@Yusa
「見てみい、由佐。あんなところで占いやってるよ。ああいうの案外当たるかもよ?」
「占いなんかに頼らないよ、私は。行くよ」
ふん、エセ友達め。
私は心の中で毒づいた。
だって、私は他人様の心が詠めるもの。占いなんか信じない。って、言うかさ、このコ、何? 友達ヅラして。
知ってるんだよ、アンタが私の悪口言いふらしてるの。
「じゃ、ここで、バイバイ」
私はエセ友達に手を振って別れた。
私、由佐は現在短大に通う19歳のお年頃女子。
マンションで一人暮らしをしている。
私の持っている能力は人の心が詠めること。
さして良い能力とは言えない。
「ふう」
私はマンションの前に立つと、軽くため息をついた。
今、帰ったら居るのかな、やっぱ。
居たら、ヤダな。
そんな事を考えながらマンションのエントランスに入ると、いきなり誰かとぶつかった。
「あ、すみま……」
私が言いかけると、ぶつかって来た女の人は、軽くペコっと頭を下げると、猛スピードでマンションから出て行った。
「あの人……」
泣いていた。
でも、心は悲しんでなかった。というか、むしろ喜びでいっぱいだったようだ。
「ガンバレ」
私はなにか彼女にエールを送りたくなって、彼女の走り去った方に向かって小さく呟いた。
そして、エレベーターに乗って5階の自分の部屋へと向かった。
ドアの前に立つと、深呼吸をした。
そして、思いきってチャイムのボタンを押した。
「はあい」
中から、甲高い声が聞こえてきた。
私はうなだれてしまいそうになったけど、気を取りなしてドアを開けてくれた伊緒に笑顔で『ただいま』と言った。
伊緒は、そんな私の気も知らず、いつものように笑顔で迎えてくれた。
って、言ってもここは私のマンションなのだ。
「お帰りん! 由佐!」
伊緒は私のバッグを持つといそいそと奥へと入って行った。
私も後に続いて入った。って、念を押して言っとくけど、ここは私のマンションである。
「今日、なにか、良いことあった?」
伊緒が私の顔を見て言った。
「ないよ、何も」
「そう? 由佐いい顔してる」
「あ、ありがと」
伊緒はふんふんと鼻唄を歌いながら、メイクをするために、私のドレッサーに向かっていた。
伊緒と私は高校の同級生である。
昔から、伊緒はこんな感じだった訳ではない。
つい1週間前に私のマンションに転がり込んできたのだ。
てか、高校卒業してまだ半年足らずなのに、まさか伊緒とこんな形で再会するとは思いもよらなかった。
なんしか、伊緒は昔から不思議な子だった。
私の歩んできた人生の中で、唯一、伊緒だけの心が詠めないのだった。
「なーに? 見つめちゃって。恥ずかしいじゃない」
伊緒が鏡越しに目を合わせて言った。
「ごめ、何でもない。いや、綺麗だなぁ、って思って」
「ヤダぁ、やめてよ、由佐ったら」
一応照れてる感を全面に押し出すも、鏡の中の伊緒は自信に充ち溢れていた。
伊緒は男だ。
高校時代は普通の子だった。
一週間前に突然ここにやって来たのだ。
『由佐? 私、伊織、吉田伊織! 助けて』
『え? 吉田なの? 何で女の格好をしてるの?』
『事情は後で! とにかく匿って!』
『う、うん』
とまあ、こんな感じで私と伊緒は再会を果たしたのだ。
彼は恋人(男)から逃げて来たのだった。
で、何で私の住所を知っていたかというと、卒業式の日にみんなで住所交換をし合ったのだった。
そして、吉田伊織クンは、時を経て伊緒ちゃんになっていたのだった。
「今日これから、仕事?」
「うん」
その時、私の携帯が鳴った。
彼からだった。
私はすぐに電話に出た。
「由佐、俺だ。今日、会わないか?」
「……うん、分かった」
