盤台哲雄 0
「よお、お目覚めかい?」
眼を明けると、上下左右三百六十度を白に塗りつぶされた世界だった。地平線はおろか、距離の感覚もつかめないほどの、白一色だ。
自分が立っている地面はどうなっているのかと足元を見たところ、何もなかった。うっすらと半透明に透ける自分の身体が、宙に浮いているだけである。
そんな空間の中で、僕の目の前に、男が一人、寝転がっている。
「寝起きはいい方だという自覚はありますし、意識がはっきりしているのですが、
あまりに非現実的な光景に、まだ夢の中にいるのではないかと考えているところです」
自分自身が半透明になっているということは、幽霊とか霊体とかいう状態なのだろうか。そんな今の自分に、声帯という器官があるのかどうか疑わしかったが、口を動かして声を出すことは出来るようだ。
「そりゃ良かった。取り乱されると、めんどくせえんだ。お前以外にも、十五人も説明をしなきゃならん。全員が、お前みたいに話の通じるやつだといいんだが」
まるで、ふかふかで透明な座椅子がそこにあるかのように、彼は宙に寝そべっていた。最初は仰向けだったが、落ち着きのない性格なのか、寝返りを打ってうつ伏せになった。布団に寝転がって本を読むときのような体勢だ。
「さて、色々な質問があるだろうし、言葉を挟みたくなる気持ちもわからんでもないが、俺が話し終わるまでは極力黙って聞いておけ。狂人の戯言だと思って聞き流すのはお勧めしない。お前の次の人生が不利になるだけだから、まあ俺の知ったことではないんだが」
彼は、一つ咳払いをした。どことなく、照れくさそうにも見える。
「まず、俺は神様だ」
概ね、そんなところなのではないかと思っていたので、僕にそんな大きな驚きはない。死後の世界が実在しているとは信じていなかったが、現在進行形で体験しているので疑いようもない。
強いていえば、神様の容姿が一番驚きである。
首から足元まですっぽり隠れるほどの、地味なねずみ色のローブのようなものを着た、アジア系に良くある顔つきの、いやもっといえば日本人顔の中年男性にしか見えないのだ。
態度もどこか俗っぽいというか、神々しさを感じる要素はどこにもない。
「一応言っておくが、俺はお前らの考えてることがわかるからな。神様っていっても心は繊細なんだから、機嫌を損ねないように気を使ってくれ。ただでさえ自分に様付けなんかこっ恥ずかしいってのに」
話が脱線しやすい神様であった。話の本題をどうぞ、と頭で考えて促してみる。
「おっと、そうだな。普通は転生者が取り乱す側なんだが、そっちからせっつかれるとは面目ねえ。短くまとめて言っちまうとな、これから異世界に送り込む十六人の転生者全員に、一人ひとつの『賜の欠片』を渡す。このカケラを十六個全部集めたやつの願い事を、何でもひとつ叶えてやろう」
カケラをすべて集めた人間の願い事を、何でも一つ叶えてやろう。
僕は頭の中で、聞き間違いではないことを数秒をかけて確認した。
「どのような方法で、そのカケラとやらを集めれば良いのですか?」
「ざっくり言うと、奪うか譲ってもらうかの二択だな。カケラは、任意で他人に譲ることが出来る。あるいは、カケラを所持している転生者を殺害すれば奪える」
僕は眉をひそめた。聞き捨てならない一言が聞こえたからだ。
「つまり、殺しあえと仰っているわけですか? 誰だって、集めれば願い事が叶う物を手放したいとは思わないでしょうし」
ライバルを殺害しても良く、カケラをすべて集めた暁には何でも一つ願い事が叶うという。この条件の競争で血を見ないわけがない。
「殺し合いが見たいだけなら、単純に十六人の転生者で最後に生き残ったやつが優勝ってルールにしてるよ。争いが嫌なら誰かにカケラを渡せばいい」
「そうは言っても、この条件では――」
「それで争うなら、人間はそういう生き物だった、ってだけのことだろ?」
僕の台詞を遮ってあっけらかんと言う神様に、僕は言葉を飲み込む。
「お前さん自身はどうなんだ? 本当は人を殺したくって仕方ないだろうに」
僕は一瞬どきりとしたが、すぐに平静を取り戻す。
この神様は人の心の中が読めるといっていた。僕の欲望ぐらい、お見通しだったとしてもおかしくはない。
僕は返事をしなかった。首を振るだけに留めておく。
答えるつもりがないということは、神様にも伝わっただろう。
