光星詩絵 0
神様なんて名乗るぐらいだから、さぞ偉そうで自他共に厳しい完璧超人なのかと思ってたら、ぜんぜんそんなことはなく、だらけた印象のおっさんだった。休みの日に家でごろごろしている父親とそっくりだ。
「というわけだ。お前は死んだので、異世界に行ってもらう」
タバコの煙を吐き出しながら、神様はそう告げた。
「ふざけんじゃねーぜ。ゲーセンに預けてたメダル三万枚はどうなるんだよ。その異世界にはゲーセンあるんだろうな?」
「あるわけねえだろ。魔法を使うことで特殊な進化をしてはいるが、基本的な文明レベルは中世から近世のヨーロッパと変わらん。電気を使う機械は発明されてないし、ゲームセンターなんざない」
思わず、あたしはがっくりと肩を落とした。取り付く島もないとはこのことだ。
この神様は、あたしを生き返らせてもくれないし、ゲーセンのある異世界に送ってくれるわけでもないらしい。
常連の取り分を露骨には奪わないように、状態のいい台をちまちま毎日打って溜めた預け入れメダルがパーだ。
「はあ、マジかよ。短い人生だったなあ。彼氏も出来たことないのに」
「そこらへんは、異世界でのお前の努力次第だ。特典ポイントで絶世の美女に生まれ変わることもできる。悔いのないように特典を選んでくれ」
「まあ、転生者に選ばれたのがせめてものラッキーってとこかな。死んじゃったものは仕方ないし」
あたしは気持ちを切り替えて、ゲームの液晶めいた画面に表示された特典一覧に目を通し始める。友達に借りた本で、異世界転生モノは読んだことがあるのだ。 チートをもらってやりたい放題ということは、考えようによっては楽しい人生を保証されたようなもので、悪くない。
「なんだよ、この石化の魔眼とかって、あははは。中二病じゃん。これ考えたのって神様?」
「うむ、俺だ。まさか中学二年生の女子に中二病だって笑われる日が来るとは俺も思ってなかった。地味にへこむ」
「はいはい、ごめんねパパ。元気出して」
「元気出た」
パパ呼ばわりした瞬間、すごい勢いでツヤツヤし始める神様だった。おっさんの扱いは楽でいい。
「顔はいじらなくていいや。確かにもっと美人に生まれてみたかったって思ったこともあるけど、自分ではそこそこ可愛いと思ってるんだよね。この顔に愛着もあるし、整形にポイント使うなんてもったいない」
それよりも、どんなチートを貰うかの方が重要だ。
要するに、なりたい自分になれるってことなのだから、目にも留まらぬ速度で剣を振る女騎士とか、アヤしいローブを羽織って、ちょっと手を動かしただけで大爆発を起こせる魔法使いとかにもなれるわけだ。
とはいえ、特典ポイントは有限である。眉間に指を当てて私は悩む。
どんな自分になりたいか、いきなり言われてもすぐには出てこないものだ。
(あたしにとって格好いい戦い方って言われてもなあ)
ふと、行きつけのゲームセンターに設置されている、ガンシューティングの筐体を思い出した。
あたしは二人分の金を入れて、銃を二丁使ってプレイするのが好きだった。物珍しさからちょっとした名物扱いで、常連がちやほやしてくれるので鼻が高かったものだ。
「なあ神様。異世界に銃ってあるの?」
「ないな。銃も大砲も、魔法で代用できるから、リングワールドでは発達しなかった」
「なんだ、つまんないの。いや待てよ、銃を作れるような特典ってある?」
友達から借りた転生モノの本には、銃の材料も書いてあった。材料は確か、鉄と硫黄、硝石だったはずだ。