私は恋人の佐竹さんと会う約束をして、携帯をしまった。
「例の人?」
伊緒が訊いてきた。
「うん」
私は嬉しそうに言った。
伊緒は真面目な顔でしばらく私を見たて静かに言った。
「由佐、恋愛と不倫は違うよ」
「……」
どういう訳か、確か、何も言っていないのに、伊緒は私が不倫してることを知っていた。
「あ、ごめ。関係ないよね、ごめんね、由佐」
伊緒が申し訳なさそうに言った。
「あー、うん、慣れてる」
「慣れてる?」
伊緒が私の返答に対して訊き返した。
「友達……ていうかね、友達ヅラしたコが言うの。不倫はダメだよって。けど、実は……そのコも不倫してたりするんだな」
「お互いさまじゃない、ふふ」
伊緒が笑った。
けど、私は笑わずに続けて言った。
「今日も、そのコと一緒に帰って来たんだけど、彼女の恋人と私の彼氏は同一人物なんだ」
「そうなのっ?」
伊緒は大きく目を見開いた。
「うん」
「で、お互いに知ってて、仲良くしてるわけ?」
「ううん、彼女は知らない。知ってるのは私だけ」
「どうやって調べたの?」
「あ、いや、その……、なんと言うか能力を使って」
「能力?」
「そう、誰でも一つは持ってる生まれつきの能力。私、人の心が詠めるんだ」
「えっ?」
伊緒が絶句した。
「どうしたの? 伊緒?」
「全部、分かるの?」
伊緒が小さく言った。
「? そうだよ?」
私が言うが早いか、伊緒はいきなり部屋から飛び出して行った。
「伊緒!」
私は追いかけなかった。
「どうしたの? 伊緒……」
気に罹ったが、私は不倫相手の教授と会う約束を思い出し、支度にとりかかった。
夕方のこの街は酷く明るかった。
ネオンや人々の交わす言葉の雑音が耳に心地よく響いてくる。
どうしよう?
私はちょっと前から悩んでいた。
彼と別れるか、別れないで居るべきか?
そもそも迷っている時点で、答えが出ているのでは? とも考える。
私は他人の心が詠める。もちろん彼の心も詠める。
そう、すらすらと。
彼の気持ちは、常に色んな女に漂って行く。
彼の悪い癖だ。
そして、知っている。
彼が愛して止まないのは、奥さまだけだってことも。
これだけ、心を詠めるのに、別れられないでいる。
私を彼に引き止めるものは、一体なに?
……分からない。
「由佐!」
その時、私は名前を呼ばれて振り返った。
「伊緒」
そこには伊緒が立っていた。
「どうしたの? その格好」
伊緒は女装をしていなかった。
私は驚きを隠せなかった。
「俺、嘘がつけないから」
と前置きをして、伊緒が私を抱きしめた。
「ちょ、伊緒?」
「伊緒じゃない、伊織だよ」
しばらく私達は路肩で抱き合っていた。
道行く人々は、さして私達に気づくふうでもなく通り過ぎていく。
「ナニモカモオミトオシ」
私の耳元で、伊緒が言った。
「え?」
私は意味が分からないでいた。
「なんなの? どうしたの? 伊緒」
「由佐はズルイな」
伊緒が無機質な声で言う。
「ズルイ?」
「そうだよ、ズルイ」
「だから、何が?」
抱き合ったまま言葉を交わす。少し、暑くなってきた。
「暑いし!」
私は力を込めて、伊緒から離れた。
「逃げるなよ!」
伊緒が私の手を掴んだ。力が強い。
「離してよ」
小さく言う私にはおかまいなしで、伊緒は手を離すこと無く口を開いた。
「由佐、さ、キミ、人の心が詠めるんだろ?」
「……はあ? 今、その話? そうだけど」
「俺の気持ちを知ってて、その態度なんだ」
「え?」
「詠めるんだろ? 俺の気持ちも」
そう言った伊緒の目から涙の粒が落ちてきた。
「伊緒、何で泣くの?」
「ずっと、好きだった。由佐のことが」
「えっ?」
私は絶句した。