「ほれ」
神様がちょちょいと指を動かすと、僕の胸元、心臓あたりから、石の破片のようなものが浮き出てきた。
それは宙に浮かびながら、虹色に輝き、うっすらとした光をまとっている。
「それがカケラだ。十六個集めることで、賜になる」
神様がもう一度指を振ると、カケラは僕の胸元へ沈んでいき、消えた。
集めろと神様が言っているのは、これか。
「ちなみに、転生とやらに参加しないとどうなるのですか?」
「強制的に参加させる。具体的には、異世界に送り込む。カケラ集めに参加するかは自由だし、その場で自殺なりして二度目の人生から早々に離脱するのも、何もかも好きにしていいが、異世界に転生するのは絶対だ。転生させた後は、カケラを十六個集めたやつが出るまでは俺の方からは一切接触を持たないし、干渉もしないからな。死ねばそこで終わりで、今度は輪廻転生もさらなる生まれ変わりもない。文字通りお前の魂が消えてなくなるだけだ」
「拒否権はないようなものだと」
「まあ、そうだな。すでに死んでるお前たちが二度目の人生が送れるわけだから、損はしないだろ。別にカケラ集めを放棄したからといって、システム的なペナルティがあるわけじゃないからな。参加するかしないかは、好きにしてくれていい。ちなみに、全転生者には特典を与えることにしている」
「特典、というと?」
「運動能力が高いとか、魔力がバカ高いとか、イケメンや美女に生まれ変わったりとか、そういうのだな。すべての転生者に平等に100ポイントを渡すから、自分の好きな特典を選んでくれりゃいい。まあ見てもらった方が早いな、よっと」
神様が片手をひらりと振ると、俺から見て神様の右側に、巨大な窓のような文字群が現れた。最小化していたインターネットのブラウザを、突然フルスクリーンで開いたときのように。
【所持ポイント:100】
【ウェポンマスター:20】
斬撃スキル:7
刺突スキル:7
殴打スキル:7
射術スキル:7
【ガードマスター:25】
盾術スキル:7
回避術スキル:15
防具スキル:10
【レンジャーマスター:20】
隠身スキル:7
索敵スキル:7
魔力感知スキル:10
【トラップマスター:10】
罠設置スキル:5
罠解除スキル:5
罠知識スキル:5
【エレメントマスター:35】
火属性魔法スキル:7
氷属性魔法スキル:7
水属性魔法スキル:7
風属性魔法スキル:7
地属性魔法スキル:7
光属性魔法スキル:8
闇属性魔法スキル:8
【メイジマスター:20】
魔力量上昇スキル:10
魔力抵抗スキル:8
魔力貫通スキル:8
【テイムマスター:25】
動物調教スキル:5
魔物調教スキル:9
魔法生物調教スキル:9
騎乗スキル:8
精霊契約スキル:9
【ナレッジマスター:5】
動物知識スキル:3
魔物知識スキル:3
魔法生物知識スキル:3
【プロダクトマスター:35】
錬金術スキル:8
鍛冶スキル:10
裁縫スキル:8
細工スキル:8
料理スキル:7
大工スキル:9
【ギャザリングマスター:15】
採掘スキル:4
鉱脈探査スキル:4
剥ぎ取りスキル:4
採取スキル:6
【ステータスマスター:25】
『身体能力強化』:20
『視力強化』:5
『精力強化』:5
【ピュリフィケーションマスター:20】
『痛覚耐性』:5
『毒耐性』:5
『麻痺耐性』:5
『睡眠耐性』:5
『石化耐性』:5
『気絶耐性』:5
【トランキライトマスター:15】
『恐怖耐性』:5
『幻覚耐性』:5
『混乱耐性』:5
『魅了耐性』;5
【リジェネレートマスター:5】
『体力回復』:3
『魔力回復』:3
【コミュニケートマスター:20】
動物意思疎通スキル:6
魔物意思疎通スキル:10
魔法生物意思疎通スキル:8
【コマンダーマスター:10】
統率スキル:6
軍勢強化スキル:6
【テンプテーションマスター:20】
『容姿再選択』:12
『同性魅了』:5
『異性魅了』:9
【ライフスタイルマスター:15】
『健康体』:5
『体型変化』:5
『美声化』:2
性技スキル:3
『長寿』:5
【性転換:8】
【年齢退化:8】
【年齢増加:4】
【レベル成長促進:20】
【種族選択:状況によって異なる】
【家格選択:状況によって異なる】
【所持金選択:1ポイントごとに50万ゴルド】
