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シェル 4

「誰がピーチ姫だ。あんなババアと一緒にすんじゃねえよ。こちとらまだ十四歳に成り立てだっての」


「なるほど、確かに一緒にしてはいけないようだ。ピーチ姫と呼ぶには、君にはお淑やかさが足りないね」


 ずいぶんイラッとさせるおっさんだった。

 どこにでもいる、冴えない中年男の癖に、妙に威圧感があるというか、佇まいが不気味だ。


【種族】人間(転生者)

【名前】テツオ・バンダイ

【レベル】97

【カケラ】2


(うん――行ける。あたしの敵じゃない)


 相手のステータスカードを表示させて、レベル差を確認する。

 あたしの持ってる銃器は、相手が格上であっても圧倒できるポテンシャルを秘めているはずだ。しかも今回の相手は、あたしよりもレベルが低い格下である。負ける要素はない。


(しかも、こいつはツイてる)


 何と、このおっさんはカケラを二つも持っている。

 これをそっくり頂けば、カケラロイヤルの勝利にぐっと近づくだろう。


「単刀直入に言うぜ。お前、あたしの部下になりな」


 銃口をおっさんに突きつける。もっとビビるかと思ったが、平然としていた。

 

 こいつの前に姿を現す前に、隠身ハイド状態で少し後を尾けてみた。召還魔法みたいなもので何やら女の幽霊みたいなものと会話していたのを確認している。会話の断片を拾うに、ちょうど今はMPを切れさせているらしい。チャンスだと思って話しかけたのだ。


 あのときは、背後から現れたあたしに狼狽していたというのに、今は落ち着き払った表情なのが憎たらしい。


「ふむ。部下になれというが、仕事内容も聞かないうちに承諾はできないな。僕を従えようとする目的はなんだい?」


「おっと、その手には乗らねえぜ。お前がMP切れなのはわかってるんだ。時間稼ぎはやめな。人を集めてどうするかって? ゲームをクリアするために決まってるだろうが。カケラロイヤルの勝者になるのはこのあたし、シェルだ」


「なるほど、ゲーム感覚なのか。あの神様は、一言もゲームだとは言わなかったはずだがね。遊び(ゲーム)ではなく競争レースだよ。違いがわかるかい?」


 ゲーム感覚、と言われてかちんと来た。頭の古い先生がこれ見よがしに常識論をふりかざして説教してくるときと似た感じだ。女同士のグループを維持するのは結構大変だし技術もいるんだから、枯れたババアが若者のコミュニティに口を出してくるんじゃない、といつも思っていたものだ。


「うざってえ奴だな。魔物を殺すのには慣れてるよ。あんたもその仲間入りがしたいのか? 額に風穴でも開けばわかるだろうさ、現実が見えてないのは自分だったってな」


 レベル差もあるし、こいつがあたしに攻めかかってくることは恐らくないだろうから、脅すだけ脅してみる。できる限り人殺しはしたくないし、こちらから撃つつもりもないが、もしやる気だったら人間相手でも引き鉄をひく心構えはしてきたんだ。


「そう急かされてもな。カケラロイヤルの勝利者となった後に、君は神様に何を願うつもりだい? 僕の望みは妻と平穏に生活していくことだ。そこと相反するような望みなら聞けないな」


「望みなんてないぜ。ゲームをクリアする過程でやりたいことが見つかればそれを望めばいいし、そうでなきゃ部下の願いを何か叶えてやればいい。仲間には気前よくオゴってあげるのがポリシーさ」


「ふむ、リーダーシップはありそうだな。君みたいな上司が地球でもいれば仕事が楽だったかもしれないね。さて、どうしようか、カエデ?」


 言いつつ、おっさんは懐に差し込んだ短剣みたいなものを撫で始めた。

 なんだこいつ、自分の持ち物に名前とか付けてんのか?


「おいおっさん、まさかとは思うが、妻ってその短刀のことだって言い出しゃしないだろうな?」


「いや、その通りだが。隠身スキルで後を追けてきたなら姿も見てるんじゃないか? 精霊契約の依代がこの短刀なのさ」


 確かに女の幽霊みたいなのと喋っているところは見たが、まさか妻とか言い出すとは思わなかった。うえ、気持ち悪い。こいつ、見た目よりヤバい奴か?


