルだ。

 微かに聞こえる虫の羽音のような亡者たちの囁きには、決して決して耳を貸してはいけない。


 泣きたくなった。

 なぜ感情なんて与えたんだ。

 誰が見ているわけでもないが、膝の間に顔を埋める。

 このまま、また寝てしまおう。


 いや、待って。何かが誰かが上に上がってくる。


――何だ?


――ここはどこ?


――僕は一体?


――死んだっ? いやだいやだいやだいやだ



≪男の子だっ!!!≫




 待ち望んでいた他者。話し相手。全速力でそちらに向かう。

 

 浮かび上がってきた少年はしかし、凄い勢いで流されていく。その先に大きな光が開いていた。


≪待って。行かないで≫


 必死の思いで追いついて、その手を掴む。


その瞬間、彼女も光に落ちていた。



◆◆◆



 太陽は毎日変わりなく照りつける。成層圏近くを飛ぶドラゴンたちも、眩しそうに目を細めている。

夏の強い日差しはしかし、今日は地面まで届くことは無かった。分厚く発達した雨雲がその光を遮っていたためである。

 横殴りに吹き付ける風。樹齢千年はありそうな巨木が傾ぎ、めきめきと悲しげな悲鳴を上げる。

吹き荒れる風と雨に、普段は姦しく森を彩る鳥たちもこの日ばかりは声を潜めて物陰に隠れていた。



 グエーーっ


と叫び声を上げながら逃げる。急な斜面を木々の間を縫いながら走った。追ってくるのはボエーが三羽。普段ならば相手にしない雑魚である。

 彼の種族は肉食恐鳥ディアトリマ。この辺りでは最強。最速。生態系の頂点だ。いつも草ばっかり食んでいるボエーなど敵ではない―――上に奴らが乗って無ければ。


 ボエーの上に乗った生き物たちが、鋭く尖った棒を飛ばしてくる。それを華麗なサイドステップでかわす。顔の左右に付いた目は、ほぼ三六〇度の視界を彼に与えた。後ろからでも不意を突かれることは無い。

 走っていると、急に視界が広がった。邪魔な木立ちを抜けたようだ。目の前には昨日からの大雨で濁流と化した川が奔っていた。

 強靭な脚力で一足飛びに飛び越える。見事に向こう岸へと着地した。


――どうだっ!!


 わざわざ向き直って確認する。と、横っ腹に強い衝撃。油断した。ボエーの上に乗った生き物が射出した棒が突き刺さっていた。飛び道具があることを忘れていた。彼は三歩歩けば忘れるほどバカではない。ただ今日は、ちょっと走りすぎたのだ。

ボエー達が川を流れる倒木を利用して、器用に跳び移りながら渡ってくる。彼よりもふた回りは大きな身体。普段は急な流れを渡るだけの知能も、勇気もない連中。ここまで追い詰められたのは、おそらく背中に乗った猿どものせいだろう。


――傷は浅い。まだ走れる。だけれども、ここで渡ってきた奴から順番に、各個撃破した方がいいのではないか?


彼は頭の良い鳥だ。それくらいの判断は出来た。強靭な足を撓めて、跳びかかる準備をする。ひとっ跳びで10mは跳躍できる。そのままギリギリとエネルギーを溜めた。

 最初のボエーが川を渡ってきた。同時にエネルギーを解放、宙を舞う。そのとき、意外なことが起こる。


 川の流れが五倍ほどに膨れ上がった。昨日からの豪雨で緩んだ地盤が流れ込んだ大量の雨水によって流動化し、地滑りへ。それが急な斜面の位置エネルギーを運動エネルギーに変換して奔流となり、すべてを薙ぎ倒す山の津波、土石流と化したのだった。


 鳥である彼はそんな難しいことは理解できない。分かったことは、追ってきたボエー達が突如としてやってきた土砂の奔流に押し流されていったこと。そしてこのまま着地したら濁流にのみ込まれて自分が死んでしまうということだ。

必死に退化して小さくなった翼を羽ばたかせる。強風の影響もあってか、多少ゆっくりと落下していくような気がする。この絶体絶命の危機に、彼は幸運を掴み取った。

 流れてきた物体の上に着地する。激流に浮かぶ銀色の箱。首を傾げて考える。


――はて、今まで自分は何から逃げていたんだっけ?


