学校(1)
学校に着くとレオナを職員室に連れて行き、俺と唯は教室に向かった。
転校生の扱いなんて俺にも分からないので、職員室へ連れて行けば、担任がなんとかしてくれるはずだから。
それよりも担任は俺が学校に来たことに驚いていたようだった。最初の一ヶ月は俺を説得しようとしてくれたが、すぐに諦めてしまった。俺が「意地でも行かない」と言ったせいでもあるが……。
「二ヶ月ぐらい来てないんだっけ?」
「たぶんね。でも、あんなに驚かなくてもいいと思うけど」
「仕方ないさ。俺もこのまま退学するつもりだったし……」
「……そっか」
唯は大して驚いた反応は示さなかった。
心のどこかで分かっていたのだろう。
それとは逆に二ヶ月前の俺は学校を辞めるとは考えていなかった。それどころかイジメられるなどと考えていなかったのだ。最初はからかっていると思っていたのだが、心がそれを『イジメ』と判断してしまった瞬間、何もかもが嫌になってしまった。
正直言うと、教室を向かうために今歩いている廊下もみんなの視線が気になってしょうがない状態。久しぶりに俺が登校してきたことが生徒たちからしたら珍しいのだ。コソコソと話されている姿が目に入るだけで居心地が悪い。
ただ、唯以外話して来ないのが唯一の救いなのかもしれない。
「辛くなったら、保健室に行ってよ?」
「分かってるよ」
教室に辿りつくと、一気に視線が俺に集まる。
しかし、すぐにその視線は違う方向に向く。
「唯ちゃん、おはよー」
「うん、おはよー」
「昨日のドラマ見たー」
「見たよー」
一緒に入ってきた唯はクラスメートの大西が唯に話しかける。
唯も返事を返す。
一瞬、こちらに顔を向けたが、俺が無視して自分の席に行ったため、そのままクラスメートとの会話に混ざっていく。
俺には案の定、誰も話しかけようとはしない。
来る前から分かりきっていたことだったが、心がちょっとだけ苦しいのは謎だろうか?
いや、それは分かっている。
誰かが心配してくれていると思っていたからだ。
学校に行けば、誰かが話しかけてくれる――そう願っていた。
これが現実だと信じたくない気持ちがありつつも、クラスメートたちはいつも通りの日常をしていく。
「今日は珍しく学校に来たのか。心配してたんだよ」
そう思っていた矢先、俺に声をかけてくれてきた人物がいた。
「学級委員長じゃないか」
「久しぶり、元気ではない……か」
学級委員長こと風間拓。クラスには誰か一人はいる優等生だ。髪はワザと染めているらしく茶髪で、前髪が邪魔になるのかカチューシャで止めている。制服も第二ボタンまではずしてラフな格好。
本来、こんな姿をしていたら、先生などに注意されるはずなのだが、学級委員長は注意をされない。理由は成績優秀、スポーツ万能、みんなの憧れの的だからだ。もしかしたら一番の理由は両親が医者のため、多額の寄付金を受け取っているから、VIP扱いされているのかもしれない。あくまで寄付金の話は噂の話なので、確証はない。
しかし、俺の中では学級委員長は選ばれし者だと思っている。
だからこうして俺に話しかけられるのだ。
苛められると思っていないから。
「何か用?」
「大丈夫かなって思ってさ」
「たぶん。大丈夫じゃなかったら、俺はここに来てないと思う」
「それもそっか」
俺があくまで冷たく接しているため、かなり話しにくい様子の学級委員長。
そんな学級委員長の助け舟を出すように唯が近づいてくる。
さっきから俺のことが気になるらしく、チラチラとこちらを見てきたのは知っていた。そんなに俺のことを気にしなくてもいいと思い、無視していたのだ。
むしろ、そんな風に俺のことを気にかけていると、唯の方がイジメられるのではないか、と俺の方が心配になる。
原因であるクラスメートはまだ来てはいないが、どこから話が漏れるのか分からないので無駄なほどに警戒していた。
「おはよう、南野さん」
「おはよう、風間くん。やっぱり優ちゃんが迷惑かけてるよね?」
「そんなことはないよ。クラスメートを心配するのは当たり前の事じゃないか」
「今、そんなこと言ってくれるのは風間くんだけなんだから、そんなに冷たく接しちゃ駄目だよ?」
「良いから、俺はほっといてくれ。喋るなら、別の所で話せ」
俺は机に突っ伏す。
その時だった。
俺の耳にある声が入る。
その声を聞くと、俺は一気に心が怯え始めた。
奴らが来たのだ。
クラス全体の雰囲気さえもピリピリとしたものへ変わる気がした。いや、変わったのだろう。
俺が教室にいるせいなのかもしれない。
「うぃーす」
「おはっす」
「おはー。って、九条の奴、学校来てるじゃん。どういう風の吹き回しだ?」
三人は自分の机に中身の入っていないカバンを置くなり、俺の席へと集まってくる。
名前も呼ぶのが嫌なので、ABCと呼ぶ事にしよう。こんな奴らそれだけで十分だ。本当は口に出して言いたいけれど、それが言えないのが俺の勇気がない証拠。
「よ、九条、久しぶりー。不登校生活どうだったよ?」
「……」
「あれだろ? どうせゲーム三昧だろ? 羨ましいぜ」
「……」
俺は机に突っ伏したまま何も言わない。
沈黙することが一番だと知っているからだ。
「おい、なんとか言えよ」
「つまんねーだろ? ちょっとは面白い反応しろって」
Cが俺の机を軽く脚で小突くが、俺は顔を上げない。あげるわけにはいかない。そんなことをしたら――そう考えるだけで、ちょっとだけ治まっていた吐き気が蘇ってきた。
「なんとか言えって言ってんだろ!」
Bが俺の髪の毛を掴み、無理矢理顔を上げさせた。
「痛い痛い! なんだよ、いったい!?」
その痛みのせいで俺は真正面にいたAを睨みつけるようにそう言った。
痛みのせいで怒りが湧いてしまい、俺は三人に軽く反抗してしまった事に気付いた時にはすでにいろいろと遅かった。
三人は俺のその態度を待っていたように邪悪な笑みを浮かべる。
「離してやれ」
「ったく、仕方ないな」
Aの指示にBが従い、掴んでいた髪を離す。
自分自身でも分かるぐらい身体が震えていた。
なんてことをしてしまったのだろう、と考える事も出来ない。
逃げたい。
逃げたい。
誰か助けてくれ。
お願いだから、助けてくれ。
俺は周囲を確認するように目だけを軽く動かした。
その期待に応えようとしてくれる人は誰もいない。むしろ、自分が巻き込まれないように距離を置いているだけ。
唯は助けようとしてくれる雰囲気だったが学級委員長に止められている様子で腕を掴まれていた。
「っ!!」
俺はイスから立ち上がると同時にCに体当たりを食らわして、廊下に飛び出した。
後ろを振り返る余裕なんて全くなく、そのまま保健室へと向かう。
誰かにぶつかろうが構わずに俺はそのまま走り続けた。
そこしか俺の逃げる場所は思いつかなかったから――。