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@Nao

小島君が転校してきて以来、私は彼の一挙手一投足を見て来た。というか、穴が開くくらい見つめてきた。

 なのに……。

「もうすぐ小島君が転校して行きます。何か思い出になるようなものを渡しましょう。各自、休み明けの月曜日までに探してね」

 担任の黒田が淡々と言った。

 思い出に残るもの……。思い出には……したくないな。

 私は空席になっている、小島君の席に目をやった。

 今日彼、小島君は引っ越しの準備でお休みなのだ。

 小島君は小さな時から転勤族の両親について転校ばかりしていたらしい。

「菜緒! 帰ろ!」

 友達が声をかけてきた。

 けど、今日は大切な日なのだ。

「あ、今日ちょっと寄るとこあって」

 私は断ると、鞄と持ってきていた紙袋を抱えて教室を出た。



 私はいそいそと近くの公園を目指した。

 歩く私は心の底から、自分の能力を有難く思った。

 これって、ずるいのかな?

 けど、こうでもしなけりゃ、彼に近づけない。

 私は公園のトイレに入ると、便器に座って精神統一をした。

「どうか上手くいって」

 しばらく私は頑張った。

「ふむ」

 私は確信したところで、持って来た紙袋の中から、小さな洋服を取りだして着てみた。

「ぴったりだ」

 トイレの個室を出て、ミラーの前に立った。

「完璧!」

 自分の姿に自信を持って、公園を後にした。



 小島君の住む社宅はこの公園からそう離れてはいなかった。

「いるかな? 小島君……」

 不安を抱きながら社宅の前まで行くと、丁度中から小島君が出てきた。

 私はドキッとした! ……けど、ダイジョウブ!

「じゃ、行って来ます」

 どうやら出掛けるらしい。

小島君はチラッと私の方を見たけれど、何事も無かったかのように通り過ぎて行った。

 私は急いで小島君の後を追った。

 小島君はするすると歩いてく。

 今の私には彼に追いつくことは至難の技だったけど、頑張って尾行した。

 どれくらい行っただろう。

 小島君は小さなビルの中に入って行った。

 三階建てくらいの小さなビル。

 エレべーターが閉まる瞬間、私は中に滑り込んだ。

 エレベーターの中には小島君と私しかいなかった。

「何階?」

 不意に小島君が言った。

「……」

 こんな密室で小島君と二人きりだと思ったら、緊張して声が出なくなってしまった。

「三階で良い?」

 小島君はサラッと言うと、三階のボタンを押した。

 ドキドキ……私の心臓の音が響き渡るようだった。

 三階って意外と時間かかるものなんだね。

 私は大好きな小島君の背中を見つめた。

 ドキドキドキドキ……。

「おかしいな」

 小島君が小さく言った。

「?」

 小島君は不思議がる私の方に向き直ると、

「エレベーター、止まってしまったよ」

 とさらりと言った。

「え?」

 私は小さく驚いた。

「大丈夫だよ。今助けを呼ぶから」

 そう言って、エレベーターに備え付けられた電話機をとった。

「……」

 小島君は真面目な顔で待っていたけど、どうやら応答が無いらしい、静かには受話器を戻した。

 それからまた私の方を向くと、優しい笑顔で言った。

「何年生?」

「……一年生」

 私は緊張する心を制しながら答えた。

「一年生かぁ。いいな」

「お兄ちゃんは?」

 私は咄嗟に訊いた。

「高校生。二年だよ」

 そう言いながら、壁に背をあてて、私の横に座り込んだ。

 私も座った。

「エレベーター壊れたの?」

「うん。けど、大丈夫だよ」

 小島君は優しい。

 私はドキドキした。

 そんな私の能力は子供に戻れること。

 時間は5~6時間。

 間もなく転校して行く小島君のことを思い詰めて、この土日で小島君と二人で話したかった。

 この姿なら、小島君に私だと気付かれずに近寄れる。と目論んだのだ。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「……なんでもない」

 私は実は『好きな人いる?』と言いたかったのだけど、言えなかった。

「はは、面白い子だな」

 小島君は笑った。それから、おもむろに言った。

「僕の初恋は一年生の時だったけど、キミは、好きなコいる?」

「……いないよ」

 はあ、切な。言いたいけど、言えないよ。

「そう」

 小島君は続けて言った。

「僕には、ずっと好きだった人がいるんだ」

 え? だれだれ? 