その疑問も、高速で後ろへと流れて行く景色を眺めているうちに忘れてしまった。


 巨鳥を乗せた銀色の箱は、猛烈な勢いで流されていく。しかし、諸行は無常である。猛り狂っていた流れは次第に勢いを失っていった。


日が沈み、夜が来た。遂に箱が止まるときが来た。


ガツン、


と大きな岩にぶつかって、金属の箱が急停止した。うつらうつらと眠りかけていた鳥は、反応できずに前に投げ出される。不運なことに、そこは崖の端だった。巨鳥は断末魔の悲鳴を上げて崖の下へと落下していく。

 

◆◆◆



「うわあああああああああああああっ」




叫び声を上げて少年はヘッドセットを外す。床を蹴って椅子から立ち上がろうとしたところで顔面を強打した。


「ブあっ!」


――宙に浮いてる!?


床が無かった。

足をバタバタ動かしてみる。


床は無いが壁がある。背中にひんやり冷たい感触。強い力で身体が押し付けられていた。


「うあ!?」


またパニックになって声を上げてしまいそうになったところで気が付いた。


――寝かされている?


壁では無くて床だった。押さえつけている力は重力。ぶつかったのは寝かされている箱の蓋だ。


 状況を認識した後、またパニックになる。要するに現在自分は閉じ込められているらしい。

生きたまま棺桶に入れられて埋葬された男の映画を見たことがある。あれはどうやって逃げたんだっけか?


――そうだ、携帯電話だ携帯電話。あれで外と連絡を取って―――


ポケットを探るが何にもない。というよりポケット自体が無かった。


――なんで? なんでっ?


確かに自分は携帯電話をズボンのポケットにいれたはずだ。身体を見るが、真っ暗で何も見えない。携帯電話があれば液晶の光で見えるのに


そのまま手をグーにして、棺桶のふたを叩く、叩く。僕はまだ死んでない。

篭った熱気に、額から汗が流れてきたときに気が付いた。もし上が土だったら?


空いた穴から土が入って来てジ・エンドだ。落ち着け、落ち着け自分。映画では他に何をしていた?


――そうだ、ライター、ライター


未成年の少年は元からライターなんて持ち歩いてはいない。


――冷静に、冷静に。熱くなるな。状況を把握しろ。

 そう思考を巡らす僕は、まるでマンガの主人公のようだ。

 空気の消費を抑えるために、荒くなった呼吸を整える。

 深呼吸を三回ほど繰り返したら、少し心に余裕が出来た。


暗くて視覚が役に立たない。

聴覚は? 機械音が聞こえる。 ぶうぅん、と何かが駆動している。


嗅覚は? サッパリ分からん。


じゃあ触覚。


 両足の裏に触れるモノが無いことと、背中に感じる自分の体重から考えて、自分が現在仰向けに寝た体勢なのは間違いない。では、まわりはどうなっている?


 両手を伸ばして周囲を探る。頭の横にはヘッドセット。仮想現実に行っていたことは間違いない。そして戻ってきた。その間に椅子に座った状態から仰向けに寝かされたらしい。


でも、誰が?

何のために?


考えても仕方がない。また自分の運命を呪って叫びたくなるのを抑えて手を上に伸ばす。


――うん、フタがしてあるね。


ぺたぺたと触る。どこにも隙間はなかった。

下半身の方はどうかと膝を立ててみる。


――痛いっ


がつんと膝がぶつかった。下半身側の方が床からフタまでのスペースが狭いらしい。横にも特に特筆すべき突起物は無かった。感触は金属。つまり僕は金属製の棺桶の中にいる。


「たすけて~」

「だれか~」

「いませんか~」

「お~い」

「お願いします、あけてくださいっ」

「ど゛う゛し゛て゛な゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛」


みっともなく声を上げる。棺桶の中の酸素が足りなくなる? 知ったことか。ここで助けが来ないことには、僕の人生はここまでだ。


二、三十分は叫んでいただろうか。突然映画の結末を思い出した。

ばっどえんど

ばっどえんど

ばっどえんど

ばっどえんど


「ちくしょうッ!!!!」


神に呪いの言葉を吐いて天井を思いっきり殴った。と同時に照明が点った。


「え?」


無機質な鉄の棺桶だと思っていたソレは、意外とハイテクだったらしい。黒く塗られた金属製の表面に、赤や紫に光る線が網の目のように走っていく。緩やかに明滅するそれらは心臓の鼓動を連想させ、まるで生き物の腹の中にいるような気分になった。


