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@Iann

「あ、高橋以杏だ」

 私は先生の後ろについて、ランチのお供に社内を外へと向かって歩いていた。

「やっぱ、ハーフは違うねぇ」

「あれでも女子アナ落ちたんだってさ。信じらんねぇ」

 人々の声がけっこう聞こえる。いつものことだけど。

 あっと、私ストッキング大丈夫だよね。

 今日はデオドラントパウダーするの忘れちゃったし。

 私はまっすぐ前を向き、モデルウォークで先生の後をつかつか歩く。

 ただそれだけなのに、目立ってしまうのだ。

 あー、地味に生まれたかった。

「以杏クン、今日は何食べたい?」

 出た! 昨日パスタを食べたいと言ったら、うどんになったっけ。

 今日はアッサリがいいな。

「先生、カレーライスが食べたいです」

「ん! よしっ! なら、カレー行きましょう!」

 ちっ、今日は嫌に素直。

「以杏クン、本当はあっさりが良かったかな?」

 なんだ、やっぱヨンデるんじゃん! ヤなやつ!

「い、いえ」

 私は苦笑した。けど、それも傍から見るとこぼれんばかりの笑顔らしい。

 自分で言っちゃった! けど、これ本当のこと。

 某高層ビルの61階にあるカレー専門店に着くと、先生は巨体を揺らして私の前に座った。

「以杏クン、何カレーにする?」

 豚がしゃべった。もとい、先生がおっしゃった。

「わたくし、野菜カレーを」

「じゃあ、ボクはポークカレーと、海老カレーと、タイカレーと、あとオレンジシャーベット!」

 店員は驚くことも無く、オーダーを受けると下がっていった。

「以杏クン、いいよ、楽にして」

「あ、はい……」

 ああ、ホント楽。

 だって、相手は先生とはいえ、年下の豚なんだもの。

「豚は失礼じゃない?」

「だって、本当にそう思ったんだもん」

 私はテーブルの下で、右足のヒールを先生の股間めがけて蹴り上げてみた。

「うっく! 今日はいつにもましてキツイなぁ」

 先生は苦笑しながら、額から冷や汗をたらした。

「先生ったら、すごい汗ですよ」 

 店員がやってきたので、敬語に戻る。

店員が行くと、また私たちは素に戻る。

「以杏クン、キミ僕を見下してるけど、キミだって最低だ」

 身長155センチ、体重102キロの巨体を揺らして先生は笑った。

「あたしの何が最低なの?」

「キミだって童貞の僕よろしく処女じゃないか」

 からからと年下23歳の先生は言う。

「それ、何が悪いのさ」

「そこだよ~、以杏クン。キミ設定が高すぎるんだよ」

「どゆこと?」

 私はもう先生とは目をあわすことなく運ばれてきたカレーを食べだした。

「怖いんでしょ?」

「うっ……」

 悔しいけど、こいつ仕事がキングオブ『大当たり占い師』だけあって、いつも核心をついてくる。

 そんな私をよそに先生は続けた。

「言いたくない、言いたくないんだけどね、以杏クン、くくくっ、キミはもう26歳のお姉さんなんだし、処女とはちょっと恥ずかしいですなぁ」

「うるせっ!」

 私はまたテーブルの下で彼の股間を蹴りあげた。

 で、も! 確かに。

 私はハーフで、才女で、才色兼備な麗しい女性なのだ。

 付き合うなら、私に釣り合う男じゃないとダメ。

 でも、待って!

 いざ、その時が来て、もし、私が処女だと知ったら、どんな男も引くんじゃないの? って不安は否めない。

 ああ、それにあんなこととかそんなこととか、私にできるのかしら?