「俺の気持ち知ってて、何事もないように俺と一緒に住んでくれてたんだ。俺には興味すら沸かないの?」
「な、何言ってんの?」
「俺も言うけど、俺も由佐と同じ能力がある。人の心を詠むことだ。けど、何故か由佐の気持ちだけ詠めなかったんだ」
私の頭の中は忙しく回転していた。
「全部嘘なのも知ってたんだ」
「え?」
私はもう聞くことしか出来ないでいた。
「由佐が不倫していることを知って、止めさせるために一芝居打って部屋に転がり込んだんだよ」
はらはらと涙を流す伊緒は、もう伊緒ではなく、元の伊織に戻っていた。
私はふうっと深呼吸した。
「伊織、それ全部知らないよ、私は」
「え?」
今度は伊織が驚いた。
「だって、何でか分からないけれど、伊織の心だけ詠めないもの」
「嘘だろ?」
「本当だよ。詠めないでいた。だから、伊織の気持ちも今、初めて知ったんだよ」
「じゃあ、由佐は俺の気持ちを知ってたわけじゃなかったんだ!」
「うん」
「マジか?」
「マジ、マジ」
私は笑いながら言った。
「笑うところじゃないよ」
伊織は真顔で言った。
「不思議だ」
「何が?」
「俺も、人の心が詠めるのに、由佐の心だけ詠めなかった」
「どうしてなんだろね」
私は暫く考えた。
「多分、同じ力の者同士だと、分かんないんじゃない?」
と、前置きして私は言った。
「伊織、手話して。痛いよ」
「あ、ごめん」
伊織が手を離した。
「伊織……」
私が口を開こうとすると、伊織が遮った。
「行くの? アイツのとこへ」
「……うん」
「淹じゃ、ダメなのか?」
「……」
私は伊織の目を見ることが出来なかった。
そして、ついに走りだした。
伊織が私の背中に向かって何か言ったけれど、私には届かなかった。
そのまま、私は教授の元へと走った。
いつも会う、ホテルのロビーに着くと、私は佐竹教授を探した。
「由佐」
と手を振って、佐竹さんの方が先に私を見つけた。
私は笑顔で佐竹さんの元へと歩いて行った。
ねえ、由佐、本当にこのままでいいの?
さっきの不安が頭をよぎった。
私は笑顔で、そう、笑顔で佐竹さんに近づく。
佐竹さんの心を詠みながら。
この感情って、何なんだろう?
佐竹さんとの恋は切なくて、背徳的で、素敵な……って、素敵?
本当に、心底、そう思うの、由佐?
私の心は揺れて揺れまくっていた。
「どうしたの? 由佐、キミ、顔色が悪いぞ」
佐竹さんはそう言った。確かに心配してくれる言葉を述べた。
けど、心は……佐竹さんの心は『今日は、ダメかな?』だって、さ。
私は急に現実が見えた気がした。
「サヨウナラ」
私は小さく呟いた。
「ん? 何か言った?」
佐竹さんが笑顔で言った。
私は渾身の力を振り絞って、ロビー中に聞こえるような大声でもう一度言った。
「さようなら」
ロビーにいた人々が振り向こうが、笑おうが気にならない。
私はホテルを後にした。
ホテルの外に出ると、ようやく空が暗くなっていた。
私は涙がこぼれないように、空を見上げた。
今夜は曇りのせいか、星が見えなかった。
その代わり、付きの近くに一人の天女さまが泣いているのが見えた。
「失恋したの?」
聞こえる訳でもないのに、私は空の上の天女さまに向かって小さく言うと、前を向いて帰路に着いた。
涙は流れる。当たり前だ。だって重力があるんだもん。
私は何故か馬鹿馬鹿しい事ばかり考えながら歩いた。
マンションの前に着いた。
「伊織、いるのかな。居たら、ヤダな」
私はいつものようにエレベーターに乗って自分の部屋へと向かった。
鍵を入れてみた。
部屋は開いていた。
「伊緒……伊織?」
ゆっくりと部屋へ入った。
部屋の中は灯りがついていない。