バシュッ


と空気を排出する音がして、フタがゆっくりと開いていった。箱とフタの隙間から、横に人が立っているのが分かった。おまえ、良くもやってくれたな。許さない許さない許さない許さない。


 上半身を起こすだけのスペースが出来たと同時に行動に移す。起き上がりざまにソイツの両肩を突き飛ばした。ホントは殴りかかるつもりだったが、生まれてから一度もケンカらしきものをしたことが無かったのでそうなった。


「きゃっ!?」


可愛い声をあげて飛んでった。意外と軽い。


立ち上がってそっちを見たら、大きな灰色の眼がこっちを見ていた。


「うわごめんっ!!」


慌てて謝る。

視線の先にいたのは女の子。少年が突き飛ばしたせいでしりもちをついていた。


どんっ


と衝撃。

今度は少年が吹き飛ばされた。後頭部を強打する。そのまま棺桶の中に逆戻りだ。女の子が少年の上でマウント・ポジションをとっていたことだけがさっきと違っていた。


「良かった、触れる。夢じゃない、夢じゃないよねえ」


泣きながら聞かれる。胸の上にぽたぽたと水滴が落ちる。しかし、少年はそれどころじゃなかった。



押し倒されて見上げた夜空。闇夜に浮かぶ、ぽっかりと空いた覗き穴。

見慣れた月の真横には、真円を描いた真っ蒼なもうひとつの月が浮かんでいた。



◆◆◆




「って、ええっ!? 月が二つ? ここはっ!?」

「うきゃっ!?」


周囲を確認するために起き上がる。上に乗っていた少女が倒れて、棺桶の縁に頭をぶつけた。


「ううううううう……あれ? いたくない」


知ったことか。

辺りを見回す。


 鬱蒼と茂った森の中を、月明かりに照らされた巨大な川が、蛇行するように這っている。

川にはいくつか小さな船が浮かんでいて、その周囲では焚き火でもしているのか、煙が上がっているところもあった。

動物番組でよく見るアマゾンに似ている。その光景は美しいが、少なくとも日本の景色で無いことは確かだ。


 現在いる場所は切り立った崖になっていて、辺りの景色を一望できた。そして後ろを振り向くと――


――人?


どうやら山の中腹だったらしい。元は絶壁が聳え立っていたであろうソコは、地滑りでもあったのか、山の上の方から土がなだらかな傾斜を描いて堆積し、上へと続く道になっていた。

そこから生えている一本の手。


棺桶を降りて手の方へ向かう。

流されてきて間もないんだろう。土は柔らかく、踏み出した足の、足首までが沈んでいった。

何故か裸足だった。服装も、病院の入院患者のような簡素な白い服を着せられていた。


棺桶も地滑りに巻き込まれて上から流れて来たものらしい。崖の端のところで止まっていた。


「けっこう危ないところだったんだな……」


もう少し勢いが強かったら、棺桶ごと崖下へダイブしているところだった。目覚める間もなく土葬されていたことだろう。崖から先、遥か遠くまで広がる森を背景に、月明かりに照らされて青白く浮かび上がる棺桶は、どこか現実感が無かった。


 土の下から伸びた手は、助けを求めるように虚空を掴んでいる。よく日焼けした褐色の肌。触ってみると冷たかった。死んでいるのだろう。掘り出すべきか、せざるべきか。

勇気を出して掘ってみた。このままでは何も分からない。そして、何もしないでいると気が狂ってしまいそうだったから。


一心不乱に掘った。次第に露わになる身体。なんとか頭部まで掘りだせた。

男の人だ。中東らへんにいそうな彫りの深い顔立ち。月明かりに照らされる苦悶の表情。末期の際は苦しかったのか。

 不思議と怖くは無かった。月の光を受けて青白く輝くそれは、むしろ厳かで、なにか尊い美しさのようなものが感じられた。


「目が赤い……」


そして、耳が尖っていた。

これは知っている。エルフ耳ってやつだ。するとこの人はエルフ? ここは異世界?


――本当に来てしまったというのか。別の世界は存在したらしい。あんな実験するんじゃなかった……



「~~~ーさま?  ローさま   ユタローさまッ!!!」



ビクッとした。ずっと話しかけてきていたらしい。少女が肩を揺すってきた。


「ユタローさま、おはようございます。そしてありがとうございます。ソーニャは身体が持ててうれしいですっ」


ニッコリ笑って意味不明なことを言う。それより気になったのは


「おい、いま僕の名前をなんて言った!?」

「うぇ? ……えっと、ユタローさま。ツカヤマ・ユタロー様です。レベルは62、職業は魔術師」


――するとここは異世界では無い。まだゲームの中だっ!!


