学校(2)【レオナ視点】
私は担任に「廊下で待っててくれ」と言われ、ずっと待っていた。
紹介するまでに何か話すことがあるらしい。
しかし、教室からは転校生の件について誰かが聞いているらしく、担任が宥めているらしいが納まらないのか、騒々しい声が廊下まで聞こえてくる。
こんなもの私だったらすぐに納めるのに。
この担任に指導力が欠如しているのだろう。それは職員室という場所にいた人たち全員にも言えることだ。何かが欠けている気がした。唯一、校長という爺だけが少しだけマシなレベル。
そんなことよりも一番気になるのは、どこのクラスも変な雰囲気に包まれているということ。私からすればたいしたことはないけれど、まるでギスギスとした感じのものが渦巻いているようにさえ感じた。特にこれから入る教室が一番酷いような気がする。
こんな状態に包まれていれば、精神的にキツいのではないか?
そんなことを考えながら周囲を見回していると、ようやく教室のドアが開く。
「中に入ってきなさい」
「はーい」
担任に言われるがまま、私は教室の中に入る。
視線が一気に集まるのが分かる。
普通ならば緊張してしまうのだろうが、あっちにいた頃は当たり前の視線だったので気にならない。
職員室で説明されたように自分の名前を書いていく。今まで名乗っていた『中原』と書きそうになったが、雄太の父親と母親として操っていた人を再婚させたせいで苗字が変わったことを思い出し、改めて『九条レオナ』と書き直す。
その瞬間、クラスがざわめいた。
九条という名前がこの教室に一つしかないのは分かっている。わざと優太のクラスに入れるように、色々と仕組んだので当たり前なのだが……。
名前を書き終わると全員の方に顔を向けて、自己紹介を始める。
「私の名前は九条レオナといいます。諸事情によりこの学校に転向してきました。九条優太は私の義兄になるので、兄妹共々よろしくお願いします」
それだけ言って、私は頭を下げる。
本当は私が姉でも良いのだが、ここは優太を立てるためにもワザとそう言った。そっちの方がきっと優太も怒らないと思ったから。よく分からないが、学校に来るのを嫌がっていたのを無理矢理連れて来たので、これぐらいの配慮をしても問題ないはずだ。
呼ぶときは呼び捨てだけど。
「あれ?」
声を上げて、反応がおかしいことに気付く。
遠慮気味の拍手。
さっきまでの活気付いた雰囲気がなくなっていた。
むしろ、他のクラスからも感じていた異様な空気が濃く自分に突き刺さる。
優太を探すついでに全員を確認すると、それは全員から感じるが一番強かったのが四人。きっと腹黒さからそう感じるのだろうと推測出来た。生きとし生けるもの全てが持っているものであり、大小は関係ないけれど、三人からは態度からでも分かる。もう一人は完全に隠しているようだ。
「優太がいないんですけど」
「誰か知らないか?」
「あー、なんか体調が悪いみたいで帰りましたー」
その三人の中の一人がそう答える。
「そうか。分かった。九条さんは窓際の二列目の一番後ろに座ってくれ。その隣の席が九条くんの席だから」
「はい」
その指示に従い、私はその席へと向かう。
よく分からないけれど、腑に落ちない。
それはあの三人がニヤニヤと笑い、唯の顔がものすごく悲しそうな顔をしていたから。
雄太の席を見れば、机に備え付けられているフックにはまだカバンが掛けてある。
つまり、まだ優太は帰っていない。
それなのに、あいつはなんで嘘を吐いたのだろう?