「んじゃあ、あたしの部下になるかどうか、とっとと決めな。何ならその刀を人質に取って言うことを聞かせてもいいんだぜ?」


 あたしの台詞を聞くなり、おっさんの目がすっと細められた。痛いところを付かれたらしい。間違いない、こいつは短刀を盾に脅せば言うことを聞く。


「カエデに手を出したら許さないよ?」


「はっ、お笑い種だな。あたしより弱いあんたがどう許さないってんだ? つか、なんなんだよその口調は。許さないよっ、てか。女々しい奴だな」


「オラオラ口調でやっていけるほど社会は甘くないよ。それに僕は接客業の管理職だったからね、部下と接するときはいつもこんな口調だった。厳しくするだけでは能力を発揮してくれないからね」


「今度は社会経験を盾に説教かあ? ほんと、大人のやることはどこに行っても変わんねえな。今はあたしの方が強くてあんたが弱い、それだけだろ。現に、あんたの大切な奥さんとやらはこうだぜ」


 あたしは念動テレキネシスの魔法を起動させた。見えざる手を使い、おっさんの懐に差し込まれている短刀をつかむ。


「どれ、見せてみな――へえ、なかなか綺麗なもんじゃん」


 持ってこさせた短刀をあたしの手で受け取り、鞘から引き抜いて刀身を眺める。時代劇とかでよく見るくすんだ色ではなく、白くきらきらと光って波紋が美しい。


「今すぐ、カエデを返せ」


 何やらおっさんが凄んでいるが、そんなことは知ったことではない。


「タイムアップだぜ、おっさん。今すぐ決めな、あたしの部下になるか、身体に風穴開けられたいか」


 見せ付けるように、短刀をぽんぽんとお手玉のように宙に投げ上げる。


 鞘は邪魔だったからそのへんに捨てたが、その瞬間、おっさんは形相を一変させ、鬼のような表情になった。そのまま、猛然とあたしの方に走り寄ってくる。


「おいおい、素手でどうしようってんだよ――」


 あたしは呆れた。そこそこの距離がある中、素手で銃に立ち向かうとかどんな猪だよ。両手両足を撃ってやれば考えも変わるだろうが、こんな奴を部下にしても果たして使い道があるんだろうか。


「まあ、ちょっと痛い目見てもらうか」


 あたしは短刀を投げ捨て、両手に持ったマシンガン、二丁のマックイレブンの銃口をおっさんに向けた。


 おっさんの口が動いたのはその瞬間だった。


「――視野阻害ブラインド!」


 途端に、あたしの顔面に黒い霧のようなものがまとわりついてきた。


「なんだこりゃ!? くそっ、前が見えねえ!」


 あたしは引き鉄を絞った。視野がふさがれる前におっさんがいたあたりに向け、両手のマックイレブンが火を噴く。


「ぐっ!」


 目を潰されている状況だと、射術スキルが発動しないらしい。が、それでも、前方に向けて乱射した弾丸は、そのうちのいくつかが命中したようだ。聞こえたのはおっさんの呻き声と着弾音だ。 


(この目潰しみたいなのは、妨害系の魔法か? なんでレベル格下のやつから食らうんだよ! あたしは魔法抵抗のチートスキル持ってるってのに!)


 慌てるな、冷静に距離を取ってやれば負ける要素はない。この妨害魔法だって、永続ってわけではないだろう。効果時間が切れたときが、あいつの最後だ。くっそ、交渉は失敗しちまった。


「――カエデ!」


 何やら呪文めいたものを呟いたあとに、おっさんが妻だとかいう短刀の名前を叫んだ。

 

 銃口を前方に構えたまま、あたしは後ずさっていた。視界が塞がれている真っ暗闇の中で歩き回るのは怖く、後ろ足を伸ばしては地面を確認しつつ後退する。先ほどの声の感じからすると、あのおっさんは近寄ってきてはいない。適当に撃った銃弾だったが、足かどこかに当たったのだろうか? それならば、あたしの勝ちだ。


 次の瞬間――あたしの首筋に、何かひやりとした気配を感じた。身体を沈めて回避する。あたしは反応できなかったが、とっさに身体が動いたってことは、何かで攻撃されたってことか?


(そうじゃなきゃ、あたしの回避術スキルが発動するわけがない)


 回避術スキルは、意識して他の動作、例えば攻撃なりをしているとき以外は、自動で敵の攻撃を避けるスキルだからだ。

 

(くそっ、この目潰し、いつまで――!)