「多分出来まい」

 ブタが言う。

「なんで?」

「以杏クン、キミは恋愛もアレだって未経験な訳だけど、ちょっと美化しすぎじゃないのかな?」

「あー、確かに……言われてみ……って、アホ!」

 私は三度彼の股間を蹴りあげた。

「いててててててて! でも、たまらんっ!」

「変態め!」

 私は、はあっ、と溜息をついた。

 アナウンサーを目指して、テレビ局入局を計るも、2年連続最終審査でドボン。

 そんなとき、この豚、もとい先生こと、佐藤たけしと出会う。

『そこの貴女! 貴女一生お金に困らず、一生自由に生きれる道が今ここに開かれた~!』

 とか、なんとか言葉を掛けられたのが、そもそも悪循環な毎日の始まりだった、ような気がする。

 そんな事を考えてたら会社に戻る時間になった。

 今、私は先生の占いカンパニーの社員で、先生の第一秘書を担っている。第一秘書と言っても一人なんだけどね。

「戻るわよ、ブタ」

「ブヒー」

 ニヤニヤ笑いつつ先生は答えた。

 会社に着くと、みんなの前では先生と秘書の形を取る。

 いつものことだけど、帰ると幹部クラス総勢でお出迎えされる。

 私と先生は、黙って8階の社長室に戻った。

 部屋に入るなり、私は芳香剤を撒き散らす。そう、先生の目の前で。

「なんで?」

「だって、先生、臭いから!」

 先生はニタ~と笑う。

 毎日毎日こんな感じで、仕事らしい仕事もせず、先生の相手をするだけで月何千万のお給料を頂くのだ。

 でも、時々考える。

 私のことをファーストネームで読んでくれる特別な人が現れないかなぁ、とか。

「イラドラ」

 先生が呼んだ。

 私は、ハアっとため息交じりに言う。

「センセに呼ばれても、嬉しくないし!」

「イラドラ・以杏・高橋~!」

 笑いながら広い社長室を走り回る。

 私は渾身の力を込めて叫んだ。

「くぉらっ! 静かにー!」

 毎日がこんな感じ。

 壊れながら生きてます。

 その時、社長室のインターフォンが鳴った。

「失礼します、阿部です」

「はあい」

 知らず知らずのうちに私の声が色ずく。

 阿部さんは独身きってのエリートクラスで、顔も頭も性格もCOOLなのだった。

 用件が終わり、阿部さんが出て行った。

「ほうっ」

 私が溜息をつく。

「以杏クン、今日彼を誘うと吉だに」

「へええ……」

 適当に答えた私は我に返った。

「ブタ、今なんってった?」

「だーかーらー、以杏クン、今日は吉だと出た」

 私は丸い目で先生を見た。

「嘘!」

「本当!」

 先生が真顔だ。

 こんなこと、ここに勤めて一回も無かった。

「し、信じていい?」

「ぶう」

「ねえ、どっち!」

 私は先生の頭を掴んで訊いた。

「ホントだよ~」

 先生は苦しそうに行った。

「今から5分後、彼はもう一度ここに来るなり! 来たら、帰りに廊下まで送って手紙を渡すのだ」

「わ、分かったわ」

 私はメモにスマホの番号を書き記し、ミニスカートのポケットに入れた。

 程なくして、阿部さんが来た。

 要件をすますと、入口に向かう阿部さんを追って、私も廊下へと出た。

「高橋さん?」

「あ、いえ、これ……」

 それだけ言って、私はメモを渡すと急いで社長室い戻った。

「たっかはしさん、分かりやすい!」

 先生が言った。

「だって、嬉しいんだもん」

 私は頬を赤らめながら、身体をどんどん大きくさせた。

「以杏クン、キミこの会社だからやってけるけど、狭かないかい?」

 先生は気の毒そうに言った。

「いいの!」

 私は首を曲げ、なんとか広く出来ている社長室にこじんまりと収まった。

 その日のうちに阿部さんから、スマホにメールが入った。

「私のこの美貌と、先生の先見の目があれば、何でもうまくいくのにね」

 私はそそくさと退社して、阿部さんと待ち合わせしているホテルのバーに足を運んだ。

 そんな私を先生は大まじめに見ていたことに私は気が付きませんでした。



 外は人々で賑わっていた。

 人々はすれ違うたびに私を振り返る。

 私は前を向き、モデルウォークで颯爽と歩いた。

美しい夜景を見ながら、お酒をたしなんだ後、私と阿部さんは自然とその流れでホテルの一室へと向かった。

 緊張しない、緊張しない!

 私は祈るように心の中で、呟いた。

 阿部さんはやっぱ、慣れてるというか……。

「なんか飲む?」

「ううん、いらな」

 私が答えるとともに、阿部さんは私を押し倒した。

「高橋……いや、以杏さん、ずっと憧れだった」

「私も」

 う~、この距離、なんですか?