手の平を虚空に向けて言う。


「メニュー」


何も起こらない。


「メニューっ」

 

何も起こらない。


「ログアウトっ!!」


最後の希望を託して言ってみる。やっぱり何も起こらなかった。少女は首を傾げてこっちを見ていた。


「おい、おまえ、何をした。ここはどこだ。ゲームの中かっ? それとも現実? お前は何者だっ」


両肩を掴んで前後に揺する。少女の顔に、怯えが走る。


「ソーニャっ、ソーニャと言いますっ。マスターがっ……待ってても帰ってこなくて ――それで、寂しくなって、泣きそうになったときにっ…あなたが浮かんできて……それで……あとを付いてきたら」


俯いて泣きだした。悪いことをしてしまった気持ちになる。


「な、なんで僕の名前を知っているんだい?」


 ソーニャと名乗った少女と目線の位置を合わせて聞いてみる。涙を溜めた目で上目づかいに覗きこまれた。この子は白人系のようだ。腰まで伸びた金色の髪。冬の寒空のような灰色の眼。


管理者(ホスト)に訊きました。すぐにここに弾き出されたので分かったことはそれだけです」


次の質問をしようとしたときに、不意に後ろから足音がした。


「ユタローさ―――んんん!???」


少女の口を塞いで物陰に隠れる。


航空機が墜落したときに真っ先に生存者が注意するべきは、死体の臭いを嗅ぎつけてやってきた肉食動物達だとTVで見たことがある。死んだら元の世界に戻れるのかもしれないが、そんな方法で確かめたくは無かった。


「यह यहाँ के आसपास होना चाहिए」


「और अधिक ठोस के लिए देखोッ!!」


何と言っているのかさっぱり分からない。歩いてきたのは人間だった。確認出来るだけで二人。声からして男だろう。金属製の胸プレートに、おそらくなめし革製の茶色い鎧。鼻筋まで隠れるT字型の金型の付いた兜を被っているため、どんな顔かは分からない。





――この先、ガケじゃん


少年はそのままこの日、三度目となる絶叫を上げて落ちて行った。



◆◆◆




「ゴメンナサイ」


長い睫毛をしぱたかせながら言われる。

俯きながら戸惑い気味の口調。ああ、もう、可愛いなあ。


「あなたのことよく知らないし……」


振られてしまった。ショックだったが分かっていたことだ。生まれて初めて好きになった人だった。死のうとかは思わない。どうせ時間が経てば忘れて、他の人を好きになるんだ。他人事のように思う。


 自分としては勇気を出したつもりでの告白だったが、現在考えてみると、他人事のように思えてしまったのは告白自体に予防線を張っていたからではないだろうか? 


「あなたのことよく知らないし……」


結局、彼女のこの答えが聞きたかったのだ。もちろん、自分のことを知ってもらえたら好きになって貰えた、なんて言うつもりはない。

 僕のルックスは標準以下だった。

 ひどく強い癖毛のせいで、アフロのような天然パーマ。

 身長も低くて、体育の時間に背の順に並ぶと一番前で腰に両手を当ててふんぞり返る王様のような体勢をとる羽目になる。

 じゃあ性格が良いかというと、これは自分で判断できることではないと思うんだけど……僕は友達が少なかった。別に嫌われていたわけではないけど。少なくとも女子から見て魅力的な性格だったとは思えない。


 そんな男が、卒業式で別々の中学に上がるという際に碌に話したことも無いクラスメイトの女子に告白したのだ。上手くいくわけがないではないか。


 その“上手くいかない”理由があったから、“告白した”実績を作ったから、僕は簡単にあきらめられた。小学校を卒業してから一年半、特に思い出すことも無かった。でも、やっぱり後悔していたのではないだろうか。だってこんな夢を見ているんだから――




――彼女ならいま、僕の隣で裸で寝てるよ。


 何故かランドセルを背負っている。彼女は当時のままのルックスだ。二歳年下の小学生に添い寝されてドキドキしている僕はロリコンなんだろうか? 

伸ばした左手の上に頭が乗ってる。ウデマクラってヤツだ。気になるけども、そっちを見ることは出来ない。ずっと頬にキスされていた。


見れないのになんで顔が分かるかって?