【初期レベル増加:1ポイントごとに5】
【魅惑の魔眼:10】
【石化の魔眼:15】
【威圧の魔眼:7】
【全転生者共通:0】
レベル依存アイテムボックス
異世界言語・記述
容姿の異世界準拠アレンジ
ステータスシステム、オブジェクトシステム
長い。流し読みして覚えきるには、あまりにも長い文章量である。
「いやあ、苦労したんだぜ、全部考えるの」
寝転がりながら、からからと笑う神様である。威厳がないどころか、軽薄な人格、いや神格のようだ。
「威厳や威光マシマシで思わずひれ伏しちまうようなのは、主神にでもやらせておけばいいんだ。俺はあくまで、これからお前たちが転生する世界の創世神ってだけで、地球の神とも管轄は違うしな」
火属性魔法。魔物調教。魔眼。精霊契約。
特典一覧から読み取れるいくつかの単語から察するに、転生先の世界は、魔法や魔物といったものが存在する、いわゆるファンタジーの世界であるようだった。生前、有名所のロールプレイングゲームはいくつかやったことがあるし、どういう世界なのかはある程度想像できるものの、自分がその世界の住人としてこれから生きていかねばならないと言われても、まったくピンと来なかった。
いや、あえて言うならば、憤りすら感じていた。
僕の人生は、紅葉切に胸を貫かれて絶命した時点で、完結しているのだ。
幸せに死んだ生前を虚仮にされているというか、弄ばれているようでいい気分はしない。紅葉切のいない第二の人生を送れと言われても、真っ平御免である。
「すぐにでも特典について説明しようかと思ってたんだが、その様子じゃあ、先に飴をやらにゃならんか。こいつを見な」
神様が手を振ると、膨大な特典一覧の中から、二つが赤線が囲われて強調された。
精霊契約と、所持金選択だ。
「本来は異世界への物品の持ち込みは禁止だが、競争の進行を有利にさせる目的ではないと判断して、特例を許そう。お前の愛刀は、時価にして六百万だったな。特典ポイントを15消費すれば、異世界への持ち込みを許可する」
インターネットでよく見かける、釣り糸に口を引っ張られるクマの図を思い出した。悔しいことに、紅葉切が持ち込めるという、ただその一点だけで、大いに興味が惹かれてしまっている。
「お、食いついてきたな。さらにこの精霊契約スキルを取得すると、その短刀が人格を持つ。その短刀を依代として、剣の精霊として契約するってわけだ。話したり触ったりできるぞ。どうだ、やる気が出たか?」
「やります」
即答であった。胸の奥、心臓のあたりから、むらむらと欲望が立ち昇ってくる。
紅葉切と共に過ごす、第二の人生。なんという魅力的な響きなのだろう。
神様への評価は一転して鰻上りであった。
「じゃあ、本気になってもらえたところで、特典について基本的なことから説明しよう。すべての転生者に、一切の例外なく100ポイントを与えている。このポイントが0になるまで、好きなように特典を選んでもらって構わない。ただし、一度転生してしまってからの取り直しは一切できないから注意しろ」
神様が再び手を振ると、特典一覧の窓から、一つの項目が浮き上がってきて、俺の目の前までやってきた。
【ライフスタイルマスター:15】
『健康体』:5
『体型変化』:5
『美声化』:2
性技スキル:3
『長寿』:5
「これを例にとって説明しよう。項目の右に書いてある数字が、必要な特典ポイントだな。ライフスタイルマスターっていうのが、その下の五つの項目をまとめた呼び方だ。自分が取りたい項目だけ、例えば長寿だけを5ポイントで取得するのも可能だし、セットで取得すれば本来は20ポイント必要なところが15ポイントで済む。ご一緒にポテトはいかが、ってやつだな」
必要なスキルだけを取得して安く済ませるか、まとめて取得して一品あたりの値段を抑えるか、というわけか。確かに、ファーストフード店のセット販売のようだ。
「次に、性技スキルだけカギかっこが付いてないだろ? ネットゲーム用語で言うと、これはアクティブスキルだ。使おうと意識して使わない限り、効果が発揮されない。逆に、カギかっこがついた健康体やら長寿やらは、パッシブスキルだ。自動的に、常に発動していて、意識して使わないようにすることはできない」
なるほど。アクティブスキルとパッシブスキルの違いは理解した。
