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 あれから一年。

 先輩のいない文芸部部室は酷く退屈で、今日も僕は、そそくさと帰路についていた。

 結論から言えば、あの時、僕は先輩に振られた。ただ一言、「ごめんなさい」と。

 信じられない僕が振られるなんて、と思うほど、僕は僕を過大評価していないし、そうそう人生が上手くいくものではないことくらいは分かっていた。けれど、いざそんな現実にぶち当たると、やはり相応のショックはあるもので。

 先輩が卒業するまでの八ヶ月間は、もう何も手につかなかった。

 一応部室には通ったけれど、気を使ってくれている先輩の姿が心苦しくて、僕は作り笑顔が精いっぱいの日々だった。

 先輩の隣にいられることを夢見て、密かな想いを吐きだして、もうどうにもならなくなって、それでも諦めきれなくて。

 卒業式の日。校門から出ていく先輩の小さな背中。

 そこに、青春の終わりを感じざるを得なかった。

 ――好きです。

 とうとう、言葉では伝えられなかった。これは後悔と言うには十分過ぎた。

 卒業から四ヶ月。未練はある。新しい恋も、まだ出来ていない。

 あの日のモヤモヤがふと甦る。

『きみへ綴る』の主人公は、多くの恋を重ね重ねて、あの告白を選んだ。

 僕みたいに、汗まみれの青春が一転、たった一度の出会いに春を求めた人間には、言葉を伴わない告白はそぐわなかったのかも知れない。

 あの本で出会い、あの本で想いを伝え、そして届かなかった。

 せつなさも、何もかも、それらは悔いとして永劫心に残り続けるだろう。

 でも今になって、僕は少しだけ、前を向くことが出来るようになって来た。

 このままだと松岡先輩と出会ったことまで悔む日が来そうで……だから、無理矢理にでも前を向くことにした。

『きみへ綴る』の主人公のように。

 出会いと別れを何度も繰り返す人生が、これからも待っているんだろう。

 でも、主人公が、自らの手で過去を小説に綴るほどに、その出会いも別れも、全てを愛おしく思ったように。

 僕も松岡先輩との出会いを、これからも大切にしていこうと思う。

 いつかまた、勇気が振り絞れるその日が来たなら。

「あなたのことが、ずっと好きでした」

 そう言える、自分になっていよう。

 真夏。灼熱。日本晴れ。

 見上げる僕の表情は、雲ひとつないこの空のように、晴れやかだったように思う。

 そして、小さく呟いた。

「いつでもあなたは――」

 僕は踵を返し、逃げてばかりだった部室へと戻っていく。

 白球を追いかける日々が、文字を追う日々になったように。

 今日の僕が、俯くことを止めたように。


 いつでもあなたは、ほんの少しだけ、僕を前へと、歩ませてくれるのです。

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