「材料を知らなければ教えられなかったが、知ってるのか。その歳で博識だな。結論から言えば、あるぞ。細工スキルを取得していれば、手元に材料を用意するだけでボタン一つで作れる。材料確保に使えるのは、土属性魔法とギャザリングマスター系のスキルだな」
「あたし、銃の内部構造とか知らないんだけど、それでも出来るのかよ?」
「完成品をイメージできていれば可能だ。生産系のスキルはこのあたりだが」
神様が該当のスキルを指先でちょいちょいとクローズアップさせる。
【プロダクトマスター:35】
錬金術スキル:8
鍛冶スキル:10
裁縫スキル:8
細工スキル:8
料理スキル:7
大工スキル:9
「特典で覚える生産スキルは、知識が得られるわけじゃない。材料を手元に用意してスキルを発動させれば、すぐ目の前に完成品が現れる。内部構造を知らなくても、ものの数秒で材料から完成品に早変わりだ。もっともその分、他人に技術を伝授することはできないがな」
「マジかよ、超すげーじゃん。それじゃあよ、大量に鉄とかの材料を用意したら、
あっという間に何千丁もの拳銃とかマシンガンを作れるってことか?」
「作成時にマナを消費するから無制限にではないな。マナ回復ポーションを用意しておけば、一本飲んでは一丁作り、また一本飲んで、という風に流れ作業で作れるだろうが」
「いいじゃんいいじゃん。あっという間に軍隊作れるってことか。それじゃあ、防弾ベストとかヘルメットとかも作ろうと思えば作れるのか?」
「お前の知識量だと――どっちも難しいな。ケブラー繊維って名前は知ってるみたいだが、それが何で作られてるか知らんだろ? 強化プラスチックの材料も知らないみたいだしな」
「なるほどな? 原材料を知ってて、その材料を用意して、完成品をイメージできれば作れるわけか。ねえパパ、強化プラスチックって何で出来てるの?」
「パパは公私の区別はしっかり付ける神様だから、教えてあげられないぞ。生前に知らなかった情報を俺がここで教えることはない。これは全転生者共通だ」
なんだよ、ケチだな。パパって呼んで損した。
「あと気になることといえば――レベルが上がると防御力みたいなのも上がるんだろ? 銃で撃っても、筋肉で弾かれるようになったりするのか?」
そう難しい質問でもなかったはずなのに、神様は少しの間、うむむむと唸りながら考え込んだ。
「一般人が、普通の剣を装備して斬り付けたときに、筋力ステータスが五倍ほど差があれば、急所以外にはほとんどかすり傷しか与えられないだろう。大雑把なイメージだが、運動部でもないお前と、世界レベルの砲丸投げの選手の差がだいたい五倍ぐらいだ」
見上げるほど大きい、筋肉ムキムキの男にあたしが剣で斬り付ける――?
ぜんぜん斬れる気がしない。表面がちょっと傷つくぐらいか?
(うーん)
それに、銃は剣と違って、レベルアップしても強くならないよな。
だって火薬で弾を飛ばしてるんだから、あたしの力が強くなったからといって銃まで強くなるわけじゃない。じゃあ、強い魔物とかを相手にしたら、銃を当てても効果がないってことか?
銃自体の威力を上げるにはどうすればいいんだろう。火薬を増やすか、それとも弾を尖らせたらいいのかな。なんか狙撃銃とかの弾って、先端が尖ってるイメージがある。あれなら、貫通力が上がりそうだ。それでも、いつかは通用しない敵が出てきそうだよなあ。しょせんは鉄の弾なんだし――鉄?