とはいえ、選べる候補数が多すぎて、どれを取得すればいいものか、見当が付かない。
「お勧めのスキルはありますか?」
「その質問の仕方だと、俺は答えられんな。どのスキルを取れば、カケラ集めに有利なのかを聞いているように受け取れるからな。特定の転生者に肩入れはしないことにしているから、助言やアドバイスの類はできない。あくまで二度目の人生をどんな風に暮らしたいのか、スキルの組み合わせを決めるのはお前だ」
「表現が曖昧でしたね。精霊契約スキルを最大限活かそうとした場合、お勧めのスキルはありますか?」
「その質問なら可だな。精霊の強さは、術者の魔力量によって決まる。単純に魔力が多ければ多いほど、契約する精霊が強くなるってわけだな。レベル――後で説明するが、レベルシステムを導入してる――が上がれば上がるほど魔力量は増えるから、そこを考慮すると、関連するスキルはこのへんかな」
【メイジマスター:20】
魔力量上昇スキル:10
魔力抵抗スキル:8
魔力貫通スキル:8
【レベル成長促進:20】
神様は人差し指をちょいちょいと動かし、僕に見えやすいように文章を引っ張ってきてくれた。
「この魔力量上昇スキルと、レベル成長促進の二つだな。別項目の身体能力強化とかもそうだが、上昇幅は一律50%だ。基礎ステータス――これも後で説明する――の精神って項目で基礎魔力量が決まるんだが、魔力量上昇スキルを持ってると、精神が同じ数値でも魔力量は50%増える。レベル成長促進スキルを持っていれば、敵を倒したときに得られる経験値も50%増しってわけだな。ちょっとお前、ステータスって頭の中で念じてみろ」
ステータス?と疑問符まじりに思い浮かべてみたところ、僕の目の前に文章の書かれた窓がぱっと現れた。僕の顔から1メートルほど離れた空間に、パソコンの液晶画面ぐらいの大きさの窓が突然開いたのだ。
《パブリックステータス》
【種族】人間(転生者)
【名前】テツオ・バンダイ
【レベル】30
【カケラ】1
《シークレットステータス》
【年齢】32
【最大HP】80
【最大MP】14
【腕力】8
【敏捷】8
【精神】14
【習得技能】
【アイテムボックス】
1t
「ステータスシステムについて説明しよう。お前も、国民的ロールプレイングゲーム、いくつかやったことがあるだろ? あれを見習って、その人物の強さや生命力なんかを数値で表せるようにした。説明しなくても察しは付くだろうが、一応それぞれの項目を紹介しよう。最大HPは生命力だな、ゼロになると死ぬ。最大MPは魔力だ、魔法を使うと減る。腕力、敏捷、精神っていうのは基礎ステータスだ。腕力が上がれば攻撃力や最大HPが、敏捷が上がれば移動速度や攻撃速度、命中率が上がり、精神が上がると魔法の威力や抵抗率が上がる。ここまではいいか?」
僕は頷く。ごく基本的な、ゲームの世界ではありふれたシステムだ。
「アイテムボックスについてだ。トン単位で表記してあるが、1メートル立方の水を想像しろ。容量が1トンのアイテムボックスには、1トンを越える重量を収納することができないし、1メートル立方を超える容積も入れることができない。レベルが1上がることに100キログラムずつ容量と容積は増えていく」
ステータスシステムについては、概ね理解した。神様に続きを促すが、どこから取り出したのか、彼はいつの間にか煙草を咥えていて、ライターで火を付けた。魔法とかで火をつけるんじゃないのか。
それと、寝転がっている姿勢のために、寝煙草に見えて品がない。
「あんまり説明が続いても疲れちまうからな。ちょっと一休みだ。お前も吸うか?」
神様なら知っているかと思うのだが、僕は酒も煙草もやらない。社会人として、付き合い程度に嗜むぐらいだ。
「俺はさ、前々から思ってたんだ。HP、ヒットポイントの概念が曖昧だなと。例えば最大HP100の人間が、残りHP1まで減らされたとしてもさ、ほとんどのゲームではペナルティなく十全に動き回れるわけじゃん? 何されても死ぬぐらいの瀕死だっていうのにさ。現実世界での瀕死って言ったら、四肢がもげたり内臓に損傷があったりで、まず普通に動けるわきゃないのにさ」
それはまあ、ゲームですし。
