最強のタッグ(2)
「よくも……おれの……おれのからだを……ゆるさんぞ……ゆるさんゆるさんゆるさんゆるさんゆるさん……!」
吸血鬼は独り言のようにそう呟き続ける。
まるで、怒りを力に変換しているかのように、「許さない」という言葉を聞こえるように言った。
その時、唯が耳を押さえる。
「どうした?」
「な、なんか気持ち悪くなってきた……なんでだろ?」
俺たちが不思議に思っていると、レオナが説明してくれた。
「超音波だよ。あいつ、独り言を言っているかのように見えるけど、超音波みたいな声も同時に出してるみたいだから。」
「コウモリが超音波を出すのは分かるけど……」
「身体が大きくなってる分、不快感も強くなってるんじゃない?」
「な、なるほどな。なんとかならないのか?」
「心配しなくてもすぐに終わると思うよ」
レオナの言う通り、吸血鬼の独り言が病む。
そこには吸血鬼に斬りかかるグレンの姿。
こちらの様子を確認し、斬りかかったらしい。
「じゃあ、私も行って来るよ」
「お、おい!」
「大丈夫だって! こっちには来させないし! あー、そうだね。ほい、防御結界も張っとくから。壊される前に戻って来れるしね!」
俺と唯を囲むように緑色の薄い結界を張った後、レオナは地面を思いっきり蹴り、吸血鬼へと駆け出す。
いや、一足飛びだった。
吸血鬼の側面で止まると、その横っ面に拳を打ち込む。が、即座にかわされ、二人から距離を取った。
「ひ、卑怯な!」
「私には最高の褒め言葉! ありがとうね!」
「ま、こうでもしないと負けるからな。勇者が負ける姿なんて見たくないだろ?」
レオナは地上に降り立つと、自分の目の前に無数の炎の矢を展開させる。
勇者は上空から下に向かって、黄色の矢を。
そして二人が同時に魔法の名前を叫んだ。
「火炎の矢」
「雷光の矢」
使用した魔法の名前を呼ぶと、その矢は発射される。
吸血鬼は逃げようと必死に隙間を縫うように飛ぶ。
が、二人の攻撃がその隙間をなくすように絶妙な間隔で撃たれているため、すぐに一発着弾してしまう。ひるんだ瞬間にまた一発とどんどん吸血鬼に当たっていく。
熟練のコンビとも言えるような二人の攻撃に感動してしまいそうだった。
それ以上に引いていたけど。
その気持ちは唯も同じだったらしく、
「あ、あれは……ひ、酷いね」
なんて苦笑いを溢し始める。
「レオナの炎が翼を焼いて、グレンの電撃で身体を痺れさせてるんだよな」
「魔法名から考えて、ね」
俺は吸血鬼が少しだけ可哀相になってしまった。
攻撃が止み、吸血鬼は煙を纏った形でなす術なく地上に落下。
その左右にレオナとグレンが立ち、吸血鬼を見下ろす。
グレンはこれ以上攻撃をするつもりがないらしく、剣を吸血鬼の首の横に突きつけて反撃に備えているようだったが、レオナは容赦なく上空に四本の水色の棒を作り、
「氷結の槍」
吸血鬼の四肢に突き刺して追撃した。
名前の通り、刺された位置から凍結していき、手と足が完全に拘束される。
「魔王、やっぱり酷いな」
「え、まだ始まったばかりじゃないの?」
「これ以上、やる必要はないだろ」
「私に逆らったのに?」
「もう十分だ」
「本当にグレンは甘いんだから。じゃあ、本人に聞こう!」
レオナはそう言ってしゃがみ込むと、吸血鬼の顔を指で持ちあげた。
「ねぇ、一気に滅して欲しい? それともジワジワと攻撃した後、滅して欲しい? 選ばせてあげる」
「さ、さすが魔王だな。その残酷さを最初から出して――」
「弱ってたこと知ってたくせによく言うね。それとも、こんな風になることを願ってた?」
「勇者と契約して、一人前っていうのも怠けたものだが、な」
「そう? 一応、勝つためには手段を選ばないというのは魔王っぽくない? ねぇ、どう思う?」
吸血鬼の問いに対し、他人の意見を求めようとグレンに尋ねるが、
「俺に振るな」
ため息と共にグレンのそっけない回答がレオナに返される。
それ以上に「早くトドメをさせ」と雰囲気で言っていた。
「もう、しょうがな――」
「おい!」
勇者の声が叫んだ。
その言葉を聞く前にレオナの首筋に吸血鬼が噛み付いていた。
隠し技を披露するかのように首を伸ばして。
「ご、ごめん。油断しちゃった……」
「だから、早く滅しろって!」
グレンは吸血鬼の伸びた首に向かって剣を突き上げる。が、グレンの首にも現れた傷跡の痛みのせいか、吸血鬼の首に剣が当たるも弾かれてしまう。
「っ!」
「ふはは! 油断しすぎなんだよ!!」
そう叫ぶと、吸血鬼を拘束していた氷の槍もろとも砕け散り、焼き尽くされていた翼も再生した。
再び吸血鬼は自分の身体に自由が戻ったことを確認すると、首を元に戻し、立ち上がる。
レオナは吸血鬼の攻撃から解放されて、力なく横に倒れこんだ。
「レオナ!」
「レオナさん!」
俺たちはレオナが倒れる姿を見て、言葉をかけることしか出来なかった。
結界を抜けてレオナの所に行けるかも分からなかったからだ。いや、結界から出たところで役に立たないことが分かっている。
逆に足手まといになることは決まっていた。
「グレンさん!」
唯がグレンに向かって叫ぶが、グレンは剣を地面に突き刺し、攻撃行動を示そうとはしない。
それどころか、さっき以上に呆れているようにさえ感じ取れた。
「諦めたか、勇者よ! 馬鹿な魔王を恨むんだな!」
グレンの様子に気が付いていない吸血鬼は翼を羽ばたかせて飛ぼうと少し身体が浮かんだ時、レオナの姿が消える。
「え?」
状況を把握出来ていない唯が不思議そうな声を漏らした同時に、
「とう!」
吸血鬼の頭上に現れたレオナが膝蹴りをする形で落下し、吸血鬼を地面に叩きつける。
「か、はっ!!」
「馬鹿で悪かったね」
地面に叩きつけられた吸血鬼は信じられないという顔で背中にいるレオナを見つめた。
「な、なぜだ?」
「えへへ」
レオナは何事もなかったように笑う。
こんな展開になることを望んでいたように……。
「な、麻痺を組み込んだ俺の唾液を入れたはずなのに」
「効くわけないじゃん。もうちょっと強くないと駄目だよ。まぁ、反撃は認めてあげる。だから、安心して死んでね」
「ひぃっ!」
「さよなら」
そのまま、レオナの手が吸血鬼の背中に触れるとジュッと音がしたとたん、吸血鬼は灰と化した。
そして、風と共に灰は吹き飛んでいった。
今までの戦闘が嘘のような静けさが俺たちを包む。
「あー、疲れたー」
レオナの安堵した声によって、俺たちは戦闘が本当に終了しことを知るのだった。