 私はうろたえたことを悟られないようにするのが精いっぱいだった。

 でも、誰だか名前を聞きたかった。

「どんな人?」

「聞きたい?」

「うん」

 私は真面目に答えた。

「大人しいひと。出しゃばらず、目立たない。けれど、教室に花を飾ったりしてた。みんなの気付かないところで輝いてた」

 そこで、小島君はポケットから飴を出し、私に渡した。

「はい」

「ありがとう」

 私は小さくお礼を言った。

「僕は昔から、転校ばかりしていてね」

 遠くを見ながら小島君は話しだした。

「そう、転校ばかりしていたのに、僕の奥手な性格は治らなかったなぁ。……ここ笑うところだよ」

 そう言うと私の方を向いた。

 私はこんなに間近で小島君の顔を見ることが無かったので、もの凄く緊張していた。

「キミは、大人しいね」

 ううん、そんなことない! 

 私は心の中で叫んだ。

「ふふ」

 小島君は小さく笑った。

「実は僕、一度だけ、同じ街に引っ越したことがあるんだ」

 そうなんだ。

 私はこくんと頷いた。

「その街は、僕の初恋の人がいる街だった」

 前を向き、小島君は続ける。

「僕は離れてたけど、すぐにその人を見つけることが出来た。でも、彼女は僕に気づいてはくれなかった」

 ふうっと溜息を交えながら、小島君は話す。

「さっき言ったけど、僕は奥手だから、何も言えないまま半年が過ぎた。そうして僕は再び転校することになった。僕は焦ったよ。二度あることは三度ある、って言うけれど、多分同じ街に来ることはもう無いんじゃないかってね」

 私は彼が想いを寄せるその人のことが憎らしく思えた。

 こんなに彼に想われているのに! 

 私は彼女に嫉妬した。

 それとともに、自分は失恋したんだ、という現実を突きつけられて、涙を浮かべてしまった。

「どうしたの?」

 私が泣いていることに気づいた彼は優しく言った。

「だって……」

「だって、何?」

「お兄ちゃんの恋って、切ない」

 嗚咽を漏らしながら、そう言うと、

「ありがとう」

 そう言って、私の頭をなでてくれた。

「僕は、だから、彼女に想いを伝えよう、と決心したんだ。……だけど、僕は転校する定めだし、僕が想いを伝えたところで、彼女を幸せに出来るかどうか、と考えたら、告白することが出来なくなった」

 小島君は前を真っすぐ見据えて話す。

「けど、そんなある日、僕は偶然気がついたんだ。彼女も僕のことを想ってくれてたんだ、とね」

 私は、今度は、二人の想いが通じたことに嫉妬の気持ちが湧いて来た。

 ここまで来たら、私の入る余地なんて、これっぽっちも無くなってしまった。

 私は逃げ出したくなってきた。 

「あのっ!」

 私は立ちあがると、小島君に向かって言った。

 早くここから逃げ出したい。

 そんな気持ちでいっぱいだった。

「エレベーター、まだ動かないのかな?」

 すると、小島君は驚いた顔をして言った。

「どうしたの?」

「どうもしない、早く帰んなきゃ」

 私は涙をぽろぽろ流した。

「……エレベーターは……いつでも動くよ」

 小島君は静かに言った。

「え?」

「僕の思い込みじゃないことを信じて……」

「?」

 小島君はそう言って立ちあがると、エレベーターのドアの前に背を向けて、私の方を向いて仁王立ちになった。

「嘘だよ。あ、違う、合っている。……んー」

 独り言をつぶやきながら、小島君は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「小……お、お兄ちゃん? どうしたの?」