私は、電気をつけた。
「わっ!」
私は驚いて声を出した。
伊織がいたのだ。
「伊織! びっくりするじゃない」
私が言うと、伊織体育座りのまま、ゆっくりと顔を上げた。
泣いている。
「帰って来たの、由佐?」
「ん」
「教授さんは、どうしたの?」
「うーん……捨ててきた」
「え?」
庵の目が大きく見開いた。
「だから、捨ててきた」
「そ……そうなんだ」
「うん」
私は何だかひどく疲れて、伊織の前に座り込んだ。
「化粧すると綺麗だけど、化粧無いとやっぱ男だね、伊織」
「それさ、からかってんの?」
「違うよー。からかってない」
私は小さく笑った。
伊織の身長は180以上はあるだろうに、今は体育座りでこじんまりとしていた。それがなんだか可笑しくなって、私は吹き出してしまった。
「なに? どうしたの、急に笑い出して」
伊織がむきになった。
「いや、なんでもない」
私は笑った。
伊織が口を開いた。
「初めて不自由さを覚えたのはいつ?」
「なにそれ、変な質問」
「いいから、答えて!」
「うーん……」
私は考え込んだ。
「自分の思い通りにならないとか、かな」
私の答えに、伊織がツッコミを入れた。
「それ、アンサーになってないよ、由佐」
「だって、そんなこと言われたって。じゃ、伊織、模範解答をお願いします」
「俺は」
いつもと違って、伊織が真顔で語りだす。
「初めて人の心が詠めなかった時かな」
伊織は真っすぐに私の目を見つめながら続けた。
「高校2年時、初めて由佐と同じクラスになって、心が詠めなかった時、俺は驚いた。それまでは人間関係が壊れるのが怖くて、人の心を詠んで、その人に合わせて付き合うのが、俺の処世術になっていた。だから、由佐の心だけ詠めなかった時、由佐の存在が怖かったんだ」
「……うん」
私は静かに頷いた。
「けど、だけど、それが俺には新鮮だった。今までは心を詠むことで、友達や先生たちと上手くやって来たけれど、由佐とは、本当の自分で居られるんだ、ってことに気がついたんだ」
「うん」
「それから、俺は由佐を意識するようになった」
「……ありがと」
私はお礼を言った。
「あ、うん」
一瞬、伊織はたじろいだけど、続けた。
「由佐は不思議な子だなって、思った。けど、同じ力を持っていることが分かって嬉しい……ていうか、今現在、俺は不自由を感じてる」
「わたしも」
私はさらりと言った。
「そうだよな……って、アレ?」
伊織が私の目を見つめた。
伊織の視線が、余りにもいたいげなものだったので、私はもう一度言った。
「だから、私も不自由」
「由佐……それって」
「うん、そうだよ。けど、安心感はある。だって、言葉にして言ってくれてるんだもの」
「マジで?」
「うん、マジ」
私は優しく微笑んだ。
伊織はゆっくりと私に近づいてくる。
震える手で、伊織が私の肩に触れた。
そして、抱き寄せた。
「伊織、震えてる」
「ごめ。由佐が思ってるより、俺は小心者だ」
「ふふ」
私は伊織の背中に腕をまわした。
私達は強く抱きしめ合った。
そして、顔を上げ、お互いに見つめあった。
私は目を閉じた。
伊織の唇が優しく私に触れてきた。
私は今までに感じたことが無い気持ちになった。
なんだか懐かしいような。
伊織はまだ震えている。
「大丈夫だよ」
「うん」
「私達は上手くやっていける」
私は自分に言い聞かせながら言った。
「うん」
ふと暗くなった外の景色が気になった。
「あ」
さっき泣いてた天女さまがこちらを見て微笑んだ。
私も微笑み返した。
良い兆し。
私達のカタチは幼いけれど、これから二人で手を取り合って成長して行くのだ。
そう、自然に思えてきた。