「それに、四肢切断とかの、いわゆる部位欠損の概念がないのも問題だと思うんだよね。ほんのちょっとの切り傷でも、利き手の筋や腱が傷ついたら剣なんて握れないだろうし、目を潰されて戦闘が続行できるヤツはまずいないと思うんだよね」
まあ、そうでしょうね。
「そんなわけで、お前たちが転生する世界では、そういった温情措置は一切ない。斬られれば痛いし血が出るし、重要な器官が傷付けばそれなりの悪影響が身体に出る。生前のお前たちと一緒だ。HPは飾りだと思ってくれ。レベルが上がって身体にまとうマナの密度が上がると外傷には強くなるから、目安って意味では有用だと思うが」
僕が頷いたのを確認して、神様は説明を続ける。
「他の項目も、どんどん説明していこう」
再び神様が指を振ると、また別枠の特典一覧がクローズアップされ、俺の目の前で展開される。
【全転生者共通:0】
レベル依存アイテムボックス
異世界言語・記述
容姿の異世界準拠アレンジ
ステータスシステム、オブジェクトシステム
「これは、全転生者にタダでくれてやってる特典だ。ポイントは必要ないが、必ずこれらは使ってもらっている。すべて便利な特典だから入手したくないってやつはまずいないだろうが、使わないっていう選択はナシだ。異世界言語、記述の説明はいらんな? 日本語のつもりで喋れば勝手に翻訳されるし、書いた文字が自分たちには漢字に見えていても、現地の人らが見れば自国の言語に見えるってわけだ」
なるほど、新しい言葉を勉強する必要はないと。
「そうだな。次に、容姿の異世界準拠アレンジについてだが、現地の人らは地球でいうところの白人に近い顔立ちだ。日本人の顔つきだと目立ってしょうがないだろうから、元の顔を参考にして、少しだけ彫りを深くしたり、髪や目の色を変えて送り出してるわけだ。容姿の美醜はほとんど変わらずに転生するから、異性から騒がれたい顔になりたいなら特典ポイントを払って容姿を上昇させる必要があるな。元の世界でイケメン美女だった奴らは、ポイントを払わなくても整った顔のままだから、そのあたりは平等じゃないといえばそうだが」
僕は悩む。元の顔をいじりたいとは思わないが、紅葉切と精霊契約をすることになって、もし彼女がイケメン好みだったらどうしよう。
「そのあたりは後で悩んでくれ、先に説明だけ終わらせちまうから。あとは、オブジェクトシステムについてだな。これはアイテムボックスとも密接に関わってくるんだが――まずアイテムボックスに収納できるのは、非生物だけだ。動物の死骸なら入れられるが、生きてる状態だとダメってことだな。ただそれだと、目に見えない微生物や、小さな虫なんかがくっついていても収納できないことになっちまうから、一定以下の大きさの生物は、無視できるようになってる。その境界線が、オブジェクトシステムに引っかかるかどうかだな」
神様がさらりと手を振ると、僕と神様の間に、ヒヨコとニワトリが現れた。見えない地面でもあるのか、僕の目線あたりの高さを親鳥が歩き始め、ヒヨコはその後を付いていく。
「ニワトリの方を注視して、頭の中でステータスって念じてみろ」
言われた通りにニワトリを凝視すると、黒線でふちどられて輪郭が強調された。
これがどうやら、オブジェクトシステムというやつらしい。続けてステータスと念じると、自分のステータスを開いたときと同様、僕の顔の前にパソコンの液晶大の窓が現れた。
【種族】ニワトリ
【名前】コッコさん
【レベル】1
画面の大きさの割に、表示された文章はたったこれだけである。
次に、ヒヨコの方も凝視してみたが、そちらは何も起こらなかった。黒線でふちどられもしない。
「そのヒヨコが、オブジェクトシステムに引っかからない限界の大きさだな」
神様が、虚空に向かって煙を吐き出す。
「重要なことだから覚えておけ。ステータス画面を開けば相手のパブリックステータスが見れる。そこには転生者かどうかが記載されてるから、相手が転生者かどうかわかっちまうってわけだ。名前とかレベルの後に、転生者って特筆されるわけだな。相手のカケラ所持数もわかるぞ」
「ほう」
自分が転生者ではないと白を切ることはできないと。
「それと、スキルなどの詳細情報が載ってるシークレットステータスを見れるのは自分のだけだ。他人のは、種族、名前、レベル、カケラ数が表示されたパブリックステータスしか見ることができない。ついでに言うと、これは特典の一部であるからして、現地の一般人はそもそもレベルやステータスの概念自体を知らないぞ」