 私の頭の中はめちゃくちゃ働いています。

「力を抜いて」

「う、はい」

 しばらく二人は不自然に抱き合っていた。

「?」

 阿部さんが不思議そうな顔をした。

「な、なに?」

 努めて冷静に私は言った。

「ん、いや、あの、さ」

「はい?」

「キミ、もしかして」

 言いかけて阿部さんは止まった。

「もしかして、なんですか?」

「や、ハジメテ?」

「え?」

 私はトボケようとしたけれど、その私の動きで阿部さんは確信したらしかった。

「あ、あれ噂だったのか」

 阿部さんは無表情になり、パッと私から離れた。

「え? 何何? なんなの?」

 驚く私に阿部さんは言い放った。

「使えないな。君と社長はデキてるんじゃなかったのか」

「なにが?」

「いや、いい」

 それだけ言い残すと、阿部さんは部屋から出て行った。

「はあ?」

 私は服装の乱れを直すと、涙をぐっと堪えて、モデルウォークでロビーへと向かった。

 失礼なことに、阿部さんはルーム代金を支払っていなかった。

ま、今の私には一流ホテルの代金くらいお安い御用だけど。

 私が財布を開けようとしたとき、後ろから聞きなれた声がした。

「以杏クン」

「先生」

 私はダーっと涙が押し溢れてきた。

 と、共に先生をぼこぼこと叩いた。

「以、以杏クン、人目が!」

「あ! うっ……」

 そのまま私はホテルを後にした。

 ところが、表に出ると黒いベンツが私を待ち構えていた。

 ベンツの中からSPクラスの男が二人出てきて、私を車の中へと押し込むと、クロロフォルムのついたハンカチで私の鼻を覆った。

 私は気が遠くなるのに抗えなかった。

 


「う……」

 私は目を覚ました。

 眩しい。

 白い天井からは沢山のシャンデリアが垂れ下がっている。

 その時、懐かしい香りが……。

「って、そだ!」

 私は起き上がると、広い部屋の中のベッドの上で大声を出した。

「ブタヤロウ、出てこーい!」

 そう、この匂いはあいつの体臭だ!

 私が叫んでいると、先生がドアを開けて入って来た。

「以杏クン、キミはよくやってくれたよ」

「なにを? 何の事なのよ?」

「聞いてくれるか、以杏クン」

 いつになく真面目な顔で先生は近くの椅子に腰かけると、語りだした。

「阿部君は、反逆者だったんだ」

「え?」

「内部調査で、分かったんだ。彼はさっき警察に引き渡した」

「ええ?」

 私は普通に驚くことしか出来なかった。

「幸い、以杏クンと僕にはデキテル噂があったから、キミのお陰で助かったんだ。ヤツはキミを利用しようと目論んでいたんだ」

「う、うそ……」

 私は力なく言った。

「なんで、私に言ってくれなかったの?」

「それはキミ、敵を騙すにはまず味方からでしょ?」

「ハアっ!」

 私は溜息をついた、そして続けた。

「そっちじゃなくて、何で、あたし達がデキてんの! すっごい、ありえん事じゃね? いつからそんな噂がたったのよ?」

 私の問いに、先生は笑った。

「アリエンコト……アリエンコトはありえんのじゃないですか?」

「何言ってんの?」

「以杏クン、よく考えてみ。キミは僕から離れてやっていけるの?」

「何言って……」

 そこまで言って私はハッとした。

 それに気付いた先生は続けた。

「アリエンくらいの飛び抜けた高給、アリエンくらいのどうでもいい仕事、そして、アリエンくらい自分を見せてしまっている気楽さ、これって、僕以外の男で出来る奴っているのかにゃ?」

 不敵に先生は笑った。

「そ、それは……!」

「以杏クンは頭が良過ぎて、見えていないことが多いんじゃないの? 僕は初めてキミを見た時に全てが分かっていたのだ」

 私は頭に手を置いてパニックに陥っていた。

「嘘よ、そんなの。かわいくて綺麗で頭が良くて、モデル並みの私に合うのは一流の男。そう、背が高くて、声が低くて、頭が良くて、それで、それで……」

 知らない間に近くに来ていた先生は、私の手に自分の手を重ねてきた。

 それは、ぶにっとしていて、生暖かく、汗ばんでいて気持ちの悪い……気持ちの……そうでも……な……い。

 私は傍らに来た先生の目を見た。

「ぶひっ」

 ブタが鳴いた? いや……ぶ、た?

「キミが呼びたいんなら、ブタと呼ばれるのも構わない」

 ふうふうとおデブの先生はいつも苦しそうに呼吸をする。

 生暖かい風が私の顔に近づいてきた。

「や、うそ……え? え?」

 心の準備が整っていないまま、私は先生と口づけを交わしていた。

 気持ち悪い……? って思ったけれど、そうでもない。

 すごく長い時間に感じた時、先生が私から離れた。

 先生はニカッと笑うと、

「アリエンことないでしょ?」

「う、ん」

 私は悔しいけど、頷いた。

私は諦めた。

 何を? 全てを?

