志村不比等 生前
志村不比等の死因は、自殺である。没年齢は三十一歳であった。
自ら命を絶った理由は、良く言って将来に展望を見出せなかったからであり、
ありのままに言えば借金で首が回らなくなったからであった。
彼は独身の一人暮らしで、アルバイトで生計を立てていた。
大学に進学しなかったことで揉めたので、親との縁は切れている。
干支が一回りしてしまうほど年下の若者に混じって働き、毎月の給料日には十五万円ほどの給料を受け取り、そこから家賃と光熱費と食費と保険料等の税金を抜いて、残った片手の指で数えられるほどの一万円札で、趣味のパチスロをする。
それが彼の、毎月の行動パターンであった。
趣味といっても、わずかな手持ちの金を増やしたいという欲望に衝き動かされてのギャンブルであるので、実際のところ大して楽しめてはいない。ほとんどの場合において負けて持ち金をスッてしまい、帰り道に自己嫌悪に陥るのであった。
自己嫌悪といっても、その内容は建設的なものではない。
ギャンブルから綺麗さっぱり足を洗うというのであれば話もまだわかるのだが、そうではなく、あの台を打つのをやめておけば良かった、一回当たったときにやめていれば良かったと、たらればを延々と思い悩むのである。
ギャンブルをやめようという発想が出てこない――そう言うと語弊がある。
正確には毎回負けるたびにそう思ってはいるのだが、給料日になるとそんなことはころっと忘れ、一回大勝ちしたらやめようとか、負けている分を取り返してからやめようとか、なんだかんだと理由を付け、結局のところまたギャンブルをしてしまうのである。要するに、意志薄弱な人間であった。
そんな意志の弱い彼が思い切って自殺した理由は、借金で首が回らなくなったからである。
巷に溢れる消費者金融から金を借り、ギャンブルにつぎ込み、返済が滞る。
ごくありふれた、とてもよく聞く、下らない成り行きだ。
もはや内容を詳しく語るまでもないが、彼は金を借りれる場所から最大限の金を借りきり、乾坤一擲(と彼は思っている)の大勝負に打って出てあっさり負け、最寄り駅付近の線路に飛び込んで死んだ。
なお、彼の人生には幾つかの、いや改心さえすればたった昨日からでも違う人生は歩めただろうから無数の分岐点があったはずなのだが、それを記すのも蛇足というものであろう。
社会の歯車になりたくないと言って、親が敷いてくれた中高一貫の私立校というレールから外れたのも彼であるし、何かしらの資格を取るべく勉強をして少しでもまともな職に就こうとしなかったのも彼であるし、対人関係が得意ではないと自分に言い訳をして同僚とろくなコミュニケーションを取らず、職場で孤立してギャンブルに逃げていたのも彼であるのだから。
要は、ダメな男が一人死んだ、それだけのことだった。