「……困った」

 小島君は、私の問いに意味の分かんない返答をして来た。 

「これは、アレなのかな?……んー」

 小島君は何やらぶつぶつ言いながら、悩んでいるようだった。

「いやいや……はあ、んー、んー、……っく!」

 突然、小島君は意を決したように顔を上げた。

「お兄ちゃんは、バカだ……」

 静かに言う小島君は、とても疲れた表情をしていた。

「お兄ちゃん……」

 小島君は、なにかとても大きな悩みでも抱えているように見えた。

「悩んでいるの?」

「うん」

「沢山?」

「うん、沢山。それは、もう本当にスゴイ悩んでる」

「な、何を?」

 私は彼を助けたかった。

 さっきまで流れていた涙も、いつしか乾いてしまった。

「何って? なんだろ? なんなんだろ? 僕は……っ」

 小島君の態度に不自然なものを感じ取った私は、ゴクッと息を飲んだ。

「お兄ちゃん?」

「キミは……いい子だな。お兄ちゃんはこんなに悪い人間なのに」

 そう言うと、小島君はうなだれていた顔を上げて、私の目を見据えた。

「!」

 私は急に怖くなった。

 な、なに?

 私が震えているのを感じたらしい。

「あ……ごめん。怖かった?」

 いつもの小島君に戻った。

 私は身を固くしたまま、小島君をジッと見た。

「!」

 次の瞬間、小島君の目からはらはらと大粒の涙がこぼれた。

「そんな分けないのに。お兄ちゃんはバカだ、大バカだ」

 小島君はそう言ってすくっと立ちあがると、エレベーターのドアに手をあてた。

 静かにエレベーターのドアが開いた。

 私は訳が分からずにいた。

「さ、お帰り。気をつけてね」

 寂しそうに小島君は言った。

 私は動かなかった。ううん、動けなかったのだ。

「どうしたの?」

 小島君が口を開いた瞬間、私は驚くべき行動に出た。

「キミ?」

 私は小島君の身体に抱きついた。

 今の私の身長では、小島君の唇に触れることは出来なかったけど、こうして抱きつくくらい許して……ね? 小島君。

 私は驚く小島君を置いてエレベーターを飛び出た。

 その瞬間、小島君が叫んだ。

 私はビクッと立ち止まった。

「新井さん……だよね?」

 私は小島君に背を向け、止まってしまった。

 時間が止まるって、こんな感じ?

「ね、キミ?」

 小島君が返事を求めている。

「ねえ、そうでしょ?」

 小島君の声が震えた。

 見つかった。

 私は、全てがばれたたことと、自分がした事の愚かさを知った。

「……うん」

私はうなだれて小さく答えた。

 私は、私は恥ずかしさでいっぱいになった。

 それと同時に、彼を騙したことを後悔した。

「ごめ……」

 私が謝ろうとしたとき、私の背中に優しいぬくもりが触れた。

 これは?

「僕こそごめん」

 なに?

「キミが家の前に立ってた時から、分かってた」

 え? 

「僕は男として最低なヤツだ」

 何言ってるの?

「キミだと分かってて、キミと二人きりになりたくて……そう、ただそれだけのために力を使って、エレベーターを止めた……」

 小島君は私の肩を持ち、私の身体を自分の方に向けさせた。

 小島君はジッと私を見つめた。

 そこで私は全てを悟った。

 さっきの話し……それは私のことだったの?

