翌朝
翌日――。
「おめでとー! 今日から私たち、二人っきりの生活が始まるよ!」
レオナさんはクラッカーの紐を引いて、破裂音と共に中身を俺の部屋にぶちまけた。
こんな風な彼女とは裏腹に俺は最悪な気分なのは言うまでもない。
朝っぱらから、なんでこんなハイテンションで付き合わないといけないのか、全くもって分からなかったからだ。それは、あのドラマの物理化学者もメガネを上げながらそう言うに違いない。
壁にかけてある掛け時計を見る。
午前七時。
確かに普通の社会人または学生なら、この時間に起きても何の不思議もないだろう。
でも、引きこもりの俺にとってこの時間は睡眠の時間だ。少なくとも昨日の件で俺は純粋に眠れなくて寝不足だった。
「寒い」
俺は布団に潜り込む。
一応、暖房は付けてあるけれど、まだ部屋が完全に暖まっていない。これから約三十分は布団の中にいないといけないのだ。これが俺のポリシーだから。
しかし、それはレオナさんに一度起こされた時にされたように布団を全部剥がされる。
「起きてよ! 学校に行かないといけないんでしょ?」
朝、起こされた時から気になってはいたが、うちの学校の制服を着ていたのは理由を初めて知る。
そもそも同棲一日目で転校生してくるなんて、俺が同棲を断れないような手段を最初から取るつもりだったと改めて気付き、あの時の返事を今さら後悔してしまった。
「俺は行かないでいいの!」
「お義父さんから優太のこと頼まれてるんだから、そんなワガママ言わない!」
「はいはい、俺の事は気にしなくて良いから、レオナさんは楽しんで来てね」
「なんで、そんな他人行儀なのかな? もう義理の兄妹なんだからレオナでいいよ」
「魔王だからだろ」
「あー、そっか。でも、今は違うから普通でいいよ」
「なんだそりゃ」
「いいったらいいの!」
まるで言い方が本当に子供だった。
ちなみに子供は嫌いではない。むしろ、好きな方であるが、こんな大人の容姿になってまで精神的な子供は地味に気持ち悪いものを感じる。魔王としてあっちの世界ではちやほやされていたから、こんな性格になっているのかも知れないが……。
「あ、そういやさ。ずっと聞きたかったんだけど質問してオッケー?」
「呼び捨てで呼ぶなら」
「分かったよ」
「じゃあ許す。んで、質問って何?」
「どういう理由でこっちに来たの?」
「やっぱり気になる?」
「早く教えろ」
「んーと……」
一ヶ月前の出来事のせいか、レオナは少しだけ天井を見上げて必死に思い出そうとしていた。つか、自分の身に置きたことぐらい覚えておけと言いたいのが本音。
「あれはね、勇者の攻撃のせいだよ。ほら、ゲームに良くある空間魔法のせいで私の世界とこっちの世界が何かの拍子でくっついて、こっちに引き込まれたの。んで、この部屋に辿り着いたって感じかな」
「へー」
驚くことも何もない理由だった。
まだ逃げ出したとかの理由なら、俺も納得いったと思う。魔王だって命を奪われたくないから。
しかし、攻撃を食らった理由でこっちに引き込まれるってどういう理由だよ。呆れる以外の反応が取れないじゃないか。
そんな俺の反応で考えている事が分かったのか、俺を睨みつけている、
「あ、本当の名前は?」
「レオナ・イジュラール・オキシス」
「だからレオナってわけか」
「そうそう」
「あっちの世界にはいつ戻る予定?」
ここで肝心な質問。
昨日から知ってのとおり、俺はレオナが魔王であることを誰にも言うつもりはない。言ったところで誰も信用しない事は分かりきっているからだ。それ以前に引きこもりの俺にそんなことを伝える相手も少ない。それだったら早くあっちの世界に帰ってもらう方がお互いのためになるはずなのだが……。
レオナは驚愕の事実をこのタイミングで話し始めた。
「戻れないんだよねー」
「は? なんでだよ?」
「理由までは分かんないけど、肉体的にも魔力的にも色々と制限されてるんだよ。肉体的にはこの世界の女の子よりもちょっと良いぐらいかな。魔力に関しては攻撃魔法なんて使えないし、出来たとしても幻術とか自分の肉体を強化出来るぐらい。あっちの世界の半分以下。こんなんじゃ戻りたくても戻れないよねー」
話的にはものすごく大変なことなのに、レオナの表情はちょっと困った様子で苦笑いしている。
こんな様子では本当に困っているように見えないのは俺だけなのだろうか?