「それじゃHR終わります」
担任が教室から出ると、真っ先にあの三人が私の机に集まってきた。
私に興味を持っていたらしく、他のクラスメートを押しのけるにして。いや、三人が来たから、自分から避けたと言っていいのかもしれない。
逃がさないような感じで両端を遮るように二人が私を囲み、一人が正面にいた席の人を無理矢理退かす形でイスに座る。
「初めまして、俺の名前は安部って言うんだ。よろしく」
「あ、俺は馬場園って言うんだ。九条にはいつもお世話になってるよ」
「俺は斉藤だから」
「義兄がお世話になってます。これからは私もよろしくお願いします」
「それでさ、彼氏とかいるの?」
安部がいきなりそんなことを尋ねてきた。
私はその言葉に呆れてしまう。
最初の質問がこれか。やっぱりロクな奴じゃないタイプの人間か。
そのことが分かるもやはり最初の印象は大事な事はちゃんと分かっているため、
「いないですよー。いたら、転校なんてしてないです」
なんて、ちょっとぶりっ子ぽく言ってみる。
「それもそうだよなー」
「じゃあ、俺が立候補しようかな」
馬場園が手を上げて、ノリノリで反応。
優太が帰ったなんて嘘を吐く奴なんて論外だ、ボケ。つか、お前らはそんな目でしか私を見れないのかよ。
三人とも同じ考えしているのが分かる。
だからこそ、気持ち悪い。
「止めろよ。九条さんが困ってるだろ」
そんな時に一人の生徒が止めに入ってきた。
私が困っている演技をしているのが分かったらしい。本当は全然困ってもない。困るというか面倒というのが本音だから。
「ちぇ、学級委員長かよ。しょうがねーなー」
「はいはい、分かったよ」
「つまんねーの! 邪魔すんなよな」
三人はその彼の指示に従うように立ち去ると、
「大丈夫? ごめん、あの三人はクラスでも浮いてるから……」
と少し、言い淀んだ後、
「俺の名前は風間拓って言うんだ。よろしく。このクラスの学級委員長をしてるから困った事があったら、何でも言ってくれ」
代わるように風間が自己紹介をしてきた。
これが四人のうちの最後の一人。
見た目は爽やかそうに見えるのに、なぜこんなにも異様な空気を感じるのか分からない。ストレスでも溜まっているのだろうか? 少なくとも担任よりはみんなに慕われているような気がしないでもないのだが……。
「ありがとうございます」
「たいしたことはしてないなよ。転校初日に嫌な思いをさせるのも嫌だから」
「そうですね。本当に助かりました」
「ごめんね、助けてあげられなくて」
三人が教室を出て行ったタイミングで唯がやって来た。
自分に助ける力がないことを悔やむように悲しい顔をしている。そんな顔をするぐらいなら助けてくれればいいのに、と思った。
いや、それは周りのみんなも同じだ。
あの三人がいなくなるタイミングで少しだけ顔が明るくなる。
「あの三人はいったいみんなに何かしたの? みんな、怯えてるみたいだけど……」
何も知らないフリをして尋ねてみることにした。
「風間くんが表の支配者って表現したら、裏の支配者があの三人って感じだよ」
「支配者って、俺はそんな支配者気取りをしたつもりはないんだけどなー」
「ごめんね、そう表現した方が解りやすいかなって思ったの」
苦笑いしつつ、謝罪する唯。
風間の方も特に気にした感じではないが、ちょっとだけ困ったように笑みを溢す。
なるほど、私と勇者のような立場関係か。
私たちの戦いに比べると、このクラスメートたちはすでに戦意喪失しており、あの三人もこれ以上被害を強めるという気持ちがない。
つまり、争いとしてのレベルは低いもの。
野望も理想もないからこそ、反吐が出るほどつまらない争いということが分かった。
少しでもここにいる全員がやる気を出せば、すぐに解決しそうな出来事なのに、なぜこんなにもダラダラとしているのか?
私にはさっぱり解らなかった。
「うん、気をつけるね。それより優太は? 本当は帰ってないんでしょ? カバンあるし」
あんなどうでもいい三人よりも優太の事が心配だった。
せっかく見張るつもりで一緒の学校に、教室までなったのにこれでは意味がない。
「たぶん保健室じゃないかな?」
「そっか。じゃあ様子を見てくるね」
唯の言葉を信じて、私は立ち上がり、保健室へと向かうことにした。
「もうすぐ授業だよ?」
「上手く言っといて」
教室を出る間際に聞こえた唯の言葉に振り返らずにそう頼んだ後、職員室の近くにある保健室を目指す。
自分の住んでいた城に比べると単調な造りだから、迷うことなく保健室へと辿り着く。
しかし、中に入るとすでに優太の姿はなく、その場に代理でいるという先生の言葉から本当に早退したということを私は知った。