 小島君は微笑んだ。

 私はその笑顔で安心した。

「私、まだ未熟だけれど、時々、子供になれるんだ」

「うん」

 小島君がうなづく。

「ズルイのは私の方だよ。こんな変な能力を使って、小島君に近づいた」

「ううん」

 小島君は顔を横に振った。

「私」

「お相子だよ」

「小島君……」

「僕は小学一年生の時にこの街に初めて来た。キミは今の姿そのものだった。それから十年後の今、再びこの街に来た。偶然同じクラスだった。すぐに僕はキミだと分かった」

 私の目から涙があふれ出た。

「昔から、キミは控えめだった。そのくせ良く気がつく子だったね。キミも僕を想ってくれてる?」

 私はこくんと頷いた。

「けど、私、バカだから昔会ってたってこと気がつかなかった」 

「いいんだ、いいんだよ、そんなこと」

 小島君は笑顔で言った。

私は目を閉じた。

 小島君は私を抱きよせてキスをしてくれた。

「? 何でおでこ?」

「相手は小さな子供だもの」

 恥ずかしそうに小島君は笑った。

 私も真っ赤になった。

 私達は初めて想いが通じる喜びを知った。

「僕たち、似てるな」

「うん」

 私達は笑いあった。

「ところで」

 小島君は真顔になった。

「僕の力は電磁波を操ることだけど、キミのその能力はずっと続くの?」

「ううん、5~6時間くらいかな」

「そう」

 小島君は悔しそうに言った。

「早く、今の君を抱きしめたい」

 私は恥ずかしさでいっぱいになった。

「小島君、奥手じゃないよ、全然」

 そう言う私を小島君は再び抱きしめた。

 二人はしばらくそのままお互いのぬくもりに包まれていた。



 私は明日、改めて小島君と会うことを約束して家に帰った。

「あ、菜緒……」

 帰って来た私を見て兄が驚いた顔をした。

 なんだろ、この姿は見慣れているはずなのに。

 兄は笑った。

「良かったな」

 たまにうちの兄はおかしなことを言う。

 そう言えば、お兄ちゃんだけ、どんな能力を持っているのか、家族全員知らないでいた。

 まあ、そんなこと今はどうでもいい。

 あ、そうだ。

「お兄ちゃん」

 私は兄を呼びとめた。

「なんだ、菜緒?」

「うん、あの友達が火曜日に転校するんだ」

「そうか」

「そう、で、お別れ会に着て行く洋服が欲しいんだけど、お兄ちゃんの彼女さんに選んでもらいたいの」

 兄の彼女さんは、私の憧れのショップの店員さんなのだ。

 ダメもとで言ってみた。

「そう言うことなら、分かった。頼んでやるよ」

「いいの? 嬉しい」

「明日会うから、電話かけてこい。いきなりだとアレだから、自分で話してみ、替わってやるから」

「うん!」

 兄は立ち去ろうとして、振り返った。

「なに?」

「いいや、なんでもない」

「変なお兄ちゃん」

 私はその夜眠れなかった。

 明日は、彼、小島君と想いが通じて初めてのデートだ。

 私はあまりの幸せに怖さすら覚えた。

 その夜、久しぶりに七色の月が出た。

「あ、七色の月は幸せの印……」

 私はしばらくベッドの中から月を眺めていた。




翌日、私は高鳴る胸を躍らせながら、待ち合わせの公園へと向かった。

 遠目にも彼がこちらを向いて手を振ったのが分かった。

「小島君」

「新井さん」

 二人はどちらからともなく手をつないで歩きだした。

 私達は、例えこれから離れ離れになっても、寄り添って行ける。

 私は、いいえ小島君もそう確信しているはずだ。

 私達は、まだまだ不器用な子供だったけれど、きっと、いいえ絶対に同じ人生を歩むんだ。

 その時、道の前から小学生の子供たちが数人、走り去った。

 私も小島君も立ち止まって、彼らの後姿を見送った。

「あの子達も、いつか誰かに恋をするのかな」

 私が言うと、小島君が言った。

「うん、きっと、ね」

 二人は顔を見合わせると、笑いあった。

 そして何処にでもなく前へと歩き出した。



 その時、私達は前から来た、黒髪をなびかせた綺麗な女の人とすれ違った。

「綺麗な人だったね」

私が言うと、小島君は真顔で言った。

「今の人、誰かに似てた」

「知り合い?」

「いや、ごめん。気のせいだったかも」

「ふうん」

 私達はまた歩き出した。

 その後のことは内緒です。


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