それとも一ヶ月前に分かった出来事なので、レオナの中で完全に諦めのついた事なのかもしれない。俺からすれば、諦めないでもうちょっと粘れよ、と思ってしまった。それを口に出して伝えたところで「どうにも出来ない」と言われてしまえば終わりなのだが……。
「ねーねー、優太の通う学校の制服可愛いよねー」
「そうか?」
「うん、可愛いよ」
「ボンテージ着てたレオナがそれを言ってもな」
俺的にはボンテージ姿で現れたインパクトの方が強くてなんとも思わない。
きっと学校では当たり前の服装だからだろう。つか、男には制服にかっこよさを求めて、学校を選んだりはしないので分からない気持ちの一つでもある。
そんな俺の気持ちとは対照的にその場をクルクルと回って、楽しそうにしているレオナ。浮かれているのが丸分かりだった。
「あ、角はどうしたんだ?」
「角?」
「そう、頭の角」
「あれは小さくして、髪の中に隠してる」
「伸縮自在かよ」
「魔王だからって、角が大きくないといけないなんて法律はどこにもないからね」
「それもそうだ」
「それよりもさ、早く学校に案内してよ」
そっちのことしか頭にないレオナ。
かなり楽しみにしているのは分かるが、学校になんて行ってもつまらないだけで面白みなんてない。そのことを知らないのは罪だと思ってしまうほどに。っていうよりも、まずは通う学校ぐらいリサーチしておけよ、と突っ込みを入れたくなった。
レオナは我慢が出来ないのか、俺に近づき、手を引っ張って無理矢理ベッドから引きずり下ろそうとするが、俺はベッドの柱を掴み、全力で拒否。
さっき説明されたように無理矢理引き剥がすだけの力はないようで、しばらく格闘するとレオナは手を離す。
「なんで、そんなに嫌がるの?」
「あー、それなりの理由があるから」
「そんなの私が解決してあげるよ」
「今の俺をベッドに引き剥がせない時点で無理だろ」
「それはどうだろうね。私はまだ本気出してないし……」
頑張りすぎて、ちょっと息が切れている俺とは対照的にレオナは全く息が切れておらず、自慢するようにそう語る。
この時点ですでに分かりきったことだが、それでも俺は学校に行きたくない。自分が傷つくのが嫌だし、相手を傷つけるのも嫌だからだ。
その時、玄関のチャイムが部屋に響く。
時間はいつの間にか七時半過ぎ。
その訪問客の姿を見なくても俺には誰が来たのか、すぐに分かった。
「あ、友達じゃない? 見てくるよ!」
「いや、待て! 俺が行くから!」
そう言い終わる前にレオナは部屋から飛び出し、玄関へと風のごとく駆けた。つか、二階から一階へと飛び降りたのだから早いのは当たり前だ。
しかし、俺はレオナと訪問客を会わせたくなかった。
いや、違う。
会わせたくないわけではない。タイミングが悪いのだ。せめて、父さんの再婚の件を伝えてから会わせたかった。
そんな俺の気持ちを知らないレオナは、俺が階段から下りてる最中に玄関のドアを開ける。
「優ちゃん、今日はやっとがっ――」
訪問客の嬉しそうな声は途中で止まり、しばしの沈黙が訪れた。