 あたしの苛立ちが天に通じたのか、霧が晴れるように奪われていた視界が元に戻っていった。そのあたしが最初に見た光景は、あたしに向かって短刀を振りかぶる女の幽霊。


「うわっ――あああああ!」


 あたしは後ろに倒れこみながら、女の幽霊に向けて銃口を引き絞った。近距離からのマックイレブンのフルオート。パパパパっと軽快な破裂音とともに、斉射された弾丸は女の幽霊に食い込んだ。着弾点に血が舞う。


(よしっ、銃が効く――!?)


 全身を穴だらけにされながら、女の幽霊は手に握った短刀を投擲してきた。

 ずぶり、と足首を刺し貫かれた感触。一拍遅れて――激痛が、あたしを襲った。


「ぎっ――いぎいいいいいッ!?」


 足首を起点に、全身を突き上げてくるような鋭い激痛に、思わず悲鳴が漏れた。

 全身を穴だらけにされた幽霊は、宙に消えるように姿をかすませていく。同時に、あたしの足に刺さっていた短刀も消えた。

 

 痛みに耐えかねて、あたしは地面を転げまわった。多分、絶叫してもいたと思う。皮が裂けて血が破れるほど、太ももや二の腕を握り締めて痛みを紛らわせる。


 両手に持っていたマックイレブンは、いつの間にか手放してしまっていた。


(そうだ、あいつはどこにいった――!?)


 あの女の幽霊めいたものは倒したが、おっさんを仕留めたわけではない。

 

「くそっ、あんなところに」


 見れば、遠くの木の陰に隠れながら、こちらの様子を窺っている。よく見れば、

おっさんの元いたあたりの地面の土や付近の根に黒い血痕が付着している。


 どこかから回復薬を取り出して飲み始めているから怪我は癒えてしまっているだろうが、こちらを睨み付けている険しい表情から察するに、まだ相手はやる気のようだ。


(そうだ、回復薬――!)


 足首を貫かれた痛みは健在だが、いくらか鈍くなってきてはいた。そのかわり、

熱く感じるようになってきている。


 あたしは肩からたすきがけにしたポーチに手を突っ込む。お守りがわりに、一本だけ回復薬を買ってあった。ポケットウィスキーみたいな金属の容器に入った、一本10,000ゴルドもする高い薬だ。


(くそっ、この傷、骨までいっちまってんな。短刀が突き刺さったのか)


 コルク栓を引き抜いて、あたしは回復薬を飲むべく容器を口元に近づける。

 今は、一刻も早くこの痛みからおさらばしたかった。


「ぎゃんっ!?」


 突然、右目のあたりにすごい衝撃を受けた。思わず回復薬を取りこぼす。

 なにかが目に入ってしまったのか、右目を開けられない。痛みに涙があふれてくる。

  

「なに、しやがった」 


 ぐずり、と鼻をすすりながらおっさんの方を見ると同時に、第二射があたしの方へ向かってきていた。回避術スキルで難なく避けたが、その拍子に足首に負担がかかり、言葉にならない激痛が再度あたしの背中を突き抜ける。


 あたしは、近くの樹木に当たって跳ね返ってきた飛来物を視界に納める。


「し、信じらんねえ。ちくしょう、あいつ――」


 石を投げつけてきやがった。


 さっきあたしの顔面に当たったのは、土まみれの石だ。きっとそのへんで拾ったのだろう。ってことは、あたしの右目を塞いだなのは、石に付着していた土だ。当たったのは眼球ではなく頬骨のあたりだったから。


「あっ、回復薬――あああああっ」


 おっさんが何をしてきたのか気を取られている隙に、容器から回復薬はすべてこぼれてしまっていた。

 あわてて拾い上げて足首に振りかけようとするも、数滴しか出てこない。

 

 もはや傷口は土まみれになってしまったが、回復薬の水分が患部に当たるとかなり沁みた。骨にまで達した傷はほとんど治らなかったが、ごくわずかだけ、痛みがマシになった。


「くそっ、あの野郎、せっかくの回復薬を、くそっ――」


 あたしはごろごろと地面を転がりながら、先ほど手放してしまったマックイレブンを拾い上げる。弾倉が空になるまで撃ちつくしてしまったようなので、アイテムボックスからマガジンをいくつか取り出す。

 目の前の空間に現れて地面にぼとと、と落ちたマガジンを拾い集め、二丁のマシンガンをリロードする。余った分は、腰のポーチにねじこんだ。


(やらなきゃ――!)