 いや、何言ってんだ、私!

 でも、確かに、条件は良いかも。

 ただし、相手はブタだけど……。

 私の頭の中は激しく回転しだした。

 そうこうしているうちに、色々あって、色々あった。

 そうして、その夜はなだらかに過ぎ去ったのです。


 

「ねえねえ、見てみい、由佐。あんなところで占いやってるよ。ああいうの案外当たるかもよ?」

 一人の女の子が友達らしき女の子に耳打ちした。って、ここまで聞こえてるっ!

「占いなんかには頼らないよ、私は。行くよ」

 そう言うと二人の女の子は私達の前から去って行った。

「やっぱ、辻占じゃ、ダメだな」

 小さな声で先生が言った。

 あれから2か月が経った。

 結論から言って、会社は潰れた。

 先生はと言えば……借金と生活苦で50キロも体重が減ってしまった。

 やはりキングオブ占い師だったのだと思う。

 人様のことは見えても、自分の将来は見通せなかったのだ。

「以、以杏……。キミは僕から去らないでね。近くにいてね」

 先生はいつも口癖のように言う。

 私は……私は……。

「行っちゃったね。僕はもう、占い師としてダメだ。以杏、キミも……キミには幸せになって欲しい」

「え?」

 先生はそう言って立ち上がると、辻占の看板を蹴り飛ばして、走り去った。

「え? え?」

 私は、正直、考えてしまった。

 彼を追いかけるかどうか。

 私は綺麗でかわいくて、勉強だって出来て……。

 私は……私は……。

 先生は帰って来ない。

 いいの? これで?

 私は激しく悩んだ。

 悩んで悩んで、悩みあぐねた。

「もー!」

 牛のようにうなると、私は次の瞬間走りだしていた。 

 私は先生を追いかけた。

先生! お願い、神様追いつかせて!

 すっかり痩せてしまった先生は、意外に足が速かったりする。

 私は幾つもの曲がり角を曲がって追いかけた。

 そして、次の曲がり角を曲がった先に先生の後姿を見つかることができた。

 私は人の目も気にせずに大きく叫んだ。

「先生!」

 私の少し前にいた女が振り向いた。

 恥ずかしくなんてない。

 先生は私に気づくと

「く、来るなぁ」

 と目をつむって、呟くように言った。

 私を拒みながらも、先生の足は完全に止まって、私が来ることを待っている。

「ぷっ」

 私は気付かれないように、吹き出した。

 なんだかんだ言ったって、待ってるんじゃん? って。

 私はなんとか先生……いや今では佐藤たけしと言う方が妥当だろう。

「たけしくん」

 私はわざと呼び方を変えた。

「な、なぬ?」

 先生は鼻から鼻水をたらしながら、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。

「もう! 逃げる気なんてない癖に」

 私は笑った。

「だって、僕はキミを幸せに出来ない……」

 私はふわっとたけしくんに抱きついた。

 そして、よしよしと背中をぽんぽん優しく叩いた。

「以、以杏……」

 たけしくんは、もう動かなかった。

 いや、動けなかったのだろう。

 あんなに自己中心的で、怠慢で緩慢なボディも消えてしまった。

 ついでに言えばお金も運も。

 あるのは私の存在だけ。

「たけしくん、まだ運が尽きたわけじゃない。運は周り巡るものだと教えてくれたのは、たけしくんよ」

「以杏……」

「たけしくん、行きたいところがあるんだ」

「何処?」

「いいから、ついて来て」

 私はたけしくんの腕を引っ張って歩きだした。

目的地に着いた私はジーンズのポケットから紙きれを取りだし、たけしくんの目の前でひらひらさせた。

「それは……」

「そう! ちょっと待ってて」

 私はたけしくんをおいて、お店まで走った。

 大丈夫! 私は確信していた。きっと……いや、絶対!

 次の瞬間、鐘が鳴った。

「ほら、ね?」

 私は近寄って来た、たけしくんに抱きついた。

「これは」

 驚くたけしくんに私は言った。

「初めて出会ったとき、たけしくんは言ったわ。キミは一生お金に困らず、自由に生きてく道が開けた、って」

「そ、そうか!」

「この当たった宝くじで、地道にだけど二人なら一生困らないほどはあるわ」

「以杏……」

 たけしくんは泣きだした。

 私は再び抱きしめた。

 凸凹カップルだけど、良いんじゃない? こんなカップルがいたって。

 素直にそう思えたのだった。


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