「あ」
あたしはすごいことに気がついてしまった。天才かもしれない、あたし。
「銃弾を、より強い金属で作ったらいいんじゃないか? ゲームの世界なんだから、ミスリルとかオリハルコンとかってあるんだろ?」
「鈍魔鋼、魔鋼、緑魔鋼、黄魔鋼、赤魔鋼、金魔鋼の六種類の鉱石があるな。リングワールドの中心に近づくほど、マナの濃い土地からより上質な金属が採取できる。もっとも、より上位の金属になればなるほど、重量も増えるぞ」
「なるほどなるほど。弾が重くなったら火薬を増やせばいいし、火薬を増やしても銃身を強い金属で作ればぶっ壊れたりもしなさそうだな。銃自体が重くなるのは、あたしのレベルが上がれば問題ないと。完璧じゃん」
あたしの戦闘スタイルは決まった。あとは、実現させるために特典を選んで組み合わせるだけだ。
「細工スキルと土属性魔法スキルは確定だよな。材料を確保するためのギャザリングマスターも取って、と。敵の攻撃を避けつつ射撃なんてかっこいいし、回避術スキルも取ろうっと。この射術スキルっていうのがあれば、銃を当てやすくなるのか?」
「なるぞ。射術スキルを持ってれば、狙い通りの場所に弾が飛んでく。有効射程距離じゃなく、最大射程距離でどこに着弾させられるか選べてなおかつ連射できるほどの技術が身につく」
「マジかよ、特典ってすっげーんだな。ほんとにチートじゃん」
「人が一生かかって極められるかどうかの最大値に一瞬で到達できるわけだからな。特別な恩典って名付けたのは伊達じゃない」
「えーと、これで今、52ポイントか。残りはどうするかな」
【取得特典一覧】
射術スキル:7
土属性魔法スキル:7
細工スキル:8
回避術スキル:15
ギャザリングマスター:15
計:52ポイント
特典一覧と、神様が出してくれた電卓っぽいものを睨めっこしながらあたしは悩む。どれもあれば便利なんだろうけど、やっぱりガンナーっぽい感じに仕上げたいからな。
「このレンジャーマスターってやつは、どんなスキルなんだ? 隠身とか索敵とか。名前の響きからすると、なんか忍者っぽいけど」
「だいたい合ってる。隠身スキルは、発動時に最大MPの20%を消費することで、文字通り姿を消せて透明人間になれる。姿が消えるだけで、足音とかは消せないがな。武器で攻撃したり魔法を詠唱したり、自分以外の何かと接触したり――まあ何らかのアクションを取ると隠身も解ける。他人から見られている状況だと隠身できないからな、戦闘中にいきなり姿を隠したりは無理だぞ」
「エロいおっさんの好きそうなスキルだなあ。女湯に忍び込んでうひひひって言ってそう」
「世の中のおっさんのために弁護しとくと、漫画の世界でありがちな銭湯なんて今日び経営難で潰れてってるし、老若混在の女湯を覗きたがるヤツはそういないと思うが。もし悪用するなら、もっとエグいことに使うだろうよ――話が逸れたな。索敵スキルだが、隠身スキルに対してのアンチスキルだ。索敵スキルを持っていれば、同じスキル値以下の隠身状態を看破することができる。射程距離は50メートルだ。パッシブスキルじゃないから、自動的に隠身状態の敵を探してくれるわけじゃなく、自分で発動させて調べないといけないがな」
「そうだよな。絶対に見破られないなら、隠身スキル超強いじゃんってなるもんな」
「最後に魔力感知スキルだが、本来の意味での索敵をしたいならこのスキルだな。
自分を中心に、魔力を帯びた生物の居場所がわかる。特典で取得した場合は半径1キロまで感じ取れるな。まあエネミーソナーみたいなもんだな。ちなみに隠身スキルについての補足だが、厳密に言うとあれは魔法に近い。自分の身体に周囲の景色と調和するようにマナをまとわせて、他人から存在を知覚できないようにするわけだ。よって、隠身状態だと魔力感知スキルに引っかからない」
「なるほど、索敵スキルは隠身状態の敵からいきなり襲われたりすることへの対策ってことか。じゃあ、あたしにも必要だな。銃使いは接近戦が苦手だろうし」
これで20ポイントを追加して、72ポイント。残りは28ポイントだ。
「あとは魔法対策かなあ。遠くから眠らされたりしたらヤバいしな。この魔力抵抗っていうのは何なんだ? 毒耐性とかは、見たまんまでわかるけどさ」