 あたしは二丁のマックイレブンを、男が隠れている木のあたりに向けて構えた。

 相手はどこまでもやる気みたいだ、先に殺さないと逃げることもままならない。


「早く、顔を、出しやがれ」


 こうしている間も、足首が痛い。血が止まらず、腐葉土の地面が吸いきれなくなった分が小さな水たまりになっていた。


 おっさんが、顔を、出した。


 おっさんがこちらの様子を確認するべく木の陰から顔を出した瞬間に、あたしは引き鉄を絞った。

 両手の銃口から、パパパパパッと軽快な音を立てておっさんに銃弾が殺到する。


 が――避けられた。狙われていることを悟っていたのか、すぐに木の陰に隠れてしまった。マックイレブンでは、あの巨木を貫通させることができない。


「くっそ、ちょこまかと」


 あたしはアイテムボックスから拳銃を取り出した。マグナム仕様のスミスアンドウェッソン。

 腹に響くような炸裂音とともに、大口径の銃弾をおっさんの木に向けてぶっ放す。


(いぎっ)


 マックイレブンのときはそれほどでもなかったが、マグナムの発射反動は足首の傷に響く。それでも構わず、二発、三発とおっさんの木に撃ち込んだ。


「くそっ、だめか」


 試し撃ちのときは木の幹を砕いてしまったが、あのおっさんが隠れている木は二回りも太く、いくら破壊力を誇るマグナムといえど壊せないようだった。


視野阻ブライン――!」


 とっさにあたしは、左手に持ったマックイレブンの引き鉄を絞った。軽快な発射音とともに、おっさんに向けて銃弾が放たれるも、危険を察知したのか、魔法の詠唱を中断してまた顔を引っ込めた。


(ヤバかった)


 心臓の鼓動が、どくどくと聞こえてくる。鼓動の一つごとに、足首に鈍い痛みが走る。


 この状況で、あの目潰しみたいな魔法をやられてしまってはまずい。

 あたしはおっさんを狙えないのに、おっさんは好きなときに顔を出せるっていう状況は危険すぎる。


 あたしは芋虫のように這いながら、近くの木に隠れた。これなら、あの目潰しの魔法は撃てないだろう。お互いに、木を背にして隠れている形になった。


(いや、この状況もあたしが不利だ)

 

 足首から流れ出ている血は止まらない。アイテムボックスの中から、革袋に入った水と端切れの布を取り出す。唇を噛み締めながら、土まみれの傷口に水をぶっかけた。


(あぐっ――!!)


 沁みて泣きそうになるのを、気合で耐える。いや、目尻に涙は浮かんでいて、ぼろぼろこぼれ落ちてもいるが、ともかく声を出すのは避ける。まだ戦闘中なのだ。


 傷口を雑に洗い流した後、あたしは端切れの布をぎゅっと強く足首に巻きつけた。片結びにするそばから布に血が染みていくが、そこそこの止血効果は期待できるはずだ。


(考えろ考えろ、どうやったらこの状況を切り抜けられる?)


 戦況は良くない。お互い木を背にして持久戦。あたしの方は傷を負っていて、遠くないうちに出血で動けなくなる。もう、足の指先あたりは少し感覚がなくなっているのだ。 


 姿を現せば、あの目潰しみたいな魔法を使われる。だから、逃げることもできない。あいつを撃とうにも、木に隠れていて銃弾は通らない。


(いっそあのおっさんの方に近づいていくべきか?)


 顔を出すようなら撃てばいい。この足でも、じりじりと這って近づくことはできるだろう。あのおっさんの方に接近しきってしまえば、逃げ出そうとしても撃つことができる。


(それしかないか――!?)


 あたしは絶句した。背筋を絶望の焦燥が走る。ぞわぞわと、危機感を煽り立てるように背を撫でる。


 そう、殺したはずの、女の幽霊が、おっさんと同じように木の陰に隠れながら、短刀を握り締めてこちらを見ていた。接近戦に持ち込むという手段も、潰されたのだ。

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