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帰宅後(2)

「そういうわけで何の準備もしてないから、今日の夜から空いてる部屋の片付けしよう。レオナの荷物はいつ届くんだ?」


 昨日と今日で精神的に忙しかったため、そのことをすっかり忘れていた。

 思い出してみれば、俺が早退してから誰も来ていない。

 「荷物でも届けば、思い出したかもしれないのに」と今さら考えても仕方ないのだ。

 しかし、レオナの返事は俺の予想を超えるものだった。


「もう持ってきてるよ。リビングに置いてあった旅行バック全部入ってる」

「は?」

「何かおかしい?」

「おかしくはないけど……」


 確かに旅行バックがソファーの上に置いてあったことを、早退して家に入った時に確認している。

 二泊三日用のバックを――。

 男でも荷物一つだとしてももうちょっとパンパンに入っていている。女の子の場合はそれ以上に入っていてもおかしくはないはずなのに、上の方が倒れている様子から、中身はほとんど入っていない。


 予想でも着替えが三着ぐらいだろう。

 化粧品とか必要ないんだろうか?

 何気なく俺はレオナの頬を触ってみる。

 思った以上にスベスベだった。


「なんで頬を撫でるのかな?」

「あ、わり……痛い痛い! 抓るな!」

「許可なしに触る奴がいけないんでしょ? 一言言ってくれたら、拒否なんてしないのに……」


 レオナはそう言って、抓るのを止める。

 抓られた部分が内出血しそうなぐらい赤くなっていた。


「すまん。しかし、化粧品はともかく着替え少なくないか?」

「そうだね、もう二着ぐらいは欲しいから盗ってこようかな?」

「どこから?」

「近くのデパートから」


 確かに近所に大型のデパートがある。

 主婦の人たちや女性からすれば物足りないかもしれないが、俺からすれば十分に事足りるぐらいの大きさだ。

 この時間帯に行けば、きっと弁当の安売りをしているだろう。

 そうじゃなくて、今、こいつは何て言った?

 取ってくる?

 買ってくるじゃなくて取ってくる――いや、盗って来るか。

 『盗む』って書いて『盗る』と読めることは思い出し、レオナが言いたい言葉の意味を理解する。


「ねぇ、なんかおかしなこと言った?」


 俺の反応にレオナは思いっきり首を傾げていた。

 言葉全てがおかしいことに突っ込んだ方がいいんだろうか?

 その時、ふと大事なことを思い出す。 


「レオナの世界では物を買う時、どうしてた?」

「お金払っ――あ、奪ってた」

「最初の言葉をもう一度言ってみようか」

「お金を払ってた。うん、当たり前だよね。でも私、お金ないもん」


 膨れっ面になるレオナ。

 そもそも、なぜ言い直したのだろう。その意図が良く分からなかったけれど、確かにレオナは俺の住む世界のお金を持っていなくて当たり前だ。言い直した件は一時的に見逃すとして、魔王ゆえにそれぐらいの強奪はきっと何の問題もなかったことは分かる。


 しかし、そんなことをさせるわけにはいかない使命感的なものが、俺の中で湧いてきた。

 いや、きっと違う。

 『盗んだであろう』物を俺が見たくないだけなのだ。

 目に入っただけで物凄く罪悪感が湧いてしまうから。


「オッケー、分かった。明日服を買いに行こう」

「学校は?」

「急を要するから休もう。俺はともかくレオナは明日、学校に電話するように。オッケー?」

「オッケー。でもお金あるの?」

「男の一人暮らしだからって、父さんが少しだけ多めにくれてたんだけど、なるべく節約してたから大丈夫。残った分は小遣いとして使ってもいい感じだったけど、そこまで買いたい物もなかったからさ」

「なら、大丈夫だね」


 本当は今すぐにでも買いに行きたかったが、時間的に足りない事は明白。そうでなくても、女の子の買い物は時間が掛かるのは唯と買い物に行った時の経験済みである。

 唯一、この状況で生きた経験。

 むしろ、唯よりも時間が掛かると考えても問題ないはずだ。


 唯の場合、まだ自分の趣味が分かっているからこそ、いくら感性の好みが合ってもそこまで悩まない。しかし、レオナの場合は趣味も分からず、感性も分からない。それどころか、下着から洋服までの一式を揃えないといけないのだ。気に入った物を完璧に揃えるとしたら、一週間掛かってしまうのではないか? と思ってしまうほど。