簡単だ。天井が鏡張りになっていた。ゆっくり回転しているピンクの丸いベッド。きっとラブホテルってやつの部屋の中に違いない。何度も何度もキスされる。


その唇は、


硬くて、

鋭くて、

尖っていて、


――あれっ?


少年、後藤由太郎はゆっくりと目を開いた。頭上を覆っていた雲は去り、抜けるような青空が広がっている。久々に覗いた太陽光が目に痛い。少年は短く叫んで立ち上がる。


「うわっ!!」


首を傾げて不思議そうにまばたきをする。下から上に閉じるまぶたが気持ち悪い。


――チョ○ボ?


咄嗟に思い付いたのは、20世紀から続く名作RPGに出てくるあのマスコットキャラ。それに似ていると言えば似ている。


目の前に立っていた生き物は、頭の高さは由太郎と同じくらい。二本足で立っていた。ダチョウよりは首が短く、だけどその分頭がでかい。左右に付いたつぶらな瞳で由太郎のことを見つめていた。


「グエ~~~」


ばさばさと翼を揺らす。巨体の割には小さくて、とても空を飛べるとは思えない。目の前にいたのは、あのマスコットによく似た、巨大な一羽の鳥だった。


――黒チョ○ボとか赤チョ○ボとか色々種類はあるけれど、こいつは多分、悪チョ○ボだな。


由太郎は思った。

この巨大な鳥はゲームの中の愛らしい姿とは異なり、鋭い目付きにまだら模様の汚れた羽毛、地面にしっかと突き立てられた鋭利な爪の様子を見ても、とても人間の味方をしてくれるとは思えない。

その巨鳥が再び太く尖ったくちばしを開いた。


「ぐええええええええええええ」


潰されるヒキガエルのような声。バッサバッサと羽ばたいている。


――ひょっとして、威嚇されてる?


小さいときにテレビで見たことがある。ダチョウによく似た鳥でヒクイドリってやつがいるけど、外国のTVレポーターがそいつの横で中継していると、突然蹴られてカメラからフレーム・アウトした。


――たしか発情期で気が立っていたからだ。


すごく気性が荒くて、動くモノすべてに蹴りをかます習性があるとか言っていたような気が……


 人間並みに大きい頭と、ダチョウなんて較べものにならない太いくちばし。食べようと思ったら、人間なんて頭からバリバリ食べてしまえるだろう。生命の危険を感じた由太郎は、後ろを向いて逃げ出した。


――ああ、野生動物と森で遭遇したら、決して眼を反らしたらいけなかったんだっけ。


 熊にあったときはそうするらしい。思い出したときには遅かった。襟元をくちばしで咥えられ、力任せに振り回される。ぐるんぐるん切り替わる視界。青空が見えたと思ったら、次の瞬間には木の根の這った茶色い地面が見えてくる。


――うわあああ、死んじゃう。死んじゃう。


突然思い出した。先週の「動物惑星」で見た海鳥の狩りのシーン。硬い岩に叩きつけて堅い甲殻に覆われたカニの身体を砕く姿。由太郎は小学生のときから変わらず「発見チャンネル」を視聴していた。


 しかし、鳥は由太郎を食べるつもりは無かったらしい。何度か振って勢いを付けると、おもむろに後ろに放り投げて由太郎をその背に乗せた。


由太郎の成長しきっていない身体は、その鳥の上にストン、と収まる。サイズ的にもぴったりだった。

恐怖に目を閉じていた由太郎が、おそるおそると目を開ける。目の前に在るのは大きな鳥のうなじ部分。

鳥が前を向いたまま、左右に付いた眼球の、黒目部分を後ろに向けて確認する。


「ぐわっ、ぐわっ」


自分の望んだ通りになったのか、羽を動かして喜びを表現した。


――獣臭い。


 例えて言うなら虫カゴいっぱいのカブトムシの臭い。雨に濡れた野良犬の臭い。由太郎は耐えきれずに鼻をつまんだ。


――なんだコイツ? 


他の動物を背に乗せたがる習性のある動物など聞いたことが無い。クジラが溺れかけた人間を押して海面まで浮上させる話――あれは自分の子供だと誤認するからだったっけか……とにかく、そんな動物なんて知らなかった。


 ひとしきりグエグエ鳴いていたかと思ったら、悪チョ○ボは突然走りだした。






 

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