「病気に対抗するための薬で例えると、魔力抵抗が栄養剤で、耐性スキルは特効薬だ。魔力抵抗が高ければ高いほど、敵の魔法攻撃の威力を緩和できるし、魔法由来の状態異常にもかかりにくい。要するに敵の魔法を弱めるスキルだ。栄養剤を飲んで健康にしてれば病気にはかかりにくいってわけだな。例えば土属性の初級魔法に毒化っていう魔法があるが、敵にこの毒化を使われたとき、自分と敵の魔法抵抗および魔法貫通、それに基礎ステータスの精神の優劣で状態異常に抵抗できるかどうかが決まる。ただし、この判定に負けて毒化の魔法に抵抗できなくても、対応する毒耐性を持っていれば100%無効化できるってわけだ。病気にはなったけど特効薬を使って一瞬で治しました、みたいなもんだ」
「ふうん。話を聞いてる限りじゃ、魔法抵抗は取っておいた方が良さそうだな。いっそのこと、メイジマスタースキルはセットで取っておこうかな。土属性魔法を使うのにも有効そうだし」
これで20ポイントを消費して、残りは8ポイントか。何か一つスキルを取っておしまいかな。
「裁縫スキルって、ただ単に服を作るだけか? 自前のコスチュームっていうのは心惹かれるけど、それに8ポイントも使うのはもったいないって思うんだが」
「布製品だけじゃなく、動物や魔物の皮革を素材にして防具を作れるぞ。マナの移動を阻害する金属鎧じゃなく、身軽な革製の鎧を装備したい狩人とか魔術師の防具は裁縫で作られることが多いな」
「お、じゃあそれにしよう。これでぴったり100ポイントだ。へへ、中々上手い組み合わせだろ?」
「ふむ。これをお前さんのステータスに反映させると、こうなるな」
【取得特典一覧】
射術スキル:7
土属性魔法スキル:7
回避術スキル:15
レンジャーマスター:20
メイジマスター:20
ギャザリングマスター:15
細工スキル:8
裁縫スキル:8
計:100ポイント
《パブリックステータス》
【種族】人間(転生者)
【名前】シエ・ミツボシ
【レベル】30
【カケラ】1
《シークレットステータス》
【年齢】14
【最大HP】80
【最大MP】8(+4)
【腕力】8
【敏捷】14
【精神】8
【習得スキル】
射術
回避術
隠身
索敵
土属性魔法
魔力感知
魔力抵抗
魔力貫通
採掘
鉱脈探査
剥ぎ取り
採取
細工
裁縫
《魔力量上昇》
【アイテムボックス】
1t
「うわっ、なんだこれ。すっげー。習得スキル多すぎて笑えてくるな、ははっ。すげー強そう」
「さて、スキルはこれで確定していいか? 良ければ確定させて、いよいよ異世界へと転生させるが」
「ああ、ちょっと待ってくれ。スキルはこのままでもいいけどさ、異世界に行くのに日本人の名前っていうのは変だろ。現地の人らはどんな名前をしてるんだ?」
「ふむ。異世界言語のスキル効果で、現地人の名前や地名も日本語風にわかりやすく翻訳されてるからな。ヨーロッパ系の名前が多いぞ。ギャリオットとか、セレニアスとか」
「じゃあ、私もそれっぽいのにしよっと」
二丁拳銃を使う凄腕の女ガンマンと来たら、名前も格好良くしないとな。といっても、どんな名前がいいんだろう。
「悩んでるところ突っ込ませてもらうが、女性だとガンマンじゃなくガンナーだと思うが」
「うるさいなあ。細かいことを気にしてると、神様ハゲるよ?」
あたしの台詞に神様は、雷に打たれたかのように、がーんって感じの表情になった。気にしてたのかな?
すでに頭部の寂しい、あたしの父親と似てる髪質だから、あと十年もすれば頭皮が荒野のガンマンだよってか?
うん、今あたし面白いこと言った。
「口に出して言ってもないし面白くもないからね、それ」
「うるさいなあ、考え事してるんだから静かにしてよ」
ううん。なんかこう、しっくり来る名前がない。ゲーセンにある台で銃を使ってるキャラってどんなのがいたっけ。異世界、ファンタジー、銃。そういえば何かそれっぽい格闘ゲームがあったな、吸血鬼が登場するやつ。
あのゲームの銃使いってバレッタだっけ。こういうの格好いいな、名前も弾丸って意味でしょ?
「丸パクりは嫌だから――よし、決めた!」
あたしの名前は、シェル。今日から、あたしはシェルだ。元の詩絵って名前とも似てるし、すごくしっくりきた。
「ステータス画面に表示させる名前は自分で修正できるぞ。現地に転生してからでもできるからやるといい」
「おう、そうする! バッチこいだぜ神様、すぐにでも転生させてくれ!」
「ういうい、元気がいいのはいいこった。それじゃあ早速転生させるぞ。また会えるといいな、良い人生を」
神様がお別れだとばかりに手をひらひらさせた直後、あたしの意識は暗転した。