ニワトリとヒヨコはいつの間にか、かなり離れたところまで歩き去っていた。
ある地点までニワトリが進んだところで、僕が開いていたニワトリのステータスがふっと消えた。
「オブジェクトシステムの有効射程は、50メートルだ。それ以上離れると、ステータスは見れない。開いていても、閉じちまうからな――さて、最低限の説明は済んだ。特典ポイントを割り振って、お前の第二の人生を設計してくれ。何か質問があれば声をかけな」
姿勢を直し、見えない椅子に座り込んだような神様の横、ずらりと並んだ特典一覧に僕は視線を移す。
どれも有用な、いや有用すぎる特典だからこそ、100ポイントの割り振りは慎重に行わなければならない。
僕の目的は、紅葉切と共に、幸せに異世界で暮らしていくこと。
この方針に沿って、スキルを取得していくべきだ。
(カケラ集めなんかにはまったく興味がないけれど――)
他の転生者がそうとは限らない。襲撃されるかもしれないことを考えると自衛の手段は持っているべきだろう。
ロールプレイングゲームを基準に考えると、当たり前のことだがレベルが高い方が強いのだろうから、レベル成長促進は取得しているべきかもしれない。
「そういえば、何をすればレベルが上がるのでしょうか? ゲームみたく、魔物を倒せば経験値が入るとか?」
「その通りだな。魔物に限らず、人だろうと獣だろうと、生物を殺せば強くなれる。厳密に言えば、殺した相手の持っていたマナを吸収し、自分の持っているマナに加えることで結果的に身体能力が向上する。自分の身体に巡っているマナの濃度のことを、レベルと表記してるわけだ」
「なるほど。魔物はどこにいるのでしょう? ゲームの定番だと、ダンジョンとかですか?」
「いや。思い切って、ダンジョンのない世界にしてみた。ゲーム用語で言うと、魔物はすべてフィールドに生息する。世界地図を見せようか」
神様が手を振ると、僕から見て神様の左側に、1メートル四方ほどの一枚の地図が現れた。神様の右側にある特典一覧はウィンドウズの画面さながらシステマチックなのに、地図の方はなぜか古風にすり切れた本格的な羊皮紙である。
「まず、人間や魔物たちが生きる、大陸全体の形を説明しよう。伊達政宗の兜みたいに、上を向いた三日月を想像してくれ。上を向いたパックマンとも言うかな。ともかく、開けた口の部分が海で、胴体部分が大陸だ。海には孤島もあって、国もあるが、基本的には地続きの大陸に人間は住んでいる。ここまではいいか?」
僕は頷く。神様だからと言ってしまえばそれまでだが、やけに日本のことを詳しい神様であった。
「大陸の名前は輪形の世界だ。というのも、大陸の中心点が、最も大地のマナが濃くなっている。中心から離れれば離れるほど大地のマナが薄くなっていくわけだが、この世界で生きていくのには水と食料以外にマナが必要だ。強力な生物ほど生きていくのに多くのマナが必要だから、マナの濃い世界の中心近くに住んでいる。人間はそこまで強い種族じゃないから、中心点から400キロメートルほど離れて、幅100キロメートルほどの円形が居住可能区域だな。ドーナツを想像してくれりゃわかりやすい。中心の穴が強い魔物の生息域で、食える部分が人間の住める地域だ」
「人間がそのドーナツの輪からはみ出た場合は?」
「内側に向かう分には問題ない。体力や魔力の回復が早いから、身体の調子が良いように感じるだろう。もっとも、その分強大な敵がいるんだがな。逆に、外側へ向かう場合、人間の居住域から離れるほど、身体が弱っていくだろう。本人の生命力次第だが、多分200キロメートルも離れれば衰弱死するんじゃないか?」
「なるほど。事実上、人間の住み暮らす区域は限られていると」
「そうだな。その反面、人間たちの街を場違いに強い魔物が襲う危険も少ない」
「仮に私がレベルを上げて強くなった場合、生きていくのに必要な大地のマナが増えて、人間の居住域で暮らせなくなる可能性はありますか?」
「ない。色んな電化製品に省エネモードってあるだろ。あれみたいなもんで、常に全力を出して戦っているわけでもなかろうし、普通に生きていく分には問題ない。
ただしそれは他の種族や魔物にも言えることで、経験を積んだ熟練の個体は同じ地域に住んでる種族の中でも段違いに強かったりする」
