白と黒
「今年は目まぐるしく早く年が過ぎていくよ」と彼女は言った。
「 うん。そんなことを考える間もなく過ぎていくように、俺は感じてた」
僕は。ふざけてキザに言ってみた。
「おい、やめろよ。 小説的な感じに仕上げてくんなよ?」
「いやいや、本当さ」
と僕は小説の主人公みたく答えた。
やれやれ、と僕は携帯を閉じて、破れたソファーに座った。そして天を仰いだ。 天井に黒い染みがあった。いつからあったのだろうか。僕はこの家に、この部屋に、ずっと住んでいたのに気付きもしなかった。そもそも、そんな染みがあったところで、僕に何も変化なんて起きやしないんだから。真っ暗の部屋の中ただ一つだけの光を浴びながら、だんだんと眠くなっていくんだ。隣にはすーすーといびきが聞こえてくる。 そのイビキを確かに耳では聞いていたけど、僕は違うところに意識が行っていた。だいたいの小説では、黒い染みだとか、混沌した闇だとか、訳の分からないことばかりを意味あり気に書くんだよな。と思っていたら。突然、頭痛が走った。 次の瞬間、僕は、僕を離れ、僕自身を見下ろしていた。さっきまで黒い染みを見ていたっていうのにさ、これじゃ僕がまるで黒い染みになったみたいじゃないか。 気づいたら、そこは何もない、部屋でもない、草原でもない、海でもない。何もない、真っ白な空間だった。遠くをいくらみても、白が続くだけの空間だった。形もつかめない、だだっぴろい、白い大きな箱に僕は閉じ込められたのだろうか。やれやれ、黒い染みの次は白い箱か。 どんよりとした重い頭にズキッとさらに痛みが走った。また目の前は真っ暗になった。色という色がこの世から全て抜き取られてしまったみたいに、暗黒のカーテンが僕を包み込んだ。 何かの感触を両肩に感じた。それは、掴むでもなく、つねるでもなく、赤く染まったカエデがゆらゆらと落葉するように、僕の肩に触れた。不思議なことに、びくりともしなかった。むしろ出来なかったのだ。すると、だんだんと朦朧としてきて。僕は目を閉じるしかなかった。




