山から降りたら
1
昨日徹夜で穴を掘った。
現在その中でガタガタ震えている。
「装填っ」
隣から回ってきた伝言を次の奴に回してから、ソルベはボウガンに矢をつがえた。
――チクショウ、なんでこんなことになったんだ。
「構えっ」
その号令を復唱して、穴倉から顔を出す。迫りくる敵に狙いを付ける。
土煙を上げながら迫ってきたのは全身鎧に身を包んだ騎士たち。
馬を駆ってひと塊りに突撃してくるさまは、まさに圧巻。恐怖と同時に畏敬の念すら感じる。
たとえ彼らに討たれたとしても、自分の中では納得できるものがある。
――俺は、騎士になりたかったんだ。
「撃てえっ」
指揮官の合図に、反射的に引き金を引く。
機械仕掛けの弓から放たれた矢は、易々と騎士の鎧を貫いた。
先頭の騎士たちが落馬する。後ろの騎士たちはまだまだ元気だが、転がった奴らが邪魔で勢いを削がれる。
――いまだっ!!
腰に下げた剣を抜いて穴から飛びだそうとしたところを、周りの兵隊に抑えられる。
――ちくしょう、俺に剣を使わせやがれ。
障害を乗り越えて突撃を再開しようとした騎士たちが、突然横殴りに吹き飛んでいった。
クソ忌々しい魔法使いの連中の爆撃だ。爆発と同時に拡散した空気が、空白地帯を埋めようと爆心地に再流入していく。さっきまで緑の平原だった場所が、見渡す限りの焼け野原だ。
騎士たちの死体はぐしゃぐしゃで、原形を留めてはいなかった。
敵陣の方角からピンク色の煙が上がる。回り込んだ遊撃隊が敵の弓兵を壊滅させたという合図だ。
「全員穴から出ろ。残敵掃討しつつ、前へっ!!」
穴から這い出て、ボウガンから地面に置きっ放していた槍に持ち替える。
横一列に並んで、倒れた敵に槍の切っ先を突きこみながら進んでいった。
「なあ、結局俺達って、何のためにここにいるんだ?」
隣の奴に訊いてみる。結局やったことといったら穴を掘って、その中に隠れて、合図と一緒に頭を出して一発矢を放っただけだ。それで?戦い終わり?
「バカ言うなよ、ソルベ。お国のために戦ってんだろ? 連戦連勝、魔術師さまさまってね」
いつからお前ら愛国者になっちまったんだ? 昔は領主が誰に変わろうがその名前すら興味持たなかったて言うのに。
手近な死体に槍を突きこんだとき、ぐッと微かに死体が呻いた。立派な鎧。生前はさぞかし立派な騎士さまだったんだろう。 もう一度槍を突き刺した。今度は何の反応もない。念のために二、三度グリグリ捻っておく。可哀そうだが、これ以上生きていても、こんなにねじくれ折れ曲がった身体じゃそう長くは持たないだろう。ひと思いに殺してやるのが優しさってやつだ。
「ああ、もう諦めどきってやつかな」
天を拝んでそう呟いた。
地上は地獄絵図でも、天は雲ひとつない青空だ。神様は俺たちに関心が無いようだ。
――結局、農民の子は農民なんだな。
ソルベは分をわきまえて、一兵卒に徹することにした。
2
ソルベは少年のとき、英雄“騎士エルガー”に憧れた。
なるために剣を振った。
いや、農民の子であるソルベは剣を買えなかったので、代わりに木の枝を振るった。
“騎士エルガー”は伝説の騎士である。
伝説であるからには敵も伝説級である。
獅子の首に熊の胴体、尻尾は蛇の怪物シャドル。
霊峰ドゥルーをひとまたぎに出来るほどの多足の巨人ザトー。
上半身は美女、下半身はクモで、睨んだ相手を石にしてしまう妖女エイダラ。
伝説の魔王ゾロアスを倒すためにシビル海を渡ったときに出会った大ダコ、オクトバなどなど。
いずれも剣を片手に単身で。
あるいは槍に持ち替えて。
ときには仲間と協力し合うこともあったが、止めを刺すのは必ずエルガーの聖剣だった。
そう、剣なのだ。剣こそが主役なのだ。
戦場では槍と弓矢が幅を利かせていたが、伝説に名を残す槍の遣い手は何人? 弓の名手は?
当時の戦場の主役は騎兵だった。長大なランスを片手に突撃をする。
しかし、ソルベには馬が無い。試しに牛に乗って丸太を持ってみたが、何かが違った。
結果、ソルベは剣にのめり込んだ。
最初はチャンバラに付き合ってくれていた友人たちも、現実と向き合って親と一緒に作業を手伝いに、女の子を追いかける方が楽しくなり、一人、また一人と抜けていった。
ソルベは一人で、師もなく、相手もなく、ただひたすら棒を振るった。
最初は小さな小枝だった物が、もはやひと抱えはある木の幹となった。
もはや剣の素振りとは呼べない異形の鍛錬。
幹を抱えてお辞儀をするようにひたすらに振る。
ばっさばっさと木の先に付いた葉が揺れる。それを葉が全部落ちるまで休みなしでやる。
何本目の木をダメにしたときだろう。
村を追い出された。
――まあ、当然だな。
働かない者を養うだけの余裕は村にはない。追い出されたソルベは修行の場を山に移した。
山なら木の実も小動物も沢山いて、食べ物に困ることもない。加えて熊やイノシシなど生きた敵にも事欠かない。ひたすらに修行した。
持ち得る限り最重量の丸太を抱えて、手当たり次第に木々を打つ。
驚いて出てきた獣を一匹残らず追いかけていって潰す。
やがて時は経ち、ソルベは青年といえるような歳になる。
――そろそろ戦場に行っても良いのではないか?
しかし、行かなかった。
山の中で修行する際、想定した騎士の強さが高すぎたためである。
自分では通用しない。
そう考えていた。
どこの世界に木を丸ごと引き抜いて熊を潰すような騎士がいるのか。
冷静に考えれば分かることだが、友のないソルベのことを誰も諫めてはくれなかった。
――あの岩を割ったら山を降りる。
そのときこそ騎士エルガー並みの実力になっているはずだから。
その指定した小山のような岩を、昨年の夏に叩き切った。
割れたのではなく斬れた。
何故かは分からない。
ドキドキしながら山を降りた。
育った村はすでになかった。
一面森になっていた。
離散したのか、山賊に潰されでもしたのか。
微かに残った柱の後だけが残っていた。