 俺に凭れ掛かったままのレオナは、のん気そうに明日の買い物が楽しみなようで鼻歌を歌い出す。


「あ、ちなみに今持ってる服は明日着たら捨てろよ? どうせ、盗んだ物なんだろ?」

「えー、気に入ってるのに……」

「この世界で盗みは犯罪です」

「うぅ、でもバレなかったら大丈夫でしょ?」


 レオナが俺の方へ向き直り、上目遣いで俺を見つめてくる。誘惑して、俺が発言を取り消す事を企んでいるらしい。

 『誘惑』という言葉に俺は気付き、目を閉じた。

 レオナには幻術を掛けられる魔眼を持っている事を思い出したためである。


「なんで目、閉じるの?」

「だって魔眼あるじゃん」

「ちっ」

「舌打ち聞こえてるから。駄目なものは駄目」

「分かったー」


 レオナは素直に諦めたらしく、盛大にため息を吐いた。

 思いっきり残念そうな雰囲気が漂うが無視。


「あれ? なんで目、開けないの?」

「油断したら幻術掛けられそうだから」

「あー、しないよ? 優太には絶対にしない」

「え?」


 俺はレオナの言った『絶対』という言葉が引っかかる。

 その意図が全く分からなかったためだ。


「優太のお父さんや彼女さんに魔眼を使ったのは、優太に近づくためだけだし。それに基本的には使わないでいようかと思ってさ。私が魔王ってバレた相手にだけ使うかも」

「なるほどね。俺には使う必要がないわけだ」

「そうだね。魔王って分かっても普通に接してくれるから使う必要もないし。そもそもなんで優太は私を怖がってないの?」

「あー、怖さがないってのが理由かも」


 目を開けて、レオナを見つめる。

 あの日、レオナが落ちてきた場所とほぼ同じ場所にレオナが現在いま座っているのだが、あの頃と比べるとかなり落ち着いている。いきなり自分が知らない場所に現れたのだから、動揺していたのだろう。それなりに目つきも鋭かったが、現在のレオナはかなり可愛い目をしている。角も縮小しているため、普通の人間に見えるからなのかも知れない。

 それを考えると、やはり見た目が大事だということがよく分かる。


 きっとそれだけじゃない。

 言葉遣いも影響している。

 もうちょっと命令口調かと思いきや、どっちかっていうと優しい言葉遣いだ。だからこそ、特別扱いしなくて済むと心が決め付けてしまったのだろう。

 今の俺の発言で、レオナは少しだけムッとしているみたいだったが……。


「もうちょっと魔王としての威厳を見せつけようかな?」


 目をつり上げて、口端は軽くヒクヒクとさせている。


「止めてくれ」

「じゃあ、今日は高級料理を食べさせて」

「常識的に考えて無理。つか、レオナは俺と一緒にコンビニ弁当だ」


「美味しくないからやだ」

「食ったことあんのかよ!」

「食わないと生きていけないじゃん」

「それもそうだ」

「あ、良いこと考えた!」


 その顔がロクでもないことを考えていると分かる。

 このタイミングで、そういうことを言う奴に限って、ロクでもないというのは常識だからだ。


「却下」

「却下する前に聞いてくれてもいいじゃん!」

「分かったよ、聞くだけだぞ」

「唯の家で食べさせてもらおう」

「迷惑がかかるから却下」


「えー、じゃあ唯に作りに来てもらおう!」

「さっきと同じ理由でパス」

「じゃあ優太が作ってよ!」

「そんなスキルはない。そもそも言い始めたレオナが作ればいいんじゃね?」

「魔王にそんなことをさせる気?」

「ここでは一般女性の一人です」


 こんな責任転嫁や思い付きの発言を三十分も続けてた後、最終的にコンビニ弁当に決まった。

 もちろん舌の肥えたレオナには不評だったのは言うまでもない。


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