「わかりました。世界地図の説明、続けてもらっても?」
「ういうい。人間の生息に適したマナ濃度の土地がドーナツ状の円形になるとはいえ、そのすべての土地に人間が住んでいるわけじゃない。海の上に住むわけにもいかんだろうし、交通の便や立地のいい場所を選んで集まっているからな。大まかに分けて、首都、林業都市、孤島、火山街、草原、二つの港、計七つが主要な人間の集落だ。すべての人間の街は統一国家によって統治されている。首都に住む王が、各地の街に貴族を派遣して治めさせている形だな」
街が七つあることまでは理解した。
ここで、ふと疑念を思いついたので神様に質問をしてみる。
「転生した直後は、どこが出発地点になるのでしょう?」
「出発地点は、各転生者の希望を聞くことにしてる。首都からスタートでもいいし、孤島からスタートしてもいい。転生直後に顔を合わせることがないように、全員の転生位置は極力離すことになるな」
「わかりました、もう一つ質問です。カケラ集めについてですが、何らかの特典なり連絡手段を使って、開始直後に全転生者で集まり、誰か一人にカケラを集めればその瞬間にクリアしてしまえるという認識で合っていますか?」
「実現しないだろうとわかってて言ってるんだろうが、その通りだ。カケラ集めの報酬、俺が叶えられる願い事――賜について詳しく説明しておこう。『誰か一人の願い事を』『リングワールド内の事象に限定して』『なんでも一つ』叶えてやろう。このあたりに罠はないし、温情もない。願い事を増やしてくれみたいな申し出は当然却下するが、本人の望まぬ形で願いを叶えたりすることもない。古典文学であるだろ? 死んだ母親の蘇生を願ったら、よくわからないバケモノとして舞い戻ったみたいな話。ああいうことはしないから安心しろ」
「なるほど。陥穽にはめるような、いわゆる信用を違えるような行為はしないものと認識してもいいですか?」
「完全な平等が実現できないように、全面的な信頼なんて得られるとは思っていないが、少なくともそれに近づけようと努力はしたよ。俺の目的だがな、俺以外の神々に俺の作った世界を見せて、面白いだろって自慢したいんだ。表現を取り繕うつもりはないから率直に言うが、お前たちはアドリブ劇の役者で俺たちは観客だ。劇の内容が面白かろうがつまらなかろうが、しっかりと誠意を持って報酬は払うし、野次も飛ばさんよ」
「見世物になることを強制されていると言われれば確かにいい気はしませんね」
しかしそれでも、神様が嘘を言っているようには思えなかった。
僕を含めて十六人もいるらしい転生者を騙そうとしているのではなく、ただ単純に僕たちがどう動くのかを眺めたがっているように思える。恐らくは、願い事を何でも一つ叶えてやると言った彼の言葉に嘘はないだろう。
「カケラ集めの報酬――賜について、もう少し補足しておこう。俺の管轄であるリングワールド以外の世界で願い事を叶えることはできない。地球にやり残した未練があっても俺はそれを叶えることが出来ない。神様である俺がムカつくから自殺しろ、って言われてももちろん却下だ。逆に、三原則さえ守っていればほぼ何でも実現可能だ。リングワールドの全生物を死滅させろとか、明日から魔法を全員使えなくしろとか、世界中の人類を美女だけに変えて俺の嫁にしろとか、そういうのでも可能だ」
「願い事については、じゅうぶんに説明して頂きました。特典スキルを選びますので、少々お待ちを」
どの道、転生させられるのは確定しているのだ。
理不尽に死ぬことがないよう、悔いのないように特典は選んでおきたい。
頷く神様は、腕を振って僕の目の前に小さな窓を出してくれた。電卓のような画面で、取得スキルの候補と残りポイント数を自動的を計算してくれるようだ。便利である。
まず、絶対に必要なものから埋めていこう。紅葉切を異世界に持ち込むために15ポイント。紅葉切と話すための精霊契約が9ポイント。残りは76ポイントだ。
次に必要なのは、魔物を倒してレベルを上げるための戦闘技能だ。魔力量を上昇させて紅葉切をより強い精霊にしてあげたいし、他の転生者から身を守る自衛手段もいる。精霊として契約した紅葉切が強ければ攻撃手段はいらないのだが、そこのところ、どうなんだろう?
