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朝になって、僕は部室に向かった。いつもより三十分も早い登校だ。職員室で鍵を貰った時には、「何か悪いことでも企んでるんじゃないだろうな」と生活指導の先生にあらぬ疑いを掛けられたが、あらぬ疑いというのは『悪いこと』という部分だけであって、企みがあることは確かなので、別段否定はしなかった。
自室で寝ずに考えた言葉達。恥ずかしさに耐えながら買った水色のレターセットに、一文字一文字を丁寧に、それはもう、漢字テストなんてものよりは数倍丁寧に書いた。
下書きは十枚。まさか手紙を書くのがここまで体力のいることだとは思わなかった。今でも少し手首がだるい。
椅子に座って、誰もいない部室を眺めるように見た。
蒸し蒸しした室内。並べられた本たち。陽射しに照らされ光のように舞う埃。部誌のページ目標が書かれたA4コピー紙と、先輩の字。先輩が読んでいた本。先輩が座っていた椅子。
全部。全部。全部。
一緒に過ごしたほんの少しの時間と、場所と、物、先輩との思い出全てが好きだ。心臓のドキドキがずっと止まらない。大好きだと叫びたくてウズウズしてしまう。
ここでも、震えた手で何度も何度も手紙を読み返した。誤字なんて情けないミスをしていないか、確認は怠らない。
そして、僕は、『きみへ綴る』に、ラブレターを挟んだ。
たった一枚の手紙。たった一枚に詰め込んだ恋心。
予鈴が鳴った。あれだけ早く登校したのにもうそんな時間か。心臓の鼓動の速さは時間の感覚まで乱すらしい。
慌てて、一番上の棚の、背表紙の色が似ている本の間に隠すように『きみへ綴る』を入れた。万が一にも先輩に見つからないように、先輩の手の届かないところだ。
放課後までは、いや、返事を貰えるその日までは、僕はこの激しい心音と共に過ごさなければならないのだろう。なんだか、生きている心地がしない。
好きになるって、こんなにも幸せで、こんなにも苦しいものなのか。
小説に書いてあった言葉。
恋煩い。
僕は初めて、胸の痛みというものを知ったのだ。
――そして、事件は、放課後に起こった。