「お前の愛刀と精霊契約したなら、剣の精霊になるな。魔力量次第で強さが変わるから一概には言えんが、お前と同レベルの一般人剣士に勝てる程度には強いぞ。お前の魔力量が上がれば剣の精霊も進化するし、そもそも契約できる精霊の数が増える。多数の精霊と契約することで真価を発揮するだろうな」
なるほど。僕も攻撃手段を持てば二人分の強さになると思ったが、多数の精霊と契約できるのであれば身の守りを重視したほうがいいかもしれない。
(ちょっと楽しいな、これ)
ちまちま物事を積み立てていったり、自分の好きなようにゲームのキャラクターをカスタマイズするのは楽しいものだ。日本人の気質であろう。
もっとも、カスタマイズするのはゲームのキャラクターではなくて、第二の人生を送る僕自身だから慎重に行いはするものの。
(魔力量上昇をすでに取得してるから、ポイントを追加で払って魔法系にすると一石二鳥かな)
ぽちぽちと、電卓にスキルを追加していく。指で触る必要もなく、念じただけで電卓は情報を更新してくれて楽だ。ポイントの端数をどうするかでも悩み、神様に色々と相談しつつ――僕のスキルは完成した。
きっちり100ポイントを使いきり、満足の行く構成に仕上がった。
【取得特典一覧】
闇属性魔法スキル:8
精霊契約スキル:9
ステータスマスター:25
メイジマスター:20
所持金選択(紅葉切):15
レベル成長促進:20
魔力回復:3
計:100ポイント
「これでお願いします」
僕が神様に告げると、僕の目の前にあった電卓画面はふよふよと神様の方へ飛んでいった。
「ふむ。これをお前のステータスに反映させるとこうなるな。もう一度、ステータスを見てみろ」
《パブリックステータス》
【種族】人間(転生者)
【名前】テツオ・バンダイ
【レベル】30
【カケラ】1
《シークレットステータス》
【年齢】33
【最大HP】80(+40)
【最大MP】14(+14)
【腕力】8(+4)
【敏捷】8(+4)
【精神】14(+14)
【習得スキル】
闇属性魔法
精霊契約
魔力抵抗
魔力貫通
《身体能力強化》
《視力強化》
《精力強化》
《レベル成長促進》
《魔力量上昇》
《魔力回復》
【アイテムボックス】
1t
おお、なんだか強そうに見えてくる。
「もう一度言うが、パブリックステータスって部分が、他の転生者から見える部分だからな。基礎ステータスの横にあるプラス表記はスキル等での修正値だ。元の体力が80、修正値40で合計120だな。合計値は表示されないから注意しろ。特典で得たスキルは、十年単位で人生をその道に費やした人間が到達できる境地に達している。さて、これでいいか?」
「構いません。質問も、思いつく限りは聞きましたし」
「わかった。じゃあそろそろ異世界に送ろう。ファイナルアンサー?」
「ええ、よろしくお願いします」
「そこは乗っておけよ。じゃあな、また会えることを祈っている。良き人生を」
神様が言葉を切った途端、白一面だった世界は、開演する劇場が明かりを消すときのようにブラックアウトしていく。景色が黒に染まっていくのとリンクしているかのように、僕の意識も少しずつ消えていった。深い眠りに落ちていくかのように。
「それでは、賜の欠片を集めるカケラロイヤル、開幕だ」
薄れ行く意識の中に、神様が堂々と宣言した